セレクト<後編>
慌ただしい職場だといつも思う。職場という表現が、一般の人には違和感があると思う。
S県刑事部が私の職場だ。職場というからには、給料があり、残業があり、人事評価もあり、組織体としては存在してはならないがパワハラもあったりする。つまりは一般企業とはその建付けや感覚的なものは、変わらないのだ。とはいえ、法を商売道具として扱うわけで、その点は一般企業の感覚とは異なるだろう。なんと言っても、その先には犯罪者がいると言う前提だからだ。
飲み会で万引きGメンの2進化ぐらいが、刑事ですか? なんて新人が言ったが、みなパワハラにならないように丁寧に説明し諭す。橘さんが「ポケモンかい!」とツッコんだのが早かったのが印象的だった。さすが、4課のエース。
刑事部は都道府県本部に置かれ、1課は殺人・強盗などの凶悪犯罪を、2課は詐欺・汚職などの知能犯罪、3課は空き巣・車上荒らしなどの窃盗犯罪を担当する。
4課はサイバー犯罪を扱うと誤解されやすいが違う。サイバー犯罪には、その名の通りサイバー犯罪課があり、ナンバリングされた課ではなく独立した課だ。
私と橘さん二人だけの新設課が4課で、主に死後の犯罪者の犯罪を立件するのが業務だ。死人に口なしというのは、ずいぶんと古くノンアップデートな話だ。
死後、24時間以内に脳をカイザル・フォレスト溶液に移す。カイザル・フォレスト溶液の由来は、その開発者である脳医学者カイザル・ハンス・フォレスト氏によるものだ。
記憶を司る海馬の領域を保全するには、24時間以内の移植が必要で、墓埋法においても24時間は火葬してはならない。ちょうどいい、運用ルールだ。
私たちは主に、死刑囚の隠している犯罪を立件する。自白による犯罪証明は困難である。なぜなら、死刑囚においてはその犯罪の立件が「アディショナルタイム」のごとく、執行までの時間稼ぎになることがあるからだ。
ちなみに、収監中に死亡した受刑者は対象外だ。そこまで範囲にいれるだけの人員が足りないことが原因だ。
新しい内閣の支持率は高く、その一因とも言えるのが、法務大臣の死刑執行の実行力の高さだ。この2年間で7割近くの死刑執行にサインをしている。
そのうち、1課が目をつけていた死刑囚の脳をカイザル・フォレスト溶液に移す。電気椅子による死刑が認めらえていないことが幸いしている。他国では我が国の4課の実績は、諜報機関によって伝わっており、脳の損傷が少ない薬物または絞首刑へと切替を検討上申しているとも聞いた。噂だ。
橘さんと私が2人で処理できる事案は1人まで。今回、半年近く立件に向けて動いているのが「三田亮介」だ。
三田亮介、28歳・男性・独身。29人の女性を殺害した稀代のサイコパスだ。1課の関根さんが2年近く追いかけているのが、瀬戸麻子さん失踪事件だ。瀬戸さんは三田と同期のインハウスデザイナーで、大手電機メーカーに勤めている。他同期の女性2名は三田に殺害されている。29人の無念な女性たちのうちの2人だ。
だが、瀬戸さんだけは、三田の自宅からも、本人の供述からもなにも現れてこない。三田は女をとっかえひっかえしており、一度か二度、セックスをすると三度目にはプレイと称して、拷問し殺害する。自宅には拷問部屋がある。中古マンションをリノベして作った隠し部屋だ。
1課の関根さんたちが、令状を手にして踏み込んだ日、三田は意外にも自宅で悠々と彼らを待ち構えていた。隠し部屋が見つからないとでも思ったのか? 犯罪者としては五流レベルの三田は、全国トップクラスの警察犬ジョニーとマルクのお手柄で、容易に隠し部屋の存在が露見した。
一同絶句したと言う。凄惨なその隠し部屋は、15畳ほどあり、中にはバストイレが備え付けられていた。ステンレスの巨大なシンクは、ラーメン店を彷彿させるような作りで、そこで死体を解体していたと思われる。
三田がコレクトしていた、戦利品。殺害した女性たちの「歯」は十分すぎるほどの証拠となった。だが、瀬戸さんに関する「戦利品」はひとつも出てこなかった、もちろん歯も。
三田の自宅に週1の頻度で通っていたことは、防犯カメラでもわかっており、202×年の10月4日に瀬戸さんがエントランスを通過したのが最後。つまり、三田の部屋に来たことまではわかっているが、マンションから出ていつた映像は見当たらなかった。
