8 アタシは生き残っただけ。雨に打たれて消えてしまえばいいのに。
アタシは髪を乱暴に掴まれて起こされた。
目の前に立つ巡察官を見た。
ああ、またおもちゃにされるんだ。
アタシは、ひざまずいて、目の前の白いズボンを下ろそうとした。
視界が飛んだ。
「……え」
手で乱暴に払われて、床に転がされたんだ。
目の前の巡察官は面倒くさそうに言った。
「釈放だ」
「しゃく……ほう……?」
なにを言われているのか、判らなかった。
男はさらに面倒くさそうに、アタシを蹴飛ばして。
倒れたアタシに向かって、なにか布切れを投げつけた。
「それを着て、さっさと出てけ」
布切れは。
うすっぺらい安い生地のドレスだった。
詰所から叩き出されて、呆然と立ち尽くす。
外は夜だった。
ひどい雨が、情け容赦なくアタシの全身を濡らしていく。
雨に打たれて、頭が冷えて、徐々に物事が輪郭をとりもどしていく。
ママとオッサンに連れられて、オッサンのお屋敷へ行って……。
そこのお嬢さんに会って……。
せいいっぱいうまく立ち回ったつもりで……
巡察官につかまって……
力づくで、重罪を認めさせられて……。
死刑が決まって……
なにもなくなったアタシは、あいつらのオモチャに……。
それが終わった時、アタシは殺されるはずだった……。
なのに。
「アタシ……助かったの……?」
どうして?
なにがどうなったの?
なにひとつ判らない。
立ち尽くして雨に打たれているアタシを、街の人達は無視して歩いていく。
目をそむけ、アタシという人間が、そこに存在しないみたいに。
巡察隊の詰所から放り出されたわけあり女になんて、誰も関わりをもとうとしない。
ひどい雨に打たれて、カタギの女なら絶対に着ない安い生地のドレスは、たちまちずぶぬれ。
何日もさんざん汚された体を水が流れていく。
肌を濡らしていく冷たさ。
冷え切っていく体。
裸足の足裏に伝わってくる石畳の感触。
雨に打たれる肌。
それは生々しくて。
生きている、という証だった。
生き残った。
アタシは、生き残った。
だけど、それだけ。
放り出されたアタシの戻る場所は……あの娼館しかない。
だけど。
「……戻りたくない」
このまま雨に打たれて、冷え切って、眠るように死ねればいいのに。
冬だったら、すぐ、身体の芯まで冷え切って、動けなくなって、死ねたのに。
もしアタシが、あの青空の壺ならば、雨に打たれても、何も感じずに済むのに。
今頃、あの壺は、あいつに大事にされて、見られて、磨かれて、もしかしたら舐められて……。
その光景が生々しく頭に浮かんだ瞬間、涙があふれた。
消えていたはずの感情が、噴き出したみたいだ。
アタシは、あの壺になりたかった。
あんまりにも惨めで、アタシは雨が叩きつけて来る路面にしゃがみこんでしまった。
目からぽろぽろと落ちる涙は、地面を打つ雨だれと紛れてしまう。
「大丈夫か……ひどい有様だな」
上から声がした。
アタシを呼んだみたいだったけど、そんなはずはない。
すっと雨が止んだ。
変だ。周りの石畳を雨が叩き続けているのに、アタシの周りだけ雨がやむなんて。
「って、大丈夫じゃないよな。立てるか?」
「……!」
思わず顔をあげてしまった。
声には聞き覚えがあった。
あいつが、あのヘンタイ骨董商が、アタシに傘をさしかけて立っていた。




