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Hand in Hand  作者:
六年前 終結編
15/60

参戦

 そこは広大な空間だった。真っ白でそれでいて広い。その空間で何万と言える人間が血を血で洗うような戦闘を繰り広げていた。しかし野外ではない。ここ『特区』はとある県の地下にある研究機関だ。しかし地価と言う感じがしない。広大な空間には天井と言える物も見えるがしかしあまりにも高い。そのまま空と言っても申し分ない程の高度だ。天井どころか壁と言える場所にはガラス張りの窓のような物まで見える。恐らくここは訓練場や広域実験尾使われている区画なのだろう。だがこれだけ広大なこの空間はあくまで特区の広大な敷地の一部でしかない。特区にはさらに地下があり研究階層、居住階層などがいくつもあり地上と同じように当たり前に『国民』が生活、仕事に従事しているのだ。

「はあ……はあ……」

 そんな空間で男は絶望していた。目の前の男との圧倒的なまでの実力差に。この世界で生きてきて二十数年。これほどまでの実力を持った人間を男は一人しか見たことがなかった。人類最強と言われ、世界中の人間から恐れられている一人の青年だ。彼と過去に一度だけ戦闘を行った事があるがその際にも圧倒的な実力差を見せつけられた。日本刀を使い空を駆けるようにして戦う姿には歓喜すら覚えた。表情一つ崩さずに敵を薙ぎ倒さんとする彼はあまりにも強すぎた。

 男は顔を上げて眼前に立つ男を睨みつける。特区の制服である純白のコートに中肉中背の身を包み、今が戦闘中とは思えない程飄々とその場に真っ直ぐに立つ男は若かった。恐らく十代後半。黒く、長くもなく短くもない髪。感情がないかのように、それでいて微笑を浮かべている薄っぺらい顔。そんな若い青年に男の部隊は蹂躙された。当初四十名から成されていた部隊は見る影もなく残すところ十数名となっていた。それもほんの数分の出来事だった。しかしその青年に不思議とあの青年と同じようなものを感じた。それどころでないのも分かっているし何がどう同じなのかを聞かれても答えられないが妙な同属間を覚える。一度しか顔を合わせたことがないから勘違いかも知れないが、しかし妙に近しいものを感じる。それに実力も恐らくは同レベルだろう。いや人類最強は負傷していると聞いた。であればコンディション的には分が悪いのか……

「!?」

 そんな事を考えていると少し離れたところで何やら大きな爆発が起こった。その辺り一帯では悲痛と、それから歓喜だろうか?複数の感情が混在する叫びが舞起こった。

 なんだ?新手か?特区製の兵器でも出されればこの状況は一気に潰されることになる。ただでさえ押されているのだ。これ以上悪化してほしくないものだ。

 そもそも眼前の人物は何者だ。実力は人類最強と同格。だというのにこの青年を見たことも聞いたこともなかった。噂程度にもだ。それはそうそうあり得ないだろう。実力を持つものは自然期待と同時に警戒の目を向けられるのだ。故に敵味方関係無しに情報の一切を隠すのが難しくなる。よほど外界との接触を避けない限り不可能だ。いくら『外国』との接触を避けている特区であっても限界がある。事実特質した秘匿事項であるはずのオールラウンダーの存在並びに容姿等も周知に近い程だ。だというのにこの青年には一切の覚えがなかった。

「貴様は何者だ!」

 男は心中の疑問をその一言に全て載せて叫んだ。しかし青年はその叫びを全く意に介さずどころか視線すら他所に向けている。それ以上に興味を引く存在があるかのように。

「来たか」

 青年はそう呟きながら少し遠くを見続ける。釣られて男もその視線の先を確認すると先ほどの爆発が起きた方向だった。あそこに何があると言うのだろうか?やはり特区製の兵器、あるいは完成形か。それだけは来て欲しくなかったのだが。

