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「マリア」



 みつけた、とでも言いたげに目を細めて、あやうげな光をにじませた闇色の宝玉を奥に隠し――といっても十分漏れ出てしまっているんだけれど――幽鬼が口の端を吊り上げる。なんて、まるで古いB級ホラーみたい。


 だけど、ここは正真正銘(私にとっては)現実で、正真正銘(かどうか微妙なラインだけど)あいつは生きている。そっちの方がもっとホラーだ。


 青白いアンティークな美貌は今日も変わらず。美しくって恐ろしくって、……すこしだけ気持ちわるい。



「げぇ……、ゲーデ」



 おもわず顔をゆがめて一歩引いた私を、ゲーデは面白そうに見下ろした。まったく、腹が立つほどスタイルいいな。いらだちまぎれに罵倒してみたところで、本人は無頓着なんだけど。それどころか悦ばれる有様だ。うん、気持ちわるいね。


 なんといっても、ぱっと見小綺麗に見えなくもない黒髪黒眼の幽鬼みたいな青年は、ゲーデの肉体ですらないわけで。


 ≪不死人≫とやらをのっと――ゲフン、借り受けたとかいう反則野郎には、たぶんもともと決まった姿形なんかないんだろう。


 だから美醜の概念なんて伝わらないにちがいない。そうだよね。そうじゃなきゃ、私みたいな美人でもないジャジャ馬につきまとうわけがない。まして頬を染めるわけがない。くりかえすが、気持ちわるい。



「なぜ逃げる? 抵抗するお前に睨まれるのも悪くはないが、毎日とつづけば飽いてもくる」

「だったらほっといてよ! あんたに関わってるヒマはないの!」

「ヒマ? お前にもてあます時間があると思っているのか?」



 ゲーデが嗤う。



「おまえが望まぬゆえ、俺は退屈をもてあましている。しょせん消耗品に過ぎぬ人間おまえたちとはちがい、精霊おれには腐るほどの時があるというのに」

「だったらなに!?」

「肝に銘じておけ――いくら俺を拒絶しようとも構わぬが、限りあるお前の時間を羽虫に割くことは許さぬ」



 不遜きわまりない発言をしたゲーデは、ふん、と鼻で笑い、嫌悪しようとも罵倒しようとも一向に構わん。むしろ望むところだ、とまで付け足した。くそ気持ちわるいなおい。


 ドン引いた私の冷めたまなざしを、知ってか知らずか――いや確実に気づいてるんだろうけど考えたくない――ゲーデはうっそりとほほえんだ。


 まったくもって反則だ。ついでに変態だ。精霊in不死人とか厄介すぎるだろう。人を狂わす不死の業も、精霊にとっちゃあたりまえ。ひまつぶしの遊戯にすらならない。


 もっともこいつが、一般的に――すくなくとも私の故郷では――想像されるような、高尚な精霊エレメントでも可憐な妖精フェアリーでもないことはよくわかっている。それどころか無害ですらない。


 ゲーデは、精霊ロアだ。


 死とセックスを司るロア。好色で気まぐれな、死神みたいなもの。ヒナ校長から聞いてはいたけど、私はなんにも理解していなかった。


 ゲーデという存在が、どれだけ規格外なのか。是も否もない。そもそも、私なんかに手綱がとれるようなモノじゃないってこと――なにも、わかっていなかったのだ。



「なんで、私にこだわるのよ……」



 望まぬ不遇に、ため息も出る。


 神になりそこねた、とゲーデは言う。だけどそんなの、言い方の問題だけ。


 あくまで望んで彼は≪不死人≫という枠におさまっているのであって、もっと使い勝手のいいからだを使い捨てるつもりになれば、いくらだって無茶が効くわけで。


 枷なんて、あってないようなもの。


 なりそこねた? なに言ってんのよ。いまだに基礎魔法さえ使えない私を馬鹿にしてんのか。――あんた、好きでカミサマやめてるだけだろう!


