オールラウンダーと魔女
橘莉桜ら三個小隊が瀬戸大輝と不破真琴がレドーニアと戦闘中の区域に向かっている。
今レドーニアは機銃を掃射し瀬戸大輝を足止めしている。その陰で不破真琴が不意打ち、強襲のため横道からレドーニアに接近している。
出来ればこの緊張状態が続いたまま三個小隊が到着してくれたらいいのだが、瀬戸大輝はそんな都合よく動くお利口さんではないと私は知っている。
瀬戸大輝は機銃の掃射から身を隠していた角からその身を曝け出しレドーニアの説得を始めた。子供たちを出汁に使っての脅迫とも言えるが、ともかく説得だ。レドーニアは瀬戸大輝の言葉に機銃の掃射を止めた。
「まったくこのガキは」
「身を曝け出したのはともかく説得から入ること自体は悪い事ではないわ。最善を尽くすためには必要な事よ。レドーニアはまだ使えるのだから」
「わーってるって。小隊はあとどれくらいだ」
「およそ150。警戒している特区要員を潰しつつ進んでいるからもう少し伸びるかも」
「急がせたいが死なれても困るな。何も言わないで良いか」
「賢明ね」
とは言えレドーニアを救出するためにこれだけ労力と人員を割いてそれに合うだけの情報が収集できるのか。気にしても仕方ないがこうしている今もこちらだって無傷ではない。相応のダメージは受けている。当然死人だって出ている。それが無駄でなかったと言えるだけの金の卵になってくれないとタダではすまさんぞレドーニア。
「黒崎真狩、オブジェクトを破壊。さすがは特区内部を知っているだけはある。怪力だけでなくしっかりと構造の弱点を狙っているようね」
「黒崎真狩に繋いでくれ。情報を共有したい」
「わかった。……繋げたわ。回す」
『なんだ?』
「黒崎真狩、お前はさっきからオブジェクトを力技だけでなく戦っているように見える。オブジェクトの弱点や強度的な問題点を知っているか?知っているなら友軍に共有したい。剥き出しのプラグが脳幹部分に繋がっているからそこが弱点だとはわかるが」
『ああね。弱点か。あるにはある。確かにそこも弱点ちゃあ弱点だ。他にもある。プラグを狙うよりはいい』
「どこ?」
『そうだな……。足の付け根だ。後ろから見た足の付け根部分は前傾姿勢になる場合の負荷を分散するためにそこの装甲は薄く内側は人間で言う筋肉の層になっている。集中攻撃して内部の筋肉に損傷を与えられるようならお前ら兵士の対物兵器でも奴らとは戦えるだろうな』
「足の付け根。他には」
『他は厳しい。出来るとしたら足首だ。そこは歩行や跳躍のために可動域を広げるように歯車みたいな構造がついている。人間で言えばくるぶし部分だ。装甲に覆われているがジャイロを狂わせることが出来たら歩行や跳躍に使うAIを誤作動させられるかもしれない。可能性は低いけどよ。少なくともくるぶし部分を破壊すれば歩行性能は落ちる。足の付け根と足首がお前らに出来る破壊箇所だろう。そこを破壊出来て頭部まで破壊できれば言うこと無しだが、頭部にはある程度以上の速度とサイズを持つ物を自動で撃墜する迎撃装置が付いている。対物兵器は厳しい。私が頭部を狙えているのはその「速度」の基準に達していないからだ。オブジェクトを転倒させられれば頭部を狙えるだろうが』
「速度に達していなければ迎撃はされない?迎撃システムの情報など記載がなかったが」
『古い情報を掴まされたんじゃないか?あ、違う。確か導入が全オブジェクトには至ってなかったな。ああオブジェクトの機体が少ないと思ったがそういう事か。迎撃装置導入機体だけがここに投入されているっぽいな』
「となるとオブジェクトはまだまだ在庫がありそうね。嫌になる」
『年末年始に在庫セールをやって処分したくなるくらいにはあるぜ』
「驚いた。特区にもそういう俗物的な物があるのね」
『ああ違う違う。地上に出て覚えたよ。誰だったか?さゆり?に大売り出しに連れ出されたんだ』
「自由人ね。まあいいわ脚ね。了解。共有する」
『あいよ』
「四足歩行戦車はどう?何か弱点はある?」
『四足歩行戦車?ああ、地蜘蛛か』
「地蜘蛛?」