と、そこで1課の関根さんが、私たちに三田の死刑が執行されたら、三田の脳から瀬戸さん殺害の自白を引き出してくれと依頼されたわけだ。まぁこれは関根さんの宿願でもあるが、1課を越えて、S県刑事課が裁判所に裏で手を回して願い出ている。S県警察署長は、検事崩れではあるもののエリート。裁判官にも顔が広い。彼の根回しのおかげで私や橘さんたちは、ずいぶんと仕事がやりやすい。
もちろん、その功績は、署長の評価にもつながっているのだ。
三田の死刑が執行されると同時に、私は検死に立ち会う。本人の意向もあるが大抵角膜や臓器移植は可としている死刑囚が多い。がらんどうになったような肉体に私は追い打ちをかけるように、脳の取り出しを行う。
私も橘さんも、医師の資格を持っている。医師が刑事になったと言うのが正しいのかもしれない。矯正医官とは立場が異なる。
三田の脳をカイザル・フォレスト溶液に浸し、微弱電流を流しストレスをかける。視覚情報を手に入れているように誤認させるように視覚野とメインモニターとの接続は真っ先に行う。人間暗闇が一番怖いのだ。
三田は逮捕前の状況に記憶を滑り戻させる。部屋の環境や近隣、職場環境などはそのままAIによる生成技術を利用した。だが、人や動物の生成は難しい。RPGゲームのように決まりきった言葉のプログラミングなら可能だが、その人物に成り代わるほどの情報を与え、思考・会話させるとなると無理だ。
というわけで、私たちは三田の世界から「人や動物、虫や微生物」を排した。ただし、植物は存在している。
「小川ちゃん、三田ゲロッたか?」
馴れ馴れしくちゃん付けで呼ばれるのには、もう慣れた。無精髭がサマになっている橘さんが3つある私のモニターに顔を近づけた。
橘さんのメガネの奥には、三田はどう見えているのだろうか。
「詐欺メールで、自白させるってのはなかなかいいアイデアだな。俺だって無人の世界にいたら、ほら、心の拠り所にしたくなっちまう」
「人たらしの三田ですから、詐欺メールとコミュニケーションしようなんて思うんでしょうね」
私は新しい詐欺メールをひな形からコピペして整えた。
「しっかし、カスタマーサポートセンターの登場人物の名前、気をつけろよ?最初がえっと吉岡?次が花岡、その次が岡島って、岡縛りが強すぎねぇか?」
モニターの様子に飽きたのか、橘さんは私の対面にある自席に深く腰掛けた。ベルガモットの香水が、歩いた軌跡を辿って私の席にたどり着く。
三田にはありていに、氏名・年齢・性別・住所・クレジットカードの番号・銀行口座番号・趣味・職歴・家族構成・年収・病歴、といったどうでもいいわかり切ってい情報を開示するように伝えた。
クレジットカードは所持していなし、銀行口座番号は虚偽だとはわかっている。そんなことはどうでもいい。無意識下での情報開示というのは、深層のなかに潜む開示欲が目覚めていく。「僕は知ってるんだ」みたいな幼稚な開示欲。
クレジットカードの番号は合計30回近く聞いた。うち5回は同じ番号だった。橘さんは、それ2課に調べさせるよと言い、20分もしないうちに、16の数列、18の数列に分割して解析した。
「これは何ですか?」
医師は理系に分類されるが、皆数学に明るいわけではない。
「そりゃぁ、座標だ」
「地図上で表示される?」
「そう、パソコンでほら、この数字を打ち込んでと」
橘さんは自分のパソコンで奇妙な座標を入力した。三田の住むS県A市と職場のF市しかレンダリングの都合上生成できなかったが、その間の街道沿いの雑木林を示していた。この世界にも、三田の世界にも存在している場所。
関根さんはバディの部下を連れて、雑木林を調べた。瀬戸麻子さんに関する所持品(社員証)と鍵が見つかった。鍵は棒鍵と呼ばれるもので、ゲームの宝箱を空けるあの古典的な鍵の形状だった。
隠し部屋の鍵と同じだった。あの忌まわしい部屋に通じる鍵。瀬戸さんが持っていたのはなぜだろう。
三田への詐欺メールで自白が目立った成果を得られなくなったため、セレクトという、メールで追い込むこととした。
30人の女性の写真。29人は三田に殺害された女性「ではない」。見ず知らずの女性だ。名前も架空のもの。失踪している瀬戸さんの写真だけは本物だ。
三田は、瀬戸さんの写真を選ぶはずだ。ラジオボタンで選んだのは瀬戸さんだった。その後、瀬戸さんの画像を加工し、血まみれの瀬戸さんの画像を送りつける。違法捜査の極みだが、そもそも死刑囚の脳にアクセスして、自白を引き出そうとしている時点で違法を越えてもいるが。
