親子喧嘩
最近応援してくれる方が増えて嬉しく思います。まだまだ足りない点等あると思いますがよろしくお願いします。ご指摘、ご感想もらえると喜びます。
ではお願いします。
業務記録用カメラが真っ白で広大な空間を撮影している。そこには二人の人間、いや二匹の化け物を映し出していた。黒色のスポーツ向けの衣服に身を包み顔半分を無骨なゴーグルで隠した青年、瀬戸大輝。乾いた血のような髪色の彼の髪が大きく揺れる。その手には日本刀が握られていた。その間近には瀬戸大輝同様以上に赤く、紅い髪色の少女、黒崎真狩。髪色と合わせるように赤い衣服にその小柄な体躯を包んでいる。しかし瀬戸大輝と反対に彼女はその手に武器は握られていなかった。拳を握り、振り上げる。
その空間には剣戟の音と爆発音のような音のみが響いていた。瀬戸大輝による斬撃と黒崎真狩の拳による爆音だ。二人はお互いに一切顔を外すことなく睨み合いながら攻撃を繰り返す。既にこの光景は五分以上続いている。それでも彼らは疲弊して攻撃が緩むどころが時間が一秒、また一秒と経過するに連れむしろ鋭さを増していく。瀬戸大輝が、黒崎真狩が剣を拳を振るう度に空気が振動している。いや悲鳴を上げていると言うべきか。軋むように爆音を叩き付けている。
「ふっ」
黒崎真狩が高く跳躍し瀬戸大輝の顔面に回し蹴りを見舞う。それを瀬戸大輝は体を地に伏せるようにして避ける。瀬戸大輝はそのまま起き上がる勢いで日本刀を振り上げ、未だ宙に浮いている黒崎真狩を撃ち落とさんとする。しかし黒崎真狩はそれを空中で体を回転させることでやり過ごして着地する。
そして再び永遠のような叩き合いが始まる。瀬戸大輝は日本刀を振るい、黒崎真狩は拳を振るった。まるで今までの人生の何かを取り戻すかのように。お互いがただ無言で、それでいて相手の顔を真っすぐに睨みつけお互いを殺さんと体を振るう。殺し合い、潰し合う。彼らは敵同士だがしかし、親子でもあった。いや書面的な、法律的な親子ではないだろう。しかし生物学的、遺伝子的に親子だった。特区の実験、研究のよって瀬戸大輝、不破真琴の血、遺伝子を使って製作、産出されたのが彼女、黒崎真狩だ。故に彼ら彼女らは列記とした親子なのだ。だからこそ彼らは殺し合うのだろう。お互いの感情をさらけ出すように。
黒崎真狩の横蹴りを瀬戸大輝はその下に滑り込むように避ける。その勢いを乗せて瀬戸大輝は体を浮かし、自分に背を向けている黒崎真狩の頭頂部に斬撃を見舞おうとする。しかし黒崎真狩は一瞬で振り返り拳を瀬戸大輝にぶつけた。腹部に対して肘を曲げて引っ掛けるようにして横から入った拳に瀬戸大輝はそれだけで吹き飛ばされてしまう。それと同時に瀬戸大輝の腹部から嫌な音が響き渡る。先の戦闘でダメージを受けた肋骨を再びやられてしまったようだ。しかし瀬戸大輝は顔はしかめるが動きを鈍らせることなく受身を取って着地する。そして間を開けることなく黒崎真狩に突撃する。
「ああ!」
黒崎真狩目掛けて一瞬で駆け寄り瀬戸大輝は左腕で拳をぶつけた。その拳が顔面に直撃した黒崎真狩はやはり体重か、あっけなく吹き飛ばされてしまう。しかしその拳によってダメージを受けたのは黒崎真狩だけではなかった。瀬戸大輝の左肩から少量の出血が起こった。先の戦闘により黒崎真狩に切断された左肩だ。いくら繋がっているとはいえ表面的だ。中身までが完全に繋がるには三日と言う時間はあまりにも少なすぎる。ちょっとしたショックだけでも外れかねない。だというのに日本刀ではなくあえて左腕を使用したのには恐らくこの戦いが、黒崎真狩がそれほどまでに際どい戦いという事なのだろう。化け物対化け物。どちらも力の調整はしても、油断はしないだろう。彼らの拳や日本刀とは別に彼らの心情により空気が張り詰めているように感じる。悲鳴を上げているのだ。
「クソ親父があああああああ!」
黒崎真狩は着地すると同時に瀬戸大輝に鋭い眼光を向けて絶叫する。
瞬間黒崎真狩は地面を踏み砕く。地割れのように地面はひびが入りそれがみるみる広がっていく。瀬戸大輝はそれを避けるでもまして慌てるでもなく、ただ黒崎真狩を真っ直ぐに睨みつける。そして叫ぶ。
