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狩人の休息

 ガタガタと震動している。背中に硬い感触が伝わり、居心地が悪い。


 目を覚ますと、正面に幌が見えた。どうやら天井のようだと気づいた時、レストは顔を上げた。馬車の荷台らしい。


 身体を見下ろすと、手当がされており、包帯が巻かれている。血が滲んでいるが、応急処置は終えている様子だった。一応はレストも処置はしていたが、おざなりで、ボロ布を巻いた程度だった。見た限り、清潔そうな包帯が巻かれている。


 身体が重い。全身が鉄のようだった。血を流し過ぎたのか。


「起きた?」


 ルスカがレストの顔を覗く。

 レストは立ち上がろうとしたが、身体が思うように動かない。


「無理したら駄目だよ。寝てないと」

「私は、どうしたんだ?」

「覚えてないの?」

「……ガイゼンを出て……そこから荷物を取りに、樹林まで戻って……」


 そこからの記憶がない。ガイゼンから逃げるように出立し、あの村の方向へ進んだ。途中にある、ガルフリアに襲われた場所、鞄を置いて来た二ヶ所に戻ろうとしていたのだ。恐らくは盗まれていたりはしないはず。鬱蒼とした森林内なので人気はない、はずと思っての行動だった。


 金はまだ持っているが、それ以外の荷もかなりの金額になるし、着なれた服や道具もある。そのため取りに戻るはずだったのだが、数日過ごし、無理をして移動したことは覚えている。三日ほどかけて、何とか鞄を回収し、ラシャ村まで戻ろうとしたはずだ。その後、野営したのだが、その後くらいから記憶がない。


「野営してたら、起きなくって。うなされて熱が凄くて、どうしようかと思ってたら、近くで馬車が通ったから、乗せてくれるようにお願いしたの。それから二日間、寝たままだったから……すごく、心配したよ……」

「そうか……リオンは?」

「そこに寝てる。ちょっと怪我していたけど、もう大丈夫みたい」

「起きたんですか?」


 運転席から顔を覗かせたのはダルタニアンだった。


 レストは顔を顰めて、唇を歪ませた。


「なぜここにいる?」

「そ、そんな顔しないでくださいよ。レストさんの指示通り情報を仕入れて戻ってきたって言うのに。たまたま近くを通っただけのことですよ」

「そうか、それならいいが」

「と、とにかくもう少しでラシャ村に着きますので、休んでいてください」


 立場上の優しさを見せたダルタニアンに向け、頷いたレストは再び脱力し、天井を見上げた。気怠い。指先を動かすことさえ億劫だった。


 早くしないと、次の英雄を殺さなければならないのに。気ばかりが急いてしまう。


「レスト、今は休んでよ。一度はラシャ村に戻らないといけないんだから……ね?」


 レストの心情を汲んだのか、ルスカは優しげな声色でそっとレストの肩を叩いた。確かにルスカの言う通り。今は何もできない。一度魔女の下に戻らなければならないし、ノアの様子も気になる。ならば休むべきだろう。それはわかっているのに、どうしても考えてしまう。時間がないのだから。


 だが身体は疲労を訴え、レストの意識を奪った。


 頭に温かな感触が浮かぶ。なぜかその感触が安堵感を促した。そのままレストは眠りへと落ちて行った。


 ――それからしばらくして、レスト達はラシャ村に到着した。


 ダルタニアンも、一応は付き合いのあった村の変わり果てた状況に、複雑そうな表情を浮かべていた。ダルタニアンは詐欺師ではあるが、悪人ではない。ただ運が悪くはあるが。


「ここがラシャ村……」


 呟いたのはルスカだった。


 村の家屋は無事だったが、死体だらけのはずだった。しかし、村の中に死体はなくなっていた。戻った大人達が葬ったのだろうか。


 村内に足を踏み入れると、レストは周囲を見回した。死体はなくなり比較的綺麗にはなっている。だが、人気がなかった。盗賊に捕まっていた大人達は、ラシャ村に戻ったはずだが。


「誰も、いないのかな?」


 ルスカの疑問はもっともだった。家屋は十数あるのに、物音が一切しないのだ。外から訪れた人間からすれば不穏に感じて当然だった。


「あ、お、おじさん」


 建物から出てきたのは、小さな男の子だった。ノアと同い年の少年。彼は、ラシャ村の生き残りだ。


 少年は怪訝そうにしながら近づいてきた。


「その人、誰? ってかおじさん、どこ行ってたんだよ。他に、誰に帰ってこないし」


 レストはルスカと顔を見合わせる。そして、再び少年に視線を戻した。


「大人達は戻ってこなかったのか?」

「え? 帰ってきてないよ。俺だけ。みんなの死体も、俺一人で埋めたんだぞっ!」


 一人で死体を運び、埋めたらしい。幼い子供だと思っていたが、意外にも行動派の上、胆力もあるらしい。盗賊達に見つからないように一人で隠れていたという実績もある。こういう人間がどんな時でも最後まで生き残るのだろう。


