【研究所】 ーー受難ーー
「なんだ、なんだ⁉」
「東海林君! 南君と西園寺君も至急メインコントロールセンターまで来てくれ!
繰り返す! 大至急…………」
墨所長の叫びが切迫した悲愴感を纏い所内に響き渡る。
メインコントロールセンターでは、スタッフが右往左往、まさに緊急事態である。
「博士! どうしました⁉」
三人が到着する。東海林は取り急ぎメインモニタをチェックする。
「こ、これは!」
「どした、キミくん?」
「北大路氏が消えてます。現次元から!」
「蒸発⁉」
「馬鹿かっ! 牛若ちゃんがタイムスリップしたってこったろーが!」
「博士! これはいったい⁉」
「分からない! ワタシには、アレだ、何がどうなったのか……有り得ない……」
譫言の様に呟く所長はまるで、大都会で給料袋をスり盗られた出稼ぎ労働者のように狼狽していた。
西園寺は「やれやれ」と、オロオロする墨博士の背に軽く手を当てて気を送り込むと、漸く平静を取り戻した。
「そろそろ教えて頂きたいんですが。師匠と牛若ちゃんについてと俺達が此処に飛ばされた本当の理由」
厳しい表情で墨に問いただす西園寺。思わず、裏稼業の人間特有の慇懃無礼なオーラが身じみ出す。
「う、話せば長くなるが……」
「そこをなんとか要点だけ手短に頼んますよ」
にべもなく吐き捨てる。
「わ、私はね、アレだよ、反対したのだよ! いくらなんでも歴史の改ざんに通じる暴挙だとね!
しかし、すでに果心居士は自身の術として亜空間航行を身につけてしまっていたのだよ。
元々は、国際社会に於ける我が国の存在感をアピールする為の国家プロジェクトであった、あの、新時代の〝平和的兵器〟『重力及び磁場歪曲装置』所謂タイムマシンの実験中に、たまたま果心居士のバイオリズムがデヴァイスのフリケンシー及びスペクトラムと符合したのだろうね。この惑星を流れる時間軸上の過去現在未来に於いて唯一人、彼だけがね。
このメカニズムを理解してからの彼はもはや、アレですわ、完全に人外の魔物ですわ。莫大な国費を投じて開発したこのデヴァイスの利用価値は、彼にとっては特異点感知センサーに過ぎなかったのだよ…………彼はあまりに義経を愛しすぎた。しかし、歴史の必然に逆らう愚行を犯せぬジレンマがとらせた行動が義経の実子の救出だったのだ!」
晴男には何がなんだかわからない。
「牛若ちゃんも自在に亜空間航行とやらが出来ちゃうって事だけは分かった」
西園寺は更に問う。
「では、師匠が俺達まで此処に飛ばした狙いは?……」
西園寺の問いを遮る様に、通信オペレーターの叫びが鋭く飛んでくる。
「所長! 超時空衛星『浦島』よりスクランブル入電! 北大路消失当時のデータです!」
「よし! メインモニタに送ってくれ!」
皆送られて来た映像を食い入るように睨む。ノイズの酷い箇所が多いが、……何処かの海上、甲冑武者がひしめき合っている。海戦時のようだ。
北大路が軍船の上で誰かに何かを訴えているようだ。数秒後、辺り一帯が閃光に包まれて、記録が終わっている。
数分遅れで『浦島』からの分析結果が入電。
「詳細読み上げます。北大路、1973年5月11日ヒトヨンフタハチ岩手県西磐井郡平泉町『義経堂』参拝の直後、単独にてタイムリープ開始。
出現日時場所、1185年2月、下関は壇ノ浦。
間もなく北大路のタイムリープに呼応するように、おそらく異次元空間からと推測される爆撃により、被爆。北大路の安否不明。現在バイオパルス走査中!」
…………………… ………… ……
息詰る沈黙を晴男が払う。
「なにがなんだかわかんねーなもう!」
皆同様に腕組みする。
西園寺は別の疑問が解けず、不快感を払拭出来ずにいた。
「(我らは、師匠の力、技、知識のありったけを継承したのではなかったのか……あの切羽詰まった状況で、義経公や特異点とやらについてはプロテクトをかけたというのか? ……まぁ、あのジジィのやることだ。有り得ない事は無い。この所長にしても、この研究所にしても、一体何の狙いがあって…………)」
