第10話 剣神、咽び泣く
剣神、カナデ・アオイ――
原作で彼女を使ってプレイをしたことは何度かある。正直、ストーリーにそれほど共感した覚えはないが、彼女が習得する様々な剣技については特徴的でよく記憶している。
まずそもそも、彼女の基本斬撃技【雷刃】がすでにチート級だった。なんせ軌道も剣速も、本当に雷と一緒なんだから。
稲光を想像してもらえればわかりやすいと思う。アレがそのまま斬撃になったイメージだ。
「(でもまさか10歳であんなチート技、使えるはずないよね?)」
「すぐに、終わらせます」
「……」
戦闘態勢で対峙するカナデの木剣が煌々《こうこう》と光を放ち始めた。
僕の希望的観測は最初から大きく外れた。
アレは十中八九、【雷刃】だ。
「カナデ殿は、最初から本気のようですな」
「木剣が光っておる……なんだ、あの技は……」
「雷刃、と言うそうですぞ。申し訳ないな、ガウル殿。我々の勝利は確約された」
東の方々がそう確信するのも理解はできる。
防御はまず不可能だからな、アレ。
剣が届く間合いに入ったら最後だ。
とにかくまず避けて、後の先を取るしか彼女に勝つ方法はない、と言っても言い過ぎではないだろう。
さすがに体捌きまでは、まだ全盛期には遠く及ばないはず……
「!?」
はやっ! ヤバい、全然動きが見え……
ええい、考えるなアーク! もう直感しかない! 僕の無意識下にある潤沢な原作知識を思い知るがいい!
ここだッ!
「おりゃっ!」
「うそっ! なんで……」
激しい衝突音とともに、左下から僕の心臓辺りを狙ったカナデの一撃を止めた!
「ふんっ!」
「きゃあっ」
そのまま手元にありったけの力を込め、強引に彼女の木剣を押し返した。
華奢なカナデに僕の体重が乗った跳ねっ返しは効いた。彼女は修練場の側壁まで軽々と吹っ飛び、背中を激しく打ちつけた。
「なん……ですと……」
「あの、カナデ殿の雷刃を……止めた、だと?」
「あ、ありえぬ……」
「おおお!! やるじゃないか、倅! はーはっはっは」
東の重鎮たちの驚愕をよそに、盛大に高笑いする我が父。
なにわろてんねん、クソおやじ。
こっちは死に物狂いだっつーの!
「無理をするな。その脆弱な身体に今の衝撃は効いたであろう」
「い……痛く、ないしっ!」
フラフラと立ち上がるカナデの膝が笑う。
だがどう見ても強がりだとわかる。
実はこのカナデ・アオイというキャラ。
剣の腕とスピードは規格外だが、防御力がペラッペラなのだ。
ほとんどの敵はその圧倒的攻撃力と速度で先手を取って制圧できるが、運悪くダメージを受けると途端にピンチになる。
言い換えると、割とキャラ設定がギャンブルチックなのだ。そして僕の直感による反撃でまぁまぁのダメージを負ってしまったカナデ。
彼女は賭けに負けたんだ。
もはや、勝負あったと思う。
「オーベルク。ヒーラーを呼んてくれ。彼女の手当てを」
「アーク様」
「くどい。二度言わせ……」
「まだ、勝負は終わっておりませぬ」
「なに?」
再びカナデに視線をやると、彼女の膝の震えは止まっていた。壁際で再びまっすぐに立ち、《《目を閉じて》》剣を中段に構えている。
「あの集中力……なにか、来ます」
オーベルクの言う通り、カナデはこれまでと違った不思議な気を放ち始めている。
静かで、力強く。
その立ち姿は、まるで波紋ひとつない湖面。
清廉で汚れのない、透き通る水を想起させる。
待てよ。
水のイメージ、だと?
マズい!
この技は……
「全員伏せろ! 今すぐにだ!」
「どうされましたか、アークさ……」
「早くしろッ!!」
オーベルクの疑問に答えている時間などない! まさか齢10歳にしてあの究極奥義八閃がひとつ、【水閃】をすでに習得しているというのか!
