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第13話 月夜の晩に

 さっきまですやすやと寝息を立てていたはずのドロシーさんでしたが、


「マサキさん、わたくしも貴方の仲間(・・)として同行いたしますわぁ!」


 テントから出てきたかと思えば、口元に手の甲をあてて高笑い。

 いつの間に起きていたんだろう?

 なんだか俺についてくる気満々な雰囲気だぞ。


「ドロシーさん……」

「嬢ちゃん……」


 それを見て、俺とムロンさんは困り顔。

 森にはゾンビの群れが出るという。

 当初からドロシーさんを守護ることが目的だった俺たちとしては、森での受験生の捜索にドロシーさんが同行してくるのは望ましくないからだ。

 

「まあ待てお嬢さまよ。これは――」

「ドロシー、ですわぁ。ドロシー・ロナ・チャイルド。試験官といえども、気安く『お嬢さま』なんて呼んでほしくありませんわぁ」

「ぐぬぅ……そ、そうか。そりゃ悪かったなドロシーさまよ」


 ムロンさんの額に青筋が立つ。

 ドロシーさんがお貴族様であるから、立場上笑顔をつくってはいるけれど、握りしめた拳がプルプルと震えているぞ。


 おこだ。

 ムロンさんはいまおこなのだ。


「いいかドロシーさまよ、マサキはランクこそ低いが、ギルドじゃ一目置かれてる冒険者だ」

「ええ、そうですわね。マサキさんはとても頼りになる殿方ですわぁ」

「だろ? いまここにいる冒険者で、正直マサキ以上に腕が立つヤツなんざいねぇ。だからオレはマサキに戻って来てねぇひよっこの捜索を頼んだんだ。…………ぁん? なんだよその顔は?」


 やれやれとばかりに首を振るドロシーさんに、ムロンさんが怪訝な顔をする。


「あなた、ひとつ大きな勘違いをなさってますわぁ」

「……勘違いだぁ? 面白れぇ。聞かせてもらえるか?」

「もちろんですわぁ」


 ドロシーさんは背筋を伸ばし、胸を張る。


「あなたは理解しているのかしらぁ? マサキさんとわたくしは『仲間』なんですのよぉ。互いの背を守り、互いを支え合う固い絆で結ばれた仲間なんですのぉ。マサキさんが森へ行くというのであれば、『仲間』であるわたくしも行くのが道理ではなくてぇ?」

「はぁ……。あのなぁドロシーさまよ、それは試験の間だけだろ? もうマサキとドロシーさまの試験は終わってんだ。もう仲間なんかじゃ――」

「仲間ですわっ!」


 ムロンさんの言葉を遮り、ドロシーさんが大きな声をあげた。

 両手をぎゅっと握り、瞳に強い光を灯している。

 語尾が伸びていないということは、マジモードってことだ。


「わたくしはマサキさんと誓いましたのよ! 『ずっと一緒』だって! 『仲間』だって! マサキさん、そうですわよねっ?」

「は、はい! おっしゃる通りです!」

「ほら!」


 ドロシーさんのあまりの必死さに、俺は反射的に首を縦に振ってしまう。

 ヘッドバンキングじゃないかって勢いで振ってしまったぞ。


「試験官さん、いまのマサキさんの言葉をお聞きになりまして?」

「マサキ……」


 ジト目で見てくるムロンさんに、ドロシーさんの死角からすみませんジャスチャーを送る。

 ムロンさんは頭をバリバリと掻きむしり、やがて、判断を俺に委ねた。


「あー……わかった。なら判断はマサキに任せる。マサキ、」

「お、おっす」

「ドロシーさまを連れてくかどうかはお前が決めろ。いいか、冒険者として正しい判断をしろよ?」

「わかりました」


 俺は頷き、腕を組んで頭を悩ませる。

 ドロシーさんはお貴族さま。万が一にも危険な目には合わせられない。


 普通に考えるのなら、キャンプ地に置いていくのが正解だろう。

 でも、もしモンスターやゾンビとの戦闘になった場合、めちゃくちゃ頼りになる戦力なのも事実だ。


 動きの遅いゾンビが相手ならドロシーさんの素早さは大きな武器になる。

 ドロシーさんが翻弄し、俺がターンアンデットの魔法で浄化。

 うん。100点満点のコンビネーションだわこれ。


「……決めました」


 思考の海から浮上してきた俺は、まぶたを開け、ムロンさんとドロシーさんを交互に見る。


「よし。聞かせてくれマサキ」

「マサキさん、わたくたちは仲間ですわよねぇ……?」


 ムロンさんは真剣な顔で、ドロシーさんは不安顔で。

 ふたりとも俺の答えを待っている。

 そんな俺に、他の受験生たちも大注目。

 緊張の一瞬だ。


 俺は意を決し、自分が出した結論をふたりに伝えるのだった。



 ◇◆◇◆◇



 俺が出した結論。

 それは――


「おーーーっほっほっほっほ!! わたくしはマサキさんを信じてましたわぁっ!」


 ドロシーさんと一緒に捜索することでした。

 テントで夕食と仮眠を取ったからか、ドロシーさんは絶好調。

 キャンプ地を出るときからずっとハイテンションで、未だにお嬢様な高笑いが止まらないぜ。


 なんでドロシーさんに同行を認めたか?