墨所長は西園寺の疑心滲む視線を感じ、求めてないのに唐突に語り出した。
「アレだ。おそらく、北大路君が創った亜空間の歪みが同時刻に異次元で起こった『流星爆撃』の一部を引きずり込んだのかも……」
西園寺がピクリと眉を動かす。
「(なんだ⁉ 流星爆撃って、……やはりこのオッサン、怪しい)」
他の者は墨所長の仮説にフムフムと聞き入っている。が、西園寺はますます疑念の濃い眼差しを墨に向けじわじわと近寄る。
「やはりアンタ、師匠とグルでなにか企んでんじゃねーの?」
西園寺が、苛ついた物言いで迫る。
「え? な、何言ってんの。グルで企むとか、ワケわかんないんですけど……」
俄に険悪なムードがたちこめ、墨所長も高齢者独特のネガティブな不貞腐れの表情を呈している。
「……つーか、今ここでいさかってる場合じゃないんじゃない?」
珍しく晴男が嗜める。
「そうですね、日本史、否、世界の歴史が変ったんじゃないですか? そのくらいのインパクトが有りましたけど」
東海林の冷酷な分析に一同蒼白になる。
「俺、お腹痛くなって来たよ」
晴男は面倒くさそうに半ば自暴自棄。西園寺もかなり苛ついて所長に食って掛かる。
「おい、所長! あんたさっき、『流星爆撃』がどうのと言ってたが、なんか、秘密を握ってんじゃないのか?」
「……、わからない! 本当に何がなんだか……。でも、アレじゃない? 北大路君のタイムリープに引きずられてそう遠くない次元の遥か未来から、災いが降り注いだとか。アレだよ、あくまで推測の域だが、そうとしか思えんのだ。しかし、任意に行きたい場所と時代を、ピンポイントで……有り得ないよ。まったく! 君ら特異点というヤツは!」
「なんだなんだ? キミら⁉」
「俺達もってこと?」
「当たり前じゃないか! 特異点でなければ時空の歪みのハザマに入った時点で君らの存在は無いよ! 意識的に出来るとか出来ないとか、アレですよ、そんなのどーでもいい事っすよ。我々から見れば、君ら皆スペシャルな存在に変わりないんだから! ただ、果心居士と、北大路君のは、なんだろう、アレだねぇ、怨念というか、不可解な深い深い執念のようなものが、君達とは少々違ったスペックをもたらしているのかもしれん」
一同暫く言葉を失う。
「気持ちは察するに難くないが、つくづくツいてない家系? 牛若ちゃん」
「念の為ですが南さん、牛若サンのご子息です」
「うう、ぐぅっ! 全所員に告ぐ‼ 緊急命令‼ 北大路紘慈のパルス検波! 走査!しらみつぶしに探すんだ! 随時ベクトル変換怠るな!」
所長の必死の檄に更に引き締まる現場。
このとき、墨所長は俄に溜飲が下がる感覚に、不覚にも「そうか!」と嬉しそうな声を上げてしまう。
「なに? なにか分かったの? 所長⁉」
西園寺が詰め寄る。
「え、いやぁ、その……ナンだ……アレだ……」
「なによ? 勿体つけずにさっさとゲロっちまいなよ」
当然晴男も詰め寄る。
弓所長、厄介そうに、口ごもりつつ言い訳めかす。
「いや、これは、アレだよ、ほんの思いつきというか、仮定だからね、マジにとられても困るんだけどね……」
「いいから、早く言ってくれ!」
「ん、じゃ、言うよ。アレ、君らが此の時代に召喚、アレ? うん? 召喚でいいよね、便宜上。
召喚された理由なのだが、このように北大路紘慈の暴走により、不測の事態が生じた場合。つまり、歴史の必然に、外圧が掛けられたことによるそれ以降の歴史の歪みを緩和するというか、アレだね、君らのいるこの座標近辺はプロテクトされるんじゃないかと……つまり、アレっすわ、君らの存在がそういった、緩衝剤のような性質を帯びているのでは? とね」
「つまり、俺達ゃ、牛若ちゃんのケツ持ち係だってことかよ⁉」
「南さん、悪く言うとそうですが、よく言えば、相当重要な、救世主的ポストですよ!」
東海林のナイスなフォローが冴える。