 そうこうしている内に青年は踵を返してどこかへ向かおうとしていた。それを男は慌てて止める。

「待て!行かせると思うか!」

 その言葉に反応した青年は半身だけ向けるように振り返った。しかし何かをするでもなく口を開くでもなくただ小さく、笑った。それから青年は口を開いた。

「待っていたよこの瞬間を。六年前からこの瞬間だけを待ち望んであの男を殺したんだから。早く辿り着けよ、後継者」

 その言葉にしかし男は首を傾げた。いったい何を言っている?待っていた?六年前?殺した?何の話だ?六年前の大戦の話をしているのか?誰を殺した?あの男?……まさか初代最強か?いや待てそうとは限らない。確かにあの大戦が起こったのは六年前だ。しかしそれ以外にも大きな出来事などいくらでもあった。故に断定するのは早計だ。だがそうとしか考えられないのではないか?後継者とも言っていた。先ほどの爆発が起きた方を向いてそう発していたという事はあそこにいるのは人類最強の青年という事か?なるほど敵戦力ではなかったようだ。それは心より安堵する。しかしやはりそれ以上にこの青年の言動は不可解だ。もう少し情報を聞きださなければ。

「待て!それはどういう」

 踵を返して再び歩き出そうとした青年の背中に向かって叫ぼうとするがそれは爆音によって遮られた。驚いてそちらを確認すると爆炎の中白いコートに身を包んだ集団が広がっていた。大隊クラスの人数。どれだけの数がいるというんだ。

「!?」

 我に返り青年をがいた方を振り返るがしかしそこにはもう影もなかった。今の一瞬で逃げられてしまったようである。

「まだ間に合うかもしれない。お前ら行くぞ!」

「隊長!」

 青年を追おうと同じ隊の部下たちに声を張り上げた瞬間眼前に黒い影が落ちた。敵だった。白コートを着た男か女かもわからない人物が銃のような剣のような物で殴り掛かって来ていた。それを自分の武器で受け止めて鍔迫り合いになる。

「ぐっ」

 しかし体力の消費が激しいのかそれとも特区特有の増強によるものなのか凄まじい力で押されていく。このままでは負けてしまう。それはダメだ。男には妻と、まだ生まれて間もない娘がいるのだ。まだ物心すら芽生えていない歳の子供を残して死ねるはずもない。この戦争も生き残って帰らなければならないんだ。こんな所で死ぬわけには絶対に行かなかったのだ。

 しかし現実は無情にも男を追い詰める。敵は男を押しつぶすかのように武器を押し付け、男はとうとう片膝をついてしまった。周りを見渡しても他の隊員も同様の状況らしく戦闘を開始しており到底助けが望める状態でもなかった。このままでは殺される。そう思った瞬間だった。

「がっ!」

 一瞬敵のとは違う影が一瞬だけ視界を通り過ぎその影は敵の上を通過する。その影は回転しながら何かを振るい、敵の首にぶつけた。瞬間敵の首に後ろから噴水のような出血が起こった。敵はそのまま崩れ落ち、絶命した。敵が倒れたことにより広がった視界で確認すると丁度影は地面に着地したところだった。しかしその影は立ち止まることはなくそのまま突き進んでいく。

「人類…最強……」

 そう。あの影の正体は人類最強であるあの青年だったのだ。黒いスポーツ向けの衣服、俗にいうジャージに身を包み、右手には日本刀を握っている。あの青年はすれ違いざまに空中で敵に回転切りを見舞ったのだ。彼はそのまま敵の軍団の中を突き進んでいく。斬りつけ、飛びかかり、殴り、蹴り、道を切り開いていく。その様相はまるで英雄だった。どれだけ絶望的な状況であろうと覆さんとするそんな物をあの背中から感じる。

「……!」

 人類最強が進んだ道はそこだけは嘘のように開けていた。先ほどまでの軍勢が嘘のようだ。そして人類最強はその道を突き進んでいく。走りながら彼は日本刀を持っているのとは逆の方を天高くつき上げた。まるで自分の存在をアピールするかのように。もう大丈夫だと言うように。

「……」

 あんな子供がだ。彼は確かまだ十八にもなっていなかったはずである。にも関わらず彼は年齢以上の事をして見せている。それを見て大人が黙っているわけにも行くまい。

「最強が来たぞ!子供にばかり良い格好させてたまるか!こっから巻き返すぞお前ら!!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」」」