 真正面から当たり散らしても悦ばれるだけだってわかってるから言わないけど。ふざけんなよマジで性質わるすぎる。


 こんなトンデモナイやつに執着されるなんて、なんの悪夢だ。現実とは思えない――し思いたくない――のに、一向に覚める気配はない。そろそろ、夢だと思いこむのもあきらめた。


 だけど、変態ゲーデにつきまとわれることまであきらめたつもりはない。



「あいにくと私は一般市民! あんたが望むようなものなんにも持ってない!」

「はじめにも言ったが、お前は匂う」

「だから乙女に体臭の話を……っ」

「魔臭だ。たぐいまれに芳醇な魔の香り。嗅ぎとれもしないあたり、使役する才は皆無なようだがな。たとえばその力、俺にあずけてみろ。世界を変えてやる」



 はあ? ……ちょっとまって、あんまり考えたくないけど。もしかして、もっと使い勝手のいい器=私、なん、て……ことは。



「――遠慮いたしますぅ!」



 つきまとわれるのもごめんだけど、のっとられるのはもっとごめんだ。


 つきとばしながら踵をかえして、全力ダッシュ。たちのぼる砂ぼこりに、咳こみながら足は止めない。


 ひとまずゲーデは追ってこない。自由に泳がせておいて、つかれきったところを捕まえるつもりか。そもそも逃げられるのも嫌われるのも悪くないとか言っていた。くそ変態め。


 またまた趣味のわるい追いかけっこをくりかえしながら思いだすのは、数日前に出会った、猫っぽいナニカを連れた女の子。ルディちゃん……だっけ。


 魔法だのなんだの私にはよくわからないけど、あの子たちがいなかったら、たぶんやばかった。ちらりちらりとゆらめく、紫の虹彩。あれはまずい。冷静な判断ができなくなる。


 できればもう一回会ってお礼を言いたいけど、……もし見つかって巻きこんだらと思うと、ヘタに近寄れない。どこにいるのかもわかんないしね。


 なんといっても、ゲーデは手加減をしらない。というよりも、人間のもろさを理解していないんだろう。そりゃね、身体は不死だわ、精神は人外だわ、性癖はマゾだわじゃ……理解するほうがむずかしい。


 だけどそれでも、私がうっかり(・・・・)殺されずにすんでるのは、いまのゲーデが不死人であるおかげ。


 死なない肉体は厄介だけど、同時に枷にもなっている、らしい。自分の意思で簡単に外せるような枷が、はたして枷と呼べるのかどうかは置いておいて。


 そもそも、けっこうヤバイ立場にいるって私が自覚したきっかけは、あの子たちに会うよりも、もうすこしだけ前のこと――。





 マリア=ヴィスコーは、怒りに身を震わせていた。



「意味……わかんない……っ」



 誰が信じるっての? 壁にもたれて眠っていたら、その壁が粉砕こわされて気づけば真っ逆さまでした、なんて。


 っていうか、そもそも。



「なんで、あんたが屋上で寝てんのよ!?」



 ほんのすこし前、ずっがぁんとすさまじい音をたてて上から降ってきた、はた迷惑な自称:死神もどきにむけて、怒声を張り上げる。


 濃密な影を思わせる濡れ羽色の髪をかるく払い、幽鬼のように色白――というよりもやや青白――な青年が、派手にガレキを蹴散らしながら身を起こした。



「さわがしいやつだ」

「今回ばっかりは言われたくないっての」



 私は、中庭でゆったりランチタイムしてたのに!


 わざわざ人が少ない時間をねらって――というか授業ボイコットして――ひとり悠々とくつろいでたのに!


