背中
「え?」
真也は、聞き返した。浩は言葉を返した。
「満たされないと言ったんだ。俺達は、あのシングルがヒットしてブレークした。生活は、安定して、音楽活動も順調だ。ただ、あのインディーズだった頃のギラギラした煮えたぎるものは、もうない。昇も、すっかり落ち着いてしまった」
「浩、お前の気持ちも分かるが、俺達は、やっとブレークしたんだ。昇が基本的に、詞と作曲をしている以上、昇に俺達のバンドの命運は懸かっている。昇も、今はラブラブな彼女がいて、公私とも、いい感じだ。あいつを俺達で支えて、これからもクオリティーの高い作品を作っていこうぜ!」
そう言い返す、真也に、浩は黙った。二人、沈黙のまま酒だけが、すすむ。そして、浩が言った。
「そうだな、お前の言うとおりだ」
真也は、それから、浩の部屋を出て自分の部屋に戻った。真也は、なかなか寝つけなかった。
次の日も、ライブがあり、観客は満員だった。順調にライブは進み、ラストの曲になった。昇が最近、書き上げた新曲だった。甘い、甘いラブソングだ。
真也は、リズム通りなドラムを叩く。ふと、その時に、ベースの音が優しく真也に聞こえた。真也の位置から、昇と浩の後ろ姿が、よく見えた。
小さな昇の背中。
大きな浩の背中。
何故か、そんなふうに真也には見えた。
ドラムを叩く、真也には浩のベースが、何故か、妙に響く。
ライブが終わった。楽屋に戻り、真也が浩に声を掛けた。
「最高の演奏だったよ!」
真也の言葉に、浩は笑った。浩が言った。
「俺も、昇のような恋人を作らないとな」
真也は、すぐに何も言えない。楽屋から出ていこうとする浩に昇が言った。
「浩なら、そのうち、きっと、そんな彼女が出来るよ!」
浩が、それを聞いて大きな声で笑った。真也は、そんな二人を見ていた。
真也は、思い返していた。まだ、自分達が売れなかった頃、小さなライブハウスで、演奏していた時の事を。
客は少なかった。それでも、自分達の音楽に、共感してくれたオーディエンス。
昇が、叫んでいた。
浩が、やたら、尖っていた。
あの頃の二人を、真也が一番、知っていた。
(終わり)




