第24話 介入
「おい! お前たち、何をしている」
その言葉とともに振り向いた光星たちは、将典の姿を見て息をのんだ。
将典は、光星の唇が声無く「化け物」と紡ぐのを見て取ると、右手を腰に当て、鋭くにらむ。
「何をしているか、と聞いている」
「いや」「あの」「その」
光星たちは視線をそらし、口ごもる。
「何も言わないのなら、やましい自覚はあるのだな。碧井子爵家の光星」
光星の顔にまた驚きが浮かぶ。他の二人の顔にも。
彼らの心の内を、将典は手に取るようにわかる。なぜ名前を知っているのか、だ。
「何を驚く。将家主催の宴で顔を合わせたではないか」
その時、挨拶を交わした一瞬だけ。彼らは、大勢いる特徴もない江都在住の名族の子弟の一人でしかなかった。
「そうだろう? 兼子男爵家の重紀、三上男爵家の吉隆」
二人の顔にも動揺が走った。
それでも、いち早く立ち直った光星が、
「お言葉ですが、澤渡様。私たちはやましいことなど、しておりません」
と言ったから、彼に視線を合わせる。気圧されて、顎が上がりかかりながらも、彼は必死に言葉を絞り出した。
「正当な権利に基づいて、正しい行動をしているだけです」
将典は目つきを鋭くした。真一郎が入学式で行った挨拶の影響を見て取ったから。
「愚者」の知識によると、これから学園の中での対立が激しくなる。真一郎をはじめとする高圧的な態度をとる名族の子弟たちと、それに反発する平民の学生たちの間でだ。今起きている出来事は、
――対立の始まりか。
「パルヴニール」の主人公は、学生たちの対立を煽ることもあれば、融和に動くことも、無関心を貫くこともある。「愚者」はその時の気分で方針を決めていた。
――「愚者」の知識から、これからの未来をおおよそ見通せる。
――対立など意味がない。
――だが、私が学生たちの融和に動くとしても、誰が私の言葉に耳を傾ける?
――「化け物」として嫌われている私の声に。
将典の眉間のしわは刻まれたまま。
一馬に視線を向けると、彼は状況に戸惑う様子を見せていた。。その戸惑いが、状況の変化への単純な驚きによるものか、ゲームイベントの本来の仲裁者とは別人が登場したことへの驚きなのか、までは分からない。
「君がそのように主張するなら、私はこう言おう」
一馬から視線を外すと、再度、光星の目を見すえた。
「名族の分際で学園に通うなど、身の程知らずめ。分をわきまえろ」
「な! ……横暴です!」
「何もおかしいものではないだろう。君の主張に基づいたことを述べただけだ」
彼の右足が後ろへ退いた。
「身分の優位に驕れば、さらに上位の者に同じことをされることを覚悟するのだな」
唇が噛みしめられるのが見えた。
「今回の場合なら、君が司書に書物を汚したのは平民の男子学生だと言うなら、私は司書に君が書物を汚したと証言しよう」
光星たちの顔が青くなる。
「君の主張に基づけば、当然、司書は私の証言を採用するだろう。その場合、君たちはどうなるか。分かるな? 書物汚損の罰則に加えて、虚偽証言、身分を背景にした強要行為の罰則も課されることになる」
顔色は青から白くなる。
「新入生だから、どのような処分になるか、分からないだろうから、教えてやる。汚損した書物の弁償はもちろん、1カ月の休学処分だ」
処分結果は学内掲示板に掲示されるのが慣例。汚名は学園中に広がる。
そんな彼らへ将典は言葉をかける。
「さて、君たちはこれからどうする?」
光星たちの顔に戸惑いが浮かぶ。
「どういうことですか?」
「自分が行ったことは正しい、と最初の主張を貫くか。正しくなかった、と主張を曲げるか」
つまり、意地を貫くか、傷つく誇りを飲み込み、頭を下げるか、だ。
頭を下げれば、書物の弁償のみで済む。休学処分はない。けれど、そこまでは教えない。
代わりに、将典は一馬の下へ歩み寄り、腕を取って立たせた。
「あ、ありがとうございます」
「痛みは? 怪我はないか? 必要なら薬をやる」
言いながら、様子を観察する。学園の制服に埃がいたるところに付いていたから、払い落とす。
