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Hand in Hand  作者:
六年前 終結編
22/60

彼が選んだ道

 瀬戸大輝は走り出していた。眼前の男へ向けてではなくその周りを周回する様に走り続ける。

 その顔にやはり生気は表れていなかった。死んだように濁った眼で男を見つめ、力を失った体で走り続ける。

 大量に積み置かれている兵器たちの隙間を縫うように走る彼を男も同様に兵器の隙間から瀬戸大輝の動きを目で追う。その顔は少し笑みを浮かべている。

「早いね。実力は互角、いや僕の方が上なんじゃないかとすら思っていたくらいだけど、その速さにだけは勝てそうにないな」

 その言葉を合図にするように瀬戸大輝は兵器の隙間から体を飛び出させた。次の瞬間より剣戟が始まった。

 とは言え瀬戸大輝は真っ向から日本刀をぶつけるというやり方ではなかった。すれ違いざまに一撃、また一撃と男に撃ち込んでいく。だがそれも男は難なく日本刀で受け流していく。

「君らしくないな。それでは僕にダメージを与えることは出来ないよ。そうなれば消耗戦だ。なら君の方が不利だ。どうするのかな?」

 男は微笑みを浮かべて淡々と瀬戸大輝に語り掛ける。しかしそれを瀬戸大輝は無視して行動を続行する。

 しかし妙だ。確かに男の言うように今の瀬戸大輝の行動は不可思議だ。これも同様に男の言うことは正しく瀬戸大輝の身体能力、速度は男より一段以上に高いのであろう。負傷こそしているがそれはやはり変わらないのだ。であるならばその持ち前の身体能力を持って確実な接近戦に持ち込む方が善処的行動であろう。瀬戸大輝の残った体力からしてもそうだ。瀬戸大輝の攻撃を男は難なく避けて見せる。これでは消耗戦どころかジリ貧だ。先に力尽きるのは間違いなく瀬戸大輝だ。

 明らかに瀬戸大輝の戦い方は消極的だ。勝つ気がないとさえも見える。であるならば瀬戸大輝はまだ戦い続けている理由がない。瀬戸大輝があの瞬間、あの女から不破真琴と黒崎真狩が接近しているとの知らせが入ったあの瞬間にどのような選択を行ったのかはわからない。だがそれでも少なからず戦う道に入ったのは確実。だがそれに反して彼は動きこそ早いが戦い方は緩慢の一言に尽きた。これでは一度撤退して体勢を整えた方が賢明だ。だというのにそうしない。何故だ。

「このままのやり方を続けても負けるのは君だ。失望させるなと言ったそばからこれではもはや絶望、だね」

 言って男は斬り込んできた瀬戸大輝を打ち返した。押し返されるように宙を舞った瀬戸大輝は受身を取って着地するがそれでもやはり先ほどからの動きを続行した。男はそれを見てため息をついて再び微笑みを浮かべる。更に男は日本刀を持っていない方の手を顎に当て、からかうような表情を浮かべた。

「君はどうやら御山剣璽や僕、あるいは全人類が期待しているほどの人物ではなかったらしい。君はただの臆病者だ。なら、ここで死ね。いや、僕が殺す」

 再び斬り込んできた瀬戸大輝をやはり男は微笑みのまま打ち返す。それもやはり瀬戸大輝は受身を取って着地してから元の行動へ戻る。

 もうどれくらいこれが続いただろうか。もう十五分近くにはなるのではないだろうか?このままでは不破真琴たちが今にも到着してしまう。いやそれが狙いか?確かにそうなれば恐らく確実に勝てる。あの二人も少なからずの負傷を負っているだろうがそれでも問題ない程の動きを見せてくれるだろう。だがそれは考えにくい。普段の瀬戸大輝の戦い方はこうだ。

 敵味方問わず関係ない。見殺しにしてでも勝ち残る。

 だがこれは瀬戸大輝なりの気遣い、いや優しさだったのだろうと思う。誰かに犠牲になって欲しくないがために自ら率先して味方が危険に陥る様な行動をしてみせ、誰もを自分から退かした。そうすることで彼は孤独になった。一人で独りを選んだのだ。そして今彼が望んだように彼の回りには誰もいない。故に彼が二人の介入を良しとする事は有り得ない。今までそうしてきたようにこの戦いも彼は一人で勝とうとするはずだ。でなければ彼の望みとは正反対と行動となってしまうのだ。

