すべてをかけてでも叶えたいのならば
草木を分け、ルスカの下へと向かった。そこはレストとリオンが隠れていた高台から歩いて半日の距離にあった。大して迷うこともなく、目的の場所へと到着したレストは、ルスカの後ろ姿を見つける。音を鳴らさず近づき、彼女の肩を掴んだ。
「ぎゃあ!」
色気が皆無の悲鳴を上げたルスカは、反射的にその場から飛びのいた。次いで、腰から剣を抜き、震える手で構えた。
「な、なに!? なんなの!?」
「私だ」
レストは無感情に答える。
ルスカは安堵からため息を漏らして、剣を鞘へとしまった。
そこは僅かに開けた空間だった。焚火の跡、毛布、野営道具が転がっている。粗雑で、片付けがなっていない。突然、何かに襲われたらどうするつもりだったのだろうか。
「よ、よくここがわかったね、びっくりした」
「足跡が消えていない。枝が折れていたし、葉も踏まれていた。誰でも追跡は簡単だ」
「あ、足跡はわからないようにしたと思うけど」
「上に土をかぶせても意味はないぞ」
うっ、と言葉を漏らして、ルスカは気まずそうに俯いた。だが、痕跡を残さないような訓練はまだしていない。足跡を隠そうとしただけでもいいとしよう。
「え、えーと、それで、どうだったの?」
「終わった。殺した」
「え? あ……そ、っか」
端的に答えると、ルスカは顔を顰めた。しかし、その後になぜか首を傾げる。
「何だ? 何かあったのか?」
「あ、ううん、何もないと思う。それよりすごいね。英雄を……倒しちゃうなんて。やっぱりご主人様は強いんだ」
「いや、たまたまだ。それよりも、そのご主人様というのはどうにかならないのか」
もしノアに聞かれたら不審に思われるかもしれない。若い女にご主人様などと呼ばせている父親。これはまずい。かなりまずい。間違いなく、失望されるだろう。変態扱いされるかもしれない。
レストは強く思った、私は変態じゃない、と。
「だって他に呼び方が」
「レストでいい。様はいらん。わかったな? レストだ。呼び捨てでいい。様は決してつけるな、決してな」
「い、いいの? 奴隷なのに」
「構わん。私はただの狩人だ。敬称をつけられるような人間ではない」
「う、うーん、わかったよ、じゃあ、その……レ、レスト! こ、これでいいんだよね?」
名前を呼んだ時、ルスカは明らかに動揺していた。わかりやすく顔色まで変えていた。これほどまでに感情が顔に出る人間をレストは知らない。
「何を恥ずかしがっている?」
「う、うるさいな。ほっといてよ! で、こ、これからどうすんの?」
会話を変えたかったのだろうが、あまりに下手だった。レスト自身、会話術に長けているわけではないので何も言えないが。
「少し調べたいことがあるから、ガルフリアが向かおうとしていた村へ行く。すぐに準備をしてくれ」
「よくわかんないけど、了解」
ルスカは散らばっていた野営道具やら毛布やらを鞄にしまった。かなり乱暴な所作だった。恐らく、とりあえず鞄に入れているだけで、考えがあるわけではないだろう。
ノアならば、きちんとたたんで綺麗に仕舞う。
レストならば綺麗にとまではいかないが、用途や使用頻度によって入れる順番を変える。
こういうところで性格が出るのだろうな、とレストは何となく考えた。
出発の準備が終えると、レスト達は近くの村へと向かった。
●○●○●○
数日後、村に到着したレスト達は安宿に入った。中は閑散としており、旅人も数えるくらいにしかいない。酒場も活気がなく、宿の主人も、レスト達をちらっと見ただけで、興味なさそうに視線を逸らした。レスト達が受付に来ても同じ姿勢のままだった。
「一泊、二人と一匹だ」
「そのペット、部屋を汚さないだろうね?」
声を聞くまで宿の主人が女だとわからなかった。短髪で顔は皺だらけ、恰幅がよく、性別がわからなかったからだ。よくよく見れば、女性物の服を着ていた。
「しつけてある。毛が落ちるくらいはあるが、それ以外の問題はない。無闇に吠えることもない。もちろん、余分に一人分払おう」
「ふん、ならいいけどさ、ベッドには乗せないでおくれよ。あまり酷いと追加料金を貰うからね」
「ああ、構わない」
レストの言葉に、とりあえずは納得したらしい主人は、ぞんざいに鍵を放ると、再び手元に視線を落とした。どうやら何かの本を読んでいるらしかった。