 一人で心細かっただろうに生き抜いている。幼いながらも知恵は回るようだ。まだ数週間だが、それでも生存能力は高いと言えるだろう。


 ラシャ村の村人達は、盗賊達の盗品を持って行ったようだった。別の村に行ったのだろうか。それとも、途中で別の賊か魔獣に遭遇し、殺されたか。どちらにしてもレストには関係のない話だった。


 レストは少年を無視して、魔女の森に入ろうとした。


「ま、待ってよ! ね、ねえ、おじさん、この村に戻ってきてよ。一人だと寂しいし……それにこれからどうしたらいいか、わからないし」

「前にも言っただろう。私の知ったことではない」

「お、俺、わからないんだ。何かしなくちゃって思うけど、これからどうしたらいいか。か、考えたよ、考えたけど……」


 以前とは違って、少しは考えたらしい。一方的にレストに要求しようとしている様子はなかった。この数週間で、色々とあったのかもしれない。


 だが、レストはラシャ村に愛着がない。もう残ってもいない。だから少年に対しても、親切にする必要性を感じなかった。だから特に深い意味もなく、言葉を出した。


「ならばこの村を復興させればいい。人を誘致し、暮らしやすい村にすればいいだろう」

「……そ、そんなこと俺にできないよ」

「施設はある、土地も、家屋も、土台はすべてある。問題は誘致する方法だけだ、そうだろう?」


 亡くなった村長は、人間としては欠落していた部分が多かったが、村長としては優秀だった。そのおかげで畑は手入れが行き届いているし、家屋も頑丈で数も多い。いないのは人だけだ。


 だが、少年の言う通り、人を誘致するには、少年にその伝手も手段もない。ならば、丁度いい人物がいるではないか。


「おい、ダルタニアン」

「は、はい」


 イヤな予感がしていたのか、ダルタニアンは引きつった笑みを浮かべた。


「おまえ、行く先々でラシャ村のことを話せ。辺鄙な場所な分、税収も少ないし、思ったよりガイゼンまでの距離はない。比較的立地もいいし、住まいに困っている人間なら住みたいと思うだろう。家もあるからな」

「そ、それはそうかもしれませんが……」

「いいか、ただの住人じゃなく、出来れば手に職がある人間がいい。こういう場所を作業場にしたい、そう思っている人間だ。その方が村としても収益につながるし、発展の基礎にもなるからな」


 もしそれが可能ならば、レストの旅にも有用だ。


「いなくはないですが……ううっ、また仕事が増える」

「考えてみろ。この村が栄えれば、おまえ単独の流通路ができる。ラシャ村とガイゼンとの流通をお前が一手に引き受けることができる。独占だ。そうなれば店を持つことも夢じゃない」


 かなり困難だが、実現できれば可能だ。幸い、ラシャ村の周辺は資源が豊富だった。魔女の森には大型の魔獣が住んでいるため、危険視され、この周辺に人の手がほとんど入っていないためだ。だが、それは注意すれば問題ない。長年住んでいたレストにはそれがわかっている。


 レストの提案に、ダルタニアンは考え込んでいた。


「確かに、上手くいけば、かなり儲けられそうですね……」


 そう呟いて、鷹揚に頷いた。


「わかりました。何とかしてみましょう。ただし、流通に関しては私に一任して貰いますよ。栄えたとしてもずっと、です」

「いいだろう。と、言っても、私には関係のないことだ。おい、おまえ……名前はなんだったか」


 少年に声をかけると、不快そうに顔をしかめた。


「なんだよ、名前覚えてないのかよ……俺はカイだよ」

「そうか、カイ。おまえが今日からこの村の長だ」

「は? はあ!? え、お、俺が村長!?」

「そうだ。持ち主は誰もいない。もう家屋もおまえのものだ。すべてはおまえの采配で決められる。言っておくが私の家は私とノアの物だ。管理はしなくていいが、干渉もするな。いいな?」

