第七十五話:出発
「お懐かしゅうございます、ロザリオ侯爵閣下。」
「私はお前の事は知らんぞ。」
「・・・・申し訳ございません。」
「まぁまぁ。」
アルクエイドとアシュリーの目の前にいるのは元婚約者と駆け落ちした恋人であり現夫であるシリウス・マンゼン【年齢30歳、身長181cm、色白の肌、漆黒の黒髪、碧眼、彫りの深い精悍な顔立ち、没落貴族の元令息】である。元婚約者の下へ行く前に道案内としてゴルテア侯爵領の牢に入れていたのを解放しこの場にいる。一応、念のために元婚約者の居場所を予め尋ね、先に隠密を行かせ様子を確認したが、どうやら本当に病気らしい・・・・
「さてラーナは元気に・・・・あぁ、不治の病で余命幾ばくもなかったな。」
「・・・・はい。」
アルクエイドの言うラーナとは、アルクエイドの元婚約者の名前、ラーナ・スリザリン(現在はラーナ・マンゼン)【年齢26歳、身長162cm、水色の長髪、水色の目、色白の肌、細身、美乳、彫りの深い端整な顔立ち、スリザリン伯爵家の元令嬢】である。シリウス・マンゼンはスリザリン伯爵家に仕える元使用人であった
「病人とは申せ、ラーナにも困ったものだ。実家を没落させ残された家族は全員自殺し、あまつさえ私を呼びつけるとはな。」
アルクエイドが皮肉混じりにそう言うとシリウスが何か言いたげな顔をしていた。それに気付いたアルクエイドは尋ねた
「どうした、言いたい事があるならハッキリと申せ。」
シリウスは迷いつつも意を決して話し始めた
「・・・・ラーナはスリザリン伯爵家が没落した事は存じておりませぬ。」
「・・・・何、知らないだと?」
「えっ、それはどういう・・・・」
「伝えておりませんので・・・・」
シリウス曰く駆け落ちしてから数週間後にスリザリン伯爵家が没落した事や一家が心中した事を知り、ラーナには伝えるかどうか迷ったがこれ以上、平民生活に苦労するラーナにこれ以上、負担をかけたくないと思い、今日まで秘密にしていたのだという
「じゃあラーナは今でもスリザリン伯爵家が存続していると思っているのか?」
「・・・・はい。」
「まぁ~。」
アルクエイドとアシュリーは内心呆れつつも目の前にいるこの男はラーナを余計な心労をかけさせたくないという気持ちも分からないでもないので正直複雑である
「1つ尋ねるが私に会ってどうするつもりなんだ?」
「・・・・実は。」
シリウス曰く、ラーナの娘と息子であるラーニャ・マンゼン【年齢8歳、身長121cm、藍色の長髪、色白の肌、藍色の目、彫りの深い端整な顔立ち】とラフィット・マンゼン【年齢7歳、身長115cm、藍色の短髪、色白の肌、藍色の目、彫りの深い端整な顔立ち】を、スリザリン伯爵家に養子入りさせようと考えており、アルクエイドにその後見役をお願いしようとしたらしい。それを聞いたアシュリーは烈火の如く怒った
「何を勝手な事を言うのかしら!貴族の身分と実家を捨ててまで駆け落ちした張本人が閣下に命乞いするなんてとんだ恥知らずだわ!貴方も貴方よ、ちゃんと説明していればこんな事態にならなかったのよ!」
「も、申し訳ありません!お、お許しのほどを!」
「アシュリー嬢、落ち着きなさい。」
本来であればアルクエイドが怒る筈がアシュリーが先に怒った事でアルクエイドは返って冷静になり、アシュリーを宥めた。シリウスはアシュリーの逆鱗に触れた事に気付き、土下座をしてひたすら謝罪する一方である。アシュリーを宥めたアルクエイドはシリウスの方へ視線を向け、「無理だな」と答えた。シリウスも土下座をしたまま「・・・・はい。」と一瞬の間があったが諦めに似たような声で返事をした。それに続けてアルクエイドは貴族社会について語り始めた
「貴族の世界、特に子供は3歳から英才教育が始める。国の歴史、礼儀作法、御稽古、貴族の令息令嬢としての心構え等、多岐に渡るものばかりだ。それだけではない貴族の家に生まれれば貴族同士の付き合いもある。特に報連相は重要だ。それは仕事に置いても私生活に置いても同じだ。世の中には愛があれば何とでもなるというおめでたい考えもあるがそれが通じるほど貴族社会は甘くはないぞ。」
アルクエイドの辛辣なまでの説明にシリウスの表情が青ざめ始めた。横で聞いていたアシュリーは威厳に満ちた表情で貴族社会を語るアルクエイドに思わず見惚れていたのである。アルクエイドはアシュリーからの視線を感じつつも説明を続けた
「それに私も何人かは妾との間に儲けた平民育ちの令息や令嬢をちらほらと目にしたが社交界から完全に浮いた存在だ。確実に距離を置かれ何れ自滅するだろう。仮にスリザリン伯爵家が存続してお前たちの息子と娘が社交界に出たとしたらどうなるか考えなくても分かるだろう?」
アルクエイドの問いにシリウスは黙りこくった。シリウスも内心では無理だと分かっているのだろう
「シリウス、お前がラーナに気を使って伝えなかった気持ちは分かるがこのような状況にまで追い込んだお前自身の優柔不断さが招いた事だ。それについては分かっているであろうな?」
「・・・・はい。」
「アシュリー嬢も宜しいな?」
「はい。」
「ではシリウス、では出発の準備を始めるからしばらく待て。」
「はい。」
それから数日後、アルクエイドとアシュリーはシリウスの道案内の下で騎士隊と隠密集団、身の回りの世話をする従者等を連れて元婚約者のいる地へと向かった。ゴルテア侯爵一家からも騎士隊と従者等を借り、大所帯となった
「(それにしてもアポロ山脈とは・・・・随分と遠い所に駆け落ちしたわね。)」
アポロ山脈はガルグマク王国直轄領であり、アポロ山脈には豊富に岩塩が産出されている。馬車での移動ともなれば1週間はかかる距離である。しかも騎士隊と隠密と従者連れともなれば1週間以上はかかる。そのために予め宿を手配する必要があるため先に先発隊を出発させた。更にアポロ山脈に行く途中でロザリオ侯爵領があり宿泊する予定である
「アシュリー嬢、王都に出たのは初めてですか?」
「はい、私は生まれも育ちも王都でしたので此度の旅は新鮮ですわ。」
「そうですか、でも気をつけた方が宜しい。旅の道中で野生の獣やら山賊やらがおりますから。」
「そのために閣下は騎士隊と隠密をつけたのでしょう。」
「えぇ、地の利の上では向こうの方が一枚上手ですからね。」
アルクエイドは道中で猪や熊等の野生動物や山賊を警戒していた。特に山賊ともなれば若い女を狙う可能性がある。万が一アシュリーが狙われたら大変である。ゴルテア侯爵一家から任されたからには失敗は絶対に許されないのである
「(引き締めていかないと!)」
アルクエイドは気を引き締め、アシュリーと共にアポロ山脈に向かうのであった




