第29話 そのメンバーは反則だろ!
平常心を保つ秘訣は、いつもの生活リズムを崩さない努力がなにより大切だ。
ある意味、今日は僕の命運を決める重要な日なのだから、決戦当日くらい休んで最後の追い込み鍛錬をしててもよかったのでは?という考え方も確かにある。
だが僕は、たとえ受験前だったとしても、足掻いて徹夜とかはしない主義なんだ。
すでに、この日を迎えるまでに自分ができることはやり尽くしたと自負している。
あとは粛々と、いい精神状態で決戦の時を迎えるために、僕はいつものルーティンをこなしている。
「えー、であるからして、この魔法体系の定義は……」
シャンバラヤ当日、昼食後の授業中――
しょうもないモブ教師が教える教科書通りのつまらない授業を聞きながら、僕は窓の外を見ながら物思いにふけっていた。
「すー……すぅ……ア、アークくん……ダメだよ……こんなところで……」
「……」
隣に座る今日の主役の1人、カナデ・アオイも平常運転だ。彼女は昼食を食べた後の授業は必ず、夢を見ながら寝言をつぶやいている。よく僕の名前が出てくるけど、どんな悪夢を見ているのかは怖くて聞けない。
ただ、それはある意味いつも通りという事を示唆している。緊張している様子はないと言っていいだろう。いいメンタリティを保てているようで逆に安心している。
今から約2時間後、本学園の決闘場にてシャンバラヤが開催される。3:3のチーム戦で戦う、勝ち抜き方式の決闘。
相手はアリスト・ルエ・デリシャリス。
昔メアに酷いコトをした犯罪者、バンビーノ・ルエ・デリシャリスの息子で本学園の生徒会副会長でもある男だ。
敵の構成メンバーが未だにわからないことはもう諦めている。アリストは確定だろうから、残りの2人が誰なのかを事前に知りたかったが、それは結局叶わなかった。
アリストの戦闘能力だけはさすがに把握している。
正直、彼が1:1の戦いでウチのメアやカナデ、当然にしてこの僕、アーク・ヴィ・シュテリンガーに勝てる見込みは万にひとつもないだろう。
それは何故か?
彼がカーライルと同じ、魔法戦術科の3年生だからだ。この科は基本的に敵と直接戦うことに特化しない。
ここで主に学ぶのは、あくまで戦場における多数対多数を想定した魔法戦の戦略知識が主。自分が戦う事はあまり想定されていないのだ。
なのでヤツは、自分の戦闘順を必ず3番目に設定してくる。前2人で勝ち抜いて、自分は戦わない戦略で来るのは間違いない。
だからこそ先に知りたかった。
アリスト以外の参戦メンバーを。
絶対に強敵を仕込んでいる。今回の決闘は観戦者が多数いるから、あまり大々的に汚いマネはできない。1:1で上回らない限り、彼らに勝機はないハズなんだけど。
原作主人公メルトがあちら側につくというシナリオは当然想定した。そうなったら当然、僕がやるしかないという覚悟はとうに決めている。
だが彼らには接点がない。それは調査結果からも明らかなんだ。
可能性としては極めて薄いだろう。
僕の悪評を覆すために生徒会へ殴り込みに行こうと提案してきたのはメルトだった。あの時の彼が嘘を付いていたようには到底思えなかったからね。
でもそれ以外の生徒はどうなんだろう。
僕たちに勝てる見込みがあるキャラって、そもそも存在するのだろうか……
「(おっと、いけない。敵のことは考えないと言ってたのにね。平常心を保つってのは本当に難しい。僕もまだまだ修行が足りないな)」
「もう……1回だけって……言ったじゃないの……もう……」
「……」
案外、心を落ち着かせるために一旦寝るという選択は、思いのほか正しいのかもしれない。
◇
「立会人は生徒会長であるこの私、フランベルク・ロートシルトが取り持つ」
喧騒と歓声が渦巻いていた満席の決闘場が急に静まり返る。
闘技スペースの中央に立ち、細身ながらも力強く発せられたその言葉は、彼の権威を示すのに十分だった。
「生徒会長ってこんなことまでやるんだね」
僕の右隣にいたメアがそんなことをボソッとつぶやいた。
時はすでに16時を過ぎている。
決闘場の中央には闘技スペースとなるリングが設置されており、その両サイドにそれぞれの参加メンバーがすでに戦闘待機状態に入っている。
「なんで、あっちのメンバー……副会長しかいないの?」
