第28話 津雲 山茶花
〜二ノ丸〜
津雲は形代の束を出し、額に近付けて祈り始める。
花丸
「…!」
形代を祓具として利用する際、魂を込めて動かす必要がある。自らの意思に従って動く形代があるとするならば、使役した魂か、或いはオコゲの様に光の魂の分離体として形成された、自らの魂に近しい存在である必要がある。
津雲
「現れましたね」
地面から先程と同様に境界門が現れ、次々と甲冑を着た亡者武者が現れる。刀を構え、暗き闇のような瞳で一行を睨め付ける。
津雲
「高天原に神留り坐す、皇が親神漏岐神漏美の命以ちて…」
花丸は気付いた。津雲がそう唱えると、胸からふよふよと魂が次々と溢れ出し、形代に吸い込まれていく。相当数の魂が入った所で、まるで自律した存在のように宙に浮き始めた。
花丸
「津雲さんの体から、沢山の魂がっ!」
輝彦
「…彼女もまた、特異な存在の様です」
津雲
「魂社より出でし霊魂達よ、その罪穢れを祓い清める機会を我が与う」
形代達は綺麗に津雲の背後に整列する。
津雲
「我が魂社を踏み荒らさんとする輩を撃滅し、再びあるべき平穏を齎し給え」
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』
亡者武者達が一斉に向かってくる。津雲はタクトを振るう様に手を動かすと、形代もそれに呼応して素早く動き始めた。
ボゴォ!
最前列。形代が一番先頭から向かってくる亡者武者へ突撃する。接触した瞬間に爆発を起こして吹き飛ばした。
花丸
「…っ!」
津雲
「…安国と平けく知食さむ国中に成り出でむ天の益人等が、過ち犯しけむ種種の罪事は…」
津雲は大祓詞を唱え続ける。形代が数珠つながりになり、青白い光の縄の束となる。爆破された正面からの亡者武者は動きが止まったが、サイドからの亡者武者はまだ向かってくる。津雲は光の縄を握り、向かってくる亡者武者達へ振るう。
ブパァンッ!!
『ウゴォォッ!?』
横薙ぎに振り抜かれた鞭の様に鋭くしなる。それは打たれるというより、【斬り裂く。】
輝彦
「どうやら、形代自体に元々真言を仕込んである様です。爆発は不動明王、青白い鞭は毘沙門天ですね」
花丸
「な、なるほど。津雲さんは詠唱も力を込める必要も無いという事でしょうか」
輝彦
「魂社というのは恐らく、魂に社があり、そこへ何らかの方法で魂を貯蔵している様です。彼女が唱えているのは大祓詞。神事やお祓いの際に使う祝詞であり、真言ではありません。つまるところ、霊達に罪穢れを祓う事を条件に、迫り来る亡者武者の霊達を除霊の手伝いをさせている、といった所でしょうか」
花丸
「形代って、自分の穢れとか厄災を移して身代わりにする物だと認識しています。津雲さんはそういう使い方をされているのですね」
輝彦
「ええ。しかし誰でも出来る芸当ではありません。そこら辺の魂を無理矢理詰め込んだとしても使役する事は不可能でしょう。魂社へ招いて調律し、お祓いへ導いて形代へ入魂しておられる。ローコストでハイクオリティな術の展開が可能な、自身の能力を利用してよく考えられた戦法だと思います」
花丸
「…それより輝彦さん、よく津雲さんが女性だと分かりましたね?」
輝彦
「ええ。狩衣に可愛いリボンが付いていますので」
花丸
「…あっ!」
花丸は腰にリボンが付いている事に今気付いた。あちゃあと頭を掻く。
『カァ! カァ! カァ!』
津雲は迫り来る亡者武者達をガンガン捌いている最中、人間の頭部を携えた鴉が飛び回り始める。
花丸
「…? 鴉の、悪霊?」
ビュワ! と【花丸へ向けて】滑空してきた。
花丸
「…っ!」
素早くレイブラスターを構えるが、津雲が弓を射る構えを取り、直ぐ様解き放つ。すると形代がズビュンと飛んでいき、滑空する鴉に激突した。
『ギャアッ!?』
トシュ、と胸に形代が突き刺さっている。本当に矢を射られた様に地面に落下した。
津雲
「…天つ罪国つ罪許許太久の罪出でむ如此出でば、天つ宮事以ちて、天つ金木を本打切り末打断ちて…」
トシュ、トシュ、トシュ!
