3.9.05
6月20日、日曜日、14時。
オレは、ネカフェのカラオケブースに戻った。
結構な眩暈。
ログアウト前の、アルクとの稽古は、よく覚えている。
それでも、スピカの街での出来事が、数年前のことのように色褪せていた。
目を開けると、未希とまゆ。
マンガを広げた手を止めて、ふたりはオレの顔を眺めていた。
「おにいちゃん、お帰り。どうだった?」
「ああ……記憶の回廊へ行くことができた」
「そっか……パパに逢えた?」
「ああ、会えたよ。かっこいい人だった」
「いいなぁ……みきも……逢いたいなぁ……パパに……」
いや……あのパパには、逢わない方がいい……
あれは修羅だ。
「未希は、どうやって回廊のガーディアンを突破したんだ?」
「え……?」
「嫌なら、答えなくてもいい」
「みきはね、ママとハグしたよ」
「は……?」
「記憶の回廊はね、
記憶を集めて生まれるの。
プレイヤーの思いと……
メモリアの人たちの記憶。
そっか……パパは、かっこよかったんだ……」
未希は嬉しそうだが、少し寂しそうだ。
それよりもだ……未希に質問した。
「回廊の通過を、許される条件は何だ?」
「その人が求める何かだよ。
ママが求めていたのは、新しいお友達。
おにいちゃんが出会ったパパは……
なにを求めていたの?」
っフフ……
「稽古の相手……かな」
「稽古? なんの?」
「田心啓介は、剣道をやっていたのか?」
「う~ん……やってたかもしんない……わかんない……」
現実世界では、趣味の範疇だったのだろうか……
「ねぇ、おにいちゃん、パパの稽古はどうだった?」
「完敗だ……なにも出来なかった」
「そうなんだ。パパすごいね」
「あれは勝てない。どうすればいいんだ」
「……レベル上げ」
黙って聞いていた、まゆが横やりを入れた。
「レベル?」
「……でも、ニフィル・ロードにレベルは無いから、普通にカラダを鍛える……しかない」
「いや、まてまて……」
あんな修羅に勝つまで鍛えろと?
「……なぁ、未希」
「ん?」
冗談だろ……
いったい、何年かかるんだ。
「おまえが助けられたとき、おまえを助けたオレは、何歳だった?」
「え? 今のおにいちゃんと、変わらなかったけど」
じゃあ、何年も先ではないのか……
「未来のオレから、なにかアドバイスは無かったのか?」
「う~ん……つま先鍛えろ? 誘い出して突っ込め?」
「他には?」
「あとは……ママのこと聞かれたけど……なんだったかな?」
どうやら、未来のオレも、無口で言葉足らずのようだ。
オレがオレを恨んでもしょうがない。
つま先か……鍛えるか……
次のログイン予定時刻は、明日の夜20時。
未希からは「そんな時間には外出できない」と言われた。
ネカフェに3人で集まることができない。となると……
いや、オレも、父親に会いたくないから、その時間の実家には近寄りたくない。
明日は、まゆとふたりで、ネカフェで落ち合う約束をした。
ログインデバイスは、ログインする瞬間を探知される危険性がある。
どこかの家よりは、ネカフェのような場所の方が良い。
夕方前に解散し、オレもアパートに帰った。
まぁ、帰ったところで、やることが無い。
本屋で、剣道の本でも買おうかとも考えたがヤメた。
カラダを鍛える?
それも、めんどうだ……
とりあえず、つま先だけ鍛えよう。
やりかたは簡単だ。
中学生の頃にも、同じトレーニングをやっていたことがある。
常につま先だけで立ち、歩く。
走るときは無論だ。
それだけでいい。
だが、これが意外と辛い。
10分くらいで、プルプルと震えて来る。
まぁ、たまにはいいだろう。
仕事の役にも立つかもしれない。
だから俺は、押し入れで埃をかぶっていたジャージを引っ張り出した。
着てみると、ところどころ、虫に喰われたのか、穴が開いている。
まぁいい。
オレは、埃臭臭くて穴の空いたジャージを着て、アパートを出た。
鉄階段を降りて、足首を回し、膝の屈伸をする。
そして、夜の住宅街へと走り出した。
歩きでも、走りでも、地面にかかとは着けない。
つま先だけで歩く、走る。
行先は、とくに決めていない。
気分でコースを選んで、疲れたところで引き返そう。
だが、走り始めてから、雨水が頬を跳ねた。
やっぱり戻ろうかと思ったが……
どうせすぐにへばる。
だから、もう少し走ろう。
そして、予想通り……すぐに息が上がる。
あれ?
そういえば……
ニフィル・ロードでは、16日以上。
そして、ログアウトしてから今まで。
オレは、タバコを吸っていなかった。




