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Hand in Hand  作者:
特区、降下編
39/60

降下作戦・第一段階、潜入

 あの会議から翌日。瀬戸大輝の髪が強い潮風に揺られ、後方に靡いていた。

 彼の顔を覆う無骨な軍用ゴーグルにも、その風の影響で弾かれた塩水が付着し、また風で流されていく。

 瀬戸大輝はあたりを見渡す。

 ここは夜間の海上だ。月明りを薄く反射する太平洋、日本からは数キロほど離れた海上。そこに瀬戸大輝はいた。

 小型のボートだ。軍用でこそあるがその目的はあくまでも短距離的移動であるため装甲で覆われてもいないし対空砲なども付いていない。せいぜい船首に機銃が付いているくらいか、簡素で、貧弱なただのボート。その上に瀬戸大輝はいる。

 本来であれば輸送ヘリや航空機を使用する物だがしかし、作戦内容を考えるとそんな目立つことも出来まい。ある程度まで接近した段階で瀬戸大輝は輸送機より降下、あらかじめ準備されていたボートへ搭乗して現在に至る。

 瀬戸大輝は前方に目を凝らす。そこには小さな小島があった。小さな木々と砂浜があるだけの何もないただの小島。それが、今回の目的地だ。

 瀬戸大輝の任務は、あくまでも潜入による情報収集に過ぎない。

 特区が一週間に亘り行った三度の打ち上げ、特区衛星への接触。その不穏な動きを見て、上層部は何か動きがある前に先手を打つのが得策であると、そう考えたのだ。

 そのために決行がとり急がれている強襲作戦、その足掛かりを作るべく、まずは瀬戸大輝が特区内に潜入、予想される特区内部の構造の変更並びに重要施設、危機の場所の特定を行う、それが瀬戸大輝の今回の任務だ。

 戦争において情報は何よりも勝敗を別つ要因でもあるだろう。情報がないのであればいかに優秀な兵器、兵士を揃えようとも敗北は必至。それが元より不確定要素が多い存在が相手であればなおさらだ。情報は多いに越したことはない。そのために瀬戸大輝は内部に侵入し、情報らしい情報がない特区を探られねばならない。それに失敗、あるいは情報不足にでもなれば第二作戦である大規模部隊降下も失敗する事になる。

 しかし特区への侵入は非常に困難である。元々特区の住人であった瀬戸大輝であっても内部に入るには何度も申請を送った上でないと入れない。他の者などもっとだろう。先の戦争中はそれこそ、戦争中だから入りやすかったに過ぎない。基本的には外部の人間は侵入不可能だ。

 しかし今回に限ってはそうではない。

 特区は、一時的に機能を全てスリープにする。

 警備も、研究機器も、衛星も。だから、そこを突くというわけだ。

 今瀬戸大輝が向かっているのも特区のもう一つの入り口だ。従来であればあの駅から降りるものだがそれではさすがにバレバレだ。故に、外部への廃棄物処理や換気などの目的で作られた前方の小島が、今回の入口という訳だ。

 小島に到着する。着岸などに気を遣えるはずもない瀬戸大輝は速度もそのままに座礁する様に砂浜にボートを乗り上げ、島に降りる。

 辺りを再度見渡す。

 見たところただの小島。だがその小さな面積の中心付近は全くもってそれらしくはない。

 巨大な穴だ。ダクトのように凹凸した白色の側壁の穴が広がっている。そしてそれを囲むように大小のアンテナや赤外線だろうセンサ。しかし今は既にスリープモードなのか全てその顔を伏せている。

「目標地点に到着。事後の指示を請う」

 ゴーグルで女に通信を送り、瀬戸大輝は腰に刺さった日本刀を半身程抜く。

 真っ白で月明りを薄く反射する刀身だ。黒くは、ない。

 それから日本刀とは反対の腰に手をやり、その感触を確かめる。

 ホルスターに刺さった幾本かのナイフだ。日本刀では出来ないことも小振りなナイフであればかなり活動の幅が広がるし何より消音に長けている。潜入任務となれば隠密行動は必須。何かある度に日本刀で切り裂くのは危険だ。であればナイフで小さく、それでいて確実に、静かに事を起こす方がいい場合もある。潜入任務は単純な戦闘よりも何が起こるか予想も出来ないのだ。

