第41話 決着
リッチ氏の放った魔法弾が迫る。
俺は転がるようにして避ける。
――あと5歩。
立ち上がり駆ける。
リッチ氏の黒い波動が迫る。
俺は防御魔法で全身を覆い、耐えながらつき進む。
――あと3歩。
リッチ氏が手を伸ばしてきた。
文字通り今度は紙一重で躱す。
頭上を掠めるように腕が通り過ぎた。
リッチ氏の手に触れた一部の髪が一瞬で白髪になる。
死の王に触れられ生命を刈り取られたんだろう。
一部の髪たちがサラサラと抜け落ちていく。
それでも俺は前を向き走る。
――あと1歩。
リッチ氏と視線が交差する。
俺はリッチ氏の頭部に手を伸ばす。
触れた瞬間、命が吸われていくのがわかった。
――でも。
――それでも。
俺は生命を吸われながらも体内の魔力を総動員。
リッチ氏に触れている手のひら、ただ一点に全魔力を集中し――
「リザレクションッ!!」
渾身の、正真正銘、全魔力を振り絞った蘇生魔法を放った。
『グォォォォォ―――――ッ!?』
リッチ氏が苦悶の叫びを上げた。
だが気にしている余裕なんかない。
ただ、全力で魔力を込め、放つのみ。
「う、うぉぉぉぉぉぉぉ――――ッ!!」
俺は無意識のうちに叫んでいた。
俺の脳裏に、元同士たちの顔が浮かんでは消えていく。
頭部が絶滅しかかってた吉田さん。
つむじが年々拡大化していた坂巻さん。
バーコードリーダーの山本さん。
ヅラで隠しきれなくなっていた向島さん。
ハゲ散らかしていた権田さん。
まさかあんなところがハゲているとはと驚きを隠せなかった饗庭さん。
みんな俺のリザレクションで救われた仲間たちだ。
……そうか。あの時のリザレクションは――いままでの毛根蘇生魔法は、全てこの瞬間のためにあったんだ!
「うぉぉぉぉぉぉッ!! リザレクションッ! リザレクションッ!! リザレクションッッッ!!!!」
『こ、これはっ――この神聖魔法は――――』
「リザレクションッッッ!!!!」
『何故だ!? 何故世界から失われた蘇生魔法を貴様が――貴様がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――』
全力を振り絞る俺。
絶叫をあげるリッチ氏。
『グヌォォォォ――――ふざけるなっ! 何も成し遂げられぬまま滅べるものかっ。貴様を殺しワタシは――』
リッチ氏が崩れかかった手を俺に伸ばす。
いま俺は全力を出している真っ最中。
避けることなんか出来っこない。
ちょ、ヤバ――
「マサキ君に手は出させん!」
リッチ氏の腕が斬り落とされた。
見れば、そこには剣を振り下ろしたヘンケンさんの姿が。
『グヌゥゥゥ……ヘンケン……貴様ァ……貴様ァァァァァ』
「終わりだ、マシュマー。お前の望みは決して叶わん。ここで潰えるのだ」
『馬鹿を言え……こんなところでワタシの望みが……』
ヘンケンさんが無言で剣を振るう。
もう片方の腕も斬り落とされた。
「見ろ。私の剣ですらお前に届いている。崩れ始めた躰も戻っていない。わかるか? すでにお前は『終わった』のだよ」
『………………終わった? このワタシ……が?』
全魔力を出し切った俺は、石畳に膝をついてしまう。
なんとか顔を上げる。
そこには、体が塵になっていくリッチ氏がいた。
『なんだ? なぜ戻らない。なぜ……修復されない? 本当に……ほ、んとう……に、ワタシは終わるというのか……?』
「そうだ。死者の王はここで誕生し、ここで滅ぶ。マサキ君の手によってな」
すでにリッチ氏の半身は塵になっている。
『……そうか。おわり……か』
「滅びる前に言え。お前に協力していたのは何者だ? 街を襲い、お前を死霊王へと変質させる手助けをした者の名を言え!」
