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Hand in Hand  作者:
特区、降下編
40/60

瀬戸大輝、降下

 そこは青白い光で照らされた部屋だった。大学の講義で使えるくらいには広いその部屋だが明かりらしい明かりは点いていない。全てPCと壁に埋め込まれた液晶の光だ。何もここまで辛気臭い雰囲気を作る必要もないだろうにと、毎度ながら私はため息をつく。

 周囲では多く設置された机の上にPCが置かれ、それに食い入るようにして、多くの女性、中には少ないが男性もいるが、とにかく、多くの女性が席に着いてPCと睨めっこをしている。

 私もその中の一人で、他と同じように頬杖をついてだが画面を見つめている。その画面には一人の青年が映し出されている。

 人類最強と呼ばれる嫌悪の象徴、瀬戸大輝だ。

 彼は、昔から、いや昔からと言うと語弊があるのかもしれないけれど、とにかく昔から、人に対する当たりが冷たいのだ。無情で、冷酷で、味方を見捨てるなんて当たり前にするような奴だ。昔はそんな奴ではなかっただろうにと子供時代を少ししか知らない私が知ったかぶりをしてみるけれど、それでも、あの子は昔は優しい子供だったのだろうなと私は思っている。

 いつからだろうか、そうなってしまったのは。別段この業界だ、見捨てる見捨てないは自由だしむしろ自分が生きて、作戦を遂行するためであれば見捨てるのも善行だ。見捨てることも出来ず、最悪、任務も果たせなかったでは意味がない。無駄死にだ。だったら誰かが死んだとしても自分が生きて、それでいて任務も果たせば結局は多くが生きることになる。私もそれを理解させようとして、わざとそういう行動を取らせたこともある。

 彼は、見捨ててこそいるが、その目的は自分が生き延びて任務を果たすことではない。本人は否定するし、もしかしたら自覚もしていないのかもしれないけれど、彼が人を見捨てるのは、その捨て駒を助けるためだ。わざと冷酷に扱い、非常に見捨てる。そして、結局は自分が全てを背負い、終わらせる。その結果として、新兵や新兵でこそないが実力的に劣っている兵士を救っている。実際数値としてもその結果は出ていて、ここ二年ほどの新兵、言い方は悪いけれど雑兵の死亡率は下がってきている。

 上層部や私の様なオペレータ陣もそれは把握しているために、瀬戸大輝の意をくんであまり誰か他所の部隊と組ませることはしない。私は時々嫌がらせでするけど。

 しかしいくら私たちの様な裏方や上層部が彼が何を思ってそうしているかを理解していても、現地にいて、彼の冷たい目を見てきて兵士たちは、その結果しか見えていない。つまり、見捨てられたその事しか。

 馬鹿な話だ。やり方こそひどい事かも知れないが、そのおかげで自分たちは生き延びているという事に気付けない無能だ。そんな無能は助ける価値もない。どの道その時は瀬戸大輝が助けたとしても、次の任務で瀬戸大輝がいなければ死ぬ。それが分かっていない。ただ瀬戸大輝に見捨てられた、それだけしか見えていない大馬鹿者たちだ。死んでしまえば良い。どうせお前らなんて一生雑魚でしかない。何かを変えようと戦い続けたあの男とは雲泥の差だし、今も何かを変えたくて戦っている瀬戸大輝を理解することも、まして実力的に追いつくことも。ない。瀬戸大輝は多くを背負い過ぎている。

 ただ表面しか見ずに瀬戸大輝を忌み嫌っているクソどもと比べたら、瀬戸大輝は誰かを恨む暇があれば戦っている。そういう男だ。背負った物を、背負った者、背負い続けようとする彼だ。今更、それを変えようとも、ましてその重荷を置いて行こうなどとも考えないんだろう。

 そんな彼を見ると、何故だろうか?少しだけ胸が苦しくなる。私が瀬戸大輝と初めて会った、いや顔を合わせたことは一度もないから私が一方的に彼を知った時だけど、その時は私はまだ学生だった。高校生だ。

