第53話 見えない敵
メグは戦場の上空約500メートルを浮遊していた。メグの役割は帝国の飛行部隊に対応することだった。だが意外なことに帝国は飛行艇を出してこなかった。
そのおかげで、メグはもう一つの役割、敵情視察に集中することができていた。
空から見ると、王国が優位に戦っているのは明らかだった。今や帝国軍は前線の維持をあきらめ、まるで敗走しているようにも見えた。一方で後ろに控えている軍団が前進を始めたのも見逃せない動きだった。
『敵はあきらめてないようね。この後ろにも強そうなのが控えてるわ』
メグが簡単な戦況をサルマン国王に伝えた。
『そのようだな。敵の動きが見えるのは便利だな』
サルマン国王の正直な感想だった。
メグの役割は戦況を報告するのではない。メグの視覚を共有することで、国王や四賢者が戦場を直接視認できるようにするのが役割だ。実際のところ戦場に出るのが初めてのメグにとって、戦場を分析して報告するのは荷が重すぎだ。単に空を飛んで、上から戦場を見るだけで重要な役割が果たせるのだから、楽なものだ。
そして今回の戦術で最も重要なのは司令塔の監視だった。
相手の司令部を叩く。劣勢の王国軍が勝利できる、数少ない作戦と言えよう。ただし相手も同じことを考えているのは明白だった。前線を突破して司令部に迫っても、その前にはもう一つ軍団が待ち構えていた。
戦場では、まさに三角形をした王国陣形が帝国の前線を突破したところだった。後方に控えていた帝国軍との戦いが始まったところだった。
なんとなくだが、メグには後ろに控えていた軍隊のほうが強そうに感じられた。いや、感じるどころの話ではなかった。炎系の魔法は目立つ。そして王国軍の陣形に沿って炎が舞っているのが見えた。
先ほどまでは魔法は後方の軍団からの長距離攻撃だけだったのが、今は激突している陣形どうしで魔法攻撃が行われていた。つまり最後尾の魔法部隊とは別に、戦っている相手の軍団にも魔法兵部隊がいるのだ。
この戦争は我々の戦争だ。
そうサルマン国王に言われてメグは戦闘には参加せずに空での監視を続けている。
目の前で人が傷つき死ぬのを見るしかできないのが、これほど気が滅入るとはメグは初めて知った。
『ドローンが撃墜されました』
突然、メグの脳内に声が響いた。カグヤN105号からの念話だった。
『敵の飛行部隊が出撃したと思われます。探知を強化してください』
カグヤからの報告を待つこともなく、メグは周りを見渡した。
が、何も見あたらない。
ざっと探知をしてみたが、特に危険は見当たらない。というか真下で何万人もの兵士が戦っているので、探知は難しかった。
『何も見えないけど?』
南大陸特有の雲一つない晴れ上がった空には、飛行艇の影は見当たらない。
『敵も認識阻害を使用している可能性があります。探知を!』
カグヤN105号、いやナギ君の念話に焦りのような感情を感じた。とはいえメグは探知は得意ではないのだ。魔法を習得したのは15歳を過ぎてからで、微妙な扱いと経験が必要な探知系を習得するには時間が足りないのだった。
そんなメグでも、相手が認識阻害していると知っていれば少しは索敵能力が上がる。上を見上げた時、何かが見えた気がした。
キュイン、キュイン
強化した結界に銃弾が降り注ぐ音が周りに散乱した。
メグは、何も考えずに急降下すると、右旋回しながら急上昇した。実習で何度も練習させられた動きだ。これで敵の後ろをとれる。はず。
後ろらしき場所を確保すると、もう一度メグは周囲を見回した。
認識阻害と言えど、何も見えなくなるわけではない。あくまで反射光に念波を乗せて、相手の認識を混乱させるだけだ。今日のように晴れた青空を背景にすれば、認識を阻害されていても影として把握できるのだ。
『見えた!』
メグは嬉しそうにカグヤN105号に報告した。
『敵影2台発見! これなら回避しながら攻撃できそう』
そう思った瞬間、メグは後ろから銃撃を打ち込まれた。
さっきとは違い、ズガン、といった音が響くと、メグの結界が弾け飛んだ。
その直後、メグは何かに吹っ飛ばされた。
やばい!
