14.6回裏
酔いどれ軍団に残された攻撃の機会はあと1回。これ以上の失点は望ましくない。
「何とかいけそうだな」
「あんまり自身はないですけど、やってみます。
名取と日下部は味方の攻撃中、密かにウインドミルの投球練習を行っていた。短い時間ではあったけれど、元々素質のある名取は何とか形に出来た。
6回裏、なろうファミリーの攻撃は7番寛忠。
最初、名取は今まで通りのスリングショットで寛忠を2-2と追い込んだ。そして、もう一球遊べるこのカウントでウインドミルからの速球を投げ込んだ。
「うっ…」
予想外のボールに寛忠は意表を突かれ手が出なかった。
「ストライーク! バッターアウト」
一死走者なし。
驚いたのは寛忠だけではなかった。酔いどれ軍団ベンチでも井川が目を丸くしていた。
「おい! そんな球投げられるんなら、なんで最初から投げない」
井川の怒号に苦笑いする名取と日下部。なろうファミリーベンチも驚きを隠せない。6点差あるとは言え、ここをゼロで終えると、酔いどれ軍団に勢いをつけることになる。
続くバッターは8番まゆ。
「名取、手を抜くなよ」
ここで日下部は、若くて可愛い女の子にはメロメロになる名取に釘を刺した。
「解かってますよ。試合に負けたら後が怖いですからね」
今回ばかりは名取も目の色が違った。初球からウインドミルで速球を投げ込んだ。まゆは何とかバットに当てたのだけれど、その球の重さにバットをはじかれた。
「痛っ!」
手首を抑えてうずくまるまゆ。齋藤監督がベンチから飛び出してきた。
「タイム!」
日下部もベンチを出ようとした。すると、律子に手を掴まれた。
「鉄人、行っちゃダメ」
潤んだ瞳で日下部を見つめる律子。そして、二人は…。
「こらー! やめろ~!」
「やめるにゃん!」
あらぬ方向へ話を進めようとする地に文を必死で阻止するりきてっくすと閉伊です。
斉藤監督はまゆに手の具合を尋ねた。
「何とか大丈夫です」
「もう、バットは振らなくていいから」
「そうですね…」
次打者の葵が飛ばされたまゆのバットを拾って持って来た。
「大丈夫ですか?」
「葵さん、ありがとう。でも、もう、バットは振れそうにないから、あとはお願いね」
「解かりました」
まゆは再びバッターボックスに立ったものの、その後は一度もバットを振らずに三振となった。二死走者なし。
葵がバッターボックスに立つ。そして、体を小さくしてバントの構え。
「四球狙いですか?」
その構えを見て日下部がささやく。
「まともに振っても飛ばせそうにありませんからね」
「賢明です。でも、無駄ですよ」
日下部の言う通り、名取はど真ん中に速球を投げ込んできた。二球目も同じくど真ん中。カウント0-2.あっさりとまゆを追い込んだ。
「もしかして、真ん中にしか投げられないとか?」
「ご名答」
「あら、そんなこと教えてくれていいの? 私の次は頼もしい男性陣になるのよ」
「そうですね。でも、彼らがバッターボックスに立つことはもうないでしょうから」
「それじゃあ、次の回で逆転しようって意気込みはないのかしら?」
「さっきまではそのつもりでしたけど、あれを見て諦めました」
日下部がチラッと見た方をまゆは目で追った。律子が日下部相手に投球練習を始めていた。
三球目、葵はど真ん中のボールを悠然と見送った。スリーアウトチェンジ。そして、なろうファミリーのマウンドには再び律子が上がった。