 御山剣璽、かつて人類最強と一番に呼ばれたあの男は、少しだけ変な男だった。誰に対しても分け隔てなく、優し気に誰もの理想の様に人に接し、常に笑顔を忘れない。そんな男は何を思ったのか、今までそんな制度は無意味だと誰もが考えなかった、学校へ通えるシステムを作った。もちろん並々ならぬ苦労があったはずだ。元より存在することが公に知れればそれだけで問題となりかねない組織、軍だ。戸籍も国籍もありはしない子供たちに学校という物を与えた。当然表側に戸籍や証明書を発行しなければならないために上層部としてもかなりの徒労だったと思うが、恐らくあの男が何か条件でも提示したのか、上はそれを認めた。

 その結果、やはり普通に学校へ通える表側の子供が羨ましいと思っていたのか、多くの子供達、若者がその制度への参加を志願した。私もその一人だ。その時は既に十六で、今更だなとも思ったけれど、やはり何か思う所でもあったのか直ぐにその制度へ参加し、私立高校へ編入した。その半年後だ。瀬戸大輝を知ったのは。

 当時、いや現在においても前例が一つもない表側からの部隊配属。日本はかなり騒然としたようだ。というのもその時に流れた噂が問題だったのかもしれない。名前こそ忘れたが関東支部の一部地区、その地区で五指に入っていた実力者が子供だった瀬戸大輝に殺された、というものだ。しかしその被害者は、聞くところによると子供には何故か手が出せない性格だったらしく、それを知る者からすると納得できるものだ。だがもちろんそれは、つまりそういうことで、知らない奴からするとただ強い奴が子供に負けて、その子供が同部隊に配属されるかもしれないという危機感しかない。確かに恐怖だろう。

 だから自然、当時から既にオペレーター業務の研修が始まっていた私の耳にもその噂は入った。その頃はまだ新人だったのもあり、まあそんな事もあるのかな~でも私には関係ないか、くらいにしか思っていなかった。だがどういう訳か、高校の授業を受けているときに研修終了の通知を受けた私に、初任として言い渡されたのは件の、瀬戸大輝だった。

 何て因果だと呪ったものだ。私の上司はもしかしたらアホなのかとも思った。まあ当時は人手不足位だったのもあり、オペレーターを志願する人間など募っている場合もなかったために仕方なく研修も終わり、手も空いていた私に素面の矢が立ったのだろうけれど、にしたってとさすがに不安にもなった。昔から何かに不安になったり焦ったりすることもなかったと記憶する私だがその時から私は焦りっぱなしだし常に不安だ。無茶苦茶な噂が流れたまま新兵配属されたのもそうだが、初任務以降、最大としてはあの六年前、もう七年になるのか、その時に起こった大戦争だ。アメリカ、ロシア、中国、イギリス、エジプト、とにかく多くの国の反乱因子、予てより日本に対して良い思いを持っていなかった部隊が独断で終結した事件だ。もちろんそいつらの狙いは、日本の陥落だ。御山剣璽が同時期に死亡し、いやそれをきっかけとして日本へ攻め込もうと集った。緊急出動した航空、海上、空挺部隊がたった三十分で全滅した戦争。その当時出撃した部隊は敵の総数があまりに膨大だったために主力部隊、つまり最強の部隊が送られた。それがたった三十分だ。それに加えて御山剣璽が率いていた部隊は御山が死亡した際、襲撃者の攻撃から子供たちを守りほぼ全てが負傷していた。それを見て、日本は、敗戦を選ばざるを得ない状況にまで陥った。

 だが、その戦争で唯一動けた存在。それが今現在この世界を保っている三人だ。

 人類最強、最悪、最恐。わずか一週間で、それもたった三人で、最強の部隊すら全滅させた敵団体を壊滅さえた存在。化け物たち。その中の一人が、私が見つめる画面に映る青年、瀬戸大輝だ。日本刀を携えてまるで自分の性格を体現しようとしているかのような真っ黒いジャージ、ブーツ。顔を隠すように装着した軍用ゴ-グル。まるっきり根暗だ。まあ間違いではないけれど。

 しかし、と思う。瀬戸大輝が今のように誰かを見捨てるような行動を取るようになったのも、それこそここ最近に始まった事ではない。件の大戦争の頃からだろう。

 その戦争を終結させて、墓参りを遅れながらも行った瀬戸大輝は、その後、部隊を除隊している。その後は日本に留まらず各国の部隊を転々とし、その都度自殺行為だと思えるような行動を目立たさせた。