僕の左隣に立っていたカナデが僕と同じ感想を言ってくれた。
そう、僕たちと反対サイドに立っている敵側の人物は今のところアリストしか見当たらないのだ。
「アリスト。他の面子はどうした?」
立会人のフランベルクがアリストに問う。
ルール上、この戦いは必ず3人いなければそもそも設立しないハズなのだが。
「ああ、すまんなフランベルク。俺の仲間たちはなにかと忙しい連中が多くてな。1人はそろそろ来る手筈にはなっているんだが……」
「!?」
アリストがメンバーが揃わない言い訳をしている途中だった。
僕の背筋におぞましい悪寒が走る。
同時に、なにもなかったはずのアリストの隣の空間に突如として漆黒の渦が静かにとぐろを巻き始め、そしてそこから現れた異形なオーラを放つ人物の全体像を認識して、僕は絶句した。
「多忙なところ悪かったな、《《ザビ》》」
「軽々しく口を開くな塵屑。貴様はいずれ解体する」
ザビ・ゾルディス――
間違いない。あの男は原作でも有名な極悪キャラだったからよく覚えている。
ヤツはこのグランドテイルズの世界で、最上位から数えて五指に入るほどの実力を持つ、現役最強アサシンのひとりだ。
悪逆非道。とにかく残虐な男で……
って、いやいや。
そんな説明は今はどうでもいい。
すでにルール違反じゃないか。前提が大きく間違っている。学園の生徒でって話だったはずだろ。あんな化物を呼んで来るなんて、話にならない。
もはや戦うまでもないな。
ここまでの準備がすべて徒労だった。
やれやれ。
「立会人。この勝負、我々の不戦勝ということで異論ないな」
まぁ戦わずして勝てるなら、それに越したことはないか。
「なにを言っている? アーク・ヴィ・シュテリンガー。ザビはこの学園の生徒だ」
「なんだと?」
そんなワケないだろう。
ザビは少なくとも、アークよりも10才以上は年上の設定だった。ゲッティに調べさせた全校生徒の名簿の中にもザビなんて名前はなかったハズだ。
ありえない。
「正確にはウチの《《卒業生》》、元生徒だがな。卒業証書も事前にアリストから提出されている。問題ない」
「卒業生……だと?」
そんな設定……いや、あった。確かにあった。今、思い出した。ザビは確かにこの学園の卒業生だ。
けど、そういう問題じゃないだろう。
OBが決闘に出るとか、そんなことがまかり通っていいワケが……
『さすがは副会長。人脈が桁違いだな』
『これで白豚一味の悪業は今日ですべて裁かれる!』
『もう、●しちゃえよっ!』
『ザビ様っ! そこの悪魔どもを一掃しちゃってくださいっ!』
観戦する多くの生徒たちが発する罵声の中に、ルールを犯しているアリスト側を非難する言葉はほぼ聞こえない。
彼への勝利の期待と僕への怨嗟と敗北を望む声はむしろその勢いを増している。
「知らなかったのか? シャンバラヤへの参加資格は、現状におけるこの学園の生徒、もしくは《《過去この学園の生徒であった者》》、だということをな」
明らかに僕を見下し、蔑む視線でアリストがそう言い放つ。
僕が知っているシャンバラヤのルールにそんな設定はない。ゲッティやアス姉が調べた結果にOBが参加可能だという情報もなかった。
書き換えている。確実に。
この短期間で、ヤツはこの決闘のルールそのものを捻じ曲げたんだ。
「貴様……」
「別に逃げても構わんぞ。ただその場合、俺の勝利は確定する。ブタは退学だ」
これが権力というヤツか。
到底承服できるルール改変ではない。だが、僕が今ここで喚き散らかしたところでその前提を覆すことはできないだろう。現状では立場が違いすぎる。
……はぁ、まったく。
せっかくカナデやメアに鍛錬を積んでもらったんだから、その実力をここでいかんなく発揮してもらい、彼女らの名誉も自信の力で回復してほしかったんだけどな。
その目論見の実現は、今は難しいらしい。
僕は最後に出て戦うつもりだったが、致し方ない。
今のカナデやメアの実力では十中八九ヤツには勝てないだろう。だから僕が先方で全員叩きのめすしかなくなった。
まぁ、普通に勝てるでしょ。僕のあのステータスなら。
原作改変が進みすぎてザビの能力値が怪物級になってたとしたら話は違うけど。そこは考えてもラチが明かないし。ここまで来たら、もうやるしかない。
カナデやメアの実力を示す機会はまた今度だ。
よしっ!