『協力者の到着までまだ多少時間があるわ。それまでは待機。装備の確認でもしていて頂戴』

 あの女からの返答に瀬戸大輝は了解の意を示し、アンテナの陰に腰を落として身を隠した。スリープモードとは言え人の目がないとも限らない。侵入前に気取られるわけにも行くまい。

 しかし協力者。

 特区内部にいるストリートチルドレン、要するに住居もなく、食も職もなく、親もいない、捨て子という事だ。特区にもそういうものはあるのだなと瀬戸大輝は嘆息する。どうやら今回の作戦の情報はそのストリートチルドレンの中の一人が情報を齎してくれたようだ。信用して良い物か分からないがしかし作戦は既に始まっている。今更どうこうすることも出来まい。それに瀬戸大輝は協力者の補助などいらないと、あの女に伝えたのだがどうやら作戦事項に不可欠な存在と既に織り込まれているらしく変更は効かないと。それが更に瀬戸大輝を憂鬱にさせる。

 瀬戸大輝は人と群れるのを嫌う。それが二人だろうと三人だろうと、自分に外の人間がいる、というその状態が嫌いなのだ。しかしやはり、いまさら言っても仕方がないのだろう。

 瀬戸大輝は女が言ったように嘆息と舌打ちを繰り返しながら日本刀やナイフの位置を確認したりする。しかし毎度思うが瀬戸大輝、武器や装具はそれなりだが衣服は迷彩服や戦闘服を着ようとはしない。瀬戸大輝に限らずの話だが瀬戸大輝はやはり目立つ。ただ、ただ動きやすさだけを考えたように黒いジャージである。もちろん防弾、防刃などの付与効果など有りはしない一般的なジャージ。偏見ではないのだが見た目だけなら瀬戸大輝は単なる不良のそれである。

『来たようね』

 女から無線でそう言われたのとほぼ同時に、パラシュートが地面に擦れる音が聞こえた。確かに、来たようだ。

 瀬戸大輝がそちらを振り返るとなるほどまともに訓練を受けてはいないであろうことが伺えた。自身が降下するに用いたパラシュートに覆いかぶさられ、内部でもぞもぞと脱出を試みようとしているようだ。芋虫が這うようにパラシュートの一部が盛り上がっている。

 瀬戸大輝は嘆息をついて女に無線を送る。

「なあ、やっぱり俺だけで行くのはダメか」

『ダメだってば!』

 瀬戸大輝は舌打ちをして物陰から体を出した。そのまま周囲に警戒しながらそのパラシュートの下に歩き始めた。

 しかしそれも無理からぬだろう。これから向かう場所は何を言うまでもなく敵の本拠地だ。いくら今が機能を落としているとは言えそんな所にパラシュート降下もろくに行えないような人間と這入るのだ、不安にもなる。

 瀬戸大輝はパラシュートの所まで歩み寄ると嘆息をついて、それを勢いよく剥がした。もちろん一度で出来るはずもないサイズではないのでそれを何度か繰り返す。そうすることでようやく、そのもぞもぞと動くものの姿が露わになった。

「あ」

「……あ?」

 パラシュートの布を剥がして現れたのは、女性だった。それを見て瀬戸大輝はやはり、嘆息と舌打ちをする。

 華奢な体だ。やはり訓練らしい訓練はなかったのだろう。その体躯をラインが浮きあがるピッチりとした白く、所々黒い模様が入った、衣服で文字通り包み、その上から同じく白いマントを肩にかけている。