 理由はいたってシンプル。

 剣術に長けているドロシーさんが傍にいてくれるだけで戦力アップになるし、俺自身ぐぐんと戦いやすくなるからだ。


 お貴族さまなドロシーさんに何かあったら大ごとなのは十分に理解している。

 でも、受験生の命だってそれ以上に大切なんだ。

 俺の決断を聞いたムロンさんは、ドロシーさんに、


『昇級試験を受けてる冒険者が試験官の指示に従わず勝手な行動を取るのはよかねぇぜ? それでもいいのか?』


 と最終確認(覚悟的な意味で)していたけれど、ドロシーさんは「わたくしの言葉に変わりはありませんわぁ」と一歩も引かない。

 あのムロンさんを前にして、それはそれは堂々としたものだった。


 ムロンさんは大したタマだと笑い、俺は俺で「ドロシーさんのことは俺が責任を取ります!」と言って、なんとかドロシーさんの同行を赦してもらったのだった。


「すみませんドロシーさん、付き合わせてしまって」

「これはわたくしが言いだしたことですわぁ。それにわたくしたちは『仲間』なんですから当然でしょぉ?」

「ありがとうございます。さっきも言いましたけど、ドロシーさんのことは俺が責任を取るんで気にしなくていいですからね」

「……え、ええ。なんというか……き、期待してますわぁ」


 なぜかドロシーさんの声が小さくなる。

 俺が責任を取るような状況を良しとしていないのかもな。

 なら、なおさら俺もドロシーさんも無傷でキャンプ地に戻らないとだよね。


「やっるぞー!」


 俺は気合を入れる。

 ドロシーさんも俺に影響を受けたのか、


「さあマサキさん、共に迷子の受験生を探しますわよぉ!」


 声のボリュームが戻ってきた。


「あははは、別に迷子ってわけでもないんですけどね。でも、ムロンさんほどのひとがやべぇっていう死霊使い(ネクロマンサー)がゾンビの群れを操っている可能性がある以上、一刻も早く見つけてあげましょう」

「でもぉ、どうやってさがしますのぉ?」

「そこは俺に考えがあります」

「考えですってぇ? わたくしにも教えてくださるかしらぁ?」

「ふっふっふ。まー、見ててください」


 俺はドロシーさんが不思議そうな顔で見つめるなか、瞳を閉じて意識を集中していき――


『風の精霊さん、風の精霊さん。いらっしゃったら声を聞かせてください』


 精霊語(・・・)で風の精霊に語りかけはじめる。

 チート能力のおかげでもともと精霊語を話せた俺は、エルフであるキエルさんに精霊さんの力を借りる方法を教えてもらっていたのだ。



『風の精霊さん、風の精霊さん。いらっしゃったら声を聞かせてください』


 再び風の精霊さんに語りかける。

 コツは精霊さんに対し、心をオープンにすることらしい。

 俺は心のドアをぱかっと開け、風の精霊さんに呼びかけ続けた。

 呼び出し方が小学生のころにやった『ぽっくりさん』に似ていることは、いまは気にしちゃいけない。


『風の精霊さん、風の精霊さん。いらっしゃったら声を聞かせてください』


 三度目の呼びかけ。

 すると、やっと反応が返ってきた。

 俺たちの周囲にだけ不自然な風が吹きはじめる。


「な、なんですの?」


 急に風が吹いたもんだから、ドロシーさんが驚いたみたいだ。


『クスクスクス……人族ガワタシタチニ何ノ用?』


 閉じていた瞳を開けると、目の前にうっすらと透けてる女の子たちの姿が見えた。

 キエルさんから聞いた説明によると、この半透明の女の子たちこそが『精霊』さんなんだとか。


『クスクス……人族ガワタシタチヲ呼ブナンテ珍シイ。オモシロイカラ聞イテアゲル。ナンノ用?』

『実はいまひと探しをしているんですけど、この森に俺たちと同じような格好をしたひとの場所を知りませんか?』


 俺がそうお訊きすると、風の精霊さんたちは口々に答えた。


『シッテルヨ』

『シッテルシッテル』

『サッキ見タモノネ』

『アッチニイタヨネ』

『アッチニモイタヨ』


 風の精霊さんたちは、女子トークよろしく一度お喋りをはじめると止まらそうな雰囲気。

 キエルさんも言ってたな、伝えたいことをひとつに絞った方がいいって。


『えーと、じゃあここから一番近いひとの場所を教えてください』

『アッチ』

『ウン。アッチダヨ』

『スゴク近イヨ』

『デモ人族ニハチョット遠イカモ』

『クスクスクス……近クテ遠イヨ』


 最後にしゃべった風の精霊さんが、恋愛みたいな言葉で締める。


『ありがとうございます。またあとでお力を借りると思いますけど、そのときはよろしくお願いしますね』


 俺は風の精霊さんたちにお礼を言い、ドロシーさんに向き直る。

 ドロシーさんは俺が突然謎言語を話しはじめたもんだから、ぽかんとしていた。


「マサキさん……な、なんですのいまの?」

「ああ、すみません。ちょっと風の精霊さんたちに受験生がどこにいるか訊いてました」

「風の精霊ですって!? そ、そんな……マサキさんは精霊語を話せるのですか? 本当にっ?」


 あ、ドロシーさんの語尾伸びなくなったぞ。

 すーぱーびっくりしてる証拠だ。


「ええ。仲の良いエルフに教えてもらったんです」

「教えてもらっただけで話せるなんて……冗談でしょう? あっ、冒険者に過去を訊くのはいけないんでしたわね」

「あははは……。まー、そのへんはおいおいってことで。それよりもいまは受験生を見つけることに専念しましょう」

「……わかりましたわ」

「風の精霊さんの話だと、あっちの方にいるそうです。さっそく行きましょう! さ、はやくはやく!」


 俺はドロシーさんの手を取って走り出す。


「あ、ちょっと、そんな――。もうっ、ひとりでも走れますわっ」


 そう言うくせに、ドロシーさんは俺の手をぎゅっと掴んで離さないのでした。

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