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ドアマットヒロインにすらなれないアタシは、うつくしい壺になりたかった。  作者: マンムート


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8/21

8 アタシは生き残っただけ。雨に打たれて消えてしまえばいいのに。


 アタシは髪を乱暴に掴まれて起こされた。


 目の前に立つ巡察官を見た。



 ああ、またおもちゃにされるんだ。



 アタシは、ひざまずいて、目の前の白いズボンを下ろそうとした。


 視界が飛んだ。


「……え」 


 手で乱暴に払われて、床に転がされたんだ。


 目の前の巡察官は面倒くさそうに言った。


「釈放だ」


「しゃく……ほう……?」


 なにを言われているのか、判らなかった。


 男はさらに面倒くさそうに、アタシを蹴飛ばして。


 倒れたアタシに向かって、なにか布切れを投げつけた。


「それを着て、さっさと出てけ」


 布切れは。


 うすっぺらい安い生地のドレスだった。



 詰所から叩き出されて、呆然と立ち尽くす。


 外は夜だった。


 ひどい雨が、情け容赦なくアタシの全身を濡らしていく。



 雨に打たれて、頭が冷えて、徐々に物事が輪郭をとりもどしていく。



 ママとオッサンに連れられて、オッサンのお屋敷へ行って……。


 そこのお嬢さんに会って……。


 せいいっぱいうまく立ち回ったつもりで……


 巡察官につかまって……


 力づくで、重罪を認めさせられて……。


 死刑が決まって…… 


 なにもなくなったアタシは、あいつらのオモチャに……。


 それが終わった時、アタシは殺されるはずだった……。


 なのに。



「アタシ……助かったの……?」


 どうして?


 なにがどうなったの?


 なにひとつ判らない。



 立ち尽くして雨に打たれているアタシを、街の人達は無視して歩いていく。


 目をそむけ、アタシという人間が、そこに存在しないみたいに。


 巡察隊の詰所から放り出されたわけあり女になんて、誰も関わりをもとうとしない。


 ひどい雨に打たれて、カタギの女なら絶対に着ない安い生地のドレスは、たちまちずぶぬれ。


 何日もさんざん汚された体を水が流れていく。


 肌を濡らしていく冷たさ。


 冷え切っていく体。


 裸足の足裏に伝わってくる石畳の感触。


 雨に打たれる肌。


 それは生々しくて。


 生きている、という証だった。



 生き残った。


 アタシは、生き残った。


 だけど、それだけ。


 放り出されたアタシの戻る場所は……あの娼館しかない。


 だけど。


「……戻りたくない」


 このまま雨に打たれて、冷え切って、眠るように死ねればいいのに。


 冬だったら、すぐ、身体の芯まで冷え切って、動けなくなって、死ねたのに。



 もしアタシが、あの青空の壺ならば、雨に打たれても、何も感じずに済むのに。



 今頃、あの壺は、あいつに大事にされて、見られて、磨かれて、もしかしたら舐められて……。


 その光景が生々しく頭に浮かんだ瞬間、涙があふれた。


 消えていたはずの感情が、噴き出したみたいだ。



 アタシは、あの壺になりたかった。

 


 あんまりにも惨めで、アタシは雨が叩きつけて来る路面にしゃがみこんでしまった。


 目からぽろぽろと落ちる涙は、地面を打つ雨だれと紛れてしまう。


 

「大丈夫か……ひどい有様だな」


 上から声がした。


 アタシを呼んだみたいだったけど、そんなはずはない。


 すっと雨が止んだ。


 変だ。周りの石畳を雨が叩き続けているのに、アタシの周りだけ雨がやむなんて。


「って、大丈夫じゃないよな。立てるか?」


「……!」


 思わず顔をあげてしまった。


 声には聞き覚えがあった。


 あいつが、あのヘンタイ骨董商が、アタシに傘をさしかけて立っていた。



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