3.1.06
ガロム婆さんと、剣を吊り下げた髭の男を伴って、小屋に戻る。
ルボンスは、畑仕事があると言って、クワを担いで何処かへ行ってしまった。
クマ肉の匂いがきついので、出入口のドアは開けっ放しだ。
テーブルを挟んで、2人と向かい合う。
先に口を開いたのは、髭の男だった。
「俺は、ガスコス。
その、なんだ、おめーと争うつもりはねぇ。
かあちゃんを助けてくれたことには感謝してる」
ガスコスと名乗った男は、後ろ頭を掻いていた。
オレは、頭の整理がまったく追いついていない。
何から話したらいいのか。
ガスコスが話を続けた。
「しかしまぁ……あれはもう、25年も前だ。
あの年の、『わたしびと様』は、来なかったって話しだったが……
もしかして、俺が殺しちまってたのか?」
と、言い終わると、ガスコスは、ガハハと笑った。
25年……
オレには3~4日前のできごとなのだが。
それは一旦保留して質問をする。
「渡し人ってのは何だ?」
「え?」
と、ガロムと、ガスコスが声をそろえて、固まった。
「……知らねぇのか?」
その後オレは、「渡し人」について、話しを聞いた。
渡し人は、25年ごとに、この地に訪れ、なにかをやらかして去っていくという。
それは、人々を助けたり、言葉を教えたり、集落を作ったり。
中には、国を興したり、何世代も続く商家の創業者になった者もいるという。
大抵は、良いやらかしをして去っていくが、稀に村々を荒らしまわったり、国を滅ぼして行く「渡し人」が居たことも言い伝えに残っているらしい。
「あたしは、50年前の『わたしびと様』にも命を救われてね。
ガスコスが生まれて間もない頃だよ。
あたしらの言葉は、100年前の『わたしびと様』から教わったらしいよ」
「……その人の名は?」
「さぁ? あたしらは、『わたしびと様』とだけしか知らん」
「かあちゃん、こいつ、ホントにわたしびと様か?」
「間違いないよ。手からお札を出すとこ見たんだから」
ログインデバイスのことか。
「ソウジ、もう1回出しておくれよ」
ガロムに促されて、オレは、左手を叩いて、ログインデバイスを呼び出した。
「これでいいか」
「そう、これ! ほらぁ、ね」
「お……おぅ、たしかに、わたしびと様だ。
にしても、お札を、こんな近くで見られるなんてなぁ」
未希の遺品箱にあった、このデバイスの前の所有者か。
未希の実の父か、母だろうか。
名前は……思い出せないな……
「もう、カタセ村には行ったのかい?」
「カタセ村?」
「言い伝えだと、100年前に、わたしびと様が、お造りになった村だ」
「それはどこに?」
「ここから、少し北にいったところさ」
「おぅ。行きたいんなら、案内してやるぞ。
あそこには、わたしびと様のおやしろもある」
「おやしろ?」
「わたしびと様が、逗留なさるおやしろだ。まぁ、家みたいなもんだな」
「それは、行ってみたいな」
「オメェなんにも知らねんだなぁ。やっぱニセもんなんじゃねぇのか?」
「すまんな、初心者なんだ」
ガスコスがタメをつくると、大笑いした。
「ガハハハハッ、新米わたしびと様か!」
「やめいよ、ガスコス。新しいわたしびと様の手助けができるのなら、あたしらは光栄だよ」
うんうん、とガロムも頷いた。
「うし、じゃーぁ、急いでるのか?
でもまぁ、行くのは明日だな。まだ、傷も治ってないだろ」
「ああ、そうしてくれると助かる」
「じゃあ、今夜も、ここに泊まっていけ。出発は明日だ。いいか?」
「ああ、よろしく頼む。ガスコス」
「おう、えーと……」
「ソウジだ」
「おう! よろしくな、ソウジ」
口と顎は見えないが、ガスコスが両目を歪ませて、笑顔を作っていた。
話は、一旦そこで終えた。
俺はベッドに戻り、横になることにした。
クマ肉を喰って、だいぶ調子は良くなったが、まだまだ傷が痛む。
夕方、夕食に招かれ、家族を紹介してもらった。
最年長はガロム。
ガスコスがその長男で、ルボンスが次男。
ガスコスには、アダルという妻がいた。
昼間の少女はガスコスの娘。
名はフィーダと言う。
それと、4カ月前に産まれたばかりの、ウェーダ。
赤ん坊のウェーダも、女の子だった。
2人の娘は、ガスコスではなく、器量よしのアダル似だ。
渡し人にまつわる話で考えるならば、カウントの隔たりにあるのは、25年という年月だ。
もしオレが、カウント25に来ることになったら、その時ウェーダは25歳になるんだろうか。
なんだか、少し楽しみだ。
その後、ガスコスに晩酌に招待された。
木のジョッキに注がれているのは、底が見えないほどの濁った琥珀色の液体。
よく見ると、なにかのカスのようなものが浮遊し、口に含むと「どぶろく」のような舌触り。
苦味や、さっぱり感は微塵もなく、アルコールに浸したパンが思い浮かぶ味だった。
度数は低いようだが、やけに体があったまる。
そのまま、ガスコスと25年前の思い出話に花が咲いた。
「ソウジは、度胸がある。腕っぷしも悪くねぇ。
犬を殺られたのには、ハラワタ煮えくりかえったけどな! ガハハハ!」
「犬はどうしたんだ?」
「あのまま、あそこでおっ死んじまったよ」
……あの骨はあの犬か。
「しかしなぁ」
ガスコスが急に、真面目な顔を作る。
「ソウジ、オマエにはなんだか……
殺意が足りねぇんだ。殺す気あんのかオメェ?
殺さなきゃ死ぬぞ」
人を殺したことは無い。
日本でそれをやったら、確実に刑務所行きだ。
しかし、ガスコスの言う通り、この世界は、殺るか、殺られるかだ。
殺せるのだろうか。オレに、人が。
「あ、死んだんだっけか! ダハハハハ!!」
ガスコス……酒癖が悪い。
そういや、元盗賊か。
「にしても、オメェ、なんで生きてんだ? ガァッハハハハ!」
ガスコスの悪酔いに付き合わされ、夜が更けていった。
晩酌が終わると、
「この部屋は、自由に使ってくれ」と、今夜も部屋とベッドを借りる。
やっとだ。
やっとログアウトできる。
酷い怪我と、全身の疲労。
そこに安酒も加わって、今すぐ何処かに吸い込まれそうなほど眠い。
オレは、藁のベッドに横たわり、ログインデバイスを呼び出した。
あれ……どうやってログアウトするんだろう。
『 World Count 24 / CONNECTED / ELAPSED 00:38 』
たったの38分……?
信じられない……
生涯忘れることができそうもない3日間だった。
適当に、文字に触れてみる。
『 CONNECTED 』に触れたら、その下に、『 Logout 』と表示された。
ベッドに横になっているが、文字は緑色だ。
そういや、この体制のまま、抜け殻になるんだっけ。
どうでもいいか……
たまらなく疲れた。
帰ろう。
ログアウトだ。
今にも、眠りに落ちそうな意識の中で、オレは、Logoutに触れた。




