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1.2


 「ここは、みきのおうちじゃない」


 その言葉が、今でも耳に残っている。


 未希がまだ小学生で、3年生だった。

 指先が痛くなるほど寒い夜に、未希が家からいなくなった。


 父と母は、必死だった。

 電話をかけ、外を歩き回り、夜が明けても戻らなかった。


 オレは、電気もつけず、自分の部屋にいた。

 何もしなかった。

 何も言わなかった。


 未希の言葉の意味すら分からなかった。


 次の日の朝、未希は戻っていた。

 隣りの部屋の床で、人形のように眠っていた未希を、オレが最初に見つけた。




 うとうとしていたら部屋が明るくなり、朝になっていた。


 視界にあるのは、アパートの天井。

 トラックの振動が、ホコリまみれの吊り電灯を揺らしている。


 いま何時かとスマホを探すと、布団の下からコール音が鳴り響いた。


 不快な電子音が、狭い部屋に充満する。

 身体を起こして、スマホを引き抜く。


 発信元は母親だった。


 横に転がっていた、タバコを拾い、火を付ける。

 コンビニ袋から、コーヒー牛乳を取り出して、ストローを差し込んだ。


 ぬるい。

 常温に戻ったコーヒー牛乳が、ねっとりと舌に絡みつく。


 何度目かわからないコール音の後、スマホの通話を押す。


「総司? 未希ちゃんがね……帰ってこないの……」

 かぼそく震える母の声だった。

 鼓膜を通って、胸の奥に溜まる。


 あの時と一緒か。


「警察は?」

「昨日の夜に電話したけど……届を出しにきてくださいって」


 ……ここは、みきのおうちじゃない


「父さんは?」

「連絡はしてあるけど、おとといから出張で居ないの」


 オレになにがしてやれる。


「わかったよ、そっちいくよ」

「来てくれる? ごめんね。もう母さんどうしたらいいの」


 ……未希はオレにどうしてほしい。


 鼻をすするノイズが、電話口から漏れてくる。

「すぐ行くよ。大丈夫だ」


 電話を切る。

 部屋の出入口のドアに手をかける。


 家には帰りたくない。

 オレは逃げたんだ。

 あの家から。


 振り払ってドアノブを回した。


 アパートを出て、タクシーを探しに、大通りへ。



 家に帰るのは、二年ぶりか。

 高校を卒業してから、1度も帰っていない。  


 いまさら、合わせる顔は無い。

 父親にも、母親にも。

 未希にも。


 なのに、オレは帰ろうとしている。

 未希の声に引きずられるように。


 大通りに出ても、タクシーは捕まらなかった。

 オレは、いつのまにか走っていた。


 駅まで行ってもタクシーは捕まらず、改札を抜けて階段を登る。

 電車はすぐ、ホームに滑り込んだ。


 走り出す電車のドアに寄りかかり、ポケットからスマホを抜く。

 時計は、8時15分。


 未希の番号を呼び出す。

 コール音が続く。


 里子に来たばかりの未希は、くたびれた老犬のようだった。

 小3の冬に家出した日、部屋に戻った未希は別の人間になっていた。


 何度目かのコール音。

 繋がったのは、留守番電話。


 オレが何もしなかったからか?

 あのときも、今も。


 「ここは、みきのおうちじゃない」


 それなら。

 どこがおまえの家だ?


 もう一度、発信する。

 コール音だけが返ってくる。


 電車が実家の最寄りの駅に着く。

 脚を踏み出すと、ぬるい感情が全身を包み込んだ。

 

 たったの2年なのに。

 封印されかけていた少年時代の記憶が、カラダの中に雪崩れ込む。


 無視して、改札を抜ける。

 小走りで駅を出た。


 どこもかしこも、見慣れた光景。


 今更なんだって言うんだ。

 全部捨てたつもりだ。


 商店街を抜けて住宅街へ。


 たったの2年か。


 あのカドを曲がれば、もう家だ。


 曲がると家のポーチが見えた。

 もう、すぐそこに表札が見える。


 オレは立ち止まらず、目を瞑った。


 考える必要は無い。

 思い出す必要も無い。


 呼び鈴も鳴らさずに、ポーチを抜ける。


 ドアノブ。あった。

 回す。そして引く。


 そこから溢れたのは……



 オレん家の匂い。



 目を開けた。



 最初に見えたのは母の顔。


「おかえり……総司」


 母親がよろよろと、歩みより、ゆっくりとオレの肩に手をまわす。

 そのままオレの鎖骨に顔をうずめ、ぐずぐずと鼻水をすする母の背中が、やけに小さく感じた。



「……ただいま」



 大丈夫だ。

 未希も帰って来るよ。


 この家に。



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