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第十九話

空気が変わった。

冷たい空気、死神の空気だ。

身を縮めて墓石に隠れ、墓地の外の道に目を凝らす。

きた!

あの女の死神が現れ、恨めしそうにこっちを見ている。

近づいてこない…。

そのとき、死神さんが後ろからやってきた。

「死神さん…」

一気に力が抜けてきたが、墓地の外から自分をぎらぎら睨む視線を感じるのでまだ安心できない。

「ああ、もう時間がないのにっ…クソッ!」

一体何を焦っているのだろうか、女の死神は足を踏み鳴らす。

死神さんが小声であたしにささやく。距離が近いけどそれを気に留める余裕はない。

「向こうはここには入ってこれない。違う地区の死神だから。だから…絶対出ちゃだめだよ」

「わかった」

死神さんの目はいつになく真剣だった。

そのまま墓地を出ようとする死神さんに、いても立ってもいられなくなったあたしは声をかけた。

「死神さん!」

しまった。つい呼んじゃったけど何を言うのか全く考えてない。

死神さんが振り返る。どこか気だるそうな二重まぶたにいつも気持ちが落ち着かなくなる。もう、あたしこんなときまで…!

「あの……、気を付けて」

小さくうなずいてくれた。まもなく女死神と向き合う。

「この人だよね、取り消したいの」

死神さんはリストを開き、明後日のページに乗っているおばあさんを指差した。え、あたしが持ってたリストいつのまにっ!?

「そうだけど、何?わかってるんならアンタの助手の命よこしなさいよ!!」

そういうこと?リストを書き換えるのにはリストの持ち主である助手の命が代わりに必要ってわけ?

誰かが助かる代わりに、他の誰かが死ぬ。

なるほど。魂の量的な意味では納得だ。

でもこういうのってすっごく、気に食わない

さっきまで散々いたぶられたことも思い出して、急激に腹が立ってきた。

「それはできないな」

むこうはもう正気ではない。真正面から、やけくそになっているようにリストを奪おうとする。もちろんそんなので奪えるわけがない。振り上げた手は呆気なく止められる。

「離してよ…あたしには、あの人が…」

「1917年生まれ、助けたとしても長くは持たないね。また他の人間を犠牲にしないといけない」

「うるさいっ!あの人は、70年もずっと手伝ってくれてるの!他の助手なんて考えられない!何人犠牲にしてもいいーーー」

そこで声が途切れた。驚きによって。死神さんも驚いていた。あたし自身も。

バカなことしてると思った。殺されるかもしれないのに危険地帯に踏み込んだんだから。

あたしは女の死神の前に飛び出していた。行かずにいられなかった。

だって、黙ることなんてできない。

「バカなこと言うなっ!どうしてこのおばあさんのこと考えてやれないの!?あたしうらやましくてたまんないよ!こんなに思われてるなんて!このおばあさんだって幸せに違いないーーーーもしリストを書き換えたことを知ったら何て思うか想像できないの!?」

一気に吐き出した。でもまだ感情が溢れて口をついて出てくる。

「幸せなまま…幸せなまま逝かせてあげようとは思わないの!」

女死神は目を見開いて突っ立って聞いていた。やがて何かを思い出しているような表情になった。

あれ…?反撃してこないの…?

息を止めて見つめた。しばらく沈黙が流れる。

何分立っただろうか。女死神はいきなり踵を返すと、そのまま歩いていった。

「どこに行くの?」

声をかけてみた。返事は期待してなかったけど。

ところがびっくりすることに返事が返ってきた。

「…やめるわ。なんか、萎えた」

それだけだった。黒い後ろ姿は闇に消えていった。

「真千子ちゃん」

あ…死神さんの存在忘れてた。今更だけど死神さんの前であんなペラペラと説教くさいことを言っちゃったんだぁぁ!!

顔から火が出る。死神さんが直視できないよ~……。

「リストは持っとくよ。明後日までは。そしたら安全だから」

「う、うん!」

やめた、萎えたと言っていたが気が変わる可能性もある。まだ完全には安心できない。

「なんかあったら、そのときは必ず呼んで」

「呼ぶって…普通に、声で?そんなので大丈夫なの?」

「うん。今日だって呼んでくれたから来れた」

そうだったのか。

無意識に呼んでたけど、もしあのとき声に出してなかったらーーーー考えたくない。

「危なかった」

まっすぐ見つめられた。目がそらせない…。

やめて、緊張する。

「真千子ちゃん死ぬとこだったーーーほんとあと少しで…」

あ、れ…。

死神さんが焦点を合わせてるのってあたしなの?

なんか違うような…前にも見た、この目。昔を思い出してるような…

「今日はゆっくり休むといい。気を付けて」

ああ、行っちゃう。まだ行ってほしくないけど、あたしには笑ってバイバイと言う以外に方法がないから、別れる。

月のない空だった。

消えていった冷気が恋しかった。


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