3.2.07 - お腹すいた
「おにいちゃん……」
未希は、襟布で口を隠したまま、布団のフィルター越しに声を出した。
「お腹すいた」
2年ぶりに聞くまともな未希の声。
最後に会ったのは、未希が中学2年の時だったか。あまり変わっていない。
未希は、オレにだけは、「欲しい」を言う。
父や母には決して言わない。
だが、今、ここではダメだ。
だから、
「点滴でがまんしろ」
病院の見舞いは、年に何度かある。
肉や酒をこっそり持ち込んだこともある。しかしロクなことにはならなかった。
未希なら、なおさら。それはダメだ。
まゆが、ごそごそとリュックに手を入れている。
「ん」
と、小さなキャンディーを未希に手渡した。
未希は、点滴の刺さった腕でそれを受け取り、包みを剥がして、キャンディーを口に入れた。
「……あまい」
と、未希が、満面の笑みを作る。
手に残った包みを、まゆが摘まみ上げ、リュックに放り込む。
「ねぇ……おにいちゃんの彼女?」
未希が真顔で問いかけた。
はぁ……
……なにから話を始めようか。
それから、オレ達は、簡単にこれまでの経緯を説明した。
彼女ではないということも、納得したと思う。
未希は、本当に嬉しそうな顔をして、オレ達の話を聞いていた。
いままで、誰にも話すことができず、ニフィル・ロードを行き来し、そして6カ月に渡る孤独。
その想念や、焦燥を、今、オレ達と共有している。
ひととおり、話を終えると、
次に、最初に思い当たる疑問はこれだ。
「未希はどうして、ニフィル・ロードに?」
「あのね……パパとママにね……」
未希の唇が震えだしていた。
ぐいっと布団を引き上げて、顔を隠してしまった。
その下で、未希が震えている。
そして、未希が涙声を絞りだす。
「……あいたいの」
パパとママ。
10年前に死に別れた、未希の実の父と母のことだろう。
布団の下で震える未希を眺めながら、ニフィル・ロードでのことを思い起こした。
「渡し人様」
メモリアと呼ばれる場所には、プレイヤーの遺した意志や遺産が残っていた。
彼らが作った村があり、家もあり、ニフィル・ロードのガロムは、過去のプレイヤーに命を救われた。
そして、2台のログインデバイスは、未希の両親の遺品だ。
襟布で目を拭いてから、また顔を出す。
ぐずぐずと、鼻をすすりながら、口の中で、ころころと飴玉を転がしている。
「なんて言い訳しよう」
未希が、ぽつりと言った。
言い訳か……父親と母親への説明。
2日間の失踪と、意識不明になった理由。
「ニフィル・ロードに行ってた、じゃダメなのか」
「……タツロウに同じこと言える……?」
まゆが、言うので、想像してみる。
達郎は律儀だから、マジメな顔で聞くだろうが……
あまり詳しく話せないとしたら、夢物語だと思われるだろう。
達郎の前で、延々と、昨日見た夢を語りだすオレ。
1週間後に縁を切られるかもしれない。
「だめだな」
未希は、今の家に馴染んでいる。
いや、馴染んでいるように演技しているのかもしれないが。
「パパとママ」に関する動機は、伏せたいだろう。
3人で、しばらく黙りこくる。
まゆが提案した。
「……家出で……いいんじゃない?」
「意識不明はどうするの」
「家出しちゃった罪悪感のストレス……」
なるほど……単純だが、家族へのフォローにもなりそうだ。
「未希はどうだ?」
「どこに家出するの……」
「ソウジか……タツロウの知り合いに……口裏あわせてもらう」
なるほど……
「それでいいか?」
未希に問う。
「うん。……お願い」
「わかった」
スマホを出す。
少ない交友関係で、そういうことをやってくれそうなヤツ…
居ない……
しかたなく、達郎にコールしようとして、まゆに止められた。
「ダメ……ここ病院……」
ああ……
いろいろ億劫になってきた。
めんどくせぇ……




