肆:灯台
その神官は、心底うんざりしたような顔をした。
「どうもこうも……私はいい加減なことを言うのは止めろと、何度も言っていたのですよ。しかしあの娘は聞く耳を持たない……そのうち、帝国の皇太子殿下と聖女様の耳に入って、とんでもないことになると言っているのに……だから、私はもうこの教会で予言をするなと言ったのです」
ふむ、この神官の男は他の町民と違って予言者ラティオを妄信していないらしい。
「……貴方は、この町の人たちとは違うのですね」
ラシェルが呟くように言うと、神官は頷いた。
「私からしてみれば、何故皆あれほど荒唐無稽な予言を信じ込むのか理解に苦しむ……それより、私はもうラティオに関わるつもりはない。だからラティオ目当てならもうここへ来ないでくれ」
神官はそう言って、バタンと扉を閉める。
ラシェルに探知してもらったが、教会の中には今の神官が一人いるのみで、匿っている様子はないという。
「……聖女様、どうしますか?」
小声でラシェルが尋ねてくる。
「……とにかく、私たちもラティオ本人を探しましょう……もう一度町に戻って聞き込みをして、日が暮れる頃に、一旦集合しないと……」
「わかりました」
その後、ラシェルが聞き込みを続けてくれたが、結果は変わらなかった。
これといった収穫もなく、日が傾いて来たので、町の中心にある広場へ移動する。
私からオロチに言葉を飛ばしたので、間もなく三人もここへ来るだろう。
と、違和感を覚えて私が足を止めた直後、ラシェルも同様に立ち止まり、振り返った。
「……魔力」
ラシェルが呟く。
「……何この感覚……魔術じゃない……でも、ちりちりする感じ……」
私が呟くと、ガリューが剣呑に目を細めた。
「おそらく、例の予言者の仕業だよ……」
「占星魔術? それとも操作魔術とか、暗示魔術とか?」
「いや……魔術として術式に落とし込んだものじゃない。どちらかっていうと、竜人族や長命種が魔力をそのまま扱うようなものに近いかな」
ならば、やはり予言者ラティオはエルフの脱走者のファスターなのだろうか。
状況だけ見たらその可能性が高い。
だけど、私の直感はそれを否定している。
何かがおかしい、と。
「……ガリュー、ラシェル、気配は辿れる?」
「やってみます」
二人は一度瞑目し、周囲を注意深く探った。
「……掴んだ。灯台だ」
ガリューの方が僅かに早く目を開けた。
「私が視たのも同じです。灯台の下、灯台守が寝泊まりするための部屋にいます」
より正確な位置を割り出したラシェルに頷いた時、団長候補の三人が足早にやってきた。
「居場所は掴めた?」
私が短く問うと、ブルーノとベルノルトは眉を下げて首を横に振る。
「教会によく現れるということは聞いたのですが……」
「同じくです。しかし、教会を訪ねたものの、誰もいないようで……」
私たちの後に行ったのか。神官のあの様子では、私たちが行ったことでうんざりして出かけてしまったか居留守を使っている可能性は充分にありそうだ。
「私も同じく、教会に現れるという情報を掴み、そこから魔力を探りました。しかし不自然に分散していて、何となく魔力の濃い方角だけを割り出したところです」
テレージアが答えながら、灯台のある方角を指差した。
「あくまでもざっくり、方角程度しかわかりませんが、こっちにいる可能性が高いと思っています。もう少し時間をくだされば、魔力を掴み切れると思うのですが……」
「充分よ。この勝負はテレージアの勝ちね。次の課題を伝えたいところだけど、私たちも、予言者の居場所を掴んだところなの。これから捕らえに行くから、心してついてきて」
言うや、私は遮蔽魔術を掛けたままラシェルと並んで歩き出した。
オロチに、彼らをそれぞれ警護するようにと指示する。
灯台へ向かいながら、やはり違和感を覚える。
ラティオが本当にファスターであるなら、こんな簡単に探知魔術で居場所を掴めるだろうか。
私たちに比べて強い魔力を有することが多いエルフなら、身を隠す術も高精度のものを使用できると考えていいはずだ。
もしかして、何かの罠なのだろうか。
そう考えていると、すぐにその場所が見えてきた。
「……あれですね」
海岸から突き出た岩場の先に、聳える灯台がある。
陽が沈みかけているため、既に明かりが灯っている。
「聖女様、あの灯台には裏にも扉があります。念のため、私は裏を見張ります」
ブルーノがそう申し出てくれたので、私は頷き、オロチの分身を護衛としてつけたまま、そちらへ向かわせた。
「……行きますよ」
「ええ。気を付けて。オロチ、いざとなったら転移魔術で全員を連れて退避するのよ」
「心得ました」
私とオロチは遮蔽魔術を掛けたまま、灯台の入口へ向かう。
ラシェルが木製の扉を叩くと、中から応じる声があった。
「はい? どなた?」
顔を出したのは、灯台守としては意外な若い女性だった。
年の頃は二十歳前後。町で聞いたラティオの年齢と合う。
栗色の髪にグレーの双眸を有し、質の良い服を纏ったその人は、ラシェルと三人の団長候補たちを見て怪訝そうに首を傾げた。
ラシェルの背後に気配を断って控えていた私は、彼女の瞳にあの昏い光が宿っていることにすぐに気付いた。
「……失礼します。ここに予言者ラティオ様がいらっしゃるという噂を聞いたもので」
ラシェルが、少しおどおどした風を装って尋ねる。
女性は、すっと目を細めた。
「……誰に聞いたの?」
その口調から、ラティオがここにいるということは町の誰も知らないはずの事実である、ということを悟る。
同時に、この女性が予言者ラティオであるということも。
「噂ですよ。違いましたか?」
ラシェルがそう言った直後、女性は小さく嘆息して、口を開いた。
「貴方は魔物に襲われて命を落とすわ」
静かに、しかしはっきりと敵意をもって紡がれた言葉に、とても嫌なものを感じた。
ただの悪口や暴言ではない。
「……魔力を言葉に乗せている……」
私の肩で、ガリューが唸った。
それを聞いたオロチが合点がいった様子で頷いた。
「なるほど。耐性の無い者がそれを受ければ、無意識のうちにその通りに行動するような暗示に掛けられるということですね……」
それが予言の正体か。
では、今の言葉通りとなると、ラシェルが魔物に襲われて命を落とすということか。
と、私たちの会話を聞いていたラシェルが、その女を睨んだ。
「……それが予言? 随分薄っぺらいことを言うのね」
「薄っぺらいですって? 信じないならそれでもいいけど、後悔することになるわよ」
「……予言者ラティオ、帝国の聖女様に対する不敬罪で逮捕します」
テレージアがそう告げると、彼女は僅かに目を瞠り、それから忌々し気に顔を歪めた。
「……そう、貴方たち、聖女の手下だったの……」
私に何か恨みでもあるのか、彼女は憎しみの籠った目で、低く呟いた。
「何度でも予言するわ。今代聖女アリスは、己の不貞が露見して、皇太子クロヴィス殿下から離縁されることになるのよ!」
そう宣言する彼女から、強い魔力の波動が放たれた。
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