91.些細なことが恋の決定打のようですが
「あれが美咲の普通なんだろうな。けど、俺にとっては普通じゃなかったんだよ」
戸惑う私を、レイが楽しそうに見てくる。
いや、ほんとなんなんだ。
「たとえばよー、ヨーダに襲われておびえているくせに、圧倒的に強い俺のことを心配しただろ?」
「……そりゃ、したかもしれないけど」
覚えてない。
でもあの時、わけがわからない状況の中で、怯えてさらに使い物にならなかった私をかばって、レイが魔獣を倒してくれたのは覚えている。
それが、今まで自分が目の当りにしたことなんてなかった戦いの場面だったことも。
はっきりとは覚えていないけれど、普通に心配はしただろう。
「だいじょうぶだったかって俺に尋ねて、だいじょうぶだってわかったら、安心したみたいに笑ってよー。あれで一気にやられたかな」
「そんなことで!?」
すごく普通の気遣いでおちるとか…。ちょろいを通り越して、憐れなんですが。
こんないい男がそんなことでいいのか?
疑いの眼差しで見てしまう私を、レイはまぶしそうに見つめる。
「そんなこと、なのかもな。けどよ、俺は聖騎士で、癒し人で、おまけに貴族の跡取り息子だ。子供のころから、強くて当たり前。人を守って当たり前なんだよ。だから俺が誰かを助けても、感謝はされても心配はされない」
「そ…んなことって」
ノブリスオブリージュ的なことなんだろうか。
貴族の特権を得ている以上、他の人より果たすべき義務が大きいという考え方は賞賛する。
でもさ、あんな魔獣と戦って、感謝はされるけど心配はしてもらえないなんて、私にはそれは悲しいことのように思える。
だけどレイは、おでこをコツンとくっつけて、
「勘違いするなよ?それを嫌だと思ったことはない。むしろ、守るべきに人間に心配されるようじゃ、聖騎士としても貴族としても、失敗だ。たとえこっちの分が悪い戦いでも、勝って当然って顔をして戦って、周りの人間を安心させるのが俺の仕事なんだからよー」
照れたように笑う。
その表情は屈託なく、それがレイの本音なんだとすとんと信じられた。
だけどだからこそ、こういう話を聞くと、あぁレイは異世界の人なんだなって思う。
ここが私にとって異世界だって意味だけじゃなくて、戦うことが日常生活の一部であるレイの聖騎士という職業や、貴族として負っている義務を意識して生きているところ。
そういう根本的な価値観が、私とはぜんぜん違うって。
うかれていた心が、少しだけ現実に戻る。
胸の芯が、一気に冷えたみたいだ。
もしも元の世界に戻れなくて、この世界でレイと結婚しても、私たちは同じ未来を紡ぐことができるだろうか。
こんなにも価値観が違うのに?
私たちが積み重ねてきた現実は、習慣も価値観も世界のルールですら違うのに?
読んでくださり、ありがとうございます。
下書きが消えてしまったので、もう間に合わないかと思いました。
間に合ってよかったです。




