表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/34

英雄の力

 村長の家に到着した。


 玄関を叩くと、すぐに家主が現れた。小柄ではあるが恰幅はいい。初老の男性で、特徴はあまりない。平凡な顔だ。敢えて挙げるなら、村長にしては若い、といったところか。


「どちら様でしょうか?」

「私は旅の者、ダイン。こっちリスティアだ。少し、英雄について話を聞きたいのだが、いいだろうか」


 レストは流暢に偽名を並べる。事前に話していなかったので、ルスカは面食らっていたが、理由を考えれば簡単に答えに行き着いたのか、冷静になった様子だった。中々に聡明な少女だ。


 レストの言葉に、村長は戸惑っていたが、続けて問いかけてきた。


「英雄殿の話、とは。理由を聞いても?」

「私は各所で英雄のことを聞いて伝記としてまとめている。現在ある『エステアの四英雄』や『魔王を討ちし者達』などは、どうも曖昧な部分が多いと思い、英雄達の素顔を載せたいと考えている。そのためにもっと情報を知りたい。そこで、まずは鏡の英雄、ガルフリア殿のことを調べて回っているというわけだ。この村へは、ガルフリア殿も何度か訪れたと聞いたのでね」


 横でルスカが凝視してきたが、レストは無視した。よくもまあ、嘘が出るな、という風に思っているのだろうが、事前に考えていた内容を話しているだけだ。別段難しくもない。嘘は嫌いだが、必要ならば使う。自分の矜持など目的のためならばいくらでも捨てる。


 話の内容自体に齟齬はないはずだ。実際、レストは四英雄に関しての情報不足は痛感している。蔵書以外の情報も曖昧だし、実在している人物なのかと疑いたくなる時もあるのだ。ならば、より彼等のことを知りたいという人物が出てきてもおかしくない。事実、レストは四英雄のことを詳しく知りたいと思っているのだから。


 これは賭けでもあった。後に、英雄のことを調べ回っている人物がいた、と知られればレスト達に行き着く可能性が高いからだ。だが危険を回避しているだけでは真実は見えない。有用な情報程、危険に近い場所にあるのだから。


 レストの言葉を聞き、村長は怪訝そうな態度を軟化させる。どうやら一応は信じてくれたようだった。それはつまり、村長はそんな話も、あり得ると思ったのだろう。


「話はわかりました。これも何かの縁。お話ししましょう。中へどうぞ」

「ありがたい」


 ナイフや剣のような武器は所持していない。街中で武装していると警戒されるからだ。剣士や傭兵であれば不思議でもないので違和感はないだろうが、それでも話を聞きに行った場合、多少は警戒されるだろう。やはり無防備な方が、相手も心を許しやすいものだ。


 中へ入ると、居間へと案内された。村長同様に、特に目立った部分がない家だった。

 椅子に座ると、村長が紅茶を出してくれる。礼を言い、一口啜ると、話を促した。


「早速だが鏡の英雄殿のことを知りたい。どういう人物だった?」

「そう、ですね……とても不思議な方でした」

「不思議な、とは?」

「掴みどころがないというか。思いもしない行動をする方、というか。正義感に溢れている、のでしょうか。彼が何かをすれば、必ず問題は解決しました」

「魔獣や盗賊を討伐する、ということでは?」

「いえ、それ以外の、その……内輪の問題、というか、なんと言いましょう。複雑な状況でも、彼が何かをすれば、問題は解決するというか。彼には確固とした信念があったようです。それに沿って行動しているのではないか、と」

「内輪の問題。つまり、この村でもそういう問題があったと?」


 村長は、逡巡していたが、やがて緩慢に頷いた。


「ええ、この村に父と息子の家族がおります。父子家庭は彼等だけなのですが」

「父親は笑顔を絶やさず、息子はやや人見知りの?」

「そうです、お会いになりましたか」

「ああ、先ほど、こちらを案内してくれた」

「そうでしたか……実は、一年前、彼等の家庭で母親が病床に伏せっておりまして。父親は病を治すために様々な方法に手を出し、息子を蔑ろにしていたのです」

「病気?」

「結晶病です」


 ざわっと髪の毛が逆立った。結晶病。憎き、病の名前。こんな場所でその名前を聞くとは思わず、レストの血液は一瞬にして沸騰した。娘を蝕む最大の敵。だが、それを倒すためにできることはレストには一つしかない。


 手が震えていたが、隣に座っていたルスカがそっと手を握ってくれた。その冷たい体温が、レストを冷静にした。どうやら、激昂しそうになっていたようだ。思わずルスカを見ると、恥ずかしそうに俯いていたが、すぐに手を離してしまった。