 戦場に絶叫が響き渡る。しかしそれは絶望によるものではなかった。全てを照らすかのような希望を得た、そんな歓喜、感動に満ちた声だった。

 英雄が、仲間を奮い立たせる。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お?兄ちゃん来たん?」

 少女、西村樹(にしむらたつき)は耳に装着されている通信機に手を当てて言う。

 まだ14と若いがしかし真っ直ぐとして活発そうな顔立ち。黒く肩ほどにまで伸ばした髪を側頭部で小さく結わえているのが更に活発さを表していた。そんな体は空手だと思われる道着に包まれている。普段は真っ白であろうその道着は返り血で赤く染まっていた。しかし彼女自身に負傷は見受けられない。彼女の実力を物語っているようだった。

『……うん。まだ体の調子悪いけど無理して来てくれてるみたい…』

 通信機から大人しそうな声が響く。

 通信の相手は樹の双子の妹、西村花(にしむらはな)だ。見た目は樹と同じくらいまで伸ばした髪を結わえていないという部分以外には瓜二つ。しかし性格は全くもって正反対のそれだった。姉の樹は奔放そのもので、逆に妹の花は酷く大人しい。いや臆病と言っても良いかもしれない。人前に出ることを何よりも嫌い、もちろん人殺しなど以ての外だ。故に彼女はまだまだ未熟ではあれど普段よりオペレーター業務に駆り出されているのだ。

「ま、兄ちゃんなら平気だろ。とにかく今この状況をどうにかするのが先決。だろ?龍哉(りゅうや)の兄ちゃん」

「へ?」

 体を伸ばしながら樹に声をかけられた茶髪の男は間抜けな声を上げる。

 城戸龍哉(きどりゅうや)。十六と言う年齢にしては身長はあれど体格は少し小柄に見える。まるで必要最低限の運動しかしていないかのように華奢だ。肌も長く外出していないかのように色白だ。

「あ~そうっすね。先輩が来てくれただけでもこの状況は好転すると思うっすよ。……正直早く帰ってゲームしたいっす。ソシャゲのイベントが……」

「出たよゲーマー……」

 樹は呆れたようにため息をついた。樹が言ったように彼は超が付くほどにゲーム好きである。一日中家に籠ってゲームをしているため外出など滅多にしない。学校と仕事、ゲームの発売日以外にはなかなか外に出たがらないのだ。しかしそれは彼に限った話ではない。上位クラッカーである片桐椎名(かたぎりしいな)も同様に一日中部屋に閉じこもりPCに向かっている。瀬戸大輝すらも基本的には外出を嫌う傾向がある程だ。やはり暗がりの住人。物理的な日の光も嫌うようだ。

「まあでも早く終わらせれば早くゲームできるぜ?だから早くやっちまおうぜ。真打の活躍を支えるのも正義の味方ってもんだ」

 越しに両手を当ててそういう樹に城戸は「中二病っすね~」とはにかむ。

 彼女、いや西村姉妹は事あるごとに問題事に首を出しがちである。例えそれが自分たちに全く関係ない物事であったとしてもだ。いや姉妹と言ってしまうのは間違いか。主に首を突っ込んでいるのは樹の方なのだから。花の方は近くで終始オドオドしているだけだ。全く面倒な姉をもって妹も大変であろう。しかしそんな事を気にもせず、まして臆することもせず樹はこういうのだ。

「正義の味方は悪者をほっとくわけにはいかねんだ」と。

 故に彼女は戦うのだろう。自分が信じる正義のために。その「正義」がどれだけ自分本位で、危ういものだとしても。いつかそれに気付く時が彼女の人生の転機なのだろう。しかしまあそれはまた別の話だ。

『樹ちゃん……』

「わーってる」

 妹の声に反応して樹は拳を突き出して構えを取る。眼前には敵の増援が迫っていた。城戸も同様に構えを取る。

「ゴゥッ」

 樹の短い声と同時に二人は動き出す。樹が敵に殴り掛かろうと跳躍する。しかしそれは叶わなかった。

「え?」

 眼前にいた敵たちが何者かによって殴り飛ばされたのだ。

 何事かと思い見てみると敵を殴り飛ばしているのは顔を大きく歪めて笑っている女、楓だった。

「とっとと」

 動作を無理矢理中止させられた樹はバランスを崩して片足歩きになってしまった。しかしそこを狙われるという事はなかった。絶好の隙ではあったが近場にいた敵全てが一瞬で楓の連撃により吹き飛ばされたからだ。楓はその後も魔を開けることなく敵をなぶり殺しにしていく。