「もしその仮定が事実だとしたら、いよいよもって、我が師の洞察力は神の領域だぜ。」
西園寺が意外と冷静に受け止めている事に墨はホっとした。
そしてその時! 南晴男の阿摩羅識に、か細い微弱な何かが語りかける。
「所長! 大丈夫! 牛若ちゃんが俺のディープインサイドに呼びかけて来たぜ。パルス補正頼むぜ! よし、こっちだ! オッケイ! 来い!」
所長自らオペレーションブースで機敏に働く。
「グラビティハッチオープン! エマージェンシーポッドスタンバイ!」
モニターに映し出された重力制御ハッチの映像に皆、息を呑む。
「うほほぅ。真っ黒焦げ!」
晴男の不謹慎さが今は救いだ。
「ぜ、絶望しているヒマは無い。世界がこの先、アレだ、どのような事態に陥るのか見当もつかん。異次元からの外圧はもう既に此の次元を侵していると見てよいだろう。些細な蓋然性も憂慮し速やかに最善策を算出するんだ!」
所長が叫ぶや否や、警報が鳴り響いた。
「北米及びカナダ、アラスカ、ロシア方面に放射性光弾の着弾を確認。米ソ軍事システムダウン! 放射能汚染甚大! 後一時間足らずで日本も汚染されます。なす術ありません!」
悲痛な叫びが所内を駆け巡る。
「なす術有るか無いかなど貴様が決める事か! 馬鹿モン! 泣き言いってないで、出来うる限りの努力を最期まで諦めるんじゃない! 男だろうが!」
墨所長の落としたカミナリに打たれた所員達は目覚ましく機敏な動きで対処し始める。晴男と西園寺は、なかなかの気魄に感心した。
「某子力バリア展開! 総員パニックを回避しつつブロックごと責任者統率の下、落ち着いて地下シェルターに避難。慌てる必要は無いぞ!」
墨所長は三人に頭を下げて詫びる。
「えっと……アレだ……君達には本当にすまぬ事をした。君達だけではないな、平和国家建設の為の開発が、アレだね……結果的に災いを呼び込んでしまったようで……」
「所長さんよ、そんな反省は後でしてくれ。まだこれで攻撃が止むとは限らねぇ」
「なんかないの⁉ 俺達の力を上手く使う最善の一手」
西園寺と晴男はもう、ここを死に場所と定めたようだ。
暫し躊躇の末、墨が意を決した様子。
「よし、もうこれしか無い! 君達にこの星の未来を託す‼」
「おお、なんか有るんだな。隠し玉が!」
「ひゅうぅっ、燃える展開だぜぇ!」
「博士! まさか、アレを⁉」
公右衛門の表情がこわばる。
「そうだ、アレだ! うろたえるな東海林君。君達ならやれるさ! 自分を信じるんだ!」
墨所長の瞳は開き直りが9割以上を占める妖しい据わりをみせている。
「聞いてくれ、これはアレだよ、政府にも秘密裏に進めているプロジェクトなのだが、地下50階のドックで開発中の、もう完成間近な反重力ストームエンジンをえ〜と、アレアレ、試作初号のUFOロボに搭載。これをもって、かかる攻撃の元凶があると推測される次元座標点に亜空間ドライヴァーをセットするのだ!」
「ちょっと待った! 未完成品と試作品のコラボマシンで時空やら次元やら超えてあまつさえ戦えってか⁉ あんたそれでも科学者かい? 俺達ャいまさら命は惜しかないが、犬死にはご免だぜ。なぁ、ハルオよ!」
「え? 俺、UFOロボ載りたいんだけど……」
すっとぼけた晴男に対し西園寺が、沸騰したヤカンのような顔になる。
「いや、お怒りごもっとも。だがしかし、科学に終着点など無いのだから、完成など永劫に無いんじゃないかな? 科学は常にアップデート、試作、試験、試練の連続。迷ってるヒマはないイッツトゥレイト」
「ぬうぅ。詭弁を……」
「ちょっと韻踏んでるし」
「とにかく、アレですよ、現時点でこれこそがベスト! 我々の出来る限りの最善策。オンリーワンなのだ! 頼む。行くも地獄。戻るも地獄。ならば逝くしかないじゃん! 僅かな可能性に懸けてみりゃぁいいじゃん! 逝けよ! 逝っちゃいなよ、漢ならば!」
「行って下さいって言えぇぇええええ!」




