89.ズルいのは私の専売特許ですが
……また、やっちゃった。
レイに抱きしめられて、逃げられないからっていう言い訳をして、さんざん泣いた。
泣くとすっきりするのはいつも通りだけど、昨日と今日と連続で、人前で泣くとか恥ずかしい。
うん、まぁ非常事態だしね。
何度目だろうっていう言い訳を自分にして、私はトンとレイの胸を押した。
「もう落ち着きましたから、放してください」
ひと泣きして落ち着いてみれば、さっきの私はおかしかった。
あんなことくらいで大騒ぎして、泣くなんて。
ただ、今まではずっと私の味方をしてくれていたレイが、急に突き放すようなことを言ったのが怖かったんだ。
それまではずっと、私がしたいっていうことを支えてくれて、大切にしてくれていたのにって。
「ごめんなさい」
「いや、俺のほうこそ悪い。どれだけ罵られても当然だよ」
「ううん。私が甘えすぎなんだよ」
「美咲が?」
レイは私を抱きしめたまま、指先で私の顔に残る涙を拭きとってくれる。
「レイはさ。見ず知らずの女を魔獣から助けてくれて、家にまで泊めてくれて、私の話を聞いてくれて。私はしてもらってばっかりじゃない?それがレイの好意からだっていうなら、感謝して、受け入れるべきだと思うんだよ」
「受け入れるべき、かよ…」
レイはどこかが痛むように、ゆがんだ表情をうかべる。
「誤解しないでね?……私は、昨日ダイアモンド様にも見抜かれたとおり、レイのことが好きだよ。好きにならずにはいられないよ。だけど、それでもここに残るとは言えないんだよ」
「……あぁ」
「だけど、現実問題、ここに残るかもしれない」
「俺としては、そうなって欲しいんだけどよー」
「私の中にも、そういう気持ちはないではないんだよ。もう元の世界には戻れないってはっきりしたら、レイの気持ちを受け入れる気になるかも。……だから、だからね」
私は、私のことをじっと見つめてくるレイの視線から逃れるように、うつむいて言う。
「こういうのズルいんだけど、今は保留ってことにしてくれないかな!?」
「保留?」
いぶかしげなレイの声。
あああああああ最低だよね!こんなの。
だけどさー、実際問題、元の世界に帰れるか帰れないかわからないんじゃ、未来の選択なんてできないんだよ!
レイのことは好きだけど、だからって今までのすべてを捨てられるかっていうと、無理って思ってしまう。
「ズルいよね…。ごめんなさい」
ずるずる頭を下に向けると、頭のてっぺんがレイの胸にぽそんとぶつかる。
まるで甘えているような体勢になっちゃって、慌てて離れようとする。
だけどその瞬間、レイが思いっきり腕に力をこめて抱きしめてきた。
「よかっっったー!」
わわわ。
レイはへにゃっと頭を私の肩に落とした。
耳に、レイの短髪があたってくすぐったい。
そ、それに肩にも熱い息がかかって…。
「な、なにが!?」
「だってよー。可能性はあるってことだろ!?」
「そ、それは…。元の世界に帰れなかったらてことで」
「それでもいいんだよ!今は、まだ、可能性があれば」
「だからって、元の世界への帰り方を探してくれなくなったり、隠したりしたら、嫌いになりますから!」
私に嫌われたからって、レイが困ることなんてあるのか?
逆に困るのは、異世界で生活の術もない私じゃないの?
と胸中でつっこみつつ言うと、レイは勢いよく首を横に振った。
「そんな卑怯な真似はしねーって誓う!だからよー、美咲もちょっとは俺と結婚すること、前向きに考えてみてくれよ?」
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