「ま、待ってくれよ、俺はまだ子供」

「だが大人はいない。私はおまえに何かしてやるつもりはない。おまえ一人、生き抜かなければならない。それとも、どこかの街へ行って、保護者を探すか? 間違いなく奴隷にされるか、殺されるかするだろうがな」


 カイは目を白黒させた。わかりやすく狼狽している。迷っていた様子だったが、やがて仕方なさそうに言った。


「わ、わかったよ、俺やるよ……この村が好きだし、やっぱり捨てることもできないし」

「だ、そうだ」


 レストはダルタニアンに向き直る。


 ダルタニアンも不安そうにしていたが、成功の魅力には勝てなかったらしく、制止することはなかった。この二人の大人、かなり子供に手厳しい。というよりは、自分のことしか考えていないのだろうが。


 ルスカは事情を知らないからか、傍観していたが、ハラハラしている様子だった。やはり子供相手ということで気になるのだろうが、主人であるレストを差し置いて口を挟めない、といったところだろう。ルスカの考えも最初に比べて変わっている。前のルスカならば事情もわからず考えなしに、自分の感情を優先して口を挟んでいただろうから。


「では、私は住人を誘致します。カイさん、あなたは村を住みやすいようにしてください。できれば多少の食料の貯蓄もあれば助かります」

「そ、それはどこの家庭もしていたし、畑の収穫もそろそろだから大丈夫だと思う」

「上出来です。それで十分でしょう。他に何かお話はありますか?」

「いや、ない」

「な、ないよ」


 レストとカイの返答を受け、ダルタニアンは二度頷く。どうやら先の話を自分の中で消化しながら話していたようだった。


「それじゃ、私はそろそろ行きます。次の情報を仕入れてきますので……」

「ああ、頼むぞ」


 ダルタニアンはラシャ村を出て行った。レストの情報を伝えることが彼の目的だったため、もうこの地に用はなかった。


 次の英雄の場所。それを伝えるために戻ってきたのだから。


 だが、その場所を聞き、レストはすぐさま移動する必要がないことを知った。そのためか、僅かに、ほんの僅かに心に余裕が生まれた。


 多少休んだからか、体力も戻っている。しかし背中や足の傷は深いため、完治には至らない。魔女に治療を頼めば、了承してくれるだろうか。


「もういいな?」

「あ、うん、だ、大丈夫だと、思う」


 カイは戸惑いながらも現実を受け入れたようだった。彼もこの数週間で日常が一変し、心がついていかないのだろう。だが、どうにか前向きになれたようだった。


 我ながら子供に村長をやらせるなんてかなり無茶な要求のような気がするが、カイに構っている暇はない。それに、案外カイならば上手くやるかもしれない。子供の割に聡明だし、理解力も行動力もある。


 レストはルスカとリオンを伴いラシャ村裏の森へ入る。見慣れた庭だ。しばらく進むと目的の場所へと辿り着いた。


「ここだ」


 レストが足を止めると、ルスカは辺りを見回した。


「何もないけど……」


 魔女の家でもあると思ったのだろうか、ルスカは注意深く周辺を捜している様子だった。


「私だ。移動させてくれ」


 レストはその場で言った。魔女の姿はなかったが、迷いはなかった。そして次の瞬間、情景が変貌する。森林から家屋内へと瞬間的に変わったのだ。音もなく、違和もなく、移動した。


 ルスカがいた場所を見ると、そこには誰もいなかった。そこでようやく、レストとノア以外を入れる気はない、と魔女が言っていたことを思い出した。忘れていたので、ルスカには何も言っていなかった。突然消えて、驚いたかもしれない。後で説明すればいいか、とレストは楽観的に考え、ルスカのことは一時的に忘れた。


 正面、窓際にノアがいた。結晶の塊に捕われた娘の姿を見て、レストの頑なだった心は一瞬にして氷解した。安息という言葉以上に、適した表現が浮かばない。


「あら、早いわね、もう戻ってきたの?」


 そこは魔女の図書館。本棚に敷き詰められた蔵書と、綺麗に並んだ机と椅子。その一つに魔女は座っていた。本を読みながら視線だけ上げて、レストを見ていた。


「少し見ない内に、姿が変わったみたい。あなた、召喚石の力を短い期間で使ったわね?」

「必要なことだった」

「別に構いはしないけれど、死期が早まるわよ。娘を助ける前に死んでは意味がないでしょう。もう少し慎重に行動することを勧めるわ。ま、どうでもいいけれど。で? 殺したの?」