 気を遣わせてしまったようだが、不思議と心は落ち着いていた。レストは深呼吸をし、村長に視線を戻す。


「ご存じなのですか?」

「ああ、何度か聞いたことがある」


 何度も、だ。ノアが生まれて、頭の中に住み着いた悪魔の言葉だ。


「その結晶病に罹った母親が、い、命を引き取るまで、家庭は崩壊していましたが……その、いえ、英雄殿、ガルフリア殿が父親を諭し、更生させたのです。それから、父子は仲良く生活しているということですな」


 レストは眉を一度跳ねた。村長の表情には陰りがあったからだ。それに声の抑揚がおかしい。一部分、妙に上ずっていた。母親が死んだ、というところで。何かがあるらしい。敢えて隠すくらいだ、後ろ暗いことなのだろう。だが、それはつまり決して話さないということでもある。


 追及しても、利益はないだろう。少なくとも自分達にとっては。


 しばらく話し、村長から得られる情報はもうなさそうだ、と思ったレストは会話を打ち切る。収穫は、あの父子のことくらいか。あまり有用ではないだろうが。


「参考になった。わざわざありがとう」

「いえ、こんな話でよければいつでも」

「ああ、助かる。それでは、私達はここでお暇しよう」

「そうだね」


 ルスカは黙してレストの隣に座っていただけだ。だが、彼女は会話をきちんと記憶していたようだった。いるだけではある。だが、会話を聞くことで、違う観点での意見が出る場合もある。一人で何でもするより、二人でする方が、新たな発想が生まれることもあるのだ。


 レストとルスカは村長に再び礼を言うと、家を出た。街道を通り、宿へと戻りながら、会話をする。


「どう思った?」

「なんか、隠してたっぽいよね。でも、多分だけど、あたし達には有益な感じじゃないかも。レストはガルフリアのことを知りたいんでしょ?」

「ああ、容姿や能力がわかればいいんだが」

「でも、もう……うーん、ねえ、その、あたしの勘違いかもなんだけどさ、ちょっと気になったことがあって」


 ルスカは言い難そうにしながらも、意を決した様子で口を開いた。


「何だ?」

「えと、ね、見間違いかもなんだけど」

「ああ、だからなんだ」


 ルスカは上目づかいでレストを見つめる。少女としての青い愛らしさがそこにはあったが、レストには不穏な態度にしか思えなかった。何を言おうとしているのかわからないが、イヤな予感しかしない。


 そしてルスカは言った。


「あたし初日に、ガルフリアが村へ向かっている後ろ姿を見たんだよね」

「…………なんだと?」

「あ、あのさ、見間違いかも。湖で水を汲んでたらさ、近くの細道を歩いてたんだよね。赤髪で槍を持った、中肉中背の青年、でしょ? 白馬には乗ってなかったけど、間違いないと思う。似てる人かもしれないけど」


 ルスカがいた場所はレストとリオンがいた高台とは真反対の場所。つまりこの村側に位置しており、ガルフリアの進行方向を考えれば、二日目にレスト達がガルフリアと遭遇するなんておかしい。


 レストが監視していた林道は彼女の場所からは見えない。ルスカがいた場所は木々が生い茂り、開けた場所はあまりない。その上、舗装された道はないので、獣道を通るしかない。


 もしルスカが見た人間がガルフリアであったとしたら、レストが見た人間と同一人物であるはずはない。わざわざ行った道を戻って、また村へ向かうなんて行動には意味がないし、あの距離を移動するにはかなりの移動速度が必要だ。それに、もし初日にルスカがガルフリアを見たのならば、逆算して、ルスカと別れた時期くらいに、レストはガルフリアと遭遇していたはずだ。しかし、彼の気配は感じなかったし、違和感もなかった。


 別のルートがある可能性もあるが、レストが見張っていた道以外は、まともな道はない。獣道よりも更に険しく、わざわざそこを通る理由がない。しかも片方は馬に乗っているのだから。


「レストに言おうかと迷ったんだけど……その場から離れない方がいいと思って。それに、倒したって言ってたから、人違いかと思ったんだけど、さ」


 どういうことだ。ガルフリアが二人?

 たまたま似ていた人物が近くにいた?

 ガルフリアを模倣した人間がいる? それとも両方ガルフリアではない? では殺した男は誰だったのだ? あれほど弱かったのだから、やはりガルフリアではない、のか?


 ならばガルフリアは、本物の英雄はどこにいるのか。


 ガルフリアを装っていた人物がいるのは間違いない。英雄を真似た人間? ガルフリアと結託しているのか、それとも勝手にやっているのか。何が理由で? 村長が知っている英雄は本当にガルフリアなのか? では英雄が盗賊達を討伐したというのは? 人々を救っているというのは? それは本当に、ガルフリアによるものなのか?


