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ナーシャとクチナシ  作者: 舞華
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ナーシャと悪魔

 ナーシャは広い庭の真ん中で、ひどく退屈していた。


だってこの家の庭は広いだけで何もないから。


ナーシャの家には、ロザリオの家みたいにロープと木でできたブランコはないし、サラの家みたいに遊ぶ兄弟もいない。


ナーシャはもう7年もパパと二人きりで暮らしている。


それまではママも一緒に暮らしていた。この庭はパパ自慢の芝生が一面に広がっていた。


あの草のにおい、チクチクと肌を刺す感覚がナーシャも大好きだった。


パパはよくいろいろな人を家に招いては、庭でバーベキューをした。


その人たちはみな家族を連れて家に来ていた。


そのうちの子どもと遊んでやるのがナーシャの役割だった。芝生を転げまわったり、駆け回ったりするだけで楽しかった。


ママはよく笑う人だった。


「よく笑う子に育ってほしい」とよく言っているのを聞いていた。


「よく笑う人は、幸福を引き寄せるから」と。


ママは早くに星になってしまったが、幸福だったと言っていいのだろうか。






 ママはナーシャがまだ5つの時に、空へと旅立ったらしい。


というのも、その表現はパパが勝手に使っただけで、もう5つだったナーシャはママが死んでしまったことを分かっっていた。


ママは体調を悪くした時からベッドに伏している時間が長かった。


ナーシャは夜になるとさみしくなって、ママの部屋に行くことがしばしばあった。ママの部屋には窓がある。


ママとベッドに腰かけて、ママと一緒に星を見た。もう5つの時の記憶は薄れているので、どんな話をしたのかは覚えていない。


でも、あの星空を見ていた時間は脳裏に焼き付いて離れない。


窓を開けたときに肌を包み込んだあのやさしい夜風、寂しさに凍える体を温める柔らかなブランケット。


今でも鮮明にその感覚を肌が感じるのである。


だから、12になって元々ママの部屋だった場所から星を見たときに、ママはあの夜空の一部であったのだ、あるべき場所へ帰って行かれたのだ、と分かったのだ。





 以前はよくパパに退屈であると訴えていたが、「パパは忙しいからお隣に遊びに行っておいで。」と返される。


隣に住んでいるのはパパの友達のジャーク。


ジャークはパパの友達であって、ナーシャの友達じゃない。


口を閉じたままあくびを噛み殺そうとしたら、耳がこもってしまった。


唾をのむ。


ナーシャの家の庭は手入れがされておらず、草が伸び放題だった。


そこに昨日、雨が降って、地面を湿らせた。だから、羽虫がたくさんいるんだ。


羽虫のせいでナーシャは庭で大きな口を開けることができない。


口からは虫が入ってきたら、脳に住みついて、ナーシャがナーシャでなくなってしまったら嫌だから。どうして嫌なのか、嫌なのにはそんなに理由は必要ないと思うんだ。


ナーシャがジャークを苦手とするのもそれだけで十分なはず。口を開けなければ、よく笑うこともできない。





 パパはママが星になってから、家に人を招かなくなった。


ナーシャはパパの仕事の詳しいことは知らない。


しかし、パパは7年前と同じ仕事をしているはずであった。


毎月15日に仕事仲間が家にやってくる。それはママが星になる前から変わらない習慣で、パパはその人を通していつも同じ厚みの書類を渡している。


同じ厚みの仕事をしているのに、パパがあまり部屋から出てこなくなったのはなぜなのだろうか。


ナーシャは疑問に思っていた。


でも、パパを目の前にすると、うまく言葉にできないのだ。


ナーシャは7年ですっかりパパという人間のことを苦手になってしまった。あの頃と同じパパであるはずなのに、あの頃のパパではないことに、もどかしさを感じる。



ナーシャは学校から宿題を出された。


「おうちの人からお仕事について聞いてくること」が出された宿題であった。


いくつか質問項目のある神の端を丸めたり、小さくたたんだりしながら、どうしたものかと考えた。


ナーシャは正直、パパと話したいとおもえなかった。


パパの仕事の邪魔になってしまうし、なんだか、パパと目を合わせたいと思えなかったのだ。


どうにか、パパに聞かずに、パパの仕事のことを知っている人はいないか。


パパじゃなければ、パパじゃないほうがいい。


パパについて詳しい人に聞こう。夕方に家事手伝いにくるミジュンはどうか。


ミジュンは真面目な人だ。きっとパパに宿題のことを報告するに違いない。


必ず、パパに聞かなければいけないわけではないけど、パパに知られた時のことを考えると少し気まずくなった。


家を出入りする仕事仲間が来るまでにはあと半月もある。


宿題の提出は明日だから間に合わない。


