可能性の世界
大仰な装飾の施された両開きの扉が開かれると同時に、室内から流れてきた清涼な空気が、ルルの美しい白銀の髪をふわりとさらった。
ルルは凛とした眼差しを一直線上に――その先で大きく豪華な椅子に腰かける何者かに据えて、それから、はきはきとした口調でゾイド・ペンタークという男の素性について説明を始めた。
「……つまり、このお方は例の件の生き残りなのです。もう御存じかと思いますがその名を――」
「ゾイド・ペンターク君……だよね?」
幼子のような高く柔らかな声が、ルルの言葉を遮るようにして応じた。その声を耳にすると同時に、ゾイドは少年がただ者ではないという事実を瞬時に理解した。
ゾイドの目の前には一人の少年が居た。
肌は色白で、手足は小枝のように細い。
その人物はどこからどう見ても子供であった。
「あなたが、極光の騎士団の団長?」
ゾイドは疑問を投げ掛けるような調子で言葉を発したが、内心では、その問いに応じられるまでも無く、そうなのだろうな、と理解していた。
見かけは子供だ。純真無垢な心優しそうな穏やかな少年である。しかし、一目見て、ゾイドはその少年がただものではないと理解した。もちろん、ルルによって事前にその人物が団長であるということを聞かされていたので、それによって推測したという部分もある。
しかし、仮にルルによる事前の情報がなかったとしても、ゾイドはこの少年に全く同じ感覚を抱いただろう。それほどまでに、少年は異彩なるオーラを解き放っていたのだ。
「そうさ。俺が極光の騎士団団長・ヴェルウォーク・スカイハイム」
ヴェルウォーク・スカイハイム――三十八歳、男性。
理知的で温厚な性格が持ち味の人望厚き騎士団長、という表向きの評判をどうにかこうにかして守ろうとしているのだが、これが中々上手くいかずに悩んでいる。内に潜む凶暴性を隠そうと一応の努力はしているのだが、団員達にはバレバレだ。
本人もそのことを心のどこかで自覚しており、どことなく開き直っている部分もある。
嘘つきと礼儀知らずを何よりも嫌っているが、呪われの身となってからは子供扱いされることを最も嫌うようになった。
「はじめまして。改めて、俺がゾイド・ペンタークです」
「ふむふむ。思っていたよりかは普通というか何というか、これといって特徴的な部分が感じられない青年なのだね。……うーん、なるほどねぇ。それほど自力があるようにも見えないし、釈然としないなぁ」
ヴェルウォークは舐め回すようにゾイドの全身を一通り見渡した。ゾイドはヴェルウォークの言葉に耳にして悟った。なるほど、同族嫌悪ということか、と。
「ん-、顔も貧弱そうねぇ。なんか男の子なのか女の子なのかハッキリしない。腕も細いし足腰も軟弱そうだ。こんなに弱そうなのにどうしてレイドクエストなんかに参加したんだい? どう考えてもお荷物にしかならないと思うけどなあ」
ゾイドは一度深く深呼吸してから、ちらりとルルの方を伺った。ルルは視線を感じると即座にそっぽを向く。どうやら知らぬ存ぜぬを貫き通すつもりらしい。
「あー、ははは……その、何といいますか。まぁ、自力が無いのは認めます。つい最近自分の貧弱さを身に染みて理解しました」
「そりゃそうだろうねぇ。レイドクエストに参加するも役立たず、お荷物扱いで厄介払い、帰ってみれば仲間は全滅。自分だけが生き残りましたとさ。……こんな経験をしておきながら己の弱さを自覚できないなら――」
「ちょっとそれは……!」
ルルは耐えかねたように口を挟もうとした。だが、ヴェルウォークの視線がそれを許さなかった。射抜く様なその眼差しはルルに「黙っていろ」と暗に告げていた。
あまりにも露骨な毒舌。
頭脳明晰でなくとも天才でなくとも、ここまで言われると流石に理解できる。これは何らかのテストのようなもの。己を見定めようとしているのだと。
とはいえ、ここまで言われて大人しく引き下がれる程、ゾイド・ペンタークという青年はお人好しではない。かつてマッチョスに追放を言い渡された時、ゾイドは勝ち目がないと分かっていながらも彼に立ち向かった。マッチョスがアガドを馬鹿にしたからである。
「……確かに俺はお荷物でした。邪魔だと言われ、遠征を追放されました。それを皮肉るかのように仲間は全滅。自分だけのうのうと生きている……。全て覆せない事実です。でも、俺は友達に言ってもらったんです」
ゾイドはヴェロニカの言葉を心の中で反芻した。
――失敗したなら次は失敗しないようにすればいいだけなの!! 負けたなら次は勝てばいいだけなの!! 自分が無力なら無力な部分を補ってもらえばいいし、反対に相手の無力なところを補ってあげればいい。こんなに簡単な事、他にはないなのっ!!
「友達に言ってもらったって? なにを? 雑魚は雑魚なんだから気にするなとでも慰められたのかい?」
「そうです」
ゾイドはきっぱりと言い放った。
「俺の友達は言いました。俺が弱いのは今更すぎると。俺が弱いなんて知ったことではないと。完全な人間はいない。人は必ず間違える。人は生きている以上絶対に失敗する。だからこそ、それをどう乗り越えるのかが大事なのだと」
「ふぅん。それで?」
「だから、俺は何を言われても逃げません。あの日のことを思い出すのが辛くないと言えば噓になります。でも、俺に出来ることであればなんでもお答えします」
ゾイドは一呼吸置いてから、
「これで合格ですかね?」
と続けた。
少しの間の後、ヴェルウォークが「くくく」と小刻みに肩を震わせ静かに笑い始めた。やがてその震えは高らかな哄笑へと変化した。
「あっはっはっはっはっは!! なるほどなるほど、そういう感じなんだねぇ、君は!! はっはっはっは、はーははっはっはっは、いや、失礼。ちょっと、やりすぎたかも、しれないねぇ。ふふ、うふふふ、あははははははっ!!」
ゾイドは呆れた様子でヴェルウォークの興奮が収まるのを待った。
「いやね、ほら、結構いるんだよ。こういう大きな事件がおきるとさ、悲劇のヒロインみたいに振舞う面倒臭い人が。情報を引き出そうにもすぐに取り乱してお話にもならない。俺は思うのさ。そういう人ってのは仇を討ってやるっていう覚悟が足りないのだと」
「覚悟、ですか」
「そうさ。もしも絶対に仇討してやろうという覚悟があるならね、どんな苦痛でも乗り越えることができるものなんだ。例えどんなに思い出したくないことでも思い出せるし、過去に幽閉されようとも戻ってこれるハズなんだ」
良い友人を持ったね。
ヴェルウォークはそう結び、本題へと移った。
「今から君に特別な魔法をかける。その魔法によって、君はあの日起こり得た”可能性の世界”を経験することになる」
「可能性の世界、ですか?」
「そうさ。とはいえ、その”可能性の世界”は君の意志によって形作られるものだから、この”可能性の世界”で有益な情報を得られるかどうかは君次第だ」
ゾイドはルルの言葉を思い出し、彼女へと視線を投げ掛けた。
「思考世界。先程私がお話したことです。魔法とは意志の力。思考の力。貴方が本当に望むのなら、その願いに、団長の魔法が必ず応えてくれます」
「覚悟はできたかい?」
今更だな。
ゾイドはそう思った。
「ええ。とっくの昔に」
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