第七話 ベールを脱いだ日月星境
舞台では雅楽、舞楽、今様と白拍子舞、筝の琴とプログラムが次々進んでいく。
食後のコーヒーを飲みながら、明智と唯はまったりと、舞台を見ていた。
「唯もああいうの、出来るのか?」
明智の問いに唯は「まだ見習いで舞台には立てないけど、お稽古はしてるよ」と答える。
続けて唯は「ここ、良い泉質の露天風呂があるんだよ。入ってみない?」と明智を誘う。
「へえ、せっかくだから入ってみようか。」
明智は二つ返事で誘いに乗った。
唯に案内されて、男湯の脱衣所で服を脱ぎ、露天風呂に出てぎょっとした。
そこは混浴らしく、全裸の男女が和気あいあいと、温泉の湯を楽しみつつ、談笑している社交場だったのだ。
「明智くん、こっちこっち。」
既に温泉の湯につかっている唯が、立ち上がって、明智に手を振ってくる。
言うまでもなく全裸、明智は真っ赤になって、タオルで股間を隠すと、唯の裸体から目を背ける様に、唯に近づき温泉の湯につかる。
「明智くん、温泉のお湯にタオルをひたすのは、マナー違反だよ。」
唯に可愛らしくたしなめられ、明智は仕方なく股間のタオルをはずし、タオルを石作りの浴槽の隅に置く。
唯の裸体を見ない様に、顔を背けるが、背けた先にも美女や美少女の全裸、明智はプチパニックに落ちいっていた。
明智の場合、温泉に入る時は通常貸し切りか、旅館の個室についた風呂につかるので、同性の男の裸体にも免疫がない。
早くここから逃げたいと、明智は願っていたが、唯はこともあろうに、洗い場で明智の背中を流すと言ってきかない。
仕方がないので、言いなりになったが、唯が「私の背中も洗って」と、可愛くねだってくるので、明智はおそるおそる、唯の背中をタオルでこする。
そして、泡まみれの唯の背中に、湯をかけ仕上げる。
「ありがとう、明智くん」
唯は笑顔で言った。
明智は湯上りに用意されていた浴衣を着ると、女湯の脱衣所から出てきた浴衣姿の唯に誘われ、よく冷えた瓶入りの飲み物を選ぶ。
唯はいちごみるく、明智はコーヒー牛乳だ。
涼むように庭を散策してから、唯は明智を屋敷の奥に誘った。
唯に連れられて行ったのは、百畳ばかりのだだっ広い大広間、無数の布団が敷き詰められ、布団の上には浴衣を着崩した、美女や美少女がしどけない姿で座っている。
「明智くん、気に入った女の人としていいんだよ。何人でも無制限。」
唯は飲み物を選ぶ時の様に平然と、明智に女性をすすめる。
明智には、唯の言っていることが理解できなかった。
だが、周囲では秘め事が始まり、あんあんと盛んにあえぐ声と、身体の各所を舐めしゃぶる音が聞こえてきて、明智は唯の意図を理解した。
「……なら、お前がいい。」
沈黙の末、明智が唯を求めると、唯は困った様に言った。
「私、見習いだから、神婚の儀には、参加できないんだ。他の女の人と楽しんでね。」
唯が悪気なく言った言葉が、明智を激高させた。
「なんだよそれ、俺がお前以外の女に、ほいほいまたがるような、ヤリチンにみえるのかよ。馬鹿にするな。お前にはがっかりだ。こんないかがわしい場所に出入りして、恥ずかしくないのかよ。俺帰る。」
明智が吐き捨てる様に言って、大広間を出ようとすると、「友哉、そのお嬢さんに謝りなさい。」と、よく通る声が飛んできた。
明智が声のほうに目を向けると、浴衣姿の父・明智信哉が立っていた。
「親父……。」
明智は戸惑いを隠せない。
明智の父・信哉は続けてこう言った。
「ここは古神道の神聖な場所で、日本神話のイザナギ・イザナミ夫妻の長男、クナトの神の御前でクナギ場という。神に性交を奉納する尊い空間だ。自分が理解出来ないからと言って、他者が大切に思う事柄を、悪しざまに言ってはいけない。人の上に立つならなおの事、そのことを覚えておくんだ。」
父親にたしなめられて、明智は振り上げたこぶしの、もっていきようがなく困惑した。
騒ぎを聞きつけた、本田美都子がとりなすように言った。
「明智さんの坊ちゃんも、こういうところは初めてで、気が立ってはるんやと思いますえ。きちんと説明しなかったこちらにも非はあります。今日のところは、お部屋でお休み頂くいうことでどうですやろ?」
明智の父は息子に「友哉、そうさせてもらいなさい。」と言った。
そして、「お騒がせしてすみません。」と美都子と周囲に深々と頭を下げる。
明智は茫然自失で、美都子に案内され、旅館の客室のような部屋へ連れられて行き、明日の朝、朝食に迎えに来ると告げられ、美都子は下がっていった。
部屋に敷かれた布団に横になるも、明智は一睡もできず朝を迎えた。