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第4話 天帝の魔女

 エニグマダンジョン1F巨大空洞。

 周回は10日目に突入した。


 もちろん、1F以下の階層に潜るなどいう暴挙にはまだ出ていない。まだまだ運動には慣れていないからね。


 午前中だけ、この入り口付近をウロウロしているだけだ。


 ちなみに午後はクタクタなので、今はまだ休養の時間に充てている。体力がつけば、筋トレとか剣や魔法の修行などもしたいと考えてはいる。


「はぁはぁ……」


 今日はまだ、茶色のフェアラットとエンカウントはできていない。


 白いフェアラットとゴブリンを合わせて10匹ほど倒しただけ。にも関わらず、僕の肉体はすでに内側から悲鳴をあげている。


「ふぅ……。やっぱり、メアについて来てもらったほうが助かるんだけどなぁ」


 周回初日は幼馴染の公爵令嬢、メアリーベル・アシュ・クリストフがいた。だが2日目以降、彼女の姿はない。


 いや正確には、僕が茶色のフェアラットを撃破したすぐあとのことだ。


 クリストフ家お抱えの聖騎士団「テンペスト」。その団長であるサリエルが複数の部下を引き連れて、現地に姿を現したのは。


「まさかお忍びだとは、思わなかったよ」


 メアはここへ来ることを誰にも告げずに、実家を抜け出して来ていたんだそうだ。


 僕の疑念は正しかった。

 公爵令嬢、しかも10歳の女の子が1人でダンジョンへ行くとか普通ありえないもんね。


 ちなみに僕の場合は問題ない。

 家臣も両親も、毒舌で全員黙らせてから来ているからね。


 傲慢ごうまんな悪役の設定って案外便利なものだと、その時改めて思ったもんだ。


 まぁそんなこんなで、メアは有無うむを言わさず強制帰還させられた。帰り際、メアも僕もサリエルにめちゃくちゃ怒られた。


 当然だが、僕はクリストフ家の人間によく思われていない。今回の件も僕がメアを連れ出したことになっている。


 メアはそうじゃないと怒っていたが、悪役とは本来そう言うものだ。だから僕は別に気にしていない。


 以降、僕は1人でここを周回し続けている。


「それにしてもしんどい。熱中症は今のところなんとかなっているけれど」


 ゴツゴツとした洞穴の壁面を背もたれにして、一旦休息をとる。


 事前に準備していた塩と水を大量に摂取する。体の熱は、冷属性魔法を自分にうまく使いながら拡散している。


 おかげで毎回“ととのう効果”を発揮はっきするので、この魔法転用は我ながらナイスアイディアだと思っている。


 でもやはり、元々の体力不足がいきなり解消することはなかった。


 疲労感は相当なモノだ。

 こればかりは続けるしか解決策がない。

 

「あまり見ても意味はないんだけど」


 手持ち無沙汰ぶさたなので、なんとなくステータスを開いてみる。


―――――――――――

名 前:アーク

性 別:男

年 齢:10(±0)

身 長:140(±0)

体 重:64(±0)

―――――――――――


「体重の変化が見えるだけでも、良しとしておかなきゃね……」


 いまのところ、目に見える数値の変動はまったくない。10日も継続してダンジョン周回しているのに。


 やっぱり食べる量をもう少し減らしていかないと、せるのは難しそうだな。維持しているだけでもまだマシなのかもしれない。 


 ちなみにこのステータス画面。


 最初に確認してから今日までの10日間で色々と触ってみてわかったのだが、別にゲームで表示されていたような本来のパラメータがないワケではないんだ。


 あるにはある。

 ただ、今は鍵マークが邪魔をしていて見られないだけ。


 特定の条件をクリアすれば開けられそうなんだけど。それがなんなのかは、このゲームを熟知している僕でもわからない。


「ま、コツコツやってくとしますかね……おや?」


 疲労が少しやわらいだので立ち上がった時、入口のほうに人影があった。


 冒険者かな?

 むしろ今日までこのダンジョンで誰とも出会わなかった自体がめずらしいこと。


 午前中毎日来ているのだから、普通は出くわすのが当たり前だろう。


 だから僕は人が来ても、特に驚いたりはしな……

 


 ……いや、マジか。



「あらぁ? どうしてこんなところに、シュテリンガー家の白豚君がいるのかしら?」


 そのセリフ、そっくりそのままお返ししたい。


 どうしてこんなところに、“天帝てんていの魔女” デュネイ・アーカイヴがいる?