「大丈夫で……。あ、そんなことされなくて結構です。自分でやります」
手に伝わってくる感触から、
――そこそこに身体を鍛えてはいるようだが、戦えるほどではないな。
「貴族様にそんなことをしていただく身分ではありません」
――貴郎のようではなく、常識は持ち合わせているか。
一馬の恐縮ぶりを見て、そう判断する。
「名は何という?」
「……瑞原村の外山一馬と言います」
瑞原村は江都近郊にある農村。「パルヴニール」では単に「村」としか表されていなかった。そして、その村は、
――板家と同郷だったか。
「愚者」の知識になかった情報を得る。
「澤渡伯爵家の将典だ」
名乗ると、一馬の顔は「知っている」という反応を示す。
――糾問会の一件で新聞に散々取り上げられていたからな。
――私のことは知っていておかしくはないか。
「学園の中で困ったことがあれば、後ろで控えている私の秘書の小城真宙に話をつけろ。もっとも、私の取り巻きになろうとは考えない方がいいぞ。私は学園では嫌われているからな」
後半を冗談めかして言うと、一馬の目は白黒させていた。
――今、ここで、この者が憑依されているかどうか判断する必要はないか。
――いずれにせよ、この者がどう動くのか、見ていかなければならないのだから。
振り返って、光星たちの方を向く。先程の言葉は一馬にだけ向けたものではない。彼を澤渡伯爵家の庇護下に置くつもりはない、という光星たちへの意思表示でもあり、彼らが行う判断に影響を及ぼさないための配慮でもあった。
腰に右手を当て、視線だけで、光星たちに「さて、どうする?」と問いかける。
光星の顔にいくらかの逡巡が見え隠れした後、拳が握り締められた。目に決意めいた光が浮かぶと、彼は一歩踏み出した。
「申し訳ない。私が間違っていた。許してほしい」
そう言って、深々と頭を下げた。
残る二人も続く。
――ほう。素直に頭を下げるか。
「謝罪を受け入れます。頭を上げてください」
一馬の言葉を受けて、光星たちの頭が戻る。
将典には、彼らの中でどのような葛藤があったか、までを推し量ることはできない。
その目には屈辱が浮かんでいた。それでも、
――恨みや憎しみが無ければ十分だ。
――本心ではなく、打算からであってもいい。
一時の感情の迷いからの過ちと認められるなら、光星たちの良心と良識に期待して、
――これから始まるかもしれない平民たちとの対立に、私は希望を持てるかもしれない。
「よし。ならば、4人とも今の一件の顛末を司書に報告してくるように」
そして、真宙の方へ顔を向けて、
「真宙。彼らに同行して、証言しろ」
「かしこまりました」
「それから……」
床に転がっていた書物を拾うと、自分の彩気を操る。
「去れ」
短縮されたものであっても、起動文を久しぶりに口にして、書物を濡らしていた水気に働きかける。水は蒸気となり、書物は元の乾いた状態に戻る。蒸気は再び水になり、元あった花瓶の中へ戻った。
先ほどより洗練された将典の気術に、四人の顔が賛嘆に染まる。
「……短縮詠唱」
光星の口から感嘆の言葉が漏れた。
真宙の顔は動かなかったが、目には誇らしげな光が宿ったように見えた。
そんな周囲の反応を将典は意に介さない。起動文を口にしたのは、気術の腕前を学園では短縮詠唱の段階でとどめていたから。それでも、短縮詠唱で気術を行使できる者は、教師を含めても、学園では数人といない。
――必要以上の力の誇示は災いを呼び寄せる。
『将典。彩気を見ることが出来るのは誰にも言ってはいけません。良いですね』
母の憂いに満ちた顔と言葉が、将典を戒める。
「これで問題がないだろう」
将典は書物を一馬に手渡すと、
「もしも、司書が問題ありと判断して弁償を求めてきたら」
光星たちの顔を見て、
「過ちを受け入れ謝罪した君たちの行動を称えて、私が負担しよう。心配するな」
「……澤渡様のご温情に感謝します」
謝意とともに頭を下げる彼らに、「さあ行け」と合図する。
けれど、真宙を含めた5人が階下へ移動しようとしたその時、将典の視線の先、階段の踊り場から新たな集団が現れた。
――仲裁者の登場か。