 そして二年前、彼が十六歳の頃帰国。市立高校に編入する。その時に彼は、一般人であり、その通りにどこにでもいる普通の少女、加藤希美と出会う。

 しかしその半年後の十二月、加藤希美は瀬戸大輝と当時の部隊に与えられた任務に巻き込まれ、死亡している。不意を突かれたとはいえ、アレは私のミスだ。私が、彼女を警戒しなかったから、彼に重荷をさらに背負わせてしまった。その証拠に瀬戸大輝の自殺紛いの自己犠牲的戦闘は、その二年前からが凄く目立つ。

 そういう事情は、民間人の死亡例として今や新兵ぐらいしか知らない者はいないのだが、それでもやはり瀬戸大輝を嫌う者は多い。

 あまりに強く、あまりに無情。そこしか見ていないのだ。何故そんな事をするのか、という物は一切考えない。それで嫌うのだ。自分勝手も良い所だ。今頃彼がいなかったら自分たちはとっくに死んでいるとも気付かずに。

 だが、私は知っている。何故彼がそんな事をしているのか。見てきたし、聞いてきた。

 だからだろう。彼が誰かに冷たく扱われたり罵倒されているのを聞くと、殺したくなるし、胸が苦しくなる。

 まだ彼は子供だ。私はとうに成人しているし彼を若いとすらいえるほど経験を積んだ自負があるけれど、それでも、だからこそ彼を見るとどうにかしてやりたいと思うのだ。時には彼の好きにさせてやり、時にはこの世界の常識を教えるために理不尽に仕組んだ任務を与えたり。私に出来るのはそれくらいだ。いつか彼が何かに気付く事があるのかもしれないが、それのきっかけになれたらとも思う。

 叶うなら、あの子が普通に幸せになれる未来まで、職務の一環として、連れて行ってやりたいとも思う。

 御山剣璽が瀬戸大輝に笑えと言ったように、私は彼の幸せを願う。それだけでなく、彼を見る世界の目が、今よりも少しでも優しくなったらとも思う。そうすれば、瀬戸大輝は変わるし、幸せになれるし、きっと、世界も変わる。

 御山が何かを思い、世界を変えようと戦って死んだように、その後継者である瀬戸大輝が、世界を変えられたらと思うのは、私の理想でしかないのだろうか?でも私は願う。そうあって欲しいなと。御山の死を無駄にしないためにも。瀬戸大輝が悪役を買ってまで誰かを守り続けているように、今度は誰かが、彼らを、守ってやくれないかと。

 もちろん彼を擁護しようとする者も多く存在する。彼に並ぶかそれ以上の実力を持った者たち、そして私達操縦者たちだ。しかしそれだけ。

 彼よりも実力的に劣っていたりする者は僻みの念も含み、瀬戸大輝を悪の象徴のように扱っている。その証拠に過去にも起きた大規模戦線で下位隊員が瀬戸大輝の指示を無視して、その後死亡するという事例も多かった。結局瀬戸大輝は今まで、行動や過程こそ悪道だったかもしれないが、それでも結果としては望むべく物を提示してくれた。

 私たちとしてだって、何も本気で戦闘要員たちを捨て駒だとか、死んでも誰も困らないだとか思っているわけではないのだ。当然帰って来て欲しいし、それでいて結果も出してくれたら感謝の念だって沸く。でも世の中の現状はそこまで理想的ではない。むしろ真逆で、味方を死なせてでも敵を潰さなければならない程に今は切迫しているのだ。だからそうせざるを得ないからこそ、それを指示する私たちは、口だけでも冷酷であらならければならない。言葉で指示を飛ばす私たちが、その口で弱腰になっていれば現地にいる隊員などもっとだ。だからどれだけクソだ非道だと言われようが私はそれを変えるつもりはない。嫌われ者でも、優しくあれなくても、私は今を貫かなければならないのだ。

 だからこそ、瀬戸大輝のそのやり方には、上層部はともかく、私達オペレーターたちはかなり評価していると言ってもいい。瀬戸大輝が助けた、そう助けた奴の担当はもちろん、その結果として隊員を送らずに済んだ者など、瀬戸大輝に感謝する者は多い。