『そう、蜘蛛見たいだろ。だからそう言われている』
「なるほど。で、弱点はない?」
『お前らじゃ無理だな。弱点は同じだ。足を狙ってジャイロを狂わせれば機動力は落ちる。だが地蜘蛛はジャイロを守るために何重にも装甲で覆っているしそれ以外の駆動部は破損を前提に組まれている。オブジェクトの何倍も派手に動くことを想定した機械。壊れる前提だ』
「壊れないように、ではないのね」
『確かにそう出来たら理想だ。だが地蜘蛛は機動性こそが狙い。それを人間が扱うようにするためには人間が操縦出来るだけの機能を取り入れる必要がある』
「そりゃそうね」
『だがお前らの知ってる戦車程シンプルじゃない。アクセル踏んでクラッチ踏んでシフト操作して、狙って打つなんて単純じゃあない。なんせ360度全方位に動けるようになっているし砲台も人間の処理能力で使用できる数じゃない。だからほとんどはAIが導き出した指針に人間がゴーを出して動かしているんだ。だから操縦自体はハンドルとトリガーくらいになる』
「あんなものがそんなシンプルに出来るものなのね」
『それを可能にしているのが、だからAIだ』
「うん。それで?」
『さっき言った壊れる前提、つまり駆動部分を消耗品として設計することでそこを防御する装甲分の重量とスペースをAIに回しているんだ。だからその分を外部装甲で補っている。見た目より中身はスカスカだ。だからあんな飛んだり跳ねたり出来るんだが。まあ要するにAIを搭載するためのスペースと重量を減らすために駆動部は何重も部品が置かれている。全部を壊せば出来ないでもないがただの長期戦だ。なら素直に牽制で時間を稼げ。さっき抜けた部隊がいただろ?そいつらに大脳を破壊させるんだ。オブジェクトもそうだが地蜘蛛のAIの親は大脳内部にある。物理的破壊以外では不可能だ。電子的侵入を感知したらシステムを自ら破壊し、再構築するよう設計されている。前回片桐椎名に輸送ヘリを使われたのが癪だったんだろうな、試験段階だったのが導入されていると聞いた』
「なるほど、だから椎名の支配が直ぐに解かれたのね」
『そういうことだ』
「ん?聞いた?どういうこと?あんた前回の戦いの後そのまま地上に来たよな?いつ聞いた?それは最新の情報か?」
『間違いないぞほんの30分前くらいに聞いたからな』
「だから誰に」
『オールラウンダーだ』
「……は!?」
私はたまらず声を出した。
一斉にオペレータ室の人間がこちらを振り返った。だが私の声に反応した訳でなく、黒崎真狩が言った『オールラウンダー』という人名に反応したのだ。
「……オールラウンダー、ですって?」
オールラウンダー、先の戦いにも瀬戸大輝の前に短時間だが出現した特区内部の人物だ。
中学生ぐらいの茶髪の女児。見た目はただの子供で、どこにでもいそうな女の子だ。
だが実際は違う。
研究に全てを捧げ、科学力、兵器内容に30年近い開きがあるとされるほどに実験に実験を重ねて人体実験すら厭わない特区、その完成形作品が一つ、完全万能。
その特徴は、つまり超能力者。
最重要機密の一つだからか情報はあまりにも少ない。だが何度かの戦闘や目撃情報から判断するに彼女は比喩などでなく本当に、超能力者なのだ。
目撃者は言った。
曰く、彼女は電撃を放った。
曰く、彼女の周りには空気の装甲があった。故に弾丸は弾かれる。
曰く、彼女は水を操る。
曰く、彼女は火炎を放つ。
曰く、彼女は全ての物理法則を味方につけている。
曰く、彼女は人間ではない。
と。
誰も彼女とまともに戦えた者はいない。情報が少ない理由のもう一つは戦った者に生き残りが少ないから、だ。あまりにも情報がなさ過ぎて、名前や外見くらいしか周知されていない。
そんな存在と、まるで友達とメールでもしたかのように黒崎真狩は名前を出したのだ。誰だって、驚く。
黒木ですら眉間を寄せてこちらを見ている程だ。
だが当の本人である黒崎真狩はそれがどれだけの事か理解していないらしく変わらない口調で言う。
『まあお前らに出来るのはそんなとこだ。無理して戦えとは言わねえよ。邪魔さえしてくれなければな。ここまで全力でぶん殴れる相手も珍しいからよ』