そうなると、パパの仕事を知っていそうで、ナーシャが顔を知っているものは一人だけであった。


ジャーク。お隣のジャークおじさん。


パパの友達。ナーシャの顔を見てニヤッと笑う、ジャークおじさん。苦手な人であるが仕方がない。


ジャークおじさんのところに行ってこよう。


ナーシャは紙とペンをもち、隣の家へ行った。







「ナーシャ、久しぶりだね。会いたかったよ。」


ジャークおじさんはナーシャをバルコニーの椅子に座らせ、おじさんもナ―シャと向き合うようにして座った。


「宿題があってきたんだ。ジャークおじさん、パパの仕事についてしってる?」


「もちろん、フロンとはちょうどフロンが仕事を始めたときに出会ったんだ。私は、フロンの友人の中で、一番仕事について詳しい自信があるよ。」


ナーシャは返答に安心し、ペンを構えた。


「パパはどんな仕事をしているの?」


「ああ、フロンは文章を書く仕事をしているよ。」


「仕事で大変なことって何?」


「そうだなあ、正しい情報を発信できるように、たくさん勉強していると言っていたよ。

毎日勉強ばかりでくたくただと言っていたよ。」


「パパには目標がある?」


「フロンは、自分の言葉で人を感動させたいと言っていたことがあるよ。」


質問は順調に進んだ。ジャークが言っていることがどこまで本当のことであるかはわからない。


しかし、この宿題は、正しい答えなどない。誰かに仕事について質問をして返してもらうことが重要なのだ。とナーシャは自分に言い聞かせた。


「これで最後の質問、パパはどうして文章を書く仕事をしているの?」


「これで最後か、なかなか難しい質問だ。君のパパはね、私がアドバイスをしたから、今でも文章を書く仕事をしているんだよ。」


「ジャークおじさんが?」


「フロンと私が出会ったのは、私がまだ占い師をしていたころでね。くたくたのスーツを着たフロンが私のテントの中に入ってきたんだよ。そして、私は何をしたらいいのでしょうか。このままでは何もなせずに死んでしまいます。っていったんだよ。だから私はフロンを占ったんだ。フロンの息子だ、君を特別に

占ってやろう。」


ナーシャは驚いた。パパはリアリストだと思っていたから。占いにはまるような人ではない。


ナーシャは「どうせ暇なんだ、ジャークに付き合ってあげよう」と思い、言うままに、束からカードを一枚選んだ。すると、ジャークは目を見開いた。


「ナーシャ。君は悪魔に狙われているよ。自覚はないか。」


ジャークおじさんがあまりにも真剣な表情で言うので、ナーシャはおかしくてくすりと笑ってしまった。


ナーシャが選んだカードはリンゴの絵をしていた。


リンゴの絵がどう悪魔と関係するのか。

おかしくて仕方がなかった。


きっとジャークおじさんはナーシャをからかっているのだろう。ジャークおじさんはナーシャを子ども扱いしているのだ。もう12にもなったのに。


「悪魔って、本当にいるの?どんな見た目をしているの?」


「悪魔は実際に目には見えないんだ。悪魔はね、狙った人の一等大切な人を奪うんだよ。心当たりはないかい。」


「・・・奪うって例えば?」


「簡単に言うと殺してしまうんだ。悪魔はつまらない人間を狙っているんだ。つまらない人間の大切な人を殺して、その時の顔を見て笑うんだ。本当に心当たりはないかい。」


ナーシャはどきりとした。「つまらない」という言葉が頭に響いた。どうしてジャークおじさんが、この言葉を知っているのか。


「ナーシャ、君はつまらない人間でないと言い切れるかい?」


ナーシャはざわざわと雲が心を覆う気配を感じた。


「僕はおもしろいよ。とても・・・。」


「そうか。なら、私の勘違いなのかもしれない。」


カラっと返したジャークにナーシャは驚いた。が、ほっとした。


「もし、僕がつまらない人間になったとして、悪魔に狙われたときは、どうすれば倒せるの?」


「悪魔を倒す方法なんてない。でも、悪魔に嫌われる方法ならあるよ。」


ナーシャは、前のめりになった。


「その方法は?」


「それはね、秩序と法則のない人間になることだよ。ナーシャには少し難しいかもしれないね。」


「いや、分かるよ。つまり、狂った人間になればいいってことでしょ。どうしてそれで悪魔に嫌われるの?」


「悪魔はね、分かりにくい人間が大っ嫌いなんだよ。そういう人間は操りにくいからね。」


そういってジャークは空を見上げた。つられてナーシャも空を見る。もう夕暮れが近づいていた。ミジュンが家でご飯の支度をしている時間だろう。


「ジャークおじさん、パパの仕事の子と教えてくれてありがとう。もう行くね。じゃあ。」


といって、ナーシャはジャークの家を飛び出した。



急に走り出したからか、心臓が痛かった。


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