 それに引き換えと雑魚共の身勝手さと頭の悪さには頭に来るが、しかし瀬戸大輝本人はそれを伝えようともしないし、認めようともしない。ただ作戦を効率化するためだと言って、煙草を吹かすだけだろう。それがまた、ムカつくのだ。

 瀬戸大輝が写るモニターとはまた別の、大きな格納庫内に広がる部隊が映し出されたモニターに視線を向ける。そこでは多くの人間が各々の装備を整えながら談笑している。

 しかしその談笑の内容と言うのも、瀬戸大輝への罵倒だったり、死を望むような物が多い。どれも特区壊滅へ向けた前向きな発言などない。そんなことで作戦遂行時に何ができるというのだろうか?開始直後に死ぬような雑魚が文句を垂れる筋合いがあるのかと殴り掛かりたくもなるが、しかし瀬戸大輝も瀬戸大輝だ。

 本作戦は二部構成に別れている。

 第一段階、降下作戦。まあ情報収集だったりマッピングだ。先日の大戦で特区の研究階層の一部が壊滅したのを機に、特区は構造そのものを変更した可能性があると瀬戸大輝からの発言だ。それを持ってまずは少数の部隊を送り、変更された位置や道順、設置されている機器情報。そして特区で最も重要だと言われている管理AI、『大脳』。それの発見だ。

 第二段階、大脳及び重要施設破壊。第一段階で発見された重要機器や大脳を破壊するのが目的だ。もちろん陽動的に大規模な戦闘を行うが、それと同時に機械化部隊、爆薬の設置や兵器の修理補強名などを専門にしている部隊だが、それが大脳らを破壊する。

 その二つが成功して初めて作戦成功だが、まず第一段階。少数で行うはずの作戦を瀬戸大輝は単騎で行くと聞かなかった。もちろん協力者はいる。

 また別のモニターに目線をやるとそこには瀬戸大輝のゴーグルから見た、つまり瀬戸大輝目線の風景が映し出されている。そこに、瀬戸大輝の前を歩く一人の少女の姿があった。

 今回の協力者、レドーニア・ハワードライトだ。

 世間でいう、捨て子の様な物で住処もなければ家族もなく、どこかに役職を与えられることもない。ホームレス的なアレだ。特区にもそんな物があるんだなと聞いた当初は少しだけ驚いたがまあ特区も国家であることに違いはない。身分の差なんかもあるんだろう。その中の、その捨て子たちの救出を条件に協力を申し出たのがその彼女。

 全身を白い身体のラインがくっきりわかる、何ともエロイ格好だがその体躯はやはり少しだけ貧弱と言うか、食が足りていないというのか、そんな感じ。

 しかしと思う。瀬戸大輝が独りで作戦を実行すると聞いた時は驚くを通り越してもう腹が痛くなったけれど、いやまあそもそも潜入任務は一人か、多くて二人か三人くらいが限界だろうから理解は出来るのだが、それでもその協力者、信用できるのだろうか?情報を提供してくれた彼女のおかげで、今瀬戸大輝は特区内部に潜入することが叶っている。が、それでもやはり彼女は特区要員だ。子供を救うためにそんな事をするだろうか?わざわざそんな事をしてメリットがあるとも思えない。そもそも特区がそんな行為を見逃すものか……?

「調子はどう?」

 私がモニターに意識を集中していると突然私が肘を置いている机にコーヒーカップが置かれた。それを置いた手を辿って振り返るとそこには一人の女性が立っている。

「ああ、あんたか」

 彼女は黒木。私がまだ学生やってた頃からの同期だ。今では私と並んでオペレーター業務上位の成績を残している。ちなみに私の場合は担当が瀬戸大輝だからであって別段私がすごいんだと言わると逆に少しだけ困ってしまう。

 私は一度瀬戸大輝が写る画面を見て、そこからまた別のモニターに視線を向けた。そのモニターは白く、紅い点と数本の線が写しだされている。

 これは今地図作成を行っているモニターだ。赤い点が示す、瀬戸大輝が歩いた位置情報をもとに自動でその足跡から地図を作り出してくれるマッピング装置。世の中進歩する物だ。十年位前まではこれをすべて手作業でやってたらしいのだが、今やれと言われるとため息が出る。