「樹、無事だったのね」

 狙撃銃を背中に回しながら駆け寄ってくる女性が樹に声をかけた。

「ありゃ、音遠(ねおん)の姉御、と莉桜(りお)の姉御」

「姉御っていうなガキンチョ」

 駆け寄ってきたのは片ノ坂音遠(かたのさかねおん)橘莉桜(たちばなりお)だった。確かこの二人は別動隊として他の区画を戦闘区域としていたはずだが戦況が落ち着いたのだろうか?いやもしかしたら戦闘狂の楓が駄々をこねたのかもしれない。……有り得そうだ。

「状況が変わったわ。すぐにこの場を離れるわよ」

 恐らく樹の表情から疑問を感じ取ったのだろう、片ノ坂がそう言ってくる。樹は更に不思議に思った。

「どういうことだ?兄ちゃんが来たんだろ?だったら援護に回らないと」

 樹のその提案に片ノ坂はしかし首を横に振った。

「だからよ。あの子は対多勢戦闘向けよ。だから私たちがいると却って邪魔になるの。それにあの子がやるべきは敵の根幹を叩くことよ。だから私たちは雑兵を出来る限り捌くのよ」

 確かにと樹は頷く。人類最強と言われる彼は日本刀を武器として扱う。故にどうしても接近戦となる。それはつまり敵と顔を合わせて戦うことになるのだ。その中で他の誰かが援護するとなるとそれを意識しながら戦うことになる。銃などの遠距離武器など以ての外だ。射線を常に考えて動かなかければならないのだ。唯一援護しても動きに問題が出ないのは同じく近距離戦闘を行う者のみだろう。しかしそれもかなり熟練された信頼関係でないと不可能だ。お互いの背中を任せると言うのか、それほどまでに相手との信頼がなければ。

「それにもしかしたら敵から何かの動きがあるかもしれない。まだオールラウンダーや他の兵器も出てきていないわ。それが出てきたときに対処するのが私たちの役目。あの子には何も背負うことなく戦ってもらわなければならないわ」

 彼女は神妙そうにそう言う。どれだけ疲弊していようとさすがは元軍人と言うべきか。自分がするべきこと、また他の誰かがするべき事に準じて動く。的確な役割分担だ。樹もそれを聞いて頷く。まだまだ幼く経験も浅い彼女はしかし素直だった。中には焦れったく思い反感する者もいるだろうが状況も状況だけに彼女は素直に頷いた。いや状況だけではないだろう。樹が片ノ坂音遠の実力を知っているからこそだ。それほどに彼女の成績は高いのだ。

「わかったよ。じゃあアタシらは敵の増援に備えれば良いんだな?」

 樹の了承の言葉に片ノ坂が頷いた瞬間、城戸が声を発した。

「あ、先輩だ」

 少し間抜けな風に発した言葉にその場にいた全員が一斉に振り返った。その視線の先で一人の青年が駆けていた。人類最強、瀬戸大輝だ。黒色のジャージに身を包み、顔半分はゴーグルで覆っている。右手に持った日本刀で絶えず敵を薙ぎ倒しながら突き進んでいく。その姿を見て樹は思わず叫んだ。

「兄ちゃん!」

 すると瀬戸大輝は少しだけこちらを振り返るがしかし立ち止まることはなく代わりに左腕を高く突き上げた。

「道を開けろお!」

 橘が瀬戸大輝の姿を確認した瞬間叫ぶ。二丁拳銃で持って瀬戸大輝の前方を塞ぐ敵を次々と撃ち抜いていく。それに次いで片ノ坂も同様に狙撃銃を構えて狙撃を開始する。しかし橘と違って瀬戸大輝の前方を打つという事はしなかった。もっと遠くの敵を撃ち抜いていく。だがただ撃っているという感じではない。恐らく計算しているのだろう。片ノ坂が一発、また一発と発砲する度に敵の隊列が乱れていく。樹と城戸も近場の敵を薙ぎ倒し、少しでも敵の注意を引こうと動き、それを花が通信でサポートする。そのおかげか目に見えて敵の隊列は崩壊を始めた。隙間だらけになった敵を縫うようにして瀬戸大輝は進んでいく。

