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スイーツ好きとなった悪役令息は天命をつかみ取る  作者: C@CO
第2章 ゲーム内シナリオ「槐州事変」

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第23話 理不尽

「そういうことなら、信じましょう」


 クラフティを食い散らかした犯人の話を立って聞いていた真宙の反応に、


「おい、どういうことだ」


 将典は思わず抗議していた。声は小さく、静かな読書室には響かない。


 その腰がいくらか引けているのは、真宙の目に怒りの炎が灯っていたから。


「いえ。将典様が手づかみで食べるなど無作法をなされるとは思っておりませんが、ことスイーツに関しては食い意地が張っていらっしゃいますので」


「食い意地とはなんだ」


 不本意な評価に、再度抗議するが、真宙は聞こえぬふりで続けた。


「実は、私ども澤渡家の使用人の間で、将典様がいつ他人の皿に手を出すか、賭け事が流行っておりまして」


「おい」


「ちなみに礒橋様は1週間に賭けておられましたが、すでに外していらっしゃいます」


 ――また、面倒なヤツを持ち出したな。


 仮に、将典が屋敷に戻ってから、この件について康嗣を追及しても、柳に風と流されるのは目に見えていた。


 それよりも、不満を言葉にしないのは、


「ふっふっふ」


 薄笑いを始めた真宙の様子に、将典の腰が完全に引けてしまったから。


 食べ残しのクラフティを片付け始めた真宙の、その顔には、はっきり「この恨み、晴らさずにはおかない」と書いてあった。


 ――食べ物の恨みは怖い。


 貴郎が現れる前に、真宙の分のクラフティへ手を出さなかった自分を、将典は褒めてやりたくなっ……。


「!!!」


 図書館の静寂が破られた。


 眉間にしわが寄る。音は読書室ではないが、すぐ近く。


 言い争っているらしき声も聞こえる。


 ――無視するか。……いや、違うな。


 将典は椅子から立ち上がった。


「どちらへ向かわれるのですか?」


「音がした方へ」


 真宙の顔を見ると、彼の顔から薄笑いは消え、怒りをたたえていた目は静かに将典を見つめてきていた。


 ――これまでは「良き貴族」になることに必死で、周囲に気を配る余裕がなかったが、


「新入生がトラブルを起こしていたら、指導するのが上級生の役割だろう」


「……お変わりになられた」


 真宙が顔に柔らかな笑みが浮かべて、しみじみ言ったから、


「変わろうと変わるまいと関係ない」


 将典は鼻で笑う。半分は冗談で、残りは自分に言い聞かせるように。


 ――この先、また厄介な渦に巻き込まれるかもしれない。

 ――だが、それでもかまわない。


 スッと息を吸って、


「『良き貴族』であれば、それが私のあるべき姿だ」


「仰せのままに」


 一歩引いて、恭しく頭を下げた真宙を横目に、歩き出す。


 カツカツカツ


 読書室に足音が響く。


 カッカッカッ


 軽やかな足音も加わり、二重奏が奏でられる。


 軍靴の行進のような勇ましさはない。魔獣の足音から感じられる恐ろしさもない。


 そこには不思議と力が宿っていた。


 前へ進む。「良き貴族」となるために。




  *




 図書館2階の読書室を出てすぐだった。


「おいおい。こんなところで何寝ているんですか?」


「図書館の床で寝るなど、平民は礼儀を知りませんな」


「本当、こんなところで寝るなど。危ない。危ない。踏みつけてしまうぞ」


 床に倒れている男子学生を、3人の学生が取り囲んでいた。


 取り囲む一人が足を上げ、無造作に下ろした。


 倒れている学生の顔は痛みに歪み、踏みつけた学生の顔は愉悦に歪んだ。


「あぁ、すまん。踏みつけてしまった」


 踏みつけた学生が詫びるものの、その声はひどく白々しかった。


 その様子に、将典は眉間に深いしわが寄るのを感じた。


 4人とも学園の新入生で、全員、その名前を知っていた。


 取り囲んでいる3人は、


 ――碧井子爵家の長男光星、兼子男爵家の次男重紀、三上男爵家の三男吉隆だな。

 ――徒党を組んで一人を取り囲むとは、嘆かわしい。