三田は、おそらく狼狽している。自分が殺人鬼だという自覚はないものの、その衝動に駆られるのは間違いない。死刑執行当日、牧師に放った言葉は「俺が死んでも、誰も生き返らない。俺が死んでも、俺はまた誰かを殺す」と。
殺人衝動が脳内に残っていればいいが。こちらの不適切な思惑どおり、三田はあちらの「誰もいない世界」で殺人衝動に目覚めたようだった。
メールの返事は
「俺がこの人を殺したのか? そう言いたいのか? 脅しなのか?」
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橘さんは、「よし、釣れたな」とボソッと言った。
「あなたに、私のことを話したいのですが、直接会っての方がいいと思うのです。でも、私は私のことが怖いのです。この血まみれの女性は、私が合成して作った画像。嫉妬に駆られてAIに生成させたのです。あぁ、あなたとの障壁、この女が憎い」
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三田の自己顕示欲が記憶とともに復活した。電流は微弱のままだったが、脳内の電気信号が派生的に拡散しており、活動は活発化している。あっちの世界で、どこかに移動しているようだ。翌日、朝職場に着くと、メールが届いていた。
「この女は、そう、俺の元女で、アサコというんだ。でも安心してください。俺がもう殺している、殺し済みだから。俺の自宅先にある、幼稚園、その裏手にある桜の木の側に、家でバラシてから埋めた。春休みは幼稚園も休みだからチョロいもんだ」
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「そんなこと、私に告白していいの?だって、私がこのこと警察に話せば、あなた捕まっちゃう」
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「安心して、昨日の夜、掘り起こして、別の場所に埋め直した。土も入れ替えたからな。痕跡はないはずだ」
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「そんな掘り起こすなんて、なにか証拠めいたものは残さないようにしてくれてるの?」
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三田は、「戦利品」を残したと言った。「歯」だ。私と橘さんは、関根さんを連れて、A市の三田の自宅から近くの幼稚園へと向かった。桜の木の周辺を掘り起こすと、女性の下あごが出てきた。その手口は粗い。最初の殺人なのだろう。左奥歯が1本残っていた。見逃したのか、他の歯を抜いて満足したのか。
三田の世界とこちら現実の世界が連動しているわけではない。歯は鑑定の結果、瀬戸さんのものだとわかった。
関根さんは満足した表情だった。未解決事件が解決したとはいえ、公表するわけにもいかず、唯一遺族に事件のあらましと被疑者死亡のまま立件した。書類送検ではない。
これからが、4課の本当の出番だ。
脳だけになっている、犯罪者。他の罪は死刑とともに償ったとしよう。だが、死刑執行後に露見した罪については、あちら側の世界で償いが必要だ。
私はプログラミングのコードを書き変えた。コンビニやスーパーから一切の食料を虫に変えた。イナゴ、バッタ、カマキリに蝶、特定の生物なら生成は可能だ。
街中には、あるウィルスを投げ込んだ。ゾンビだ。ゲーム会社から購入したゾンビのプログラミングコードを投入。三田は異常な世界で追われる立場になる。
武器になりそうなものは与えない。逃げるのみだ。
万一、三田がゾンビに喰い殺されても、もう一度同じ場所で復活する。
この世界には「死」の概念はあっても、「死」そのものはないのだから。
4課の予算のほとんどは、こうした脳を維持するサーバー費用だ。
私は、サーバー室のドアを施錠した。「三田亮介」とラベリングしたサーバーが新しく稼働している。このサーバーは50年自家発電により稼働維持できる。
同情はしない。
これは彼が選んだ結果なのだから。
(終わり)
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