 わからない。何が何だか。


 思考が混濁している。何かが間違っている。いや、根本的に考え違いをしているのか。指針がない。論理を組み立てられない。


 焦燥感がレストを襲い始めた時。


 突然、レストの背中に悪寒が走った。思い当たってしまった。最悪の考えに。


 もし、あの恐らくは偽物のガルフリアを殺した瞬間を誰かに、ガルフリア本人に見られていたとしたら。もしかしたら、自分達の居場所はバレているのではないか。


 途端に、全身に汗が滲んだ。


 失敗していたのではないか。すでに、ガルフリアの何かしらの術中にはまっていたのではないか。魔女は言っていた。十年近く、英雄達を殺そうとした人物は多くいたはずなのに、英雄達は生き残っている、と。それはつまり、それだけ強いのだと思っていた。だが冷静に考えれば、強さだけではないのではないか。何か生き残る方法、術、能力があるのではないかと考えるべきだったのだ。


 レストの中で警鐘がけたたましく鳴り響いている。


 ここにいてはいけない。この村から出なくては、なぜかそう思った。


「ど、どうしたの? すごい汗」


 ルスカが心配そうにレストの顔を覗きこんだ。彼女の顔を見つめ、レストはすぐに大丈夫だ、と答えようとした。だが、それはできなかった。


 ルスカの後ろに見えたのだ。


 村の入り口。


 そこには赤毛の中肉中背の青年がいた。


 白馬に跨り、槍を携え、レストとルスカを見下ろしていた。瞳はぎらつき、およそ人間とは思えない。無情にも、その姿は美しく、凄艶でもあった。厳とした姿に、レストは視線を奪われ、言葉を失う。憧れと恐怖を同時に抱いてしまうような存在だった。


 ルスカはレストの視線を怪訝に思い、振り返る。そこにいた人物にルスカは小さく悲鳴を上げた。何もできない。睨まれただけで何もできなくなる。そんな威圧感だけが胸中を駆け巡る。


 逃げなければ、逃げなければ。


 そう思うのに足が鉛のように重い。自分の身体ではないかのように動かない。


 ルスカは後ずさりし、レストに抱きついた。


 英雄は、ガルフリアはゆっくりと村の中央通りを歩く。狭い道を優雅に闊歩する姿は、賞賛する民衆がいなくとも、華美な光景だった。


 レストは震える手でナイフを握ろうとした。だが、宿に武器を置いて来たことに気づき、すぐに後悔した。慎重になり過ぎて、いざという時に何もできない。


 逃げようにも、すぐ近くにガルフリアがいるのだ。どうしようもない。


 馬は歩みを止め、レスト達の前で止まった。馬上のガルフリアは厳めしい顔つきのまま、レストを見下ろし、口を開こうとした。


 もう、終わりだ。


 そう思った瞬間、

「夫婦か?」

 と問われた。


 レストは質問の意図がわからないながらも、必死で頭を働かせて、何とか答える。


「……違う」

「じゃあ恋人か。白昼、身を寄せ合うんじゃねぇ。子供の教育に悪影響を及ぼすからよ。愛を確かめ合うんなら部屋の中だけにしろよ」


 何を言っているのかと思ったが、冷静に自分達の状況を見ると、理由がわかった。ルスカは震えながらレストに抱きついていたのだ。レストはそんなルスカを無意識のうちに固く抱き留めていた。ルスカも現状に気づいたのか、レストを見上げる。視線が絡むと、途端にルスカの顔が赤くなり、慌てて離れた。


「……気を付けよう」

「そうしな」


 言い終わると、ガルフリアは何事もなかったように村長の家へと向かった。レストとルスカは緊迫感から解き放たれた拍子に、同時に嘆息した。


「生きて、いた」

「う、うん。やっぱり、あたしが見た方がガルフリア、だったのかな」

「おまえが見た人間がガルフリアならば、どうして私達の方が先に村へ到着しているんだ? それに、だ。私も確かに奴を見た。顔を近くで見たが、間違いない」


 レストが言うや否や、ルスカは顔面を蒼白にした。


「それって、まさか……」

「ああ、殺した人間は、さきほどの男だ。間違いない。瓜二つだ」


 間近で確認し、触れもした。馬の姿も確認した。鎧の形も、鞍の形さえも覚えている。間違いない。殺した相手と、そこにいた男は同一人物。ガルフリアだった。


「一体、どういうことなの……?」

「わからない。わからないが、ここは危険だ。すぐに出た方がいい。宿へ戻るぞ。リオンを連れたら出発だ」

「う、うん」


 理解の範疇を超えている出来事だらけだった。だが、確かなことはある。ガルフリアは何かしらの能力を持っていて、殺しても簡単には死なないということ。そして、このまま村へいれば、危険だということだ。


 一度、ガルフリアを殺した。


 先ほどの反応からして、奴はレストのことに気づいていないだろうが、殺されたということは知っているのではないか。ならばいずれレストのことを知るかもしれない。


 わけがわからないし、まるで夢のようだった。だがこれは現実なのだ。


 とにかく一度、ガイゼンに戻って態勢を立て直すべきだろう。


 レストとルスカは宿へと戻り、代金を払ってリオンと共に村を出た。それは狩りをするためではなく、逃げるための行動だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