第91話 感謝祭 ~事件当日の出来事~
《感謝祭当日》
感謝祭が始まる。
簡素な料理が並ぶ中、スコールは瓶を取りだした。
「これ、すごく有名なシードルなんだ。アルコールがないから安心して飲める」
「へぇ、そうなんだ」
リリスがしげしげと瓶を眺める。
「じゃあ、注ごうか」
「いや、僕の役目だから」
スコールはリリスの手を振り払い、グラスに注ぐ。
そしてグラスを配る。
今年もフレイヤが音頭を取った。
「では……。神の恵みに感謝を」
「「「感謝を」」」
グラスを掲げ、スコールは一気に飲み干した。
ワンテンポ遅れて皆も飲み干す。
「今年は、良い年だ」
スコールは笑顔で言った。
*
二時間後。
全員が倒れていた。
*
「……ふぅ。手間がかかったな。思いのほか警備が厳重で潜り込めなかった。ようやくだよ」
少年は、倒れている者たちを見下ろしながらおどけたように言った。
「どれが標的なんだ?」
と、一見穏やかな貴族の男性に見える男がぞんざいな口調で尋ねる。
「そこのピンク髪だ。……連れ去って泣きわめくような目にさんざん遭わせた後拷問死させたかったけど、厳重すぎて無理だ。首を切り落とすだけにしておこうか」
「首は持ち帰らせてください。闇ギルドを潰したのはコイツの父親だ。送りつけて、俺たちに手を出したことを後悔させてやりますよ」
男が少年に返すと、少年は肩をすくめる。
「僕としては、君たちの弱さに驚いたけどね。たかが少女一人にどれだけ犠牲を払うのかって思ったよ。……ま、好きにして。ただし、確実に殺してね。姉さんの仇だから」
「わかってますよ」
男は大股でリリスに近寄り、隠していたナイフを取り出す。
「泥の手」
と、どこかから声が聞こえた途端、無数の手が床から生えた。
その手に男と少年が囚われる。
「!? 罠か!?」
「チッ!」
動揺した少年と、激しく舌打ちした男。
男はナイフで自身の手のひらを傷つけると、
「我が血を糧に応えよ。闇潜み」
と詠唱する。
すると、男が服を残して消える。
代わりに、大きな影が床に現れた。
その影は素早く扉から廊下へ出ようとする。
そのとたん、床に伏していた少女が跳ね起きた。
「逃がすか厨二病!【聖火】!」
勇ましく詠唱すると、
「ギャアアアア!」
すさまじい悲鳴とともに、影が燃えさかる人の形になる。
人の形はゴロゴロと床を転げ回ったが、火は人の形だけを焼いている。
何にぶつかろうとも消えはしないし燃えもしなかった。
その有様を、少年が青い顔で見つめている。
物音にハッとして顔だけ振り向くと、倒れていた全員……いや、一人を除いて全員が起き上がっている。
倒れているのは、スコール・ボクシー。
「あぁ、彼だけは起きていられてると厄介かもしれないから眠ってもらっているよ。だから、君の命令は聴こえない」
レイヴンが冷酷な声で少年に告げる。
「……どうして……」
「どうして、君が彼に隷属魔法をかけていたのがわかったのか、か? ……魔法科を舐めるな――と言いたいところだけれど、実は教官もわかってなかったからな。私とそこにいるクリスが気がついた」
クリスは少年を睨みながらレイヴンとバトンタッチする。
「僕の家は魔法の研究をしている。攻撃魔法が主だが、それ以外にも研究しているんだ。……僕はまだ半人前以下だけど、それでも危険な魔法や禁忌とされる魔法の仕様は頭に入っているし、それがどんな結果をもたらすのかも教えられている。……だから、隷属魔法を人に使った場合のことも、どういうふうになるのかも、知っているんだ」
隷属魔法を人にかけるのは禁止されている。
そもそもが、通常のやり方ではかからない。
魔物にかかるのは、魔物がそれを受け入れるからだ。受け入れなければかからない。
人もまた、普通の状態のときなら他人の魔力を受け入れない。そもそもが魔力自体が反発する。
だが、反発しない属性がある。
それが聖属性と――闇属性だ。
薬か何かで自我と意識を一時的に奪い、闇属性で隷属魔法をかければかかる。
かけられた人間は隷属魔法にかかっていることが認識できない。
心の内でどうしてもやりたくないこと――たとえば自害などは命令してもできないが、そうでないことは命令に従う。
主人は、命令したいときに闇属性の魔力を与えながら囁くだけだ。
そうはいっても、細かい命令は覚えられず、問いつめられたり矛盾が生じたりすると整合性がとれなくて、止まってしまう。
そのまま問いつめオーバーフローさせれば目が覚めて元に戻る。
だから、そうなりそうなときに回収にきていたのだ――スコールの友人として。
「だろう? ヴィクター・ダスクモア子爵令息。……それとも、ヴィクター・ドラマティカ公爵令息って呼んだほうがいいですか?」
ヴィクターと呼ばれた少年がクリスを睨む。
「わかっているのならこの拘束を解け! 私は公爵令息、貴様ら低位貴族が私をこのような目に遭わせていると知ったら、取り潰しになるぞ!」
と、ヴィクターが脅す。
「残念ですが、あなたを拘束しているのは私です」
コーデリアが現れた。
「あなたがいくら脅そうとも、教師としてあなたを拘束します。抵抗するのであれば、他の生徒の安全を確保するためさらなる拘束を試みますよ」
「わ、私だって生徒だ!」
「他の生徒を殺害しようと企てる生徒ですね。……まさか、他の生徒に危害を加えようとし、拘束したら抵抗する生徒に対して『同じ生徒だから』という理屈が通用するとでも思っているのですか?」
冷たい声でコーデリアが問うと、ヴィクターは唇をかみしめた。
「……もっと、闇魔法を覚えていればお前らくらい……」
ヴィクターが呟けば、
「そうしたら、あそこに転がっている死体と同じ目に遭うだけだよ」
と、リリスが親指で指し示す。
ヴィクターは真っ黒になっている男を見て震え、うつむいた。
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