第36話 王都脱出
脱出プランを簡単に説明するなら、メグがメル王女を、ガルドが案内役を抱えて空を飛び、王都から出るというものだ。
メグとガルドは、左足のキネティックリングから、フックのようなものを引っ張り出した。もう一人が足を架けることで、二人で安定して飛ぶためのものだ。
「それでは、メグ様。よろしくお願いします」
「メル様、私に敬称は不要ですよ」
メグが照れ笑いをしながら王女に伝えた。
実は今回の戦いに参加した兵士のほとんどがメグが何者なのか想像はついていた。ガルドやザイールといった賢者たちのメグに対する態度を見れば分かるというものだ。そして今度は王女だ。
王女が敬称を使う相手など女神さま以外ない。
そんなことも知らずメグは相変わらず無邪気に王女を左手で抱きかかえると、ふわりと浮き上がった。
「どうですか? 何か不安なところはあります?」
浮遊魔術を初めて体験した王女はちょっと感動していた。
「大丈夫です。すごく安定しています」
次は相棒の二人組の番だ。
「ガルドも準備いい?」
「おう!」
ガルドと案内役の体が床から10㎝ほど浮いた状態で安定していた。
「上手になったじゃない。練習の成果ね」
ガルドは言い返さず、ちょっと恥ずかしそうに笑って返した。
ガルドは魔力阻害薬を打ち込まれたこともあり、しばらく魔力の出力が安定しなかったのだ。まだ飛ぶのに集中する必要があるので、周りに気を配る余裕がなさそうだ。
とはいえガルドが抱えている案内役の指示がないと動けないのだ。
「じゃ、出発進行! 道案内よろしく」
メグがガルドに促すと、ガルドは建物からゆっくりと出た。
区画の間の分厚い壁のあちこちには、通り抜けられる穴が開いていた。空気を循環させるための通気口だ。帝国兵は地下街の各区画を貫くメイン通路を守っているが、こちらの通気口には気が付かなかったようだ。
「あっちの孔だ!」
ガルドの左手がさす方向に、すかさずメグは向かった。
高く飛ぶと見つかるので、建物の間を縫うように移動した。かなり入り組んでいるので方向を見失いそうになるが、要所要所で特任隊の道案内役が待機していたので迷う心配はなさそうだ。
壁を抜けると、一瞬だけ囮の部隊が見えた。
帝国の包囲部隊と交戦していた。
こちらには、まったく気が付いていないようだった。
「陽動がうまくいったな」
ガルドは嬉しそうだ。
いくつもの区画を通り抜けたところで、少し狭い区画に進入した。
ガルドと特任隊の二人は小さな建物に入ると、着地した。
「ここで少し待機するそうだ。日が落ちたら出発だ。ちなみに、この先の区画に地上に通じる空気口がある。そこから地上に出るぞ」
ここまで帝国軍に遭遇しそうになったことは一度もなく順調と言っていいだろう。
「飛んで脱出するんだから、囮役はいらないのに」
ついメグの口から愚痴のような言葉がこぼれた。
「そう言うな。みんな、王女を助けたくて仕方ないのさ」
ガルドが静かにたしなめた。
「それにメルは、南大陸には必要だからな」
メル王女は、ガルドの言葉を聞くとため息をついた。
「そうですよね」
自分がみんなから必要とされている。それはすごいプレッシャーなのだろう。でも必要とされる理由が豊穣の祈りと言われてしまうのは寂しいことなのかもしれない。
メグは、そんな考えを頭の隅に追いやった。今は脱出のことだけを考えなくちゃ。
それからしばらく建物内で待機していたが、一時間ほどで
「脱出の合図です」
と特任隊の案内役が呟いた。
ここからは案内役は残り、王女とガルドとメグの三人で王都を離れることになる。
「じゃぁ、ここからは王女様はガルドが運んでね」
そうメグが言いながら王女様の背中を押してガルドに王女様を押し付けた。
ガルドは、とんでもなく不器用に右手をメグの腰に回した。
飛んでる途中で振り落とさないようにと。
「ちょっとくすぐったいです!」
「悪い… ちょっと我慢してくれ」
「はい、もちろんです」
そんな会話をしながら、三人はふわりと浮くと、今度は上を目指した。区画の天井の真ん中に数人が通れるぐらいの穴があった。そこから地下街から一気に王都の空へと抜け出た。
ちょうど夕日が沈むところなのも運が良かった。これなら簡単には見つからない。王都内の帝国兵も見当たらず、囮役と特任隊が良い仕事をしたのだろう。