ルスカは苛立った様子だったが、主人であるレストが何も言わないので我慢しているようだった。ルスカとリオンを伴い、宿泊部屋に入る。中は清掃が行き届いておらず、ベッドのシーツも皺だらけだった。これでガイゼンの宿と同じ代金とは、中々に強気な値段設定だった。宿はひとつしかないので仕方がないが。
「さっきのあれ、何? すんごい、むかつく!」
「イライラするな、疲れるだけだ。世の中、腐った人間ばかりなんだからな」
「それは! わかって……るけど、さ」
レストにもルスカにも、人に裏切られ、虐げられた経験がある。共に、人の醜さを知っている。だからこそルスカは憤り、レストは何も感じない。それぞれの対処方法が違うだけで、根本部分は恐らく一緒だ。
レストに諌められ、ルスカは唇を尖らせてベッドに横になった。
「何を調べるんだっけ?」
「ガルフリアのことだ」
がばっと顔を上げた、ルスカは怪訝そうにしている。
「でも、もう殺しちゃった、んでしょ……?」
「ああ、だが少し気になってな。ガイゼンだと、人がそれなりに多い分、情報が分散している。英雄の情報はやや浅い部分が多いように感じた。だが、小村ならば英雄と深く関わる人間もいるかもしれない。その方が、よりガルフリアのことを知れると思ってな」
「必要なんだ?」
「恐らくは、な」
折り合いをつけたい、という思いがある。殺した人物がガルフリアであると確証を得たいのだ。あんなにすんなり殺せたからか、どうも実感がないし、未だに疑心暗鬼になっている。あの強烈に感じた圧迫感は勘違いだったのだろうか。
もう少し彼のことを知り、殺した相手と照らし合わせたい。すぐに魔女の家に戻るより、殺した相手が本人であると確認してからの方が、安心できる。そのための調査だ。
「じゃあ、どこ行く?」
「まずは村長の家だな」
「わかった。二人で行く?」
「ああ。これだけ小さい村なら、私達のことは知られているか、知られるだろう。素性を隠そうとする方が怪しいからな」
「ほいほい。じゃ、行こっか」
なぜか奴隷のルスカの方が先導している。指針を決めているのはレストだが。ただ、何かをするに当たり、否定されたり、面倒くさがられたりするよりはいい。一々、説得する労力が無駄だからだ。
レストはルスカを伴い、宿の主人に鍵を預けると、宿を出た。
村は閑散としている。家屋の数も、ラシャ村よりは多いが、それでも人口は百程度だろう。ガイゼンの住居人数は三百だが、来訪者が多い。交易所があるため、商人が日々、多く訪れるからだ。観光や、大都市へ向かう経由地としても活用されている。そのため人口数と滞在人数では差がある。実際、多い日であれば千近くは滞在しているに違いない。
だが、この村は村民が百程度で、外部の人間はほとんどいないようだ。通りを歩く村民は多くなく、店の類も一つか二つ。これでは活気が出るはずもない。
立地が悪いからか、旅人はあまり訪れないのだろう。もし、用事がなければレストもこの村へ足を踏み入れなかった。ただ、ラシャ村に比べれば立地は段違いにいいし、人通りも多い方ではある。
村長の家はどこだろうか。突然、訪れても対応してくれるような人であればいいが。
「お父さん。僕ね、この間ね、森でこんなおっきぃ虫を見つけたんだ!」
「おお、そうか、それはすごいな」
楽しげに笑いながら話し、どこかへ行こうとしている親子がいた。父親と息子。仲睦まじい様子で、父親は息子の話に耳を傾けている。レストは特に考えなく、自然と声をかけていた。
「失礼、少しいいだろうか」
「はい、なんでしょう?」
父親は笑顔を崩さず、柔和な表情を維持している。手を繋いでいた息子は、レストを見て、怖がり、父親の後ろに隠れた。
「すみません、この子、怖がりで」
「構わない。慣れている。すまないが、一つ尋ねたいのだが、村長の家はどこだろうか?」
「村長の? でしたら、そこの家です」
父親が指差した先には他の家屋に比べると少しだけ大きめの家だった。ラシャ村の長の家に比べるとこじんまりしている。もしかしたら、家にその人物の性格は出るのかもしれない。
「ありがとう、助かった」
「いえ。もしかして旅のお方ですか?」
「ああ、少し人を探していてな」
