徹夜
――結局昨夜は一睡もできなかった。
子ネコのさゆりが「ニーニー!」とずっと鳴き続けていたからだ。子ネコというものはこういう生き物なのだろうか。
なんせ我が息子もろくに育てたことがないワシだ。当然ネコの飼い方、育て方など分かるはずもなく。ニーニーと鳴き続けるさゆりの頭を2本の指で撫でてやることしかできなかった。
しかし――
「眠い」
徹夜をするなどいつぶりだろうか。目をつむり、現役時代によく仕事で徹夜をしていた頃を思い出していると、キュルキュルと音を立て、ワシがいる和室の襖が少し開いた。そしてその少し空いた隙間から、優が顔の右半分だけを覗かせ、何も言わずこちらをじっと見ていた。
「なんじゃ」
「……ごはん」
相変わらず言葉が短いやりとりであったが、ワシはやや腹を立てた。昨夜からさゆりの面倒を見るために一睡もしていないワシに飯を作れというのだ。「お前はぐっすり寝たのだから今日は優が朝食を作りなさい」と言おうと決めた。
「ワシは昨夜から一睡も……」
「ミーちゃん。ごはん」
その瞬間ワシはハッと我に返ったような感覚に陥った。さゆりが鳴き続けていた理由。それは――
「腹が減っていたのか」
「うん。多分……」
この世の生きとし生けるものが活動するための絶対条件。その代表的な1つがエネルギー補給である。ワシはそんなことすらも気付いてやれなかったのかと思うと、腹を空かせてずっと鳴き続けていたさゆりに申し訳なくて申し訳なくて……。つい涙を流してしまった。
「どれ。すぐキャットフードを買ってきてやるからな」
そう言うと、さゆりはいかにもうれしそうに「ニー! ニー!」と鳴いた。そしてすっくと立ち上がったワシに優が、
「キャットフードはまだ早いよ。ミルクじゃないと」
と言うのだ。
確かに優の言うことは一理あると感じた。なんせさゆりはまだ赤ちゃんなのだ。赤ちゃんに固形物を食べさせるのは早い。
なるほど。優は子ネコを育てるプロかもしれない。ブリーダーとしての才能が、さゆりをきっかけに花開いたのではないかと思えてくるようになった。納得したワシはキッチンへ移動し、冷蔵庫から牛乳を取り出して小皿にトクトクとミルクを注いだ。
「優、さゆりを連れてキッチンへ来てくれないか」
そう言うと間もなく左肩にさゆりを乗せた優がやってきた。正直羨ましく、ワシもやってみたいと思った。優はダイニングテーブルの上に置いたミルクを見て、次にその横に置いてある成分無調整の牛乳に目をやった。
「父よ、このミルクはダメだ」
そう言い出したのだ。
ワシは混乱した。お前が言い出したミルクを用意したのになぜダメなのか。天才ブリーダーの言うことを理解するには限界があると感じた。
「なぜじゃ」
「子ネコ用のミルクがあるんだ。でもその前に病院へ行った方が良いニャル」
調子に乗った語尾については無視したが、先ほどからの優の言動にはとても違和感を感じていた。優がこんなに物知りなはずがないのである。ワシはもしやと思い、優の顔をじっと見た。
「優……。やはりお前」
優の目の下はクマで真っ黒だった。きっと昨夜から一睡もせず子ネコの育て方を調べていたに違いない。先ほどまで一人だけしんどい思いをしていると思ってしまっていた自分を恨むと同時に、優の一生懸命さに大粒の涙をこぼしてしまった。
「ありがとうな優……」
「父よ。気にすることないニャルよ」
その返答は無視した。
第4話へと続きます。