 だがそうすると疑問点はやはり彼の行動に戻る。

 彼の性格上あの二人が到着する前に片を付けたがるはず。だが彼の今の戦い方は長期戦を望んでいるかのように消極的だ。兵器群の隙間からヒットアンドアウェイ的方式で即座に敵射程から脱する。これではいつまで経っても勝ち目はない。あの二人が到着する云々の前に瀬戸大輝が力尽きかねない。全くもって不可解だ。

 相も変わらず瀬戸大輝は同様の行動を続け、男もそれを難なく回避を続ける。

 微笑みこそ崩さないが男もさすがにというのか訝しげに眉を寄せていた。

「繰り返すがこのまま続けるのは不毛だ。君の負けは見えているのだからさっさと身を捧げるか自殺でもしてくれないかな?それとも、何かを持っているのかい?」

 だがそれも瀬戸大輝は無視して行動を崩さない。今やミサイルを固定するための鉄骨を飛び登り、高度を持った位置から斬撃を見舞った。腰を入れて刀を振るうやり方を空中で行うことで体を回転させる回転切りだ。だがそれすらも男は日本刀の腹でも持って受け流し、防いだ。それも瀬戸大輝は気にも留めずまた反対方向に位置する鉄骨へと到着し、身を隠し、また同様に飛び出す。これの繰り返しになった。

「?」

 男の顔に疑念の表情が移る。瀬戸大輝はやはり同じやり方を続け、どころか鉄骨の上部へと更に進んでいた。しかしやることは変わらない。だが男はさすがに疑問を捨てられなかったし、捨てるわけにはいかなかったのだ。

 瀬戸大輝が鉄骨に身を隠すその一瞬、その一瞬が来る度に鉄骨から軋むような大きな音が響いていたからだ。しかし単純に軋む、と言うよりは何かを破壊しているような物音だった。

「……?……ああなるほど」

 男は訝し気な表情を一瞬引っ込め得心行ったような顔になる。そしてすぐにからかうような微笑みを浮かべて言葉を投げる。

「残念だけど鉄骨を破壊しても無駄だよ。『特区(ここ)』で作られているミサイルは誤爆を防ぐために信管の位置が君たちとは違うしだから起爆剤が入れられている場所も君たちのとは違う。だから鉄骨を破壊して地面に衝突させても爆発したりしない。残念だったね」

 なるほど。確かにここでミサイルの一つでも誤爆させれば他のミサイル、あるいは他の兵器に誘爆し、この空間は炎で包まれることになろう。そうすればこの逃げ場が限られるこの空間ではあの男も避けようがない。瀬戸大輝も含め。

 だが本当にそうだろうか?瀬戸大輝は使用する武器からも判断出来るようにあまり銃火器や兵器の扱いや知識に疎い。その彼がそのような事を考えるか。考えるまでならともかく実行に移そうとするだろうか?いやしない。まさかミサイル=衝撃により爆発するとは思っていないはずだ。

 ミサイルとは信管の作動により爆発するのだ。もちろん衝撃により誤作動を起こす可能性もないわけではないし可能性は重々承知しておくべきだ。だが昨今のミサイルは対象や使用目的に寄って衝突しても爆発しない、しない場合があるものなのだ。ミサイルは爆発するからこそ恐怖を覚えるものだがしかし爆発しなくともマッハを超えるような速度で接近してくる物体もやはり恐怖なのだ。そんな物体が爆発もせずただ己が身を通過していくというのもそれはそれでシュールだがそんな物で轢殺されるなど笑い話だ。あるにはあるのだが。

 さすがにそれを踏まえず考える程馬鹿ではないだろうしもしそれが成功すればどうなるかもわかる事だろう。だとするならば先ほどからこの空間に響く、斬撃の音とは別の、何かが破壊されているような鋭い音。それの正体が謎だ。瀬戸大輝が何かを行っているのは明らかだ。金属を破壊するような音だ。であるならば男が言ったように鉄骨を破壊することでミサイルを崩落させ、誘爆を狙っているのだろうか。いやそれは違う。しかし少なくとも何か兵器、あるいはそれこそ鉄骨のような物を破壊しているのは確実。しかし目的が分からない。男も同様だろう。

