17
最悪の夢を見た。
白衣を着たロスが持つのはメスなんて可愛い物じゃなく、のこぎりだった。
それを片手に持った彼が「切らせろ」と追って来るのだ。
必死に逃げるが最終的に捕まり、調理台の上に乗せられる。
「まずはその胃袋から見せてもらおうか」
そう言ったロスが腹に鋸の刃を当てようとして……。
そこで目が覚めた。
まったく……全く持ってトンデモナイ。
「今日から授業開始だっていうのに……」
青ざめた顔で腹に手を当てながら、ロゼは自分の教室となった食堂へと降りて行った。
昨日の「解剖させろ」発言はその場に大混乱を巻き起こし(主にレジーとロマン)、挙句ロゼはロマンに守られるようにして部屋に戻ったのだが……その部屋こそ諸悪の権化たるロスの部屋なのだから始末が悪い。
結局ロスに「ロゼを切り裂きません」という誓約書を書かせるまではとレジーがロスの部屋に残り、ロゼはロゼで眠れず明け方うとうとしただけという最悪のコンディションだ。
誰もが疲れ切った中、頭にくることにロスだけがぴんしゃんしていた。
全く持って……不公平だ。
「おはよーごさいます」
あくびをかみ殺しながら食堂にやって来たロゼは、まずはロマンの美味しい朝食に慰めを見出そうと笑みを浮かべて厨房を見た。
その笑みは、次の瞬間には凍り付いた。
「あら、おはよーセンセ」
苦笑いで腕を組んだロマンが、カウンターの前に立ってこちらを見て居る。
その前にある広いテーブルの両端に生徒が二名座っていた。
ミス・ナントカとミス・生徒会だ。
……ミス・生徒会はなんとなくロゼが勝手につけた渾名だが。
その二人の間には埋めきれない距離が開いていた。どちらも顔を合わせようとせずただひたすら前を向いている。漂うピリピリ感にロゼは閉口した。
一体全体二人は何をしに来たんだ?
「あの……何の御用でしょうか?」
近寄りながら取り敢えず聞いてみる。
「ロスを返せ運動とか、フィン先生の方が上だ運動とかでしたらお引き取り願いたいんですが……」
ロマンの隣に立ち、ちらちらと彼を見ながら尋ねてみる。
と、背筋を伸ばして座っていたミス・生徒会……ことマールが更に更にあり得ないほど背筋を伸ばした。
「当然、そう言った抗議活動は続けさせていただくつもりですが今日はその為に来たんじゃありません」
ぴしゃりと告げるマールにロゼはますます眉間に皺を寄せた。
「じゃあ何の用ですか?」
「あなた馬鹿なの?」
星の散らばったネイルを点検しながらミス・ナントカことホノリアが鼻で笑った。
「とっくに始業時間は過ぎてるのよ?」
その台詞がロゼの脳裏に沁み込むまで三秒ほど要した。
「あなた達、授業に参加しにきたの!?」
それはロゼに取って今年最大の衝撃だった。
「まさか……本気!?」
「その本気なのよ」
わなわなと震えるロゼの耳に、ロマンが口を寄せて囁く。
「なにせ彼女達、三十分前からここに居るんだから」
「マジで!?」
恐れおののく。
顔を合わせようとせず端と端に座る二人を交互に見ながら、ロゼは首を傾げた。
「………………何の為に?」
これは心からの疑問だった。
「どうでもいいからさっさと始めてください」
明らかに下に見て居ると思しき視線を投げつけられ、ロゼはかちんと来た。
こちらは良く眠れもしなかったし、朝食もくいっぱぐれた(今から食べるつもりだったのだから)。喧嘩を売られたら値段もみずに飛びついて買いそうな機嫌なのだ。
なのでロゼは皮肉気な笑みを浮かべ、馬鹿丁寧に何度も頷いてみせた。
「かしこまりましたぁ、学生の皆さん。では自己紹介から始めましょうか。今日は初日ですし」
どちらもいけ好かない相手だからと、ロゼは慇懃無礼に始める。二人の前に立ち、片足を引いて正式なお辞儀をした。
「はじめまして、ロゼットです。今日から古代魔法に付いて講義させていただきます」