次々と空を飛ぶ鴉を仕留めていく。
花丸
「津雲さん、こっちはこっちで任せてくれたらいいのに、、」
輝彦
「どうやらこの集団を1人で全て仕留めるつもりの様です。本当に凄まじい実力者です」
ギリリ…。
後続の亡者武者達が弓を引き始める。
花丸
「げっ、、。あっちも弓を使うつもりの様です」
津雲は手を上げてぐるぐると回す。すると形代もそれに呼応して回り始め、風が吹き始める。
輝彦
「…おお、ヴァーユの真言でしょう。風天の神です」
びしゅびしゅと射られた矢が、風に巻き込まれていく。ぐるぐると回った後、津雲は腕を振り下ろす。
ズビュビュビュッ!!
亡者武者達へお返しとばかりに矢が降り注いだ。
『『あぎゃぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』』
ズザァアアアッ! と見事に薙ぎ倒されていく。
花丸
「あの術、集団戦に長けていますね」
輝彦
「そうですね。しかし一対一で戦ったとてかなり有利に立ち回れると僕は思います」
ずっ、ずっ、ずっ…。境界門から人間の頭を持った大きな馬が現れる。その背中に甲冑を着た大男を乗せている。だが、甲冑の亡者には頭が無い。
花丸
「…ボスが現れたな」
輝彦
「強力です。先程のめちゃくちゃに組み合わせて作った物とは比べ物にならない位精度が高い。同じ集合悪霊ではありますが、油断ならない相手です」
悪霊
『ぶぉぉぉおおおっ!!』
パカラ! パカラ! パカラ! と地面を軽快に鳴らして大馬の悪霊が駆けてくる。大槍を構えて津雲に向けて薙ぐように振りかぶる。
津雲
「大物武器を持つ悪霊。花丸先生と光氏にはまだ手に余りますね」
津雲は太極拳の構えの様に手をぐるりと回す。すると大量の形代がそれに合わせて回り始めた。次々と群れを形成し、まるで龍の様に津雲の周囲を飛び回る。
津雲
「来なさい」
ひゅっ! ガギィン!!
形代が動くとまるで大槍をいなす様に弾く。ぐるぐると遠心力を付けつつ次の攻撃へ備える。
花丸
「…っ、、!、! あの槍で貫かれたら大変だ、、」
輝彦
「恐らく魂に大きなダメージを負うでしょう。武器を持つ悪霊はとても厄介です」
ガギィン! ガギィン! 津雲に向けて何度も槍を振り抜く。しかし素早くそれを見極めて弾いていく。
悪霊
『ぶるるるる…』
悪霊は津雲から離れ、津雲の周囲を走り始める。
花丸
「…何をしてるんだ?」
輝彦
「よーく観察してみてください。ほら、あそこ」
花丸
「…あ!」
暗い紫色の塊が地面から現れ始める。赤い光を放ち、一斉に津雲へ向けて飛んでいく。
悪霊
『ブギャアア!!』
大馬の悪霊は大ジャンプをして津雲へ向けて飛び掛かった。上からは大馬、周囲からは紫色の魂が飛んでくる。
花丸
「なっ! えげつない攻撃方法だ、、!」
津雲
「如此宣らば、天つ神は天の磐門を押披きて、天の八重雲を伊頭の千別に千別きて、聞食さむ…」
ブァサァ! と形代がまるで雪のかまくらの様に津雲の周りを覆った。
ボゴォオオッ!!
紫色の魂と大馬の悪霊が激突する瞬間、爆発音が発生する。
悪霊
『ぶ、ぶるるるるぅ、、』
爆発により大馬の悪霊は吹き飛ばされる。甲冑に大きな損傷を負っている。右前脚も折れてしまったようだ。何とか立ち上がり、津雲を忌々しく睨め付ける。
津雲
「呪返し。陰陽師に呪法を用いるとは愚行千万。呪術合戦を挑むなんて千年早いですね」
悪霊
『ぶぎゅ、ぶぎゅああああっあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!』
首の無い甲冑の【首から、ドロドロの黒いヘドロが吹き出し始める。】巨大な蜘蛛の足が首から飛び出し、地面にドスッ! ドスッ! ドスッ! と突き刺さった。
花丸
「首から足が、、!?」
輝彦
「奇天烈な造形の悪霊ですね。しかし外見から本質が見えないのも霊の特徴でもあります。先程の牛の悪霊を作ったのもアレ。あの蜘蛛が亡者武者達の集団の長でしょう」
花丸
「質量保存の法則を尽く無視してますね、、」
輝彦
「言えてます」
ドタバタドタバタと蜘蛛の足の大馬悪霊は駆け回り、ぶしゃあーっ! と馬の口から糸を吐き散らしている。