 だがそれも直ぐに終わる事になる。いや更に疑問が濃厚なものとなることになった。瀬戸大輝が剣戟を止めたのだ。

「……諦めた、と受け取って良いのかな?」

 鉄骨の砦より降り立った瀬戸大輝は日本刀を鞘に納めながら男から数歩下がった所に立ちはだかった。

 腕を組んだ状態で男を見つめる瀬戸大輝は男の言葉に何の反応も示さない。男もそれを気にもせず嘆息し、言葉を紡ぐ。

「刀を収め、更には拳も降ろしたとなれば降伏と受け取っても良さそうだね。……全くもって失望も良い所だ。いやそれも良いだろう。僕たちの、世界の見込み違いだった。勝手に期待した、期待していた僕たちが悪いね。それは詫びよう。……じゃあ、良いね」

 男は手を広げて瀬戸大輝に歩み寄った。だが瀬戸大輝は右手を突き出す形でそれを制した。

「ん?どうかしたの?」

「いや、お前らがやってる壁を開ける奴。誰でもできるのか?」

「ん?ああいや、まあ基本的には誰でも出来たはずだよ?君の後ろの扉もこっちから見て右手側を触ればどこでも作動するようになってる。それがどうかしたのかい?ていうか開いてるけど」

「いや、ちょっとな……」

 男はそれを聞いて更に訝しげに表情を曇らせたがしかし次の瞬間には驚愕の表情を浮かべた。

「なっ……貴様あ!」

 単純だった。まず男が感じたのはオイルのような鼻を突くような独特の臭い。そしてその匂いに反応して顔を上げた先に、接続部を破壊された鉄骨の城と、それに収納された、後尾部が突き破られたミサイルがあった。そしてその周りには恐らく保管用か予備の燃料オイル。それが入った容器とホースが切り刻まれていた。

 瀬戸大輝はが破壊していたのは鉄骨が本命ではなかったのだ。あくまでもミサイルとオイル缶。恐らく構造の違いを予想したのであろう。いくつか後尾部以外にも乱雑に破壊された箇所があるミサイルもあった。あくまでも鉄骨はカモフラージュ。やはり知恵が浅い瀬戸大輝でも単純な誘爆を望んでいたのでなかったのだ。考えれば当然だ。そんな不確かな方法で命を懸けるを駆けるくらいであれば少し手間ではあるがもっと確実な方法を選ぶのが当然だった。そして男に扉の使用方法を聞いたのも納得が行く。誘爆後、この空間を離脱するためだ。

 男もそれを気軽に喋ったのは迂闊だった。油断した、というよりも既に瀬戸大輝から戦意が失せた物と思ったのだろう。

 だがそれでも男が言ったように入口、いやこの場合出口か、そこは彼らが入った時のまま開かれている。であればわざわざ聞く必要性を感じない。どういうことだ?

 しかし男が瀬戸大輝を焦りと怒りを含んだ表情で睨みつけるが、瀬戸大輝は飄々と耳元に手をやる。そのゴーグルからあの女から特大の大声が響き渡った。

『来た!』

 その声に弾かれた様に瀬戸大輝は男に背を向け、走り出した。橘莉桜より渡されたジッポライターをオイル缶に向けて投じながら。

「大輝!」

「クソ親父!」

 その瞬間この空間に不破真琴、黒崎真狩の二人が飛び込んだ。その顔は全力でここまではしてっ来たのだろう、滝のような汗で濡れていた。体にも多くの傷と血痕が出来ている。相当切羽詰まっていたのだろう。そしてその顔が瀬戸大輝を確認すると同時に一瞬緩むが直ぐに驚愕の表情を浮かべることになる。

 飛び込んで空中に滞空している内に接近した瀬戸大輝に二人とも胸倉を掴まれたからだ。そのまま瀬戸大輝は。

「ああ!」

 二人を放り投げた。外へ。

「お前!何を!」

 身体を回転させて着地した不破真琴は瀬戸大輝に走り寄りながら叫んだ。だがそれを無視して瀬戸大輝は壁を殴った。瞬間、壁が高速で閉じ始める。

 扉が閉まる瞬間瀬戸大輝は小さく笑って。

「          」

 何事かを呟いた。

「最強おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 男の絶叫が響き渡った。

 空間を炎が包んだ。


 瀬戸大輝が選んだのは、勝利と言う名の、自殺だった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


不破真琴と黒崎真狩は息を切らせて階段を駆け上がっていた。もう30分近くは走り続けていた。当然さすがの彼女らでも疲弊している。

先ほど、彼女らが瀬戸大輝に最後に別れた場所でに彼らの姿はなかった。だから今こうして、階段を駆け上っているのだ。

彼女たちが背負っている物は重い。今も階下で戦っているであろう者たちから彼女らは託されたのだ。任せたと。頼んだと。だから彼女らは足を止めない。

いやもしかしたら違うのかもしれない。ただの個人的な感情なのかもしれない。だがそれでも彼女たちの思いは一つだ。

『瀬戸大輝を助けたい』ただそれだけのために。

そしてようやく長かった階段を登り切り光が漏れる大穴、もとい入口に辿り着いた。そこからは男の声と、瀬戸大輝の声が漏れ聞こえている。そこにいるのだ、彼らが。そして彼女らはその空間に飛び込んだ。

