1.3
「お腹空いてる? なにか食べる?」
少し落ち着いた母が、ダイニングに歩いていく。
何も答えず、靴を脱ぎ、母を追う。
外から「チチチ」とスズメの鳴き声がしたが、それ以外に音はなく、静まり返っている。
母が、テーブルの椅子を引いて腰を下ろす。
キッチンにいちばん近い右の奥が母。
オレの椅子は、母の向かい。
母は、深い影のこびり付いた眼で、ぼんやりとオレの椅子を眺めていた。
母の手元に、カラのマグカップがひとつ。
乾いて固まったコーヒーがこびり付いている。
最初に母が口を開く。
「なにか飲む?」
オレは、問いかけを無視した。
「未希はいつから?」
「学校から帰って、晩ご飯も食べて……
そのあと、お風呂に呼んでも降りてこなくて。
部屋を見に行ったら、いなかったの」
「何時ごろ?」
「8時……を少し過ぎたころかしら」
時計を見る。もうすぐ朝の9時。
「未希の靴は?」
「全部あると思うんだけど……」
未希は裸足で? 夜にどこへ?
「未希の部屋を見ていいか」
答えを待たずに、階段へと向かう。
ひとりがギリギリ昇れるくらいの狭い階段。
昇りきると、廊下の手前が未希の部屋。
ドアは内側に開いていた。
カーテンは閉じておらず、朝の光が部屋に満ちている。
部屋に入ると、微かな気配だけを残す妹の匂い。
窓を見ると、カギは閉まっていた。
スマホを抜いて、未希に電話を掛けてみる。
どこかでバイブレーションの音。
ベッドに近づく。
シワひとつなく綺麗に整えられている。
スマホは枕元で震えていた。
画面表示は「おにいちゃん」
そのスマホに寄り添うように、ピンクのクマが転がっている。
未希が大切にしている、ぬいぐるみ。
拾い上げると、石鹸とシャンプーの混じる匂い。
「未希はどこいった」
問いかけても、微動だにしない。
スマホから、留守番電話サービスのアナウンスが聞こえてくるだけ。
ぬいぐるみを戻し、勉強机に近づく。
整頓された机に、黒い名刺入れのようなものが置かれていた。
拾い上げると、見た目より重く、手触りはスマートフォンに近い。
名刺入れではなく、電子機器のようだ。
背面になにか貼られている感触がある。
裏返すと、親指ほどの大きさの白いシール。
印刷されているのは、アルファベットの「S」だろうか。
「床に落ちていたから、拾って机に置いたのよ」
後ろから聞こえたのは母の声だった。
振り向くと、ドアのところに立っている。
「あのね……警察に、捜索願いを出してくるから、総司、留守番しててくれる?」
警察は動かないが……それでも、出さないよりは良い。
「わかった」
頷きながら、「一緒に行こうか」と言いかけてやめた。
手にしていた電子機器を机に戻す。
母の気配が、階段の方へと消えた。
次は、クローゼットを開ける。
もわっと、防虫剤の匂いが溢れ出る。
ここに隠れていたりはしないかと思ったが、未希の姿は無い。
コートに冬服、夏用の薄着まで一通り揃っているが、未希の服は少ない。
右から左へ視線を這わせていく。
古く薄汚れた段ボール箱が目についた。
これはたしか……
遺品だ。
未希の実の父と母の。
段ボールの口を広げる。
一番上は、1冊の薄いノートだった。
手に取ると、名刺入れサイズの黒い電子機器がコトンと落ちた。
机の上にあったものと、そっくりだ。
その下には、アルバムや書類ケースが詰め込まれている。
どれも、きちんと揃えられている。
ノートに視線を落とすと、表紙には「メモリア」と幼い文字で書かれていた。
ノートを開く。
日付の下に字が並ぶ。
最初の日付は何年も前で、書かれている文字も幼い字だった。
日記だろうか。
ページをめくっていくと、最後の記述は3日前。
『パパとママのことを知っている人がいた
また明日も聞きにいこう
パパとママに会える方法を教えてもらう
この世界のこと、いつか、おにいちゃんにも話したい』
パパとママ?
この世界?
どこの世界だ?
何のことだろうか。
ノートは箱に戻した。
黒い電子機器だけを持ち、机に戻る。
見比べると、やはり同じものだった。
裏返すと、ここにもシールが貼られ、「K」と印刷されていた。
どこか開けるところは無いかと探るが、見当たらない。
ところが、しばらく触れていたら、表面に文字が浮かび上がった。
『 World Count 23 / Waiting for Login 』
文字は、左半分が白、右の『Waiting for Login』は赤。
文字に触れても何も変わらず、上下に動かしても変わらない。
諦めて、遺品箱に戻そうと部屋を横切ろうとしたとき。
『 Waiting for Login』が、緑色に変わった。
そして、その下。
『 Join Me 』
それは、触れるのを待つかのような短い単語。
Join Me ―― こっちに来て
オレを呼んでいるのか?
……未希。