 そのモニターを見た所作業は順調のようで予想される面積と大きなずれもなく地図が形成されている。問題もなかろう。

「また単騎でしょう?あの子も困ったものだわ。作戦上は仕方がないのかもしれないけれど何もあの子が行かなくても済んだ話じゃない。潜入なら不破真琴が適任でしょうに」

 不破真琴、ねえ。まあ元暗殺家業序列一位だった不破一族の生き残りともなれば確かに隠密行動が必須となる潜入には適任だろう。しかしもしそうしたとしても瀬戸大輝はその任務を自分がやると彼女を説得するだろう。そういう奴だ。あのガキは。

「今に始まった事じゃないじゃない。それにあいつが不破真琴にそんな危険な事させるはずもないわよ。もうメロメロなのよあのガキは。ませたもんだわガキが」

「メロメロって久しく聞かないわね……。でも彼ももう十八歳になったわよね?だったら惚れた女の一人や二人いてもおかしくはないわよ。普通よ普通。それとも何?嫉妬?」

 同期がうるせえ。確かにまあさすがに十八にもなれば恋愛感情や性欲の一つでも沸くのが自然だが、あいつにそんな物があるのか、正直微妙だな。いや不破真琴に対して恋愛感情を持っているのは誰もが見てそう思うのだろうがしかし性欲があいつにはあるのだろうか?機会なんていくらでもあっただろうし不破真琴にしたって多分あいつが言えば普通に出来るだろう。別の奴だってそこまで硬くないだろうからな。むしろ軍隊はそういう事も含めて日常生活だという人間もいるくらいだが、あいつはなあ……。ていうかあいつと不破真琴はデキてるんだろうか?いやさすがに担当とは言え情事まで把握できるはずもないから、ていうかさすがにしたくないからわからないけれど。一回は昔お互いに好き合ってたと認識し合ってたと聞いたな。今はどうなのだろうか?不破真琴が瀬戸大輝に未だその感情を持っているのもまあ見て分かるのだが、あいつはそう言うの表に出さんからなあ。隠し事が多いもんだな。思春期男子はベッドの下にお宝書物を隠してるもんだが、隠し事が多いあいつも、やはりそういう隠し事もあるのだろうか?いかん、少しだけ興味がわいた。

「でも、そうね。別段その手の感情がないわけでも、なさそうね」

 何やらクスクスと笑いを漏らしながら黒木がそんなことを言う。何のことだと思い、彼女が覗いているモニターを見てみるとなるほどとため息が出た。

「どこ見てんだよガキが」

 そのモニターは瀬戸大輝が見ている光景をゴーグル越しに見れる物で、その目線の先は、件の協力者の少女の尻が映し出されていた。マジでどこ見てんだよ。

 しかしなあ、と責められるものでもないのかもしれない。何せその協力者、レドーニアと言ったか。彼女の格好は体のラインをはっきりと表す全身タイツの様な物で、まだ水着や下着の方がマシなんじゃないのかってぐらいには、まあ端的に言ってエロい。胸も、ウエストも、尻も。男が喜びそうなポイントも形がまるわかりになるものだ。そんな物が目の前で尻を振っていれば、思春期男子である瀬戸大輝もさすがに目を奪われるという事か。クソガキが。報告書に書いてやろうか。

「うん?そうでもなさそうね。どうも腰の装備に目が行ってるらしいわ」

 見てみると、確かにどうもその目線は彼女の腰につけられている長方形型の物体を見ているようだ。

 両腰に装着されているそれはどうやら推進装置のようだが、先も言ったが彼女は言わば捨て子の身分。そんな奴が推進装置を手に入れる事が出来るのだろうか?どうも実戦配備されているわけではないから今や特区内にある物売り屋に並んでいるらしいのだが、それでも駄菓子の様な値段でもないだろう。特区の物価は地上と比べても馬鹿高いと聞く。煙草なんて吸えるのは管理職のお偉いくらいの者らしい。だから多分アレだって、外車が買えるくらいの値段じゃねえのかと予想できるが、どうなんだろうか。ゲーム機買うくらいの気持ちで手が出せるのだろうか。特区はやはり謎が多い。