ガルドが右手で方向を示した。
「あっちだ」
ここからはガルドが案内役だ。王都の空のことならガルドが一番詳しい。
いつの間にか王都の外殻部のすぐそばまで移動してたようで、王都を囲む城壁を一分もかからずに超えることができた。
「王都の結界の修理がまだで、ラッキーだったな」
王都の外に展開していた包囲隊にみつかったようだが、矢も魔法も飛んでくる前に、あっという間に飛び越えてしまった。
「今度は、あの川に沿って北上する。動物園に向かうぞ」
ガルドの指示に、テルメール王女が嬉しそうに返事をした。
「動物園ですか! 懐かしいですね!」
「まだメルが小さいころ、何度も遊びに行ったな」
「はい! 今でも覚えてますよ」
メグからは王女の顔が見えないが、きっとニコニコしているだろう。王女の嬉しそうな声が、メグには心地よかった。
空から見ると、真っ暗な地上に川の流れがうっすらと浮かび上がって見えた。
そんな川の傍の暗い部分から、きらりと明かりが点滅した。
「あの光の場所に着陸だ。仲間が待っている」
ガルドの指示に従って、メグ達はゆっくりと真っ暗闇の中へ降りた。
降り立った場所は、森の中にある小さな広場だった。
* * *
どうやら動物園というのは、本当のようだった。
広場の周りには、檻のようなものが暗闇に浮かび上がっていた。
「どうぞ、こちらへ」
暗闇の中から、誰かの声がした。
声の後をついていくと、ほんのりと明るく建物の入り口が浮かび上がった。
三人が中に入ると、入り口が閉まった。すぐに中に明かりがともった。
「ダル! 生きていたのね!」
王女の嬉しそうな声が、建物に響いた。
そこにいたのは、大きな鷲だった。
王女は大鷹に飛びつくと、抱きしめた。
「ほんとうに、よかった」
王女の目から涙が零れ落ちた。
メル王女が帝国に捕まったのが15日ほど前。
帝国に囚われている間、王女はガルドのことをずっと心配していた。でも数日前にガルドからのメッセージを見たとき、心がすっと軽くなったのを感じた。生きていてくれたと。
そしてダルを見たとき、今まで押し殺してきた感情が抑えきれなくなってしまったのだ。
「またダルにお世話になるな」
ガルドがダルの背中をポンと叩いて大鷹をいたわった。
ここからは大鷹が王女を運び、メグとガルドが護衛役だ。
メグは自動小銃と個人用結界装置そして暗視装置を収納袋から取り出すとガルドに渡した。
「だが、こんどは逃げ切る自信がある。特にこいつを使えばな」
そう言うと、ガルドは暗視装置を被った。
二つの目玉が飛び出たような面白い形をしている。
「闇夜でも昼間のように見える装置だとさ。まぁ、不格好なのが玉に瑕だがな」
王女は、そんなガルドの姿を見て笑いかけていた。
「これでも少しは小さくなったんだけどね」
メグも同じく暗視装置をつけてていた。
「さぁ、そろそろ出発と行こうぜ」
ガルドは王女を抱き上げると、大鷹の背中にふわりと乗せた。すぐに自分も大鷹に飛び乗った。
建物内の明かりが消えて、真っ暗になった。
ゆっくりと天井が開き、少しずつ星空が見えてきた。
「飛ぼう!」
大鷹のダルが大きく翼を羽ばたくと、部屋の中に強風が吹き荒れた。
風がやんだ時には、大鷹の姿はなく、空高く飛びあがっていた。
メグも、ダルに合わせて飛びあがった。
『ガルド、聞こえる?』
『あぁ。よく聞こえる。いや思念通話だから聞いてはいないが』
『まだ王女様は念話に入れないから、ほうれんそうよろしくね』
さっきとは違い、今は思念のみで会話している。速度を出すと距離が離れるので、声が届かなくなるのだ。思念だけで話をするには、前もって思念を合わせておく必要がある。なので王女様は、ガルドとメグの会話には入れないのだ。
『右後方に飛行艇がいやがるな』
ガルドの報告を聞いたメグが後ろを振り向くと、一台の飛行艇が見えた。かなり距離を開けているが、暗視装置のおかげで、機影が見えた。
『王女様の無線追跡装置を追いかけてきたのね』
『この間の囮と同じやつか。だが無線追跡装置は外してたてよな』
メグが説明するのを忘れてたのだ。ガルドが言う通り、王女が着替えたときに見つけた追跡装置はメグの収納袋にしまっていた。収納袋からは電波が漏れる心配がないからだ。で、さっき装置を収納袋から取り出して王女様に渡していたのだ。