「私用だ。魔女め」


 動揺を悟られないよう、いつもの端的たんてきな口調でデュネイの問いに答えた。


 魔女、と言ってしまったのはもしかしたら失言だったかもしれない。



 天帝てんていの魔女――



 比較的多くのキャラがバッドエンドを迎える場合、それは彼女の逆鱗げきりんに触れてしまう時だ。原作で彼女を倒すシナリオは存在しない。


 天帝とは神の意。

 災厄級さいやくきゅう極限きょくげん魔法を自身のあごをクイっとするだけで放てるホンモノの化物だ。


 ただ、彼女が世界からその異名いみょうで怖れられるようになるのは、メインシナリオで言えば終盤の話だった気がする。序盤は正体不明の胡散うさん臭い錬金術師の女性だったと記憶している。

 

 また僕の父、ガウルが彼女と既知きちなのは知っていた。プロフィールにそのような記載があったのをなんとなく覚えている。


「キミとは初めて会うはずなのに、随分ずいぶん不躾ぶしつけなのね」


「それはお互い様だろう」


 我ながらヒリつく会話をしている自覚はある。まだ覚醒前とはいえ、相手はのちに寝息だけで魔王級を滅ぼせるほどの怪物。


 アークにいくら才能があるとはいえ、今戦って勝てる見込みなどまずないだろう。


 挑発なんてもってのほかではあるのだが。


 でも、僕は傲慢不遜ごうまんふそんな悪役貴族なんだ。対象がたとえ人成ひとならざる力を持っていようと、権威けんいは保たなくてはいけない。


 決してめれられるワケには……


「!?」


「生意気な白豚君。このまま丸焼きにして、美味しくいただいちゃおうかしら」


 目を放したつもりはなかった。

 お互いの距離も、まだ十分離れていたはずなのに。


 冷たく細い指先が、背後から僕の首筋をスーッとでている。甘くささやくような脅迫が、まるで吐息のように僕の耳を刺激する。


 背筋が凍る。

 気が付くと、僕はすでにデュネイによって間合いを侵略されていた。


悪食あくじきだな。僕を食っても胃を壊すだけだ。やめておけ」


「うふふ。冗談よ、冗談。に受けちゃって。かわいいじゃない」


 脇汗わきあせ、ハンパないんですけど。

 でも、僕は虚勢きょせいを張り続ける。


「ここへ何をしに来た?」


「仕事よ。ちょっと依頼された魔道具の合成素材を切らしちゃってね。直接取りに来たってだけよ」


 ん? どういうことだ。


「ここで手に入る素材くらい、表の市場でいくらでも安く買えるだろう」


 エニグマダンジョンは、ゲーム的に言えばいわゆる初級ダンジョンだ。デュネイクラスがわざわざ雑用してまで手に入れる素材なんて、ここにはない。


 売り値もそんなに高くないし。

 一般の冒険者でも余裕で買えるものしか、ここでは手に入らない。


「だって、この前エルヴィッチ産の高級魔具袋ブランドバッグ買っちゃったばっかりだから。お金ないんだもん」


「はっ?」


「キミのお父さんももうお金貸してくれないしさ。面倒だけど、自分で狩って集めるしかないじゃない」


 天は二物にぶつを与えないとはよく言ったもんだ。どうやらこの魔女、金(づか)いが絶望的にすさんでいるようだ。


 父ともそういう関係性だったんだな。完全に理解した。


 これは、使える。


「デュネイ。お前、【魔力鑑定】はできるのか?」


「ちょっとブタ君。お姉様をお前呼ばわりするのは、さすがに失礼じゃ……」


「できるのか?」


 僕の首をでるデュネイの手を跳ねのけ、視線を強めて念を押す。


「精霊石くらい持って来てるから、なんならここですぐにでも」


 彼女が腰にたずさえた高級魔具袋ブランドバッグからエメラルド色の鉱石を取り出しながら、問題ないと答えてくれた。


 ちなみに魔力鑑定とはその名の通りだ。


 精霊石を媒介ばいかいに内に秘めたる潜在的な魔力量・得意属性などをあぶり出す儀式。


 一定の年齢になれば義務的に測定するものだが、任意でそれ以下の年齢でも先んじてることは禁止されていない。


 特殊技能が必要なので、それが出来る者はかなり限られているのだが。


「なら、この場で僕の魔力を鑑定してくれないか? もちろん無料タダでとは言わん。報酬はキッチリ支払う」


「いやいや。アナタ、お子ちゃまじゃない。魔力鑑定、まぁまぁ高い……」


「僕の毎月のお小遣いは金貨100枚だ」


「な、なんですって!?」


 勝ったな。


「魔力鑑定の相場はせいぜいが銀貨1枚だったか。急な依頼だ。金貨5枚で手を打とう。どうだ? 悪くない条件だろう」


「白豚くん、大好きっ!」


 どうやら交渉はすんなり成立したようだ。

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