津雲
「色々な戦法をお持ちのようですね」
あっという間に周囲を糸まみれにし、蜘蛛の巣の牢獄を作り出した。
悪霊
『しゅるしゅる』
紫色の魂を糸でぐるぐる巻きにし、糸のボールに仕上げた。それをあちこちに設置していく。
花丸
「なんか手馴れてますね」
輝彦
「恐らく霊能者との戦いは初めてじゃない。経験値が高いのでしょう。かなり厄介な相手です」
津雲
「…」
津雲はその光景をじっと眺める。すると、周囲から【雨雲が集まり始めた。】
津雲
「どうやら私達、戦法だけは似ているようですね」
あちこちに糸で丸められた紫色の魂が設置されている。大きく動けば接触する可能性が高い。
花丸
「僕も加勢します!」
花丸が動こうとする。
津雲
「おやめなさい」
花丸
「…!」
ピシャリとそう言い切る。
津雲
「私に任せて」
笑顔でそう返す。大馬のお腹からぼとぼとと何かが落下する。紫色の子蜘蛛である。
花丸
「うぇ、、!? 子供を産みやがった、、!」
ぶわぁ〜! と津雲に向けて飛び掛っていく。津雲は形代でガードし続ける。ボゴォン! ボゴォン! と子蜘蛛は爆発する。
花丸
「ど、どうしよう! こんなに強い悪霊だなんてっ、、!」
津雲
「…如此聞食してば、罪と云ふ罪は在らじと、科戸の風の天の八重雲を吹放つ事の如く、朝の御霧夕の御霧を、朝風夕風の吹掃ふ事の如く…」
しとしと…。と、晴れていたはずなのに、雨が降り始める。
悪霊
『ぎゅちちちちち!』
強烈な爆発が次々と浴び、徐々に形代の力が弱まってくる。その様子を見て悪霊は嬉しそうに笑っている。
花丸
「不味い、、! 形代の力が徐々に弱まっている様に見えます!」
悪霊
『ぎしゃあああっ!!』
十分に削れたと判断し、悪霊は津雲に向けて飛び掛かった。
どぷん…。
悪霊
『…?』
飛び掛かる直前、形代が悪霊にまとわりつく。纏わりついた形代は、水泡に包まれている。
津雲
「呼び水の儀…。津雲蒸龍慈変」
どぷ、どぷ、どぷ、と水泡が悪霊に纏わりついていく。
悪霊
『ぶご、ぶごごごごっ!!』
悪霊はバタバタと水泡の中で暴れ回っている。命令系統を失った子蜘蛛はアタフタしながら周囲を徘徊し始めた。
花丸
「雨水?? 雨水が集まって、悪霊を水の中に閉じ込めたのか?」
津雲
「…高山の末短山の末より、佐久那太理に落多岐つ、速川の瀬に坐す、瀬織津比売と云ふ神、大海原に持出でなむ…」
ぐるぐると巨大な水泡を掻き混ぜていく。洗濯機の様に激しく回り始めた。
悪霊
『ぐぶぶぶぶっ! ぐぶぶぶっ!!』
ぎゅるるるる! ぎゅるるるる! と巨大水泡に合わせて悪霊も掻き混ぜられていく。
花丸
「…、、」
輝彦
「凄い…。蜘蛛にはもうあの水泡を脱出する術がありません。ぐるぐると水の中で回転させられ、エネルギーを消耗していくだけでしょう」
津雲
「…如此加加呑みてば、気吹戸に坐す、気吹戸主と云ふ神、根国底国に気吹放ちてむ…」
悪霊
『ぐぶぅ〜っ、、!!』
ぎゅるぎゅると掻き回される。水泡の中の形代がピカピカと光り始め、水の中で爆発する。ボゴォ! ボゴォ! と大きな音を立てて爆発すれば、悪霊は徐々に損壊していく。
津雲
「如此佐須良比失ひてば罪と云ふ罪は在らじと祓へ給ひ清め給ふ事を、天つ神国つ神、八百万の神等共に、聞食せと、白すぅ…」
ばしゃぁああっ!! と水泡が破裂する。どちゃあ、、っとボロボロになった悪霊が落下した。
花丸
「…、、す、凄すぎる。まるで魔法ですね」
津雲
「ふぅ。終わりましたね。中々手強かったですよ」
悪霊はキラキラと光の粒子になりながら散り散りに散っていく。完全に成仏したようだ。
輝彦
「花丸さんが心配されていましたが、全く問題ありませんでしたね」
花丸
「…いやいや、ちゃんと信用していましたよ…? ただ悪霊があまりにも強そうだったので、、」
津雲
「私も中々強かったでしょう? それでは本丸への入口へ向かいましょう」
花丸
「ははは、そうですね。津雲さんの実力は十分理解できました。あんなに頑張ったんですから、僕達が一番乗りだと良いのですけど…」
3人は二ノ丸を清め、結界を施す。浄化が完了すれば、光鳴と光達を連れて最後の本丸へ向かった。