「ああ」


 レストは小さく頷くと、集魂の首飾りを魔女に手渡した。


「すごいわ、本当に英雄を殺したのね。対して期待はしていなかったけれど、これは評価を改める必要がありそうに。ふふ……それにしても、こんなに強い光を見たのは初めて。さすが英雄の魂だわ」


 魔女は首飾りを恍惚とした表情のまま眺めた。そしてノアの下へと近づく。


 結晶に首飾りをかざすと、宝石内の光が外部に溢れた。紫色の光はそのまま結晶に吸い込まれる。伴って、結晶の塊全体が光を発した。力強く胎動するかのように、断続的に明滅した後、やがて収まる。


 見るとノアに変化が訪れた。背中まで伸びていた空色の髪は肩辺りまで短くなった。まだ髪は長いが、健康だった時のノアの容姿に近づいたようだった。


 間違いなく、病状が緩和している。いや治療へと一歩近づいたのだ。


 レストは結晶に触れる。


 ああ、本当だったのだ。


 本当に、英雄の魂があれば。


 娘を助けられる。


 助けられるのだ。


 まだ信じてはいなかった。

 だが現実に英雄の魂を吸い取り、ノアの病気は、結晶病は治るのだ。


 悪夢は終わる。


 娘は死なない。


 助かる。


 希望を抱いてもいいのか?

 ノアは助かるという、その未来を信じてもいいのか?


 そうだ。


 その希望を信じるしかないのだ。


 ああ、絶対に英雄を殺す。


 あと三人だ。


 必ず、英雄達を殺して、おまえを助けるから。


 だから待っていてくれ。


 レストは歯噛みしてノアを見つめた。

 眠っているような安らかな顔だ。

 次にノアが目を覚ます時は、病を完全に消した時だ。


「これで終わり。四つ揃えば、完治するわ。それまで頑張ることね」


 魔女は大した感慨もなく、淡々と言い放った。

 首飾りを渡されたレストは、再び首から下げる。


「あなた、かなり怪我を負ったみたいね。左目とその髪は治せないけど、ただの怪我なら治してあげられるから、こっちに来なさい」

「ああ、すまない」

「ついでだし、大して手間はかからないわ」


 魔女に誘われ、レストは客間に移動した。そこは普通の寝室で特に目立った部分はなかった。


「裸になって、そこに座って。包帯はとってね」


 言われるままに、服を脱ぐとベッドに座る。だが、痛みから上手く包帯が外せない。


「いいわ。あたしがやってあげるから、じっとしてて」

「すまんな」


 魔女はそれ以上は何も言わず丁寧にレストの身体に巻かれた包帯を剥がした。


 鍛え上げられた肉体には無駄な脂肪は一切ない。元々体格がいいレストの肉体は、さらに筋肉の鎧を纏い、そこらの兵隊よりも体格がいい。身体中を鋼鉄の筋肉で覆われているが、そこかしこに傷が走っている。生々しく、まだ薄皮で覆われているだけだった。まともな処置をしていないため、もう少し時間が経てば膿が出るだろう。


 特に足の傷が深い。ガルフリアの槍に貫かれた部分、綺麗に繊維の間を抜けたような傷だった。


「そこに寝て」


 ベッドに横になると、魔女がレストの背中に跨る。背後から感じる柔らかな感触に、レストは顔を顰める。その感触はそのままに、艶めかしい衣擦れの音が耳朶に届いた。


「ひどい傷。背中に裂傷は数十、脚にも幾つか見えるわ。特に太腿の、この刺し傷が一番深手ね」


 魔女はすーっと、指先をレストの身体に滑らせる。背中から臀部を通り、右足に至ると、ピタッと止まった。くすぐったい感覚に、レストは身もだえしそうになるが、唇を引き絞って耐えた。


 これは遊ばれているのか。そう思った矢先、指先の感覚がなくなった。内心で安堵したのも束の間、今度は背中に二つの柔らかな感触が伝わる。そこから左右に延びた硬い感触が、緩慢にレストの背中を這いずる。ぐっぐっ、と何度も押し付けられ、レストは眉根を寄せる。


 そしてピチャと水音が響いた。断続的に聞こえる淫猥な音と共に、背中に言いようのない快感が込み上がっている。摩擦の少ない接触、ヌメるような何か。粘着質な液体が肌をなぶっている。生傷に浸透する液体が、痛覚を刺激した。