『ワタシ達は……互いに利用していただけの関係だが……いいだろう。教えてやる』
リッチ氏はもう3分の1まで塵になっている。
いまは片足で立っている状態だ。
『ワタシに死体と宝玉を与えたのは……シャリア伯爵だ』
「なんですって!?」
驚きの声をあげたのはドロシーさん。
ドロシーさんは呆然とし、両手で顔を覆う。
「シャリア伯父様が……」
『……ククク……カロッゾが血の繋がった兄と争うのをこの眼で見たかったが……それも最早叶わぬ』
リッチ氏が俺に視線を向けた。
眼窩の奥に灯る炎が消えかかっている。
あと少しで、完全に滅びるのがわかった。
『蘇生の秘術を使う回復術師がいた……とは……な。忌々しいことだ。本当に……イマイマ……シ…………――――』
そう言い残し、リッチ氏は塵となり消えていく。
この瞬間、霊王との戦いが終わったのだった。
「シャリア伯父様が……こんなことを……お父様の街を……」
ドロシーさんの顔が真っ青になっている。
嫌っていたとはいえ、自分の伯父がリッチ氏サイドだったんだ。
そのショックは計り知れない。
「カロッゾの兄シャリア伯爵は、カロッゾの才能を妬んでいたからな。今回の災厄の裏にあの男がいたとしても不思議ではない」
とヘンケンさん。
これを聞き、ムロンさんとロザミィさんの顔が怒りに染まる。
「ってことはだ、そのシャリアってクソ野郎をぶっ飛ばしゃいいんだろ?」
「旦那、あたしも手伝うわ。今回の事件の落とし前をつけてもらわないとね」
「相手が貴族だろうが、やっていいことと悪ぃことはきっちり教えてやんねぇとな」
「この際よ、どさくさに紛れて埋めちゃいましょう!」
鼻息を荒くした二人は、物騒なことを言いはじめる。
ツッコミ担当大臣としては、「ちょっとちょっと」と間に入っていきたいところだけど……いかんせん全魔力を使い果たした俺は、立つことさえ出来ずにいる。
というか、ちょっと意識が飛んじゃいそうでヤバいんですけど。
とか考えている最中、気が抜けてしまったのが原因だったんだろう。
俺の意識はプツッと途切れ、視界が暗転する。
薄れゆく意識の中、
「お兄ちゃん!?」
リリアちゃんの声だけが聴こえ――――
「ナニ“寝テンダ”近江ェ。起キロッ!」
「ふごぉっ!?」
腹部に強烈な鈍痛を受け、意識が呼び戻される。
見れば、武丸先輩のつま先が俺のみぞおちへとずっぽしだった。
「ケンカニ“勝ッタ”ノニ、寝テンジャネェヨ」
「お、おっす」
「ホラ、“肩”貸シナ」
武丸先輩に首根っこを掴まれ、そのまま持ち上げられる。
片腕なのになんてパワーだ。
「オラ、立テッカ?」
「はい。ありがとうございます」
俺は武丸先輩に肩を借り、なんとか立つことが出来た。
「マサキさんを蹴るだなんて……酷い殿方ですわぁ」
「がはは! マサキの兄貴分はおっかねーヤツだな」
「お兄ちゃんがかわいそう……」
ドロシーさんとリリアちゃんは同情してくれたみたいだけど、ムロンさんは俺と武丸先輩の『男の友情』的なものを理解してくれたようだ。
「大丈夫かマサキ君?」
「ヘンケンさん……」
「よくやってくれた。君の働きは、街だけではなくこの国をも救うものだった。本当にありがとう。そしてよくぞやってくれた!」
「あはは、俺だけの……勝利じゃありませんって。こ、ここにいる……全員の勝利ですよ」
俺はそう言って笑った。
ヘンケンさんは「ああ、そうだな」と頷き、笑う。
「では、地上へ還ろう。我々の、仲間と家族の下へ!」
この締めの発言に、俺たちは、
「「「おーーー!!」」」
と応えるのだった。