 数年前に、将家主催の宴で、将典は顔を合わせたことがあった。どの家も、貴族の澤渡家と比べれば歴史、爵位共に格落ちとはなるものの、武家の流れを汲む名族である。


 そして、倒れている学生は平民だった。今年の新入生の中に、将典が知っている平民の若者は一人もいなかったが、彼だけは別だっ……。


「来たれ、来たれ、来たれ。水よ、我が前に顕現せよ」


 光星がポケットから彫刻が施された金属棒を取り出すと、言葉を紡ぐ。棒は彩気を操りやすくする媒体。言葉は気術を行使するための起動文だ。


 将典の目は、光星の身体から彩気がほとばしるのを捉えていた。彩気が辺り一帯に広がると、角に置かれて花が生けられていた花瓶の中に集まった。けれど、その多くは無為に散っていく。


 ――最初から花瓶の水に働きかければいいものを。

 ――目標を定めていないから、彩気を浪費している。


 媒体となる金属棒もポケットから取り出す必要はない。布の上から触れるだけで十分。にもかかわらず、これ見よがしに取り出し、見せつける光星の振る舞いに、将典は稚気さえ感じてしまった。


 なのに、気術を行使する光星の顔には自慢が、他の二人の顔には賛嘆が浮かぶ。そして、倒れている学生の顔には恐怖が。


 花瓶から水が飛び出てきて、


 パシャッ


 倒れている学生が持っていた書物を濡らす。


 ――愚かしい。


「書物を汚すなんていけないなあ」


 光星はニチャアとした笑みを浮かべた。


 ――醜い。


「これは弁償しなければいけないよ」


 倒れた学生は光星をキッとにらみ、


「違う! 書物を汚したのは、あなただ」


 抗議するのだが、


「言いがかりをつけるのはやめてほしい」


「そうだ」「何を言っているんだ」


 光星たちはすました顔で返して、さらには、


「本当に私が汚したと言うなら、その証拠を持ってきてくれ」


 図々しく声を放つ。


 倒れている学生は一瞬絶句し、それでも、


「……司書に事情を説明すれば、きっと彼女たちは理解してくれる」


 言い返すものの、光星たちが悪びれることはない。


「そうか、そうか。だが、司書は名族と平民、どちらの言い分に耳を傾けるかな」


 むしろ、聞き分けのない子供を諭すように、


「彼女たちは、名族である私たちの言葉に耳を傾けずに、本当に平民の主張を聞き届けてくれるかな」


「……!」


 光星のこの言葉に、今度こそ倒れている学生は完全に絶句する。


 さらに、光星は追い打ちをかけるように言い放つ。


「平民の分際で学園に通うなんて身の程知らずめ。分をわきまえろ」


 学生の顔が絶望に染まった。


 将典は、こんな彼らを目にして耳にしながら、溜息をかみ殺す。


 だが、すぐに仲裁しなかったのには理由があった。


 読書室の入口に立って、彼らの姿を目にした瞬間、


 カチリ


 頭の中で歯車がかみ合った音が立つと、1つの情報が浮かんできたからだ。


 ゲーム「パルヴニール」の主人公が遭遇する1つのイベント。学園に入学した直後に図書館に行くと、名族の男子学生3人(光星たち)にからまれる。


 そこで、主人公は3つの選択肢から選ぶ。


 「愚者」の知識では名無しの雑魚キャラであった3人に立ち向かうか、理不尽を黙って耐えるか、助けを呼ぶか。


 そう。倒れている学生は、ゲーム「パルヴニール」の主人公「外山一馬(とやま かずま)」。


 「愚者」は、ほとんど常に「立ち向かう」選択肢を選んでいた。そうすると、彼が目当てとする「仲裁者」が現れるから。


『二度と「パルヴニール」のシナリオを崩すな』


 貴郎が囁いてくる。現れる仲裁者は将典ではない。


 そんな彼らを、将典は心の中で踏みつぶす。


 目の前にいる「パルヴニール」の主人公がどんな選択肢を取るか、初めは興味があった。


 「愚者」や貴郎と同じ世界の人間が彼にとりついている可能性を考えて、観察していた。


 けれど、光星たちの所業を見過ごせなくなった。


 「愚者」の知識から、どのようなやり取りがされるか、分かっていたが、実際に目にすると、


 ――身分を笠に着るなど、武士の末裔として、あるまじき行い。


 拳が勝手に握り締められていた。


 カツ


 将典は靴音をひとつ鳴らし、


「おい! お前たち、何をしている」

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