 しかし。

「!?」

 爆音とともに突然上空から瓦礫が降り注いだ。敵味方問わず突然の脅威に慌てて回避行動を取る。しかし瀬戸大輝だけはそうはしなかった。瓦礫を避けようともせずただ一点だけを睨みつけていた。

「兄ちゃん?」

 何だと思い樹がその視線の先を確認すると恐らく何かしらの監視部屋だったのだろう。壁が破壊されて露わになった小さな空間が見えた。加えて土埃で確かではないが辺りで慌てて逃げ惑う敵と同じ装備の人間たちが立ち並んでいる。敵の増援だろう。しかし一人だけ違う格好をした人間がいるように感じる。土埃が徐々に晴れてその姿が明らかになった。

 赤い髪。神と揃えた様に赤い衣服。小柄な体躯。先日瀬戸大輝を撃退したと言われる少女、黒崎真狩(くろさきまかり)だ。瀬戸大輝は彼女が立つ場所をじっと睨みつけている。同様に彼女の方も瀬戸大輝を感情の無い目で笑いながら睨みつけている。周りは瓦礫の襲撃により隊列は大きく乱れ見る影もなかった。どころか瓦礫に潰されてしまった者や潰されていないまでも腰を抜かせて倒れてしまっている者までいた。そんな空間で彼らは睨み合いを続ける。

「ちょっと。あの子供はいったい何だって言うの?正体が分からなければ勝てるかどうか……」

 体勢を立て直した片ノ坂が瀬戸大輝に言葉を投げる。しかし瀬戸大輝は彼女から視線を外すことなく睨み続ける。さすがに怪訝に思ったのか片ノ坂がもう一度口を開こうとした瞬間瀬戸大輝は小さく口を開いた。

「俺の……娘だ」

「え……」

 その言葉を聞いた瞬間全員が固まった。当然だ。娘?瀬戸大輝の年齢を考えればありえない話ではないがしかしあくまで『娘がいる』という可能性についてだ。しかしあれはどう見ても赤ん坊には見えない。どれだけゆとりを持った逆算をしても年齢的にはありえないのではないか?しかしそんな事を考えている暇を敵は与えてはくれなかった。黒崎真狩が降下したのだ。釣られて他の人間たちも降下を始めた。黒崎真狩は大きな音を立てて着地する。その顔は瀬戸大輝にのみ集中していた。まるで他の者になど興味がないかのようだった。他の者など虫けらだと。いつでも潰せると、そう言われている気がした。

 それに黙っていない者がいた。

「その顔忘れてねえぞ。あいにく私は子供が大っ嫌いなんだよ!」

 楓だった。楓は怒りと悦楽。二つの感情を露わにした表情で楓に向かって歩いていく。それに触発されたように樹らや敵部隊は行動を開始した。再び戦闘が始まった。360度全ての方向で殺し合いが巻き起こっている。そんな中で瀬戸大輝だけは変わらず黒崎真狩を睨み続けていた。しかしそれは楓が黒崎真狩に殴り掛かる事で遮られることになる。

「おらあ!」

 楓はマーカーを握り締めた拳で黒崎真狩に殴り掛かる。しかし彼女はそれを物ともせず片手で受け止めた。二人は顔を触れ合うほど近付けて睨み合う。片や感情の無い瞳で。片や悦楽に歪んだ瞳で。

瀬戸大輝がそれでも黒崎真狩を睨みつけていると敵がそれを好機と見て攻めてきた。黒崎真狩に意識を投げてしまっていた瀬戸大輝は一瞬だけ反応が遅れてしまった。長刀を持った男が眼前に迫る。しかし一瞬遅れたとは言え彼の敵ではなかっただろう。既に抜刀していた彼の剣速であれば一瞬の遅れなど取り戻すのは容易だ。