 ぼっち飯でなにがわるい。ただでさえ浮きまくっていたのに、どこからともなくあらわれて邪魔してくる誰かさんのせいで、クラスメイトとの和解は絶望的だ。


 べつにいいけど。ひとりでいいけど。変態野郎がついてこなければ。



「ほんと、さいあく。今日こそ会わずにすむと思ったのに……!」



 ふん、と鼻をならして、ゲーデは空を見上げる。『いい歳』とすらいえないような歳をして、ちゃっかり制服を着こんでいる退廃的な美貌のカミサマ(っぽいもの)は、あくびまじりに口を開いた。



「羽音がうるさいな……」

「いいかげん、私に付きまとわないでよ。あんたと二人っきりにされるくらいだったら、まだ学生といっしょの方がマシだし」

「虫ごときが霊域を侵すか」

「はあ? ちょっと聞いてんの、変態ゲーデ!?」



 文句言うだけ言って、とっとと逃げるつもりだったのに。意味不明なことばっか言われるから、ちょっと気になっちゃうじゃない。ゲーデの視線をたどって、肩ごしに。


 いきりたってふりむいた先には、がいた。

 ――虫は虫でも爬虫類。それも超大型の。



「……う、そ」



 目を疑う。


 ファンタジーな世界だとは思ってたけど、序盤でひょいひょい登場しちゃっていいものなの? あれ。お姫さまでもさらいにきた? あいにく私はオヒメサマじゃないんだけど。人違いですおかえりください。


 なんて、くだんないことでも考えてなければ、きっと叫びだしていた。


 すさまじい勢いで滑空してくる、茶褐色の巨体。両翼を広げ、尾をしならせ、カッと顎を広く開けて。ブレスって実在するのかな。燃えたら熱いんだろうか。はは、死んだ。どう見てもあれ、私を狙ってる。


 竜の背後には、上空で激しい戦闘をつづける――なんていったっけ、ファフ……ファフ……まぁいいや、風紀委員の機体がみえる。とりこぼしたやつか、傷ついて離脱してきたのか。理由なんてしらないけど、地上に竜が落ちてきてる。めちゃめちゃ怒りくるったやつが一体。


 ああもう、なんでこういうときって、ゆっくりいろんなものが見えるんだろう。やるならひと息にやっちまえよ。こちとら抵抗する術なんてもっちゃいない善良――とはいいきれない一般学生だぞ!


 やけっぱちに目を閉じた、そのとき。

 ざわり、とゆらぐ大気に総毛立つ。たちのぼる異様な気配は、すぐ傍らから。


 わすれていた。こここにいるのは、私だけじゃない。性質のわるい死神もどきも――。



「“朽ちよ”」



 暗闇にひびく温度のない声。おもわずまぶたをはね上げたとたん、飛び込んできた光景から、目を逸らせなくなった。


 まるで塵芥のように、一瞬で崩れ落ちる巨体。鱗の一枚も残さずに。消えた? ……ちがう、解けた! 腐敗から分解まで、あっというまに終えてしまった。文字どおり朽ち果てるように。


 ゾッと、した。



「なん……、え? うそでしょ」



 ドラゴンっていったらラスボスで、一筋縄じゃいかなくて、それで。……ちょっと、不戦勝とか、即死魔法とか、ねぇ!? いくらなんでも反則すぎるでしょうよ。ドラ○エで竜王にザ○キしちゃうようなもんじゃない!



「なにを考えているかはだいたいわかるがな、俺は身のほどをしらぬ信徒に命じただけだ」

「め、命じた……? まさか、あんたアハァーン教とかいうやつの」

「アヴァロン教だ。間の抜けた名にするな」



 そんなことはどうでもいい。重要なのは、なんだかよくわからない敵みたいなやつらに、コイツが命令できるってことだ。



「助けてよ。ファフニールとかいう人たち、必死で戦ってるじゃない。あんたが出てけばすぐ終わるんでしょ!?」

「すべてが片づくわけではない。羽虫の教義など心底どうでもよいが、古き種族には俺への信仰を捨てていないものもあるというだけだ」

「でもどうとでもなるんでしょ?」

「ならんことはないがな。不死人このうつわは耐久性には優れているが、なにぶん魔力が薄い。そもそも、なぜ俺が手を下さねばならん? 羽虫が羽虫に嬲られようが、知ったことでは――」

