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その四十二 雫、曲者の正体を暴く

 僅かに躊躇うような間が空いた後、からり、と木戸が開いた。


 其処にいたのは案の定、哀しげな表情で俯く、浴衣姿の桜であった。


「何故――私だとお判りに」

 普段と違い、目を合わせようともしない。頭の後ろに両の手を当てて、雫は湯船の中で躰を伸ばす。あくまでも軽い調子で、こう応じた。

「いや、そろそろ……邪魔者の私を消しに来るんじゃないかな、と思って」

「――何をおっしゃいます、私はお背中をお流ししようかと」

「無理しなくてもいいよ。分かってるから」

 雫は湯船の縁に片腕を乗せ、桜の方を見遣った。


「姫を狙うために、遣わされてきてるんでしょう?」


 少女は顔を上げようともしない。


「まあ何かと事情に通じすぎてるな、というのは前々から感じてたけどね。凄く身軽だし。最初におかしいと思ったのは……あの、棒手裏剣と文の時かな。いくらなんでも宿の奥過ぎたよ。普通なら、矢文か何かで済ませられる。ああやって文を残すには、宿の中にずかずか入っていって直截柱に突き立てないといけないからね。つつがなく任務をこなしたい忍が、用もなく危険を冒す意味はない。つまり、初めから宿の中に入り込んであれをやった、と考えた方が自然」


 桜は下唇を噛んだ。


「あと変だと思ったのは、昨日の夜、姫に鴉退治への付き添いを命じられたとき。桜ちゃんだったらむしろ、御剣様わたしと一緒に行きます、って無茶を言って、それを私が何とかして諫める、っていう展開になるかと思ったのに、逆だったでしょう? 姫に言われて桜ちゃんが困惑して、断ろうとしてた。あれが凄く意外でね。どういう理由があるんだろうとずっと考えてたんだけど……」


 雫は可笑しそうに肩を揺らす。


「さっき岬くんに話を聞いて、やっと筋が通った。あの鴉が社以外の場所に来るのは、妖怪の気配を感じたときだけだって。手下の小さい鴉も同じで、だから私が夜中に宿の中で妖怪に追い回された次の日の朝には、宿の屋根の上に一杯鴉が留まってたわけ。でもそうなると、少しおかしな事がある」


「何で、御座いましょうか――」

 桜は呟く。どことなく観念したようにも聞こえる。


「その日、私が妖怪に襲われた次の朝、姫の部屋で話してるとき、桜ちゃん言ってたじゃない。『昨日の夕方大鴉が宿に向けて飛んでいくのを見た』って。そんなはずないんだよ。その時点では妖怪なんて宿にはこれっぽっちも現れてないんだから。つまりこの言葉は、嘘」


「成程」


「あれはきっと、その前の日の別れ際、私と一緒に見たからだよね、富士山を横切って飛ぶ大鴉を。それで思いついた。鴉が増えたのも侍が襲われたのも、全部偶然で後付け」


 下をずっと向いたまま、桜は何も云わない。


「で、それが何を意味するかというと……何でもいいから鴉に結びつけて私たちを社の方へ行かせたかった、っていうことになる。町外れでそうそう帰ってこられない、あのお社へ。お社に鴉が祀られてるのも、知ってたんでしょ? だってお社の場所をあれだけ正確に知ってたら、普通何が祀られてるかくらい、この時代の人だったら……あー、その、誰だって、ね、知ってるじゃない。まして桜ちゃんは江戸の町中を案内できるくらい詳しいんだから」


「はい」

 か細く桜は肯った。


「つまり、何も起きていないうちから桜ちゃんは、あの大鴉とお社を使って人払いをしようと画策していたわけだ……さて、桜ちゃんは用心棒である私と颯太を追い払った後、姫と二人きりになって夜中の宿で何をしようとしていたんでしょう、っていう……そういうこと」

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