だが。

「邪魔すんなコラぁ!」

眼前の男は橘の蹴りのより吹き飛ばされることになった。橘はその勢いのまま瀬戸大輝の背中に回って構えを取る。まるで背中を守るように。ここは引き受けたと言うように。

「余計な体力使ってんじゃねえ馬鹿野郎」

一言悪態をつくと橘は背中越しに何かを差し出してくる。瀬戸大輝が横目で確認すると橘の手には煙草とジッポライターが握られていた。

橘はニヤリと笑って口を開く。

「行けよヒーロー。勝ってこい」

「……」

その言葉を受け止めて彼は無言でそれを受け取り懐にしまう。それを背中越しに確認した橘は振り返らず瀬戸大輝の背中を拳で叩くと一歩前に踏み出した。

「行けえええええええええ!」

橘が叫ぶと瀬戸大輝もまた振り返ることなく走り出した。終わらせるために。勝つために。様々な思いを背負って。

瀬戸大輝が離れてから橘は大きく深呼吸をした。そして口を開く。眼前には無数の敵が集合していた。

「ここは通さねえぞ。後輩の見せ場整えんのも軍人の常識だ。……らぁ!」

橘は突き進む。後輩が何も思うことなく戦いに集中できるように。

これがこの世界の大人たちだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


瀬戸大輝は階段を駆け上る。その顔に迷いはなかった。彼は確かに負傷していた。いくら黒井の技量が優れているとはいえ無茶をすれば無意味だ。事実瀬戸大輝の体、特に左肩から血が滲んでいた。彼はつい三日前に左肩を切断され、更には胸を抉られたのだ。常人であれば動けるはずもない。どころか死んでいてもおかしくないのだ。しかし彼はそんな事は関係無しと走り続ける。自分一人の体で済むのであればやるべきなのだ。この戦争が何を目的とした物なのかはわからない。しかしここで敗北したとなれば特区は今まで以上に勢力や実権を拡大させるだろう。最悪日本と言う国家が制圧されないとも限らない。そうなれば表側もどうなるか分からない。特区は酷く残虐だ。瀬戸大輝がこの世界に入ってから約一年間は特区に収容されていた。そこで行われたのは実験に次ぐ実験。子供相手にするものではなかった。今以上にそのような人間を増やすわけにはいかない。特区を完全に壊滅させるのは現段階では不可能だ。それほどに特区の影響力は大きい。しかし現状を保つことはできる。これ以上悪化させない。歯痒いがそれが今できる最善だ。だがいつかは特区を壊滅させてやるつもりだった。何年先だろうと、たとえ自分が死ぬことになろうと。構わなかった。ただ本当にもう誰か身近な人が死ぬのだけは避けたかった。だから自分が行くんだと。瀬戸大輝はそう思った。故に彼は立ち止まった。そして睨みつける。眼前の敵を。

「待っていたよ。後継者」

若い男だった。恐らくは瀬戸大輝と同年代。中肉中背の体躯を特区の制服に包むみ、飄々と風を受け流すように微笑みながら瀬戸大輝の睨みを受け止める彼はそう呟いた。

「お前の目的はなんだ。何故こんな戦争を起こした」

男の言葉を無視して瀬戸大輝は変わらず睨みつけながらそう問うた。しかし眼前の男はうんうんと頷くだけで口を開こうとしない。ただ微笑みながら瀬戸大輝を見つめているだけだ。

「……」

瀬戸大輝はゆっくりと日本刀を引き抜いて構えを取る。しかしそれに対してすら男はクスクスと小さく笑うだけで何もしない。危機感がないのか、それとも取るに足らないと思っているのか。しかしその余裕が却って眼前の男の実力を物語っている気がして瀬戸大輝も迂闊には動けなかった。その瀬戸大輝の反応に何かを思ったのか男がようやく口を開いた。

「その様子じゃ僕の事、覚えているようだね」

「……」

忘れるはずもなかった。六年と言う月日が経っていたとしてもその顔ははっきりと覚えていた。六年前御山剣璽(みやまけんじ)を殺害し、大戦争のきっかけとした男。いやそんな結果的な記憶の仕方ではなかった。もっと感情的な、恨みと言うべき物の記憶だった。瀬戸大輝にとって恩人以上の存在であった男。いや瀬戸大輝だけでなく世界中のあらゆる人間から慕われ、好かれていたのだからあの男の死を悲しく思うのはそれだけの多くの人間がいることになる。人類最強以外にも「希望」とまで言われた男だった。そんな彼を殺害せしめた相手。様々な感情が胸中で渦巻いていた。しかし瀬戸大輝は努めて冷静に男と対峙する。