恐怖心で一杯になりながらも、もう一度回避行動をとった。ほとんど無意識な動きだった。学生の時の教練で叩きこまれた動きだ。落ちるようにして加速し、一か所に着弾しないように体をひねって回転し、さらに8の字を書きながら回避…
動きを止めたらやられる。自分も認識阻害を使っているのだから、敵だって自分の位置を把握するのは難しいはず。常に動いて敵の狙いを外せ。
メグは、もう一度あたりを見回した。
影が2つ見えた。さっきの2機だろう。
あと一機いるはずなのに、メグには見つからない。
もしかすると、この2機が囮なのかもしれない…
『ナギ! レーダーで敵を捕捉して!』
メグからの必死の催促だったが、そっけない返事が戻ってきた。
『すいません、地上の監視で手一杯です』
そんな念話中でも、相手の射撃が着弾する。
相手はメグの位置を、かなり正確に把握できているようだった。
『ごめん、戦場の観察は難しそう』
メグは状況をサルマン国王たちに報告したが、国王からの返事はなかった。向こうも大変なのかもしれない。
一番影が濃い1機がメグに突っ込んできた。
避けているうちに、もう1機を見失った。
そして3機目にいたっては、最初から見つけてすらいない。
何発か撃ち返しているが、向こうも結界を張っているようだった。
王都を脱出した時とは、相手の練度が全く違う。
どうする?
この空域に侵入させるわけにはいかない。
メグには、もう一つの役目があるからだ。
メグは思いついた2つの対策のうち、一つを試してみることにした。
女神装備には夜間戦闘用のゴーグルがついていた。そもそも地球外事軍が開発しているエグゾスーツをベースに女神装備が作られているので、地球での教練で使った装具と似ている。それと同じであれば…
メグは夜間バイザーと呼ばれる暗視装置を顔に装着した。ちょっとしたヘルメットと、目を覆うサングラスのような装備だ。これは、夜間であれば微小な光を増幅して、目の前に画像として映し出す。
だが今のように昼間であれば、普通にARビジョンのように周りを見ることができる。大事な点はデジタル処理することである。これにより認識阻害の影響を受けない。
ぐるりと見渡すと、前に2機、右手後方に1機が見えた。
メグは心の中で喝采を挙げた。
今度はこちらがお返しをする番だ。と言わんばかりに敵に向かって小銃を撃ちこみ始めた。バイザー越しなので肉眼ほど正確に射撃できないが、先ほどまでの適当な狙いとは全然違う。敵も理解したようで、慌てて散会したのが見えた。
* * *
メグが認識阻害戦闘に慣れてきた一方で、ダニエマルカムたちは地球製の装備に手を焼いていた。
『まったく地球の装備は厄介だな。攻撃が通らねぇ』
ダニエマルカムが苦虫を噛み潰したような声で、いや念話で話しかけた。念話なので口調は伝わらないが、何が言いたいのか部下3名はよく理解できた。
『くそっ! しくったぜ…』
ダルカルムが悪態を吐いた。後ろから不意打ちで結界破壊弾を浴びせかけ結界を破壊したまではよかったが、そのあとの銃撃が続かなかった。仕方なく飛行艇ごと突っ込んだのだがダメージはほとんど与えられなかったようだ。
『結界の張り直しが早すぎて銃撃が通らないです!』
射撃手からの報告だった。主船から参加した二人乗りの片割れだ。せっかくの探知能力を使って正確に銃撃をあてても結界を壊しきれないのだ。
そんな会話をしていたため、こちらの弾幕が少し落ちたのだろう。こちらに向けて銃撃してきた。と思えば、いきなり真っ白な女神装備が目の前に現れた。
予備動作なしで、一瞬で目の前に移動してきやがる。
『接近戦は避けろ!』
そうダニエマルカムが叫ぶように僚機に伝えると3台の飛行艇はバラバラな方向に散会した。女神の後ろをとった飛行艇が突っ込みながら銃撃を浴びせかけ、そのまま全速力で離脱する。女神が追いかければ、残りの2機で女神を攻撃する。
単純だが、これが現状では最善の戦い方と思えた。
少なくとも女神による上空からの監視の邪魔ぐらいは達成できそうだった。




