11.5回表
5回表。守備についたなろうファミリー。マウンド上のりきてっくすの様子がおかしい。日下部はすぐさまマウンドへ駆け寄った。
「りっきさん、どうしたんですか?」
「へへ、ちょっと飲み過ぎたかな」
「投げられますか?」
「どうかな…。日下部ちゃん、また、裏ワザですごいピッチャー出してよ」
「りっきさん!」
日下部はセカンドのまゆを呼び寄せた。
「まゆさん、投げてもらえますか?」
「え~! 私が?」
「お願いします。りっきさんはセカンドに入って下さい」
酔いどれ軍団、1番の小暮がバッターボックスに入る。まゆが第一球を投じる。山なりの緩いボールだ。小暮は見送る。ストライク!
「まゆさん、それでいいです」
二球目、同じような球。小暮がバットを振る。空振り。
「あれっ! 当たったと思ったのになぁ…」
三球目。同じ球。小暮のバットが空を切る。首を傾げながらベンチに戻る小暮。ネクストバッターズサークルの青田に声を掛ける。
「ボールをよく見て。緩い球だけど、微妙に変化してるかも」
「小暮さん、言い訳が見苦しいですよ。あんな球で変化なんかつけられるわけないじゃないですか」
青田への初球も同じ球。見逃す。ストライク。
「なんだ、全然普通の球じゃないか」
二球目。同じ球。青田は強振。しかし、バットは空を切る。
「あれっ?」
「タイム!」
酔いどれ軍団ベンチからタイムが掛る。日下部が青田に耳打ちする。
「えっ! そんなのありですか?」
「だから、大ぶりせずにバントしろ」
青田がバッターボックスに戻る。まゆが三球目を放る。同じような緩い球。ゆっくりとストライクゾーンに入ってくる。青田は日下部に言われた通りバントを試みる。
「よし!」
青田がそう思った瞬間、ボールがバットをよけて日下部のミットへ吸い込まれる。スリーバント失敗。二死ランナーなし。
「ウソでしょう! こんなの反則だよ」
半ば放心状態でバッターボックスに立ちすくむ青田。チラッとキャッチャーの日下部を見る。
「気付いちゃいました?」
なろうファミリのキャッチャー日下部がにやりと笑う。
続いて3番名取。名取も敢え無く三球三振。スリーアウトチェンジ。
「なんだ、お前らもう終わりか?」
酔いどれ軍団ベンチで井川が三人を睨み付ける。
「だって、向こうは魔法を使っているんですよ」
「お前ら、飲んでもいないのに酔っ払いみたいなことを言うんじゃねぇよ」
「酔ってなんかいませんよ」
青田が反論する。
「彼女、魔法使いなんですよ」
「マジか?」
日下部の言葉に井川も納得した。意気揚々と引き揚げるなろうファミリーのメンバーを改めて凝視する。
「こうなったら、こっちもなんか出せ。日下部、お前なら出来るんだろう?」
「無理ですよ。あっちの日下部さんは作者だけれど、ボクはただの登場人物ですから」
「クソッ! 名取、もうこれ以上点をやるなよ」
そう言って井川は日本酒の一升瓶を掴むと、そのまま口に運んだ。
「まゆさん、ナイスピッチングです」
「ズルしちゃったけど、いいのかしら」
「いいんですよ」
日下部はまゆを労いながらベンチへ戻る。
「まゆゆ、ズルはダメだよ」
律子がボソッと呟いた。既に目が座っている。
「そうだ、そうだ」
りきてっくすも缶ビール片手に律子に同調する。
「あんたは飲んでんじゃないわよ!」
律子の必殺技、ロケットパンチがりきてっくすの顔面にヒットする。
まともな試合になるはずがないと思っていた地の文が心の中でほくそ笑んでいるのは内緒です。
「全部聞こえてるよ!」
一斉にツッコミを入れる登場人物たちに満足気な地の文です。