「そう、共有するわ。ちなみに聞くけどオールラウンダーとの連絡手段はあるの?」
『ああだから聞いたんだって。と言ってもいつでも繋がる訳じゃない。気まぐれだからなあいつは。ああそう、あいつにもし直接的な接触や連絡が取りたいなら「魔女」を出すと良い。あいつは「魔女」になんか執着している。今からでも連れてくれば必ず出てくるだろうさ』
「悪いが『魔女』もなかなかに気まぐれだ。今どこにいるかすら分からない。気が向いて出てきてくれることを願うしかない」
魔女、我々側の人員だ。
謎が多く、わかっているのは女性である事。何処かの女大学に通っている事くらいだ。
年齢も不明。その大学だって既に在籍年数を優にオーバーしている。八年前程には既にそこに通っていた、いや正確には在籍していたのを確認されている。まったくの謎だ。
普段は体全体を覆うボロボロの黒いローブを着込み、大学に行く時もパーカーのフードを被って顔を隠していると聞く。自分を隠しているのか私生活もどれだけ調べても欠片の情報もない。住所すら、追跡しても誰もたどり着けず見失ってしまう。
そんな彼女の特徴は、これももちろん定かではないのだが、見た目に加えその名の由来になった物だ。
人は言う。
彼女は『魔女』だと。
曰く、彼女は魔法を使った。
曰く、彼女は龍を召喚できる。
曰く、彼女は不老不死である。
曰く、彼女は神である。
神は言い過ぎにしても、彼女はつまりオールラウンダーと同じく特異な能力を持っている人物なのだ。もちろん正確な情報は言ったように少ない。魔法とやらの記録も少ない。だから実際はわからない。
しかしそんな魔女に固執するオールラウンダー。
あるいは同属故親近感でも持っているのか。彼女が魔女に固執するとは聞いたことがあるがなるほど交渉材料として候補に入れておこう。
『他に聞くことは?』
「あ、いや、何かあればまた連絡する。戦闘を継続して。出来たらその地蜘蛛を優先して破壊してくれ」
『あいよ』
黒崎真狩が無線を切ったのを確認し今度は戦隊全体に無線を繋げる。
「戦隊各位に次ぐ。オブジェクトと四足歩行戦車、以下地蜘蛛と呼称する、その二個兵器についての情報だ。オブジェクトは後ろから見た足の付け根の部分と足首が弱点だ。足の付け根は駆動域の問題で背面が柔軟性重視の構造になっている。そこに損傷を与えられれば機動力の低下を狙えるだろう。次に足首、人間で言うくるぶし部分だ、そこにあるジャイロに強い衝撃を与えれば調整用のコンピュータの誤作動を誘発させられるかもしれない。可能性は低い様だが。簡単に言えば足を狙って転倒を狙え。頭部を直接狙っても対物兵器は全て迎撃システムに撃墜されると思え。足を狙って倒して撃ちまくるか直接爆弾を設置して損傷を与えろ。次いで地蜘蛛。こちらは残念だが諸君では厳しいらしい。足を狙う外諸君に出来る事はない。だが足を狙った所でそう大きなダメージを与えることは余程な長期戦を狙うしかないらしい。ここは黒崎真狩に任せる他ない。可能な者は援護に徹しろ。基本はオブジェクトの足だけを撃て」
『『『了解』』』
しかし黒崎真狩がオールラウンダーとの連絡手段を持っているなら今後のやり方にも良い動きを齎してくれるかもしれない。いっそレドーニアを救出しなくても良い場合もある。
「ちょっとそこのあんた、東門さゆりを探して。確か魔女と接点があったはず。連絡を」
「了解しました」
近くにいたオペレータに声をかけそう指示を出す。
「どうして東門さゆりに?彼女はどうせ戦線には来ないでしょ?」
私の行動を疑問に思った黒木がそう言ってくる。
「東門さゆりは御山剣璽世代からいる魔女との接点があるはずだ。あるいは魔女との連絡手段があるかもと思ってな」
「魔女を呼んでどうするの?オールラウンダーを誘き出す?」
「それが出来たら良いが、出来るならオールラウンダーとの接点を持ちたいな。だがそれは厳しいだろう。だがやるだけはやっておきたい」
「そう。レドーニアは?」