 しかしどうもそれだけではないな。その腰についた装置に挟まれる様に、それこそ尻にはホルスターの様な物が二つぶら下がっており、多分瀬戸大輝はそっちの方に目が行っているのだろう。見た所何かの銃器のようだが。

『それなんだ?』

『ん?ああこれですか?フラッシュ弾とフレア弾ですね。もし発見されたり誘導弾に狙われた場合はこれを使用します。あくまでも路上での喧嘩くらいでしか使い道はありませんが、まあないよりはマシかなって持ってきました』

 ……どんな喧嘩だよ。しかしなるほど特区にはそんな物まであるのか。路上の喧嘩でそんな物を使うような治安の悪さには少しだけ驚きだが、ていうか特区は思ったよりも研究や戦闘以外には放任なのかも知れないな。まあ他所の国家などどうでも良いが。敵となれば尚の事だ。

 瀬戸大輝たちが歩みを再開したのを機にまたマッピング作業中のモニターに目線を向ける。

「見た所確かにそこまで大きく構造が変わっているわけではなさそうね。いくつか追加で通路が出来たようだけど、それはあくまでも作業用の通路で、多分下階層の要員が通る場所か、だったらそろそろマッピングは終了して、下階層の研究施設の調査に移った方がよさそうね」

 黒木も私が見ているモニターを見てそんなことを言う。確かに見た所はマッピングは九割以上終了している。確実に終了させるのが最善だが、おそらくここには重要施設や機器などないだろう。何せそこは普段は爆薬などの兵器開発の実験階層だ。そんな所に重要な物を置くような人間はいないだろう。焼けつくされたらたまらないしね。

 それに作戦実行のために与えられた時間も二時間とそう長くない。既に瀬戸大輝が降下してから四十分弱。未だ特区警備に探知されていないのは特区内のシステムの大半がスリープモードになって機能が止まっているからであって幸運という訳ではない。いつ何かのきっかけで敵に発見されないとも、もっと単純に研究員と鉢合わせる可能性だって高い。何より特区のスリープの時間も確実ではない。特区がもう充分だと判断してそれを解除してしまえば一瞬だ。刻々と迫るタイムリミットだけではなく、不測の事態のために多少の荒らさでも任務を達成させなければならないのだ。

「瀬戸大輝。女のケツに見入るのは構わないが、その階層は終了よ。下に降りろ」

『何言ってんだお前。了解』

 作戦内容的には正直余裕があるものではない。潜入作戦だって段階がある。

 まずは先の大戦でも戦場になったここ、広域研究階層。そこのマッピング。

 次に多岐に渡る研究施設が分かれて設置されていると思われる研究室階層。そこの散策。

 そして最後。協力者同様特区内に存在する捨て子たち、ストリートチルドレンの救出だ。

 三つともが成功しないと第二段階は開始できない。であれば瀬戸大輝は孤立することになる。特区内部でなくとも敵拠点内で一人残るなんてのはもう死の宣告以外のものではない。余命宣告ではなく、もうお前は死んでいるって奴だ。

 しかし、その第一作戦の第二段階である散策だが、これはこれで骨が折れるものだ。何せ情報収集だけでなく特区最重要機器である大脳を見つけ出さなければならないのだ。どこにあるのかもわからない。どんな形をしているのかもわからない。それを知っているのはレドーニアのみだ。しかしその彼女だって全ての構造変化を把握しているわけではないはずだ。もし彼女も知らない部分に移動させられていれば第一作戦は第二段階前に失敗が決する。子供たちを助けている場合ではなくなる。

 さて、急がなくては。指示をしてどうにかなるものではないが、せめてモニターから見える情報に漏れがないようにしなければならない。瀬戸大輝も見逃し私も見逃したでは話にならない。そうなれば最悪瀬戸大輝を危機に陥れる結果にも繋がる。ここから更に意識を強くしなければならない。

 瀬戸大輝がレドーニアに事情を話してから下階層への入口だと思われる扉に入ったのを確認して、私も耳に装着しているヘッドセットのチャンネルを変更し、上層部へつなげる。


「降下作戦第一段階終了。第二段階へ移行する」


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