何者かの作為
「ちょっと待ってくれ!」
無論、ゾイドは抵抗の意を表明した。当然だ。いきなり強制連行などと言われても納得できるはずがない。それはヴェロニカやマスターも同じであった。
「意味が分からないなの! どうしてゾイドが連れていかれるなの!?」
「流石に説明不足が過ぎるんじゃないかねぇ。ちゃんと理由を説明しろ。ま、その理由とやらによっては今ここで一戦、ってことにもなりかねないがな」
ルルは自身の取り乱しを謝罪し、一から事情の説明を始めた。
「今、我々はレイドクエスト『アダマイトス』討伐を発令した人物を探しています」
どういうことだ?
そう思うのも無理はない。
「あれだけ大きな遠征だったんだ。一個人が発令するっていうのは考えにくいけれど?」
ゾイドの問いにルルは頷きを返した。
「その通り。一個人が発令したのだとしたら、その人はとてつもない大金持ちということになります。数千人に一人で成功報酬を渡せるのですから。……しかし、それはあくまでもこのレイドクエストになんらかの悪意が関わっていなければ、の話です」
随分と含みのある言い回しである。
まるで『アダマイトス』討伐のレイドクエストのは裏がある、とでも言いたげだ。
とそこまで考え、ゾイドは「まさか!」と驚きの声を上げた。
「そのまさかですよ。あの後、我々極光の騎士団は総力を挙げて情報収集に当たりました。しかし、『アダマイトス』討伐のレイドクエストを発令した人物を見つけることはできませんでした」
「偽名、か」
マスターが小さく呟き、「偽名?」とヴェロニカが首を傾げた。
「そうです。それ以外に考えられません。それに、聞き込みによると、レイドクエストを発令した人物はフードを目深に被っており、顔や性別の識別はできなかったとのことです」
つまり、その人物に唯一辿り着ける可能性のある人物、それがゾイドだということなのだろう。
「だとしても、俺を強制連行するというのは納得できません。そもそも、どうして極光の騎士団は俺が生き残りだって気づかなかったんですか? 書類なりなんなり、いくらでも俺に辿り着く情報は残されて……」
言いながら、ゾイドは背筋が凍りつく感覚に襲われた。
そうなのだ。そうである、筈なのだ。もし、ゾイドの情報が現場に残っていたとするならば。もし、彼が『アダマイトス』討伐のクエストに参加したという記録が、残っていたならば。
なのに、そうはならなかった。
ゾイドとルルが出会ったのは全くの偶然。これが意味することはつまり……。
「誰かが証拠を隠滅したってこと、なのか?」
「そうです」
「ちょ、ちょっと待つなの!」
会話を進める二人にヴェロニカが割って入った。話の流れが全く理解できないという様子である。
「先生、よく考えてみてください。今回の件は最初から不自然なことばかりなんです。そもそも、『アダマイトス』の出現時期と場所に大きなズレが生じている、この時点でありえないことなんですよ。過去の事例を調べればある程度の予測が付きます」
言いながら、ルルは過去に生じた異例を一つずつ振り返っていく。
振り返りの最中、さしものヴェロニカでも気づくことがあった。
「なるほど、興味深いな」
マスターは話の成り行きを見守りながらも、時々は相槌を打っていた。
「……とこの様に、時期がズレる時もあれば場所がズレている時もあります。しかし、この両方が同時にズレている例は一度もないんです」
ルルの言葉を引き継ぎ、ゾイドが口を開く。
「それに、発令者の身元が不明で、さらには証拠の隠滅……。今回の全滅は人為的に仕組まれていた、ということか」
「それだけじゃありません。他にも決定的な事実があります」
「決定的な事実?」
ゾイドとヴェロニカは同時に疑問を呈した。
「今回の全滅を仕組んだ人物は、ゾイドさん、あなたに用事があったみたいですね」
「そりゃぁどういうことだい?」
「思い返してください。どうして我々がゾイドさんに辿り着けなかったのか」
マスターは眉をひそめた。
「そりゃぁ、参加者名簿とかからゾイドの名前が消されていたからだろう?」
「その通りです。でも、それっておかしくないですか?」
「なにがおかしいなの?」
「いいですか、先生。今回のレイドクエストに参加した人物は一人残らず死んでいるんですよ? それはもうものすごい数です。もしも犯人が目的を終えたとして、そのあとに残された書類やらなにやらを一々確認しますかね? 仮に書類を確認したとして、救急班がやってくるまでの短い時間で、死体の山の中からゾイドさんを探し出せると思いますか?」
「それは……難しいなの」
「そうです。難しいというか、ほぼ不可能です。それなのに名簿からはゾイドさんの名前が消えている。つまり、犯人は事前にゾイドさんの名前を消していたんですよ。理由は分かりませんが、そうする何らかの必要性があったのでしょうね」
「だとしたら……」
ゾイドは喋りながら、自分に言い聞かせるようにして考えを纏めていく。
「死なせる人間の中に、最初から俺は含まれていなかった……ってことなのか? それでいてかつ、俺が遠征に参加することは知っていた」
言いながらゾイドは頭を掻きむしった。
「ああ、クソ! まったくもって意図が分からない! 一体何の為にそんな面倒なことを!?」
「私にも分かりません。ある程度の推測は可能ですが、まあ、それを今ここで話したところで余計な混乱を生み出してしまうだけでしょう」
とりあえず、とルルは話の締めくくりに入った。
「犯人がゾイドさんに何らかの目的がある以上、ゾイドさんの協力は必要不可欠なんです。必ず犯人はあなたに接触してくる。間接的にしろ、直接的にしろです」
協力していただけますね?
ルルの要請を否定する理由は、ゾイドにはなかった。
ゾイドは二つ返事で答え、ルルと共にザーヤの酒場を後にしたのであった。
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