それじゃ、とっととリングに上がってサクッと終わらせてきますかね……
……ん? あれ?
何故かカナデがすでに、無言でリングへ上がろうとしている。
もしかして、戦うつもりなのか?
「カナデ。お前は知らないかもしれないが、あの男はザビ・ゾルディスと言って、世界で五指に入るアサシン……」
「知ってる」
「なに?」
知ってるならなんで戦おうとする?
いくらカナデが腕を上げていたとしても、今の実力ではあの男に勝てないぞ。
やめてくれ。
君が実力を示す時は今じゃない。
ザビは暗殺者だ。人の命を奪う事を生業としている者。戦って無事でいられる保証はまったくない。
危険すぎる。僕は無駄に仲間が傷つく姿は見たくない。
……いや、だがちょっと待てよ。
カナデ・アオイのプロフィールについて、思い出したことがひとつある。
彼女の生い立ちに関することだ。
東方出身のカナデ。彼女は幼い時に父と母を亡くしている。その両親の死の真相を探ることが、彼女の隠れシナリオにおける目的のひとつだった。
僕は転生前、彼女の裏のシナリオまではやりこんでいなかった。その真相は、事故かなにかだと勝手に勘違いをしていた。だが、実際はそうではなかったんだ。
奪われたのだ。
彼女の両親及び一族郎党は。その命を。
下手人の正体。
それがいったい誰であったのか?
……そういうことなんだな、カナデ。
「アークくん」
「なんだ?」
彼女の声は冷え切っていた。
僕は、すべてを察した。
「私が私でなくなりそうになったら……止めてね、絶対」
「ああ」
僕がすべてを悟ったことをカナデが察したのかは定かじゃない。けど、期待されたんだ。自身の殺意に対する抑止力として。この僕が。
見届けなければいけない。
もはやこの戦いの始まりは誰にも止められない。
信じよう。彼女はまだ13歳。
だが、この冷徹なる復讐の気配は本物だ。
すでに用意されていた刃のないショートソードを握り、ゆっくりとリング中央へと歩みを進めるカナデ。
そんなモノは必要ないと、なにも持たずにカナデと対峙するザビ。
互いの準備はすでに整った。
立会人の合図ひとつで、この死闘は始まり迎える。
「私は完璧主義者でね。あのアオイ一家惨殺ミッションはお前を取り逃がしたことで失敗扱いにされた。追加ミッションだった『皆伝の書』の入手も結局、未達に終わった」
「……」
「この茶番の相手にアオイ家の生き残りがいると知って歓喜したよ。これであの日の《《後始末》》がつけられる、とね。それが理由で私は塵屑の愚策に乗った」
「……」
「今さら報酬はもらえんがね。まぁ、これは気持ちの問題だ」
「……」
「あの任務の後、私はプライドがひどく傷ついてね。今日ここでついに、その鬱憤が晴らせるのかと思うと胸がはち切れそうなほどに躍る……」
「……意外と、おしゃべりなのね」
「なに?」
「たくさん《《この世》》で話しておくといいわ。だってアナタ、この世だけじゃなく《《あの世》》にも友達なんていないでしょ?」
「塵風情が。楽に死ねると思うなよ」
「前言撤回。やっぱりもう、屑はしゃべらなくていい。耳が腐る」
1回戦は因縁の対決となった。
カナデvsザビ
形式上は模擬戦。命の奪い合いはご法度。
だがこれから行われるこの戦いは明らかに、事実上の殺し合いとなるのだろう。