その瞬間彼女らは心から安堵しただろう。瀬戸大輝の顔を見ることが叶ったのだから。まだ生きてる。まだ無事でいていくれてる。まだ、戦ってくれてる。そうやって心より幸運だと感じたはずだ。

だがそこで彼女らが胸を撫で下ろす暇はなかった。

まずは疑問。何故瀬戸大輝はこちらに走っている?何故、そんな、全てを捨てたような目で寂しそうに涙を流している?そして何故、こちらに手を伸ばしている?

しかしその疑問は解消されることはなかった。瀬戸大輝のその手が真っ直ぐに、不破真琴と黒崎真狩双方の胸倉に掴みかかったからだ。そしてそのまま走っていた勢いを保って全体重をかけて二人を。

投げ飛ばした。

その瞬間瀬戸大輝の左肩から出血が起こったがそれを機に欠ける時間もなく彼女らは宙に浮き、空間から放り出される。もちろん受け身を取って難なく着地するが安心する場合ではない。どういう理由で彼が彼女らを投げ飛ばしたのかは今は置いておいてまずはあの空間に戻るのが優先だ。

「お前!何を!」

彼女らは走って入口で立ち尽くしている瀬戸大輝に駆け寄ろうとする。だがしかし彼はそれを無視して壁を殴りつけた。その行動に訝しげに眉根を寄せる彼女らであったがだがそうしている間にも壁は扉へと変わり、高速で閉じ始めた。

「な!」

そして扉が閉まる瞬間、瀬戸大輝は小さく、本当に小さくだが笑って。

「大丈夫だよ。ありがとう」

そう言った。瞬間扉は閉まり、再び真っ白な壁へと変わった。そして、衝撃が走った。

あまりにも凄まじい衝撃だった。壁を挟んだ彼女たちがよろめく程に。

何かが爆発したのだ。中で。これほどまでの衝撃波を出す程の大爆発が。

「……何、が」

 不破真琴と黒崎真狩は真っ白な空間で呆然と立ち尽くしていた。

 その視線の先では一部だけ黒く焦げ目がついて拉げた壁がある。瀬戸大輝が、爆発を起こしたのだ。そして

 瀬戸大輝はその爆発から、彼女ら二人を遠ざけた。自分自身を残して。

 瀬戸大輝がいた空間に飛び込んだ際に彼女たちはその空間が広大であったことは認識していた。そして今目の前で拉げている壁を見ればその爆発がどれ程の物だったのか、それがどれだけ絶望的な状況を指しているのかはわかるという物だった。

つまりそれは瀬戸大輝は。

「クソ親父が……死ん」

「なわけあるか!殺すぞ!下らねえこと言ってる暇があったらさっさとそこ壊せよ!」

ついこぼれたと言った風な黒崎真狩の呟きに不破真琴は激昂する。そのまま耳元の無線機に手を当て再び叫んだ。

「こちら不破真琴!戦闘区域にて重傷者の可能性!捜索班並びに救護班を要請する!早くしろよクソったれが!」

怒気荒げに叫ぶ不破真琴の胸中は声のままに穏やかではなかった。絶望、どころか、凄まじいまでの自責だった。

「また……助けられなかった……。まだ。アタシじゃダメなのか。助けられなかった、助け、られなかった」

助けられなかった助けられなかった助けられなかった助けられなかった助けられなかったと呪詛のように呟き続ける彼女の顔から見る見るうちに生気が抜け落ちていく。

彼女はまた、と言った。確かに彼女は過去、もう八年も前になるのか。その時彼女は瀬戸大輝を助けることが叶わなかった。それ故彼女は瀬戸大輝に固執する。瀬戸大輝は不破真琴をどう思っているのだろうか?友人、と言った所だろう。あの瀬戸大輝が特別な関係性を作りたがるとは思えない。だが不破真琴はそれなり以上の思いがあるはずだろう。そうでなければここまで固執する理由がない。