「いいから助けなさい!」



 ゲーデにつめよって、おもわず胸ぐらを抑える。あいかわらずこの学園は好きになれないし、親しいだれかがいるわけでもないけど。


 でも、ファフなんたらさんが守ろうとしてる学園の秩序に、私が含まれてるってことは理解してる。



「高みの見物って、大嫌いなの」



 指をくわえて見ているしかない。そういう無力さも嫌いだけど、それよりもなによりも、力あるくせに動かない怠慢が大嫌い。


 てっきり悦ばれるかと思ったのに、ゲーデは思いのほか冷静な表情で、私を嗤った。



「ならば、お前が代償を払うか?」



 チラチラとゆらめく、紫の光彩。本能的に恐怖をおぼえた。手を離すこともできずに、かたまる。



「いかなる願いにも払うべき代償というものがある。よりにもよって、死神(このおれ)に願うのだ。――相応の対価を差しだせような?」



 容赦のかけらもないまなざしに、ああそうか、こいつ元々ヤバイやつだった、と思いだす。なにをどうしてかしらないけど、私のことを気に入ってるらしくて、よっぽどじゃなきゃ怒らないけど、でも。


 上位者がどちらかってことまで、くつがえるわけじゃない――。


 ぐっと歯をかみしめて、ゲーデの制服をつかんだままのこぶしを、かたくにぎりしめる。だめだ。ゆれるな。従ったらこいつの思うツボだろう。



「私、は……」

「マリア」



 ゲーデが名を呼ぶ。とっておきの甘い毒を忍ばせて、性質のわるい罠を張り巡らせている。わかっているのに、手から力が抜けていく。


 こいつの声には、妙な力がある。声にだか言葉にだかしらないが、……ひょっとしたらまばたきするだけでも、魔力とやらが動くのかもしれない。感じとれない私には、原理なんてわかるはずもないけれど。



「マリア=ヴィスコー。おまえが一声望むのなら、いくらでも筋書きを変えてやろう。俺は退屈に飽いているが、いかなる者にも(・・・・・・・)味方する義理はない。好きに使え。ただし、――」



 捧げるモノを、決して忘れるな。


 ゴクリとつばを飲みくだす音が、やけに大きく耳に響いた。





「ありえないわ……、どうして『不死人』が竜に命じられるの? だって、あれは、――あの変態は、恋矢に滅多刺しにされたがったドMじゃない。きみに殺されたいとかいって、いやがる恋矢にむりやり!」


「ちがうよ、お姉ちゃん。あれは、もう、僕らの知る≪不死人≫じゃない」


「うそよ。だって私、おぼえてるもの。忘れられないもの。目の前で竜にスプラッタにされて、それでも生きつづけてた気持ち悪さ……! なんで逃げるの、って、地面に落ちた唇だけがうごいてたのよ!?」


「だからこそ、だよ……あれが不死人なら、ここで起こるイベントは、僕らのときとそう変わらないはずだよね」


「れん?」


「あれは不死人じゃない。僕ら、とんでもないものを呼んでしまったかもしれない。……いままでのヤンデレ共とはちがうよ。あいつは、あいつらはもう、“この学園ゲームに囚われていない”」


「どういう……こと……」


「僕らが変えちゃったんだ。ここはもう、僕らの知るゲームの世界じゃないよ。わかってないだけで、ほんとうは、もっとずっといっぱい綻びがあるのかも」


「ほころ、び……そうよ、綻びを見つけられたら! そこから、どこか他の場所に渡れたりしないのかしら? もしかしたら私たち、帰れるかもしれないじゃないの」


「それは……むりだよ。ほかのところに居場所なんてない。わかってるでしょ? だって僕ら、もう」


「どうやっても、ここにいるしかないの……? ヤンデレに愛されても愛されなくても、ここで生きていくしか」


「うん……でも、僕だけは愛の味方だから。もう、僕には愛しかいない。愛には僕しかいない。ね? ――僕らの世界を邪魔する蛆虫ヤンデレどもは、もういないんだよ。お姉ちゃん」

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