「降伏しろ。そうすれば殺しはしない。後で拷問くらいはされるだろうがな」

瀬戸大輝のその言葉にしかし男は肩をすくめて見せるだけだった。

「降伏?君は状況が理解できていないのかな?こっちの戦力はまだ半分にも届いていない。比べて君たちはどうかな?ジリ貧になるまで押されている。オールラウンダーはまだ出ていないと言うのにだ。君たちに勝ち目はない。違うかな?」

男はクスクスと笑って見せた。しかしその目には感情と言う物の一切が見えなかった。まるで機械のようにただ動いているかのような印象を受けた。そんなところに不思議と瀬戸大輝は自分と似た物を感じていた。鏡越しに自分を見ているかのようなそんな感じ。あの夢のようにひどく嫌気分だ。しかしそんな感情をおくびにも出さずに瀬戸大輝は男に問い続ける。

「お前は何者だ。名を名乗れ」

その問われた男は一瞬だけきょとんとした表情を浮かべた。しかしすぐにまたクスクスと笑う。そしてその表情のまま言葉を発する。

「僕の名前は御山剣璽(みやまけんじ)だよ」

その瞬間瀬戸大輝は眼前の男に飛び掛かっていた。日本刀を振りかぶりながら一瞬で男の前まで移動する。日本刀の刀身が男の顔に直撃する瞬間、しかし刀身が血で濡れるという事はなかった。男に柄を握られて受け止められたのだ。瀬戸大輝は男と対峙しながら今度こそ怒りのこもった声で問う。

「ふざけるのも大概にしろよ。早く名を名乗れ」

あの男の名を言われたことに対して瀬戸大輝は今まで感じたことのない怒りを覚えた。しかし男は悪びれもしない。肩をすくめるだけだ。

「名乗れと言われてもね。悪いんだけど僕には名前を与えられていないんだ。だから名乗る事は出来ないよ。それに」

男は一度言葉を区切ると柄を握っている腕を引き寄せた。そしてその勢いを利用するようにして瀬戸大輝の胸部に蹴りを放った。

「ぐっ!」

傷口に対する一撃による激痛で瀬戸大輝は踏ん張ることできず吹き飛ばされてしまう。受身を取って着地をするがしかし激痛から片膝をついてしまう。その時に胸と口から出血が起こり地面に数滴血の雫が落ちた。瀬戸大輝が激痛に耐えながら顔を上げると男は言葉の続きを発した。

「君の敵は僕じゃないしね」

瞬間壁が爆発した。いや違う。これは爆発じゃない。恐らく再び純粋な力技だ。土煙の中小さな人影はゆっくりと進み出てくる。赤く、それでいて紅い。『狩り取る者』黒崎真狩。

「置いていくんじゃねえよ馬鹿が」

彼女は感情の無い瞳で瀬戸大輝を睨みつけた。

「それじゃあ僕はここで。早く辿り着けよ後継者」

男のその言葉に反応して振り返ると男は瀬戸大輝に背を向けこの空間を離れようとしていた。壁に手を当てるとそこが切り抜いたように扉になりその中に入っていく。

「待て!まだ終わってねえぞ!」

男を止めようと瀬戸大輝が手を伸ばす。しかしそれは黒崎真狩によって遮られる。

「置いてけぼりの次は無視かよ。連れねえ男はモテねえらしいぞ?知らんけど」

黒崎真狩によって腕を押さえつけられる。何という怪力だ。腕が握り潰されそうだ。しかし黒崎真狩はそうはせず、変わりに瀬戸大輝の腕を引っ張って無理矢理に放り投げた。

「なっ」

子供の成せる技ではない。体重差を完全に無視した力業。もはや怪獣だ。度を越している。

受身を取って着地すると黒崎真狩はゆったりと瀬戸大輝に歩み寄ってくる。

「たまには家族サービスしろよ。なあ!」

叫ぶと黒崎真狩は足を大きく振り上げてかかと落としのように再び足を地面に叩き付けた。瞬間地面に大きなひび割れが起こった。黒崎真狩が踏みしめた場所など陥没しているまである。辛うじてバランスを保ちながら瀬戸大輝は小さくつぶやく

「……行くぞバカ娘」

化け物同士の親子の戦いが始まる。


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