この世界とはそういう物だ。友人知人、必ず誰しもと言って良い程持っているだろう。だがそれでも何かがあればそれを切り捨てる者も多いだろう。そうでなければ自分が死ぬからだ。

まず誰かを守る資格を持つ者とは何より自分を守れなければならない。でなければ全滅する。もしそれでも自分を捨てて何かを守ろうとする者はその通り自分以上に大切なものを持ってしまったのだろう。そういう者は守るべき、守りたい相手を失うかすれば、絶望するのだ。不破真琴はそれだ。その感情が友情か恋愛感情かと聞かれれば明らかに後者だがまあそれは良いだろう。

とにかく今は瀬戸大輝の安否がどうなっているかが重要な所だ。もし、そうまだもしもの段階だ。もし彼が死亡しているのだとしてもそれはやはり確認しなければならない。そして生きているのだとしたら早急に治療を行わなければ危険だ。

「開いたぞ!」

数度の打音の後それを凌駕するような轟音が鳴り響いた。それと同時に強烈な熱風が吹き流れた。それに反応して不破真琴が振り返ればそこには先ほどまで拉げた壁だった部分に大穴が開いていた。黒崎真狩が腕を軽く振りながら不破真琴を振り返る。熱風に対しても物怖じしていない。それらに対しても何かしら体をいじられているのかもしれない。あるいはその体躯を包む赤い衣服に何か仕掛けがあるのだろうか。

「行くぞ」

「……ああ」

不破真琴と黒崎真狩は炎が燃え盛る空間に足を踏み入れた。

「……っ」

そこは赤一色に尽きた。あるいは熱、か。

真っ白だった空間は相当な爆発だったのだろう、壁も地面も、果てには高大な天井すらも赤や焦げ色に塗れ、鉄骨や何かしらの兵器群が瓦礫と化していた。加えて所々で未だに小規模の爆発が起こり、熱波を増長させる。

壁すらも所々大きく拉げるほどの爆発だったようだ。これで人体が消し炭になっていなければ相当な強運か計算力がなければ不可能だろう。あるいは何かしらの隠れ場所や出口がない限り。

だが。

「誰も……いない?」

そう。いないのだ。誰一人として。あの男はこの際置いておくとしても瀬戸大輝の姿すらもありはしなかった。ただ一つを除いて。

「大…輝……!」

突然不破真琴が走り出した。その先にある物を見て黒崎真狩は驚愕した。

あったのだ。二人のどちらの姿も見えないがただ一つ、人間の腕が。

黒崎真狩も不破真琴に追従する様にその全体が黒く焦げ、肌色など切り捨てて良い程しか見えていない腕へ駆け寄った。

「大輝!」

炎を突き抜けながら腕に飛び掛かるように走り寄った不破真琴は急き立てられるような表情でその腕を抱き寄せた。

「大輝!どこだ!どこにいるんだ!いるんだろ!?」

そして腕を抱き寄せながら瀬戸大輝を探して辺りを見渡す。だが当然誰もいない。炎だけが熱風に揺られて靡いただけだった。

「落ち着けって。まだそれがあいつのだって決まったわけじゃねえだろ」

「いや……間違いない。傷の場所があいつのだ」

「傷の場所とか覚えてんじゃねえよ……」

「うるせえ」

不破真琴は瀬戸大輝の物と思われる腕を抱きしめたまま立ち上がり再び辺りを見渡す。だがやはり炎が揺らぐだけで人の気配など感じられない。だがそれも当然だろう。もはやその腕すらも残っているのが奇跡的なのだ。この空間の惨状を見ればどれだけ規模の大きい爆発だったのかは明白。人間など炭素の塊かチリすら残さず消えているのが当たり前だろう。やはり瀬戸大輝は……

「なっ!」

突如として炎が大きく揺らいだ。二次爆発だ。そして既に崩れていた瓦礫が更に崩れ、炎を更に揺らめかせた。だがそれだけではなかった。瓦礫が崩れた衝撃か、更なる爆発の影響か、地面に亀裂が走った。そしてその亀裂が一気に広がり、地面を穿った。

「おいおいやべえぞ!」

黒崎真狩が戦慄した様に慌てて踵を返し、走り出した。不破真琴もそれに釣られて腕を抱えたまま走り出した。だが当然ながらいくら鍛えられ、脚力を極めている彼女らであっても物理現象において超越しているものに勝てるはずはないのだ。彼女らは崩落に巻き込まれた。

