15.7回表
最終回、酔いどれ軍団は1番の小暮から始まる。マウンド上ではリエントリーした律子が投球練習を始めた。アルコールが入った分、馬力が増したようにも思える。
「気合入ってるなあ」
小暮が言うと、次打者の青田は余裕を見せた。
「確かにピッチャーはすごいですけど、あれじゃあキャッチャーがいつまで持つか…。それに、守備は怪我人だらけです。当てれば何とかなりますよ」
「なるほど」
規定の投球練習が終了し、小暮がバッターボックスに入る。律子が第一球を投じる。ど真ん中。小暮は見逃す。ストライク。キャッチした日下部がミット越しに左手を揉みほぐすような仕草を見せる。小暮は静かにうなずいた。
「律子さん、遊びは要らないから、とっとと決めちゃましょう!」
日下部のその言葉を聞いて小暮は閃いた。
二球目。アウトコースに外れる。三球目。高い。四球目。ど真ん中。五球目。また高い。ボールカウント3-2のフルカウント。
六球目。際どい。カット。七球目。ど真ん中。小暮はバットを振る。しかし、空振り。ボールは日下部のミットに収まった。三振。一死走者なし。小暮は打席を引き上げる際、次打者の青田に呟いた。
「お前の言った通りだ」
2番青田もフルカウントまで粘った。六球目三塁線へのバント。サードのまゆは手首を痛めている。一塁へは投げられない。しかし、素早くマウンドを駆け下りた律子が打球を処理。二死走者なし。酔いどれ軍団はいよいよ追い込まれた。
最後のバッターは名取。
「誰が最後じゃい!」
「ストライーク!」
早く試合を終わらせたい地の文にキレる名取です。しかし、名取は小暮と青田が立てた作戦を聞いていないので早打ちしてあっけない幕切れになるに違いありません。
「聞いとるわい!」
「ストライーク!」
地の文に絡んでいる間にあっという間に追い込まれてしまいました。
「あ、ヤバい、ヤバい」
名取が慌てて構えた時には律子はもう三球目を投げる寸前。
「くそっ!」
名取は一・二・の三でバットを振る。しかし、律子が投げたのはスピードを殺したチェンジアップだった。名取は気合が空回りして敢え無く三振に倒れた。それを見た地の文はそれみたことかと失笑しました。
ところが、キャッチャーの日下部はボールをミットからこぼしていた。それを見た名取は一塁へ走った。こぼれたボールを拾って一塁へ投げようとする日下部に律子が言った。
「鉄人、雑魚はほっといていいよ」
「誰が雑魚じゃい!」
面と向かっては言えないので心の中で呟く名取です。
二死一塁。
そしてバッターボックスには4番の日下部。先ほどは大橋からホームランを放っている。
初球、ど真ん中のストライク。日下部は強振するも空振り。
二球目、同じくど真ん中。今度は見送る。
三球目、タイミングを外すチェンジアップ。しかし、日下部はこの球を待っていた。
「ごっつぁんで~す」
日下部が放った打球はライト上空へ高々と上がって行った。今日子と小暮が打球を追って行ったが途中で追うのをやめた。打球はフェンスの向こう側へ消えて行った。ツーランホームラン。10-6。しかし、酔いどれ軍団の抵抗もここまで。
「まだ終わってないだろう!」
結果が解かっている地の文に無意味な講義をする哀れな井川です。
続くバッターは竹山。ここで井川が選手交代を告げる。
「竹山に代わって俺様がリエントリーする」
酔っ払ってフラフラの井川より竹山の方がましだと思う地に文です。
「誰が酔っ払いだ!」
自分が酔っぱらっていることにも気が付かなで地の文にキレる井川です。こんな奴には思いっきりボールをぶつけるべきだと思う地に文です。
「ノッた!」
マウンド上で律子が手を挙げる。正しい判断だと思う地の文です。
律子は初球を井川めがけて思いっきり投げた。ところがフラフラの井川はよろけてしまい、うまいことボールをよけた。
「そんなへなちょこボール、簡単によけられるろ~」
既にろれつが回っていない井川です。
「律子さん! 遊んでないで早く終わらせましょう。この後の飲み会は負けた方が奢ることになっていますから」
“奢り”と聞いて律子の目の色が変わった。二球、三球とストライクを決めてあっという間に井川を追い込んだ。そして、四球目。渾身の一球をど真ん中に投げ込んだ。井川は空振りして尻餅をついた。
「バッターアウト! 試合終了!」
「さあ! 飲みに行くよ」
そう言って律子はがっちりと井川の腕を取った。