3.2.05
電車の中で、まゆからメッセージの着信。
『雨だから、改札横のコンビニ前に変更ね』
時計は、火曜日の11時8分。
スマホをポケットにしまう。
反対のポケットにはログインデバイスが入っている。
左手には黒い傘。
電車を降りて、階段を昇る。
指定した11時を過ぎてしまった。
ラッシュアワーはとうに過ぎ、改札を通る人影は疎らだ。
改札を抜けて、コンビニに視線を移す。
スーツを着てスマホを見る中年が独りと、紙袋を下げた女子高校生がひとり。
まゆはまだ来ていないようだ。
コンビニのガラスを見ると、「タバコ」とある。
オレはタバコを買いに店に入ろうとする。
「おそい」
まゆの声。
顔を向けると、声の主は、紙袋を下げた女子高校生だった。
フードは被っていなかった。
首元に青いリボン。白いブラウスの上に紺色のカーディガンを羽織っている。
その下はひざ丈の紺色のスカートに、白いスニーカー。
片目は前髪に隠れているが、切れ長の目に、長いまつげ。
そして、不健康を通り越した儚げな顔色。
顔は、たしかにまゆだった。
オレから最初に出た言葉。
「……おまえ……学校は?」
「さぼった」
まぁ、オレの知ったことでは……ないが……
「ちょっとまってろ、タバコ買ってくる」
「……んん」
まさか、学生だったとは。
混乱はしていないが、少し驚いた。
タバコを買ってコンビニを出ると、2人ですぐ近くの駅ナカのカフェに入った。
カウンターに並び、まゆの顔を見ると、
「ホットハニーカフェオレ」
と言い捨てて、席を探しに行ってしまった。
店員に注文すると、後ろを向いて、ドリンクを作り始める。
……オレはなにをやっているんだろう。
店員がトレーに、ホットコーヒーと、渦を巻いた白い物がのったカップを載せる。
そのトレーを持って、まゆを探して席についた。
「早速だが、未希が意識を失った理由を教えてくれ」
「ん」
まゆが背負っていたリュックから、タブレットを取り出した。
テーブルにそれを置いて、画面を見せる。
相変わらず英語だが、大部分は図面だった。
「記憶の圧縮……で確定のはず」
言い終わると、まゆは、図面を指さしながら説明を始めた。
「時間の100倍圧縮の副作用……ログアウト時に記憶の圧縮が起こる」
「それで、どうなるんだ」
「この説明だと、ニフィル・ロードでの10日前の記憶が、1000日前のことのように薄れるみたい」
思い当たることがあった。
ニフィル・ロードでの1日目の出来事だ。
無数の妖精の宴、その光に囲まれた中州での夜の記憶。
あの衝撃的な瞬間は、おそらく一生忘れない。
しかし、その鮮烈な光景が、1年くらい前のことのように感じる。
まゆが説明を続けた。
「少しなら……ログアウトのときに、眩暈がするだけ」
「未希のように43時間だとすると?」
「想像できないほどの眩暈……
パソコンのファイルの圧縮を人間の脳でやろうとするような行為。
しかもそのファイルは、4300時間の音声動画。
それがログアウトの一瞬でおこる……
脳はオーバーヒート寸前のところで、安全装置を機能させる」
「安全装置。つまり意識不明か?」
「そういうこと」
まゆが、ハニーなんとかを口に運んだ。
話は難解だったが、未希の意識不明の原因が、「長時間の仮想生活による副作用だろう」ということは解った。
そういえば、おれもログアウトの時、少し頭がふらついていた。
まゆの話は、オレの実体験にも合致する。
「未希の脳は無事なのか」
「……会ってみないとわからない」
オレがタバコを取り出すとまゆが、オレを睨みつけた。
「……ここ禁煙」
わかったよ……
タバコを戻すと、スマホが振動していた。
母親からのメッセージ。
『未希ちゃんが、少しだけ目を覚ましました』
よかった。少し安心した。
未希の脳が壊れていたら、違うメッセージだっただろう。
詳しい話も聞けるかもしれない。
……そういえば、どこの病院か知らなかった。
『病院はどこ?』
すぐに返信。
『山川田病院です。203の窓際』
スマホを戻し、まゆに伝える。
「未希が目覚めたようだ」
「ん、行こう」
「おまえも行くのか」
「もちろん」
……人見知りだと思っていたが。
「……みてこれ」
まゆが紙袋を開いて中を見せる。
「お花屋さんで買った……」
中身は、石鹸の香りを放つ彩り豊かなブーケだった。
ソープフラワーだ。
作り物の花が、紙袋の中で咲き乱れていた。
主役は5本のピンクのガーベラ。それを囲むようにオレンジや黄色のカーネーション。
「みきさんはなんだか……」
まゆは表情も変えずに言葉を続ける。
「ゲームのリア友って感じ」
解らない単語は無視して、時計を見る。
11時35分。
時間はたっぷりある。
未希の様子を見に、病院へ行こう。




