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3.2.01 - 未希


 ログアウトの瞬間も、真っ白い空間と、目がつぶれそうなほどの眩しさに包まれた。


 たまらず目蓋を閉じる。

 ログアウトが終わるのを待つ。

 太陽を押しつけられているような、光の重み。

 やがて、目蓋を覆う光が、ふっと遠のいていくのを感じ、目を開けた。


 オレは未希の部屋に戻っていた。


 少し頭がふらつく。

 なんだろう……

 ガスコスや、ガロムのことは良く覚えている。

 しかし、三日前の妖精との邂逅が、1年くらい前のことのように感じる。


 右手と左手には、ログインデバイスを持っていた。


 ログインに使用した左手のログインデバイスを見ると、

『 World Count 24 / Login Recharge 30 』

 また、30時間ログインできないことを伝えていた。


 右手のログインデバイスはと言うと、

『 World Count 24 / Login Error 』

 こちらは、エラーのままだった。


 まゆは?

 と、部屋を見渡すと、まゆは、隅っこで居眠りしていた。


 時計を見ると、16時4分。

 オレが、ログインしてから、38分が経過していた。

 ニフィル・ロードで過ごした時間は、100倍の63時間ということになる。

 濃密で不思議な体験だった。


 あれ?

 と、オレは、クマにやられた右の尻や、腹を手で触って確認した。


 なんともない。

 それどころか、ログアウト前の睡魔や疲労も抜けていた。

 カラダは、ログインしたときと、ほとんど変わらない状態に戻っていた。


 ニフィル・ロードと現実世界では、カラダは異なるということなのだろう。

 30時間後にログインしたら、またあの激痛に襲われるのだろうか。

 気が重い。


 などと考えながら、まゆに近づき、その華奢な肩を揺すった。


「おい、まゆ」

 傍らに置いてあるノートパソコンから、高速で回転する冷却ファンの音。

 まゆは起きない。


「おい、ストーム」

 ストームと呼んで、ようやく頭がのっそりと動いた。

「ん……んー、あぁ……おかえりなさい」


 そのあと、オレは、ログイン中の出来事を簡単にまゆと共有した。

 ワールドカウント23と、24では、ニフィル・ロードの中でも25年の隔たりがあるということ。

 日本語を話すNPCが存在し、オレたちと同じように家族があり、生活があるということ。

 そして、以前のデバイス所有者の存在が、彼らの歴史と記憶に刻まれていること。


 まゆは、その話を、ひとつひとつ興味深く聞いていた。

 まゆはといえば、オレがログインした瞬間から、電波を記録し、そのログを解析していたという。

 寝落ちでログアウトの瞬間を見ることができず、悔しがっている。


 話をしていると、いつのまにか時計は17時を回る手前だった。


 すると、突然、

「あ……やばい……来たかも」

「ん? どうした? ……なにが来た?」


 モニターを眺めていた、まゆが慌てた。

「ちょっと……端っこによって、いますぐ……」

 普段は、ノロノロと話すまゆが、今は早口だった。

 わけがわからないまま、まゆがオレの裾を掴み、部屋の隅へ引き寄せた。


 すると……


 部屋の中央に、長方形のホログラムが出現した。

 それがゆっくりと、右から左へと動いていく。


 動きながら、人影が徐々に姿を現した。


「え? …みき?」


 人影が完全に姿を現すと、ホログラムは蒸発するように消えた。


 人影は少女の姿になった。


 着ているシナモン色のスウェットは、どこも汚れていない。

 内側にカールしたロングボブが、少女のふっくらとした輪郭をなぞっている。

 その髪は、夕方の陽を浴びて、濃いブラウン色に輝いていた。


 ……未希だ。


 そこに立っていたのは、未希だった。


「おにい……ちゃん……」

 オレを見つけた未希が小さく呟いた。

 言葉に合わせて、笑みを作ろうとした口元が、そのまま力を失っていく。

 そして、ふらっと、どこか糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。


 状況が飲み込めず、オレの頭の中は真っ白だった。


「未希……おい!」

 近づいて、未希を抱き起こすが、未希は意識を失っていた。

 その体は温かく、柔らかい。

 眠っているだけのようにも見える。


 しかし、未希のまぶたは重く閉じられ、眉間には薄い疲労の影が刻まれていた。

 未希を揺するが、目覚めない。

 揺すられた片側の髪が、するりとオレの膝に流れ落ちた。

 唇は半開きのまま。

 笑みを作ろうとした面影を残しながら、未希は眠っていた。


 カラダは、健康そうだ。

 着ているスウェットから、洗濯洗剤の香りすら感じる。

 顔色も良く、ツヤがある。

 呼吸は小さいが、荒れてはいない。

 にもかかわらず、疲れた顔色をして、ただ深く眠っていた。


 それ以上、揺するのはやめた。

 オレはスマホを抜いて、救急車をコールした。

 コールしながら、階下の母を呼ぶ。


「母さん!! 未希が!!」


 スマホのスピーカーから男の声が漏れた。


「母さん!!」


 階下から、階段に駆け寄る足音。

 それから階段を駆けあがる足音。

 スマホから聞こえる男の声。


 まゆがオレからスマホをもぎ取って、通話を始めた。

 ドアの方から、膝が落ちる音。

 見ると、母親が両手で口と鼻を押さえている。その目からは涙が溢れだしていた。


「……みきちゃん」


 手のひらの内側から、かすれるような母の声が漏れた。


 オレの頭はまだ真っ白だ。


 未希がオレの手元で眠っている。

 なんだか少し寒そう見える。

 このまま風邪でも引きやしないかと思った。


 未希は眠っている。


 そして、生きている。


 いま理解できるのは、それだけだった。



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