「そうですか、それはそれは大変ですね。こんな場所まで足を延ばすとは」
「いや、そうでもない」
頭を振ったレストは、少年と目があった。小さい頃のノアもかなり怖がりで、同じようにレストの後ろに隠れていた。何があっても、離れず、色々と苦労したが、それが愛おしくもあった。そんな幸福な日々を思い出すと、自然と目尻が下がった。
すると少年は、おずおずと父親の影から出てきた。怯えていたはずだったが、不思議とレストに向ける視線は好奇心に変わっていた。ゆっくりとレストに近づき、手を伸ばしてきた。レストは腰を折って少年の手をゆっくりと掴んだ。すると、少年は嬉しそうにニッコリと笑った。レストも釣られて笑うと、少年は再び、父親の影に隠れて、じーっとレストを見ていた。今度は恐れも好奇心もなく、恥ずかしがっているようだった。
「これは、珍しい。僕以外に、息子がなつくことはあまりないんですよ」
「それは光栄だ。しかし、かなり仲が良いようだな」
「いえ、昔はそうでもなかったんです。最近、やっと親子らしくなってきたので」
「最近?」
レストは思わず聞き返したが、言った後で踏み込んだことに後悔した。どうやら少年のおかげで、気が緩んでしまったようだった。だが、父親は気にした風もなく、コクリと頷いた。
「英雄のガルフリア様のおかげです。彼が僕を叱ってくれたんです。息子を大事にしろ、父親として義務を果たせ、と」
「ガルフリア……」
レストは先ほど殺した男の顔を思い浮かべていた。感慨はない。思い浮かべたのは、単に顔を明確に思い出すためだけだった。
「確か、赤髪で中肉中背の青年。槍の名手で白馬に乗っている。鏡の英雄、だったか」
「ええ、そうです。その通りの方でした」
やはり特徴は間違っていない。いや……『槍の名手』という部分は違っていた。彼は槍を持ってはいなかったようだった。ならば人違いの可能性もあるのだろうか。詳細な部分までは口頭では伝わらない。似ている人物もいるだろう。似顔絵でもあれば違うだろうが、レストは持っていないし、本の類にも英雄達の顔は載っていない。
しかしまだ納得がいかない。やはり気になったのだ。
「失礼、そろそろ我々は行くことにする。時間をとらせてしまい悪かった」
「いえいえ、楽しい時間でした。もし、また会うことがありましたら、息子と話してあげてください」
「ああ、そうしよう。じゃあ、またな」
レストは屈んで少年に手を振った。少年は嬉しそうに手を振り、恥ずかしそうにして俯いた。
なんとも可愛らしい所作に、レストの後方にいたルスカが小さく、可愛い、と呟いた。
父親と息子が立ち去る後ろ姿を見て、ルスカはため息を漏らす。
「子供って可愛いよね……もう、本当犯罪的。胸がぎゅーってなるよね」
「その感想はよくわからないが、気持ちはわかる」
「はぁ……可愛すぎ……子供欲しいなぁ……でも、あたしじゃ」
「作ればいいだろう」
レストの言葉にルスカは眉根を寄せ、は? と威圧した。
「奴隷が子供作ったらどうなるか知ってる? いじめられるの。ってか、まともに生きられないでしょ。奴隷の子供は生まれながらの奴隷。最悪な人生が待ってるんだから」
「それはそういう環境だからじゃないか? 奴隷でも人として見てくれる人間はいるかと思うが。少なくともシャールもゼノも気にしていない。私も、奴隷だろうが、何だろうが人は人だと思っているからな」
ルスカは目を点にして、パチパチと瞬きをした。
「それがおまえにとって本当に叶えたい願いなら、すべてをかけてでも叶えればいい。できないと、やる前に嘆くくらいならばな」
ルスカは狼狽しながら、何かを思いついたように目を見開いた。そしてすぐに慌てて、首を垂れる。
「あ、あの、ごめんなさい」
彼女の考えがわかり、レストは渋面を浮かべた。そういう意味で言ったわけではない。自分の状況を鑑みて、その上で言っただけで、あてつけで言ったつもりはなかった。
「謝るな。説教じゃない、助言だ」
「……うん」
「ほら、行くぞ」
色々と面倒になって、レストは強引に会話を断ち切った。さっさと進むレストの背中をルスカは追う。その顔には、様々な感情が入り交じっていた。その中で目立ったものは自責の念だった。
だが、その時の彼女の顔を、レストが見ることはなかった。