すっくと立つと、後ろでロマンが拍手喝采してくれた。一人でも味方がいるというのは心強い。片手を上げて声援に応える余裕を見せながら、ロゼは二人に向き直った。
「ではミス・生徒会からどうぞ」
「生徒会!?」
「渾名ですから気にせずに」
「渾名!?」
真っ赤になって怒りをあらわにするマールをロゼは綺麗に無視した。付き合って二日の傲慢エセ紳士に教わった技だ。……独自で学んだと言った方が良いかもしれないが。
「この授業を志望した動機は?」
殺気だった眼差しで睨んでくるマールににっこりと笑顔を見せる。
口を開いて何かを言おうとするが、思い直したらしく天使のような笑みを浮かべた。
「あなたがニセモノだと証明する為です」
「ナルホド……無駄な努力をしにきました、と」
昨日ロスが手帳に何かメモしていたのを思い出し、ロゼは周囲を見渡す。授業の用意など何もしてこなかったから黒板も無ければ鉛筆とノートすらない。
書く物、とロマンに身振りで指示する。
渡されたのは食パンとジャムだった。
「うああああ……食べちゃう……食べちゃうよ……」
「我慢なさい、先生やるんでしょ?」
真っ白な食パンに取り敢えずスプーンで大きく「無駄」と記入し呆れて物も言えない二人に視線を遣った。
「で、そちらのナントカさんは?」
「ホノリア・ヴィレッジよ!」
豪奢な金髪を逆立てるように真っ赤になって立ち上がるホノリアに、ロゼはぞんざいに手を振った。
「渾名よ、渾名」
なんで一々みんな気にするかなぁ~とぶつぶつ零す。人を馬鹿にしたような彼女の態度に苛立つが、ホノリアは思い直した。自分はあの、ロスの恋人なのだ。
「で、動機は?」
マールと同じように投げやりに振られるも、ホノリアは自信満々、色気たっぷりに品を作って見せた。
「彼氏と待ち合わせなの」
微かに優越感を漂わせたその発言に、マールの背筋が強張る。
昨日のやり取りの決着はついていない。
何故ロスがこの女と付き合う事にしたのか、マールにはさっぱり理解できなかった。
自分の方がもっともっと……彼に相応しいのにという思いを捨てきれない。
思わず睨み付けると、視線に気づいたホノリアがちらりと彼女に視線を遣った。
一瞬、勝利に輝いた彼女の顔をマールは引っ掻いてやりたい衝動に駆られた。
衝動的に拳を握りしめた瞬間、ロゼののんびりした声が響いた。
「乳繰り合うつもりなら授業の邪魔なんでロスと二人で出て行ってください~」
「ち」
ぶは、と吹き出すロマンが慌てて顔をそむける。笑いを堪えて肩を震わせる彼を横目に絶句したホノリアが真っ赤になって拳を震わせる。
「それに」
とうんざりした口調でロゼが続けた。
「ここでの講義に参加したいのなら、あの歩くセクハラ猟奇ドSエセ紳士の名前を二度と出さないように」
思い出しただけでも嫌になる。
ぐるぐる巻きにされた挙句、キスと解剖だ。
「……身の毛がよだつわ」
「全くその通りね」
憤慨するロマンと顔を見合わせるロゼ。その二人に流れる親密な……秘密を共有しているかのような雰囲気がホノリアのプライドに触った。
仲間外れのような……自分の知らない事で他人が結託するのを見るのは嫌いだ。
常に自分が中心にありたい。
「ロスが来たら出て行きますから、私にはお構いなく」
「そうですか。では委員長と二人で講義を始めます」
「委員長!?」
「だから渾名だってば~」
そういう融通の効かない所が委員長っぽい所以なのよね。
ぶつぶつ言いながら、さてどうしたものかと腕を組むロゼはやっぱり着の身着のままだ。
昨日買って縫製を頼んだ紺色の服はまだ届いていない。昨日の夜にこっそり自分で洗って干したのだが若干湿ってるような気もする。
サラマンダーに頼めば乾かしてくれるが以下略。
(取り敢えず……古代魔法使いについて知ってもらうためにはこれが手っ取り早いか)
どちらも正しい動機で参加するわけでもないし。
敵意剥き出しに睨んでくる二人を交互に見ながら、ロゼは一人頷いた。