 顔立ちは幼いが、眉毛はまっ直ぐに尖った印象だ。頭髪は、薄緑色だ。染髪しているのかそれともこれも特区特有の何かなのか。

 加えて特区の物であろう髪色と似た色をしたサングラスような全体がレンズ、ガラス製のバイザー。

 なるほど見るからに特区然としている。戦闘要員と違う所があるとすれば身を包んでいる物がコートではない部分くらいか。

 しかし先ほどは華奢だと言ったがなるほどさすがにストリートチルドレンだけあって温室で育ったわけではなさそうだ、要所要所はしっかりと引き締まっている。

 その女性はしばし、放心状態になったように呆けた顔で瀬戸大輝を見上げたが直ぐにはっとして慌てて立ち上がる。

「す、すみませんありがとうございます!」

 言って彼女は身を正すように体に付着した砂を叩き落とし、瀬戸大輝に敬礼を向けた。止めてくれと瀬戸大輝は辟易する。

 瀬戸大輝は人と群れるのを嫌う訳だから自然、誰かに敬意を向けられるのにも慣れていない。敬礼など以ての外であろう。それが凄く鬱陶しい。

 彼女は敬礼をそのままに姿勢を正し口を開いた。

「遅れまして申し訳ありません。私、レドーニア・ハワードライトと申します!瀬戸大輝殿、お噂はよく耳にしております」

「……」

 硬い。ストリートチルドレンだと聞いていたので瀬戸大輝は正直もう少し柄が悪い者が来ると考えていたのだ。それも女性、見た所瀬戸大輝より年上か、どうも居心地が悪い。瀬戸大輝は友人もいないというのもあり、女性への耐性も少ないのだ。

「どうかされましたか?瀬戸大輝殿」

 返事をしない瀬戸大輝を不審に思ったのか彼女、レドーニアが敬礼を降ろし、そう言ってくる。瀬戸大輝はそれに「いや」と首を振って答える。彼女は頷き「では」と瀬戸大輝に手を差し伸べてくる。なるほど握手か。しかし瀬戸大輝はそういうものに慣れていないし、そもそも握手を求められていると気付けなかったのか彼女の手を見て、不思議そうにしている。

「握手ですよ」彼女が笑いながらそう言うと瀬戸大輝もようやく察したのか「あ、ああ」と面食らったように手を差し出す。彼女はそれを握り、明るく笑顔を浮かべた。

「今日はよろしくお願いします。どうか、子供たちを」

 言って、彼女は手の力を強めた。瀬戸大輝もそれに頷き、力を込めた。

「ああ」

 今回の瀬戸大輝に与えられた任務は、一つではない。潜入による情報収集を始め、特区内に存在するストリートチルドレンの救出だ。彼らは着の身着のまま、保護も補助も無しで、子供だけで生活することを余儀なくされていると言う。特区内部にもそんな物が存在するというのはやはり驚きだがしかし、どんな国でもそういう実態はあるものなのだろう。独立以降各国を敵に回し続けた特区など外部からの支援も望めない、尚更だろう。

「さて、ではあまり時間もありません。早速行動に移りましょう。具体的なお話は這入ってからです」

 彼女は言いながら瀬戸大輝から手を離し、パラシュートの布をまさぐり出した。どうやら何かを残してきたらしい。そもそもそのパラシュートも片付けねばならないと思うのだがどうするつもりなのだろう。おそらく今回このような行動に出るのも初めてであろう彼女はそんな事、考えてもいないのだろうなと瀬戸大輝は嘆息して彼女が弄るパラシュートを端の方から畳み始める。

 瀬戸大輝は、何だかんだ世話好きなところもある気がするが、まあ自覚もないのだろう。

「あ、あったあった」

 瀬戸大輝がパラシュートの布を手繰り寄せ、畳んでいると彼女はそう言って白い、何かの装具らしきものを手に取った。それを腰に嵌め、固定具の様な物を体に当てていく。

 見た所軍人が装備する各種機能が備わったベルトのように見えるが、左右に長く、薄い長方形の物体が備わっている。さながら剣の鞘のように見える。

「何だそれ」

 瀬戸大輝は彼女の腰をまじまじと見つめてそう問いかける。好奇心が旺盛な瀬戸大輝はそういうものを見ると気になる質だ。まあ、普段の性格からしてその行動は少し珍しいが作戦に同行する以上、彼でなくともこの場合は質問しただろう。レドーニアは自身の腰を見らる事に羞恥を覚えたのか少し顔を赤らめながら「ああこれですか」と体を捻って装具を確認するような仕草をとる。

「これはまあ、私たちの様な立ち位置だとどうしても身を守る必要がありますのでね、とは言ってもこれは特区内では結構一般的な、うーん、遊び道具?ですかね」

「遊び道具?」

「はい。いくら研究するのが目的とは言え、子供はいますしアスレチックのような競技も趣味程度ですがあります。それの、まあ特区警備軍の技術を応用し機動力アップを目的としたちょっとした推進装置です。子供たちの間では結構人気です。もちろん子供用は少し力が劣りますがこれは改造してありますのでそれなりに早いです」

