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18. まだ気づかぬ心

 ヴィクトルが返事をすると、ベアトリスは妖艶な笑みを見せた。


「殿下が図書室にいらっしゃるだなんて珍しいですわね。あら、古語の本ですか? 実は今度の試験で古語について出題されるんですの。ふふ、殿下に教えていただこうかしら」


 どうせ古語なんて大してできないだろうと思っているくせに、と内心で毒づきながら、ヴィクトルは上辺だけの笑顔を浮かべて答える。


「ベアトリス嬢ほどの才女なら、僕が教えるまでもないだろう。試験もきっと余裕だろうね」

「まあ、お上手ですこと。でも、そうですわね。試験だからといって、特別勉強するほどのこともありませんわね」

「はは、さすがだね」

「もちろんですわ。アナベル嬢とは出来が違いますから」


 ここにはいないアナベルを嘲笑うベアトリスを見て、ヴィクトルの胸に何とも言えない不快感が広がった。


「……彼女も彼女なりに頑張っているみたいだけど」


 ついそんな言葉が口をついて出てきたが、思ったより低い声になってしまった。


「あら、ご気分を害されたなら申し訳ございません」

「……そんなことはないよ」

「それならよかったですわ。てっきりアナベル嬢に情がうつってしまったのかと思いました」

「まさか。僕は女性みんなに優しいだけだよ」

「ふふ、そうですわね。……それで、もうアナベル嬢は手懐けられましたか? 殿下にしては、手を出すのが遅いようですけれど」


 ベアトリスが探るような目をヴィクトルに向ける。


「……ああいうタイプは性急にしすぎると警戒されて逆効果なんだよ。心配しなくても上手くやるから、口出ししないでもらえるかな?」

「差し出口を申しまして失礼いたしました。殿下ほど女性の扱いに慣れている方はいらっしゃいませんものね。お任せいたしますわ」

「僕のことより、君はどうなんだ? フェリクスとはいい仲になれたの?」

「……もちろんですわ。だいぶ距離が縮まってきましたのよ」


 嘘だな、とヴィクトルは思った。

 二人きりのところは見ていないが、それ以外の場面を側から見ていても、とても二人の仲が深まっているようには見えなかった。


 むしろ、フェリクスがベアトリスを見る目は以前よりも冷たく、不快感さえ滲ませるようになっていて、悪化しているようにしか思えない。でも、ベアトリスのプライドがそんな事実を認めることを拒否しているのだろう。


 ヴィクトルとしては、フェリクスにはアナベルを奪われて絶望してほしいので、ベアトリスに心移りされても困るのだが、正直、あの男がベアトリスに靡くとは思えないため、そこは心配していなかった。


 ベアトリスにとっては思うようにいかず苦痛な時間かもしれないが、自分には関係のないことだ。

 ベアトリスが実情はどうあれ、あの男をしばらく拘束してくれれば、その間、気兼ねなくアナベルと一緒に過ごすことができる。時間稼ぎをしてくれることには感謝してやろうと思った。


「この調子で君たちが結ばれることを祈ってるよ。……じゃあ、僕は忙しいからもういいかな?」


 心にもない言葉を吐きながら、ヴィクトルが圧を込めた眼差しを向けると、ベアトリスは仕方なさそうに一礼し、「失礼いたします」と言って図書室から去っていった。


(……まったく、アナベルとの勉強の時間までに古語について覚えておかなくてはならないのに、無駄話で時間を取ってしまった。これから急いで覚えないと……)


 ヴィクトルは顔をしかめながらベアトリスの甘ったるい残り香を手で払うと、今度こそ持っていた本を開いて、じっくりと読みふけるのだった。



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