その四十 雫、姫に報告する
こうして四人は朝焼を眺めながら、まだ人っ子一人おらず静かな江戸の町を、歩いて宿まで帰った。
妙に桜に元気がないのが、雫は不思議だった。ずっと俯いたまま黙りこくっている。まだ鴉の一件で落ち込んでいるのだろうか、責任を感じているのだろうかと雫は声を掛けたが、桜は違います、とだけ小声で応えた。何か、思うところがあるらしかった。
元気がないと云えば、颯太もだった。否――正確に云えば、こちらは単に不機嫌なだけであった。一人腕を組み、雫をじろじろと見ている。
「雫、そんな得体の知れない餓鬼と手を繋いで歩くというのはどうかと思うぞ」
「なんで? 可愛いでしょう」
「そんな石のように無口な子供のどこがいいんだ。能面の方がまだ愛想があるくらいだぞ。愛でるならもっと反応が目に見える生き物にしろ」
「要らないつまらないことばっかりごちゃごちゃ言って他人困らせるどこかの誰かよりよっぽどいい」
「そんな最低最下の小喧しくて鬱陶しい人間と比較するのはおかしいだろう。誰だそれは。私が成敗してやる」
「是非そうしてください」
冷たく雫が云い放つと、口を尖らせた颯太は物欲しそうに、雫の残る右手をちらちらと見ていた。
すると、不意に岬の左腕に載っていた鷹が飛び立った。
ばさばさと飛ぶ鷹は、真っ直ぐそのまま颯太の処へ来ると、いきなり鋭い嘴でつつき回しだした。
「痛い痛い痛いッ、なにするんだッ」
わあわあ云いながら逃げ惑う颯太にぴったり付いて、鷹は何時まで経っても攻撃をやめない。岬はツンとすましたまま、何も云わなかった。
雫は二人の間で、ただ声を上げて笑った。
「……以上のような具合でございました」
雫は浄瑠璃姫の前に膝をつくと、そう報告を終えた。いつも通り、姫の松の間には颯太、桜、巴、それに加えて今は、雫の隣に岬が座っている。鷹は外の屋根の上に放して来ていた。
「ふむ。苦労であった。兎に角その鴉は妖怪とは関わりなかったわけじゃな。それはよいが――ならば我が家臣を殺めたのも、鴉ではないのであるな」
また、何故宿の屋根の上に幾羽も鴉を差し向けたのじゃ、と続けて姫は、岬に向けて問うた。一方岬は畳の目を弄るのに忙しく、聞いているようには見えなかった。姫はむっとする。
「どうなのじゃ。悪気はなかったにせよお前の鳥たちがそのようなことをしていたのであらば、何か一言あってもよいのではないか」
岬は、部屋の隅に置かれた魔除けの雛人形に興味を示している。
慌てて岬を抱き寄せると、雫は必死で取り繕った。
「シャイな子でして」
「じゃから謝意を見せろと申しておる」
話が噛み合わない。
「まあ――よい。幼子の事じゃ、これ以上詮索しても無駄じゃろう。いずれにせよ、振り出しへ逆戻り、というやつじゃな。御剣、東雲、桜、怠ることなく妖怪の源を探るよう、頼んだぞ」
お主らだけが頼りじゃ、と姫は呟いた。
その後は一旦雫たちが部屋でゆっくりと睡眠を取り、そうしてから、雫たちの部屋で、岬から詳しい話を聞くこととなった。
そもそも寡黙で要領を得ない話しぶりであり、また先のように遊びながらのことである。半日がかりの大仕事であった。
兎に角はっきりと判ったのは、鴉と妖怪は何の繋がりもないこと、勿論岬自身も関係ないこと、鴉は社を、ひいては江戸を妖怪から護るためにいること、従ってあの鴉からの攻撃も、中途からは雫たちを試すようなつもりでやっていたらしい、ということ。
この近くまで鴉が飛んできていたのは強い妖怪の気配を察した昨日の夕暮れ時のみであり、勿論伽羅倶利屋を狙ったり、侍を殺したりはしていないこと。
また、岬には父も母もいないばかりか何処で生まれ育ったかも判然としないこと、特別な研鑽を積んだわけではないが、あらゆる種類の鳥を思うがままに操れるということ、殊更大福を好むこと、雫と桜のことを気に入っていること、颯太のことが気に入らないこと、などであった。
これらのことを聞き出すために、颯太は腰が立たなくなるまで馬をやらされ、顔に墨で落書きをされ、最後に尻を思い切り蹴られた。
「私は何か悪いことをしたか――」
無表情ながらも一応満足したらしい岬が厠へ行っている間に、めそめそしながら颯太は尋ねた。
「すこぶる」
胡座を掻いて改めて刀を確かめながら、雫は簡素に応じた。
ふと、雫は桜を見遣る。
可愛らしい少女は、部屋の隅で小さくなって座っていた。俯いて、じっと一点を見つめている。何かを真剣に思い悩んでいる様子であった。