 彼女は左右の長方形を指さしてながら続ける。

「ここからガスが噴射されて体を押すんです。さすがに軍式ではないので空中にまではいけませんが陸戦であれば、逃亡するのであればこれで十分でしょう」

「特区は空が飛べるのか」

「うーんどうなんでしょうね。多分テスト段階で打ち切られたんじゃないでしょうか?軍式、と言いましたが正式に使用されているという話は聞きませんしそれを使用しなければならない場合など内部であれば予想も出来ません。だから基本的には普通にお店で売ってありますね」

「……あそう」

 これは、初めて聞いた情報だと瀬戸大輝はゴーグルに手を当てて女に通信を送る。

「お前これ知ってたか?」

『いや初耳。今までの戦闘でも見たことがないわ。正直驚いた。相変わらず底が見えないわね特区は。侵入後、並びに第二段階でもそれを使用する特区戦闘員が現れる可能性も無視できない。通達しておく』

「ああ。頼む」

 通信を切り、瀬戸大輝は少しだけ不安になる。

 レドーニアは正式採用はされていないのではないかと言っていたがそれを全て信じるわけにも行かない。ストリートチルドレン故に世情に疎い可能性も十分にあるからだ。一般的な戦闘で使用する可能性も考慮しなければならない。通常でも厄介な特区だ、それに機動力が付けばさらに手に負えなくなる。空中にまで戦闘が及べば、それに対応できる人間は、地上側には少ないだろう。対策を講じる必要がありそうだ。

 しかし遊び道具、か。特区もなかなか庶民的、と言うのとは違うのだろうがやはり初めがおかしいだけでやはり国家。当然生活を送る『国民』もいればその子供たちもいる。故にそれ向けに『遊び道具』も作られるのだろう。とても物騒な遊び道具ではあるが。

「では、早速行きましょうか。時間は二時間ほどしかありません」

 言って彼女は先ほどのダクトのような穴に近寄っていく。瀬戸大輝もそれに追従する様に穴に近寄り、内部を見下ろす。

「ここは基本的には廃棄用のダクトです。あとはまあ、定期的な換気に使用されますね。廃棄物も自然に消滅するような物で環境に影響はないので経費削減のために同一化しています。ここを降りた所に、先日あなた方が戦った場所があります」

 なるほど確かにあそこはそこまで深い位置ではなかったし廃棄用となればそこまで深い位置からあるものでもないのだろう。それにあそこは昔のままであれば広域の爆薬系統の実験を行っていたはず。廃棄物も多いのだろう。

「情報収集とは聞きましたがどうしましょうか?」

「あ?」

「いえ、先の大戦で使用したあの区画、と言うよりも階層は確かに修復済みですがそこまで構造は変わっていません、使用目的もあくまでも変更なし。付与目的として下階層への通路がいくつかできたぐらいでしょうか。あまりやる意味もない気がしますが。目的は確か『大脳』及び重要機器の探索でしたよね?」

「いやそれを踏まえた上でだ。構造が変わってないからと言ってその追加通路を確認しないわけにも行かないし目的はマッピングだ。しておいて損はない。『大脳』の位置は知っているのか」

「不明瞭です。情報らしい情報もいつかは持っていますが何分特区最重要機密です。確証はありません」

「構わない。マッピング終了後、案内してくれ」

「了解しました。では」

 女はダクトに一歩近寄り、瀬戸大輝を振り返る。瀬戸大輝もそれの視線を受けて頷く。

「行きましょう」

 言って、頷いて、飛び降りた。


 再び戦いが始まろうとしている。

 どれだけ続くかもわからない特区との戦争。これが、現状の世界の全てだ。何を持っても、特区以上の敵はいない。それを打倒する事こそが世界の、日本の何よりもの悲願だ。それは、瀬戸大輝にとってもそう。

 御山剣璽すら、伝説の最強ですら完全に打倒することは敵わなかった特区だ。それを、瀬戸大輝は果たさねばならないのだ。それは、つまり、世界を救う事と同義だ。

 特区さえこの世界から消えれば、多くの戦争が消えてなくなる。それ程までに特区がこの世界に与えた影響は大きいのだ。多くの被害者、多くの実験体。どれも非人道的な物だったのだろう。それにより、苦しめられた人間も少なくない。地上側の人間が拉致されて実験体にされているという噂も瀬戸大輝は耳にしたことがある程だ。

 それほどまでに、特区は諸悪の根源だ。それを倒さない限り、世界は永遠の戦乱の渦から出することは出来ない。

 瀬戸大輝は、独りで、それを背負う。

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