この、カナデ・アオイという化物は!
水閃――
自分を中心に、まるで波紋のように揺れた斬撃を周囲一帯に放つ全体攻撃だ。その“揺らぎ”は、触れた箇所すべてを必ず切り落とす。
「な、ななっ!?」
「とにかく倅の言う事を聞くのだ! 東方の衆!」
波紋の縦の揺れ幅が小さければ、伏せていれば刻まれないはず!
あとは祈るのみ!
「水閃」
つぶやくような小さな声で、ついにカナデは水の奥義を発動した。
建物の被害はこの際しょうがないだろう。
とにかく、今は自分たちの身の安全を守る、最優先の行動を……
……えっ?
「ふぇ……ふぇぇぇぇん!!」
カナデは剣を落とし、そして泣き出した。
彼女の後ろの壁に、少しだけ切り傷があるのが見えた。
奥義は一応、発動はしたようだが。
おそらくまだ実力が足りなかったのだろう。効果範囲が10cmにも満たなかったようだ。
「私のほうが……ひっく……私のほうが絶対、絶対つよいのにぃ! ひっく……あんな……あんな●●●で○○○○な□□に負けちゃうなんて……ひどいよぉ……」
泣きじゃくりながら、カナデは健全な男子女子諸君には到底聞かせられない放送禁止用語の数々を次々と巻き散らかしていた。
現実世界も含めて、あそこまで酷いコト言われたのは初めてかもしれない。
さすがに少し、へこんだ。
だが……
これは好機だ。
僕の実力はそれなりにわからせたつもりだ。
彼女のあの負けず嫌いの気質。
アレは、使える。
「あえて言おう。貴様は弱い!」
「うぅ……今、なんて……」
いきなり僕が大きな声を出したからビックリしたのか。カナデのしゃくりあげは止まった。
このまま一気にいかせてもらう!
「東方最強は話にならんと言ったのだ」
「なっ……なん……ですって……」
まぁ僕自身もかなりディスられちゃってるからね。少しも腹立たしい気持ちを含んでいないかと、言われればウソになる。
お、イイ感じで怒ってくれているな。それでいい。
僕の頭は至って冷静だ。
ここでカナデを煽る目的を、僕は見失ってはいない。
「だが、その才能は認めよう。鍛錬を積むがいい、カナデ・アオイ。さらに励んで再び僕の前に立つがいい。その時はまた相手をしてやる」
これはかなり真面目な話だ。
将来、カナデには僕を追いかけて来てもらって、そして本当に仲間になってほしいと心から思っている。そうなれば、僕の破滅フラグを回避する上で、これ以上心強いことはない。
だから真剣な眼差しで彼女を見つめている。
一点の曇りもなく、これが今の僕の真っすぐな思いだから。
「(トゥンク)え……えっらそうに……」
できれば同じ視線で返してほしかったのだが。彼女、何故かさっきまでの覇気が急になくなり、恥ずかしそうに下を向いて黙り込んでしまった。
ワケがわからないな。まったく。
「まぁそのくらいにしておけ、倅。客人の前だぞ」
そう言いながらも凄くニヤついているのはなぜだ、クソおやじ。その顔、完全に「ざまぁ」してる顔になってるよ。
ほら見ろ。
東方のおじ様方の「ぐぬぬ……」が止まらないじゃないか。
「もう、宣言してもよろしいか? 東の客人よ」
割って入るように、オーベルクが場を収めにかかっている。そうだね。ここは一回、締めたほうがよさそうだ。
「釈然とはせぬが……仕方あるまいて……」
落胆を隠せない東のおじ様方。
せっかく遠路はるばるこんなところまで来てもらったのに申し訳なかったね。
でも、勝ちは勝ちだ。
「それでは。勝者、アーク・ヴィ・シュテリンガー!」
オーベルクの力強い勝者宣言とともに、この模擬戦における僕の勝利は確定した。