 痛みは問題ない。魔女が何かをしていることが問題だった。

 レストは耐えかねて反射的に口を開いた。


「おい、何を」

「んっ……何?」

「何をしている?」

「何って、治療よ」


 治療とは思えない。どう考えても治療の領域を超えている。そう思ったレストは、上半身を僅かに上げて、肩口に振り返る。


 魔女はレストの背中に跨っていた。スカートから覗く白い大腿が異常な程に妖艶だった。


 長い黒髪は、蛇のように自身の身体に纏わりついているように見えた。そして、魔女は姿勢を低くして、レストの背中に顔を近づけていた。舌を伸ばし、傷を舐めていた。舌先からは唾液が溢れ、つーっと糸を垂らしている。魔女が顔を上げると唾液の糸は切れた。


 ベッドの上、密着した男女。それが何を表すのか、わからないのは子供か、純真無垢な世間知らずくらいだろう。


「それが、か?」

「治癒魔術は触れるだけだと効果が薄いのよ。魔力を直接、注ぐ方が効果が強い。だから、魔力を含んだあたしの体液を傷に塗ってるの。別に変な気を起こしたわけじゃないわ。それとも、何? そういうことをして欲しいならしてあげてもいいけど?」


 妖艶で蠱惑的な声音だったが、レストの心に僅かな波さえ起こせない。


「断る。治療でないなら、私は戻る」

「冗談よ。面白味のない人ね。とにかくこれは治療の一環。別の方法もあるにはあるけど、聞きたい? あたしはどちらでもいい。でも多分、あなたは拒否すると思うわ。どっちにしても、あたしの体液を摂取することには代わりがないんだもの」


 体液の摂取と聞き、レストはあまり好ましくない想像をしてしまった。ならば、今の治療方法が一番まともに思えた。


 どちらにしても治療はしてもらわないといけない。自然治癒だと時間がかかるだろうし、出立が遅れる。後、三国も周らないといけないし、英雄を殺すたびに、ここに戻らないといけないのだ。そう考えると移動だけでもかなりの時間を浪費する。ここでもたもたしていたら移動だけで一年過ぎるなんてことになりかねない。そんなお粗末な結末だけは避けなくてはならない。


 ならば、自身が耐えればいい。これくらいどうということはない。


「わかった、続けてくれ」

「随分悩むのね。傷つくわ。女が身体を張ってるのに、そんなつれない態度をとられるんだもの」


 レストは嘆息し、再び顔を伏せた。これ以上、魔女に付き合ってはいられない。まともに話していたら時間がいくらあっても足りないし、遊ばれている気がしてならない。


 くすっ、と背後から聞こえたが、レストは聞こえない風を装った。


 そして再び治療は開始される。断続的に聞こえる水音と、触れる肌の体温が、徐々にレストの身体に熱を帯びさせる。レストも男だ。異性として愛しているのは亡くなった妻だけだし、身罷ってからそういうことは行っていない。ノアのことだけを考えて生きてきたからだ。だが男である限りは性欲はある。


 しかし魔女相手に欲情している、ということを受け入れられなかったレストは、無言で別のことに思考を割く努力をした。しかしそれは無駄だった。


 熱い吐息と、異常な程に色香が漂う所作、悦楽を促す感触と温度、静寂の中で時折、響く粘着質な音と布が擦れる音。それらが相乗し、その場には淫猥な空気が漂う。


 高揚しているのか。英雄を殺したことで、狩りをしたことで、過剰な程の達成感を今更に抱いたのか。それとも単純に安堵し、ようやく周囲の出来事に気を割くことができるようになったのか。


 脳が沸騰している。まともな思考はどろどろに溶けてしまい、本能だけが顔を出していた。心音が激しく叫ぶ。そんな状況なのに、身体は眠っている。脳は覚醒しているのに。


 しかし徐々に、その激情は薄れていく。なぜか突然に心が穏やかになっていたのだ。背中も足も、感覚が鈍麻していく。全身が温かい何かに包まれてた。暖色の光がレストの身体を覆っていた。これが治癒の魔術とやらなのか。身体がポカポカとして、眠気が襲ってきた。


 気分がいい。このまま眠れば、どれだけ気持ちがいいだろうか。


「寝ていいわよ。その方が体力も回復しやすいし」


 魔女の前で寝るのは気が進まない。だが、眠気に抗うことは不可能だった。この快感には、どうしても抵抗できない。ノアの症状が緩和した様子を目にして、張り詰めていた気が緩んだらしい。


「おやすみ、レスト」


 魔女の優しげな言葉を最後に、レストは眠った。

これにて一章を終わります。二章開始はまだ未定ですが、状況によって投稿時期を決めます。それまでしばしお待ちいただければ幸いです。

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