『飛び立つときに追跡装置を取り出したの。で、お願いがあるんだけど囮役をお願いするね』
メグは言うが早いか、反転して飛行艇に向かって突進した。
この数日、帝国軍に忍び込んで物資を調べたが、暗視装置はなかった。闇夜の戦闘なら、暗視装置のない相手に負けることはない。
闇夜であまり見えない状態で、キネティックリングによる機動戦を挑まれた飛行艇がかなうわけがなかった。闇夜の中をめくらめっぽうに小銃を打ちまくったが、当たるわけがない。そもそもAK-2Xが使う普通の徹甲弾では結界を破壊できないのだ。ついでに魔力がそこそこあるメグの皮膚を貫通するにも威力が足りない。
とはいえ、わざわざ銃弾に当たる趣味はない。メグは右に左に、上に下にと銃弾を避けながら飛行艇に近づいた。くるりと飛行艇を一回りしてから、飛行艇の下部にある反重力装置を剣で一閃した。
すると飛行艇は浮力を失い急速に高度を落としていった。
ようするに、ゆっくりとした墜落である。
地面に直撃する直前、メグは飛行艇から二人を助け出した。首の後ろあたりの服をつかんで、落ちる飛行艇から引き揚げたのだ。死を覚悟していた帝国兵は、おとなしくメグに従った。落っことされてはたまらない。
そして死ぬことはないだろうという高さから、メグは二人をポイっと落っことした。
ギャー、という叫び声とともに落ちてから、今度は何やら悪態のようなものが聞こえてきた。まぁ、生きているようで何よりだ。
「さてと、どこに落ちたのかな~」
すぐに墜落現場を見つけたメグは、飛行艇の解体を始めた。
ほんとうは一台丸ごと持って帰りたいが、大きすぎるので重要そうな部分だけにするのだ。
「やった! 飛行艇の製造プレート見つけた」
一番、欲しい奴だった。メグが思ってた通り、旧ロシア連盟のアフト社製のフライヤーだった。だが重要なのは物証を見つけることなのだ。
次に見つけたのは不格好な黒い装置に緑色のスクリーンが付いている装置だ。テレビの受信アンテナのようなものが先端についている。王女がいそうな方向に向けると、スクリーンが点滅した。
「これがレーダー受信機ね。で、こっちがマニュアルと。準備万端というか用心深いというか。まだ使い慣れてないってことかな」
どこをどう見ても、地球のレーダー技術で作られた装置だった。
そのほか、残骸からめぼしいものを収納袋に入れると、ガルドに連絡を入れた。
『ガルド、聞こえる?』
『あぁ。そっちは無事か?』
『問題なし。これから追いかけるわね』
『場所はわかるか?』
『例のレーダー装置を見つけたわ。これで二人がどこにいるか丸わかりね』
『なるほど、そりゃ便利だな』
『確かに、そうね。思念で場所もわかれば便利なのに』
そんな会話をしながら、メグはガルドたちの後を追いかけた。
* * *
夜が王都をすっぽりと覆った。
王宮の主塔から見下ろす王都では、あちこちから明かりがこぼれて見えていた。人によってはロマンティックで幻想的な景色であった。
だが、そこには三人の男性が黙ったまま王都を見つめているだけだった。
参謀と呼ばれていた男は、再びフードをかぶって顔を隠していた。
考えていたのは、殴りこんできた女のことだった。
剣の腕前は大したことはない。
だが小銃から打ち出されたMHEAT弾がやっかいだ。小さな銃弾のひとつひとつが結界を破壊する成形炸薬弾なのだ。情報としては知っていたが実際に対峙してみるのとでは大違いだった。たまたま別の星で収奪した最新の個人用結界装置を持っていたので助かっただけであった。
情報では、女神はいないという話だったが…
やはり女神が出現したとしか考えられない。
そもそも女神はいないというのが前提だ。万が一、女神に発見された場合は計画は中止する予定だった。だが、どう見ても相手はたった一人。それも侵攻に準備してきたとは思えない。
まだ諦めるには早い、はずだ…
時間を味方につければ勝機はある。
「侵攻作戦を急がせろ」
参謀は皇子と将軍に伝えた。
「一か月以内に、南大陸を手に入れる。抵抗するものは皆殺しにしろ。穀倉地帯を焼き払っても構わん。何としても全大陸を掌握するのだ」