「掴まれ!」

崩落し、階下へと落下する瓦礫と共に落ちていく中で黒崎真狩は不破真琴の肩を掴み、その瓦礫を蹴り上がって行く。やはり彼女の身体能力は壮絶な物で女生徒は長身な不破真琴を抱えていてもそれでもお釣りが出るほどの物らしい。

だがそれも続かない。落下する瓦礫を登る、という事は上に行けば行くほど瓦礫はなくなるという事だ。そして当然進む道がなくなれば彼女たちは止まるしかない訳で。そのまま彼女たちは重力に引かれるまま高高度から地面に叩き付けられることになる。

「クッソ!」

空中で体を捻り両手で不破真琴を持ち上げるような大勢になった黒崎真狩はそのまま足から地面に落ちた。

「んん!」

積み重なった瓦礫すら突き破る勢いで地面に着地した黒崎真狩は大股を開いてその衝撃を逃がそうとするがしかし、彼女の足からは鈍い音が響き、彼女に抱えれている不破真琴の体からも骨が軋む音が鳴る。

「「があ!」」

各々出血を起こしながら彼女たちは地面に倒れ、身を震えさせる。

「くっ、がは!」

だが痛みに身を委ねている時間はない。崩落は一度では済まない。崩落は崩落を呼ぶのだ。

先ほどまで彼女たちが立っていた床だった部分、もう壁というべきか。そこに再び亀裂が走っていた。すぐにでも崩れるだろう。早く逃げなければ潰されてしまうだろう。

「早く離れるぞ!そろそろやべえ!」

彼女たちは足や肋を意識した動きで緩慢な動きで歩き出す。足を引きずるような動きで走る彼女達であったが無情にも崩落は再び始まる。彼女たちの真上からは巨大な瓦礫群が降り注いでくる。

「走れ!もうすぐだ!急げえ!」

黒崎真狩が走りながら一点を指さした。少し先のそこには大きく開かれた、おそらく車両用であろう出入り口があった。そこまでたどり着かなければ瓦礫の下敷きだ。

二人は必死に崩落の波から逃げる。髪の悪戯とでも言うのか瓦礫の大半が不思議と彼女らの周辺にのみ集中している。このままでは確実に死ぬ。瓦礫が重なってしまえば逃げ道が断たれてしまうのだ。だから彼女たちは否が応でも真っ直ぐに進むしかないのだった。

「飛べ!」

ようやく出口手前までたどり着いた所で黒崎真狩が吠えた。それを合図に彼女らは倒れ込むようにして出口の外側へと飛び出す。だがそれでは安心できない。直ぐに身を起こし、後方を確認する。だが後方ではなく再び彼女たちの頭上から大きな音が鳴り響いた。

驚いて上を見上げた彼女たちが見たのは中ほどに巨大な大穴が開いた塔だった。真っ白なその塔の中間辺りだけが真っ赤な火を噴き出している。そしてその炎が一層揺らめくと爆発した。

「くっ」

その爆発によるものだろう、塔は同じく中程から亀裂が走り。

折れた。

それは黒崎真狩らの反対側へと倒れていきて決壊した。炎と煙を撒き散らしながら戦場に倒れたのだ。当然そこには多くの人間が戦っていたはずだ。そしてあの彼らは、死んだのだろう。痛みを感じる暇もない程一瞬で。見れば塔が倒れた場所には大きな血だまりと肉片が飛び散っていた。

あまりにも凄惨な光景だった。塔の崩落による損害もそうだがその他の被害も甚大のようだった。敵味方問わず動きが鈍り、どころか死んでこそいないが力尽き、倒れている者の方が多いくらいだった。不破真琴らが戦場を離れたほんの半時間程の間に戦場で激的な変化があったようだった。

「大輝……どうすりゃいいんだよ。アタシらは、どうしたら良い……?」

漏れ出たようにそう言った不破真琴の表情に影が差していく。

恐らくこの戦争はギリギリラインで勝利を収められるのだろう。だがそこに、その時に彼がいなければ二人には何の益もないのだ。それではダメなのだ。

もしかしたら彼女たちに限らずそうなのかも知れない。きっと瀬戸大輝に対して何かしらの感情を向けているのは彼女らだけではないのだろう。


英雄の存在が、勝利を、勝利としてくれるのだ。

つまりこの戦争は勝つと同時に、負けたのだった。



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