「オールラウンダーとの接点が持ててこちらに情報を提供してくれそうなら必要性はなくなるな。だが作戦行動は続けるべき、そう言うんだろ?止めないさもう」
「賢明ね。でも」
「待て。瀬戸大輝らに動きだ」
私は離れかけていた意識を瀬戸大輝のモニタに戻す。仕事が多いとどうしても意識がばらけてしまう。今の優先は瀬戸大輝、集中しよう。
モニタを見ると瀬戸大輝はレドーニアの説得に失敗、どうやら口が滑って先の名のない男、レドーニアからすれば兄の話を出してしまったらしい、機銃を瀬戸大輝に向け、掃射を行おうとした。
だが不破真琴がそうはさせない。別の通路から接近していた彼女にレドーニアは後方から羽交い絞めに拘束される。
よしこのまま捕縛出来れば作戦は大幅に進行、簡略化出来る。不破真琴のワイヤーなら一度捕縛してしまえばそう抜け出せないはずだ。
暴れるレドーニアは不破真琴が拘束し地面に組み伏せられた。瀬戸大輝はそのレドーニアに近付き、片膝をついて言う。
『もう終わったんだよ。意味のない事は止めろ』
瀬戸大輝の視界を表示するモニターに歯を食いしばって睨みつけるレドーニアの顔が映し出されている。睨んだ所でどうにもならないというのに。まあそうしたくなるのもわかる。しかしレドーニアも馬鹿ではないのか歯を食いしばったまま額を地面に擦り付けた。
それを確認し瀬戸大輝はレドーニアの腕を掴んだ。レドーニアは若干の抵抗を見せるが不破真琴の拘束は硬い、無駄な事だ。
しかし。
『真琴避けろ!』
瀬戸大輝の叫びが響く。私も緊張が強まる。
小さな金属音。
瞬間瀬戸大輝が不破真琴を突き飛ばした。そしてまるでレドーニアを庇うように彼女の体に覆いかぶさった。
爆発。
恐らくグレネード、威力としては小口径の物だろうが爆発は爆発、人体に相応のダメージを与える。瀬戸大輝とレドーニアは軽く吹き飛ばされた。不破真琴は受身を取って着地しナイフを抜いて周囲を警戒する。瀬戸大輝はレドーニアを抱きしめて守るようにしながら地面を転がる。しかしやはりダメージはかなりの物だったようでそのまま倒れ伏せてしまう。
それを好機に思ったレドーニアは瀬戸大輝を突き飛ばして走り出した。
瀬戸大輝は何とか引き留めようとナイフを放つが掠りもしない。
『レドーニア!』
瀬戸大輝は叫ぶ。それにレドーニアは振り返って立ち止まる。だが少し寂し気な顔で首を振って、何事かを聞こえない声で言って、去っていった。
「クソ!レドーニアを逃がした!小隊を急がせてくれ!瀬戸大輝たちが敵の攻撃を受けた!」
「見ている。了解」
瀬戸大輝はレドーニアを追おうとするがどうやら敵の増援に既に囲まれているようだ。不破真琴が彼の肩を掴んで力づくで立ち上がらせ、周囲を警戒する。恐らく不破真琴が使用した通路以外にも繋がっていなくとも通路が良くともあるのだろう。オブジェクトや特区要員が現れたスライド式の扉があるのならどこから現れても不思議ではない。厄介な。
不破真琴がナイフを逆手に持ち換え、瀬戸大輝も日本刀に触れる。
敵の足音がモニタ越しにも伝わる程、かなりの数だろう。こんな狭い場所で一斉射撃でもされたらさすがに逃げようがない。小隊の到着を急がせねば。
だが間に合わなかった。不破真琴が使用した通路の角から白コートを着た特区要員が現れ武器を構えた。
「小隊まだか!」
『敵の攻撃を受けている!一分待て!』
『悪いが通せんぼされちゃあどうしようもない!一分も正直厳しいぜ!』
「クソ!」
小隊は立ち往生させられているようだ。だが悠長に待っている余裕は瀬戸大輝たちにはない。さすがにどうしようもないのか。
とその時、瀬戸大輝ら付近の天井が崩落した。
「今度は何だ!」
私はたまらず叫んだ。
瀬戸大輝らと特区要員は慌てて回避したようだ。となるとこの崩落は特区の攻撃ではない?
土煙の中、うっすらとシルエットが見える。
『え?これは何事だ?』
そのシルエットは何とも気の抜けた声ととも土煙から出て瀬戸大輝の前に姿を現した
「滝川……梨沙!?」
姿を現したのは、瀬戸大輝の後輩である滝川梨沙だった。