「ああああああああああああああああ!」
そして二人はお互いにお互いを潰さんと走り出す。顔面が触れ合う程の接近しそして、激突した。拳を振るい、日本刀を振るい、絶叫する。
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」
瀬戸大輝、黒崎真狩。どちらも相手の目から一瞬たりとも目を離さず睨み合いながら殺し合う。もはや回避と言う選択肢などなかった。ただ相手を潰すことだけを思って体を振るった。自分の子供を殺すために。自分の親を殺すために。殺し合った。絶叫し、お互いを殴り続ける。辺りには血が飛び舞い、地面を、壁を赤く染めていく。それでも彼らは止まらない。目を相手の目から一瞬たりとも外したりはしない。ただ戦い続ける。
彼らはいったい何を思っているのだろう。ただ一心に戦い続けている彼らの相手は自分の親、子供だ。いくら今まで何の接点も、そもそも認知すらしていなかったとはいえそこは変わらない。普通の人間であれば必ず何かを思い、感じるだろう。しかし彼らはそんな気配を一切感じさせることのない表情で戦い続ける。お互いを全力で潰すために。
「っが!」
瀬戸大輝の斬撃が腹部に直撃し黒崎真狩は大きく突き飛んだ。その軽い体はそのまま長く宙を飛び壁に激突した。しかし彼女の腹部が避けるという事はなった。口から多くの血を吐いただけだ。これは黒崎真狩の頑丈さによるものか。特区の手によって身につけられた人外の一つなのか。いや違う。瀬戸大輝だ。黒崎真狩に斬撃を見舞ったままの体制で彼女を睨みつける彼の刀は刃が反されていた。峰打ちだ。彼は彼女を、殺せる機会を放棄したのだ。ただ一度であったかもしれない機会を。何故そんな事をしたのか。今更人を殺すのに躊躇する性格でもないだろう。であれば何故?
「クッソ親父がああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
黒崎真狩は口から血を飛ばしながら絶叫する。そして凄まじい眼光で瀬戸大輝に急速に再接近して瀬戸大輝に飛び掛かる。それを瀬戸大輝は日本刀を横にするだけで塞ぐ。黒崎真狩はその腕を掴んで瀬戸大輝に執着する。
「てめえはいつもそうだなぁ!逃げてばっかりだ!ああ!?殺せよ!なあ!殺せただろうが!なんでしなかった?なんでだクソ野郎!」
黒崎真狩は絶叫した。瀬戸大輝に向かって思いの丈全てをぶつけんと喉を震わせる。彼女の顔は悲壮感、あるいは絶望、いや怒りか。そんな感情を張り付けていた。そのまま黒崎真狩は彼の顔面を何度も殴りつける。そのたびに彼の顔からは血が溢れ、区部位からは嫌な音が響く。しかし彼は全くと言って良い程回避だったり抵抗だったりをしなかった。されるがままに傷を負っていく。それが更に癪に障ったのか黒崎真狩は一度瀬戸大輝の腕から離れ、着地すると同時に彼の腹部に足刀蹴りを放った。その一撃にも彼は防御を取ろうとはせず蹴り飛ばされた。
「何だってんだてめえ!勝てねえと見越して戦闘放棄か!情けねえぞクソ親父がああああああああああああああああ!」
叫びながら黒崎真狩は蹴りのダメージで咳込んでいる瀬戸大輝に一気に駆け寄る。そして全体重を乗せた掌底を打ち付けた。やはり回避もしなかった彼は大きく宙を舞って壁に激突した。口からは大量の血液が飛び出している。それでも彼は動こうとはしなかった。ただ黒崎真狩を真っ直ぐに見つめている。
さすがに尋常じゃないと思ったのかあの女から通信が入る。
『ちょっとあんた何してんの!死ぬわよ!?そんな奴さっさとぶっ殺せよ!』
「黙れ」
しかし彼はそんな言葉すら短く拒絶し、通信を切る。そして彼はゆっくりと姿勢を正していく。戦闘のための姿勢へと。それからようやく彼は黒崎真狩に向かって口を開いた。
「もう……いいだろう?」
短くそう言った彼の意図が理解できなかったのか黒崎真狩は訝しげに眉間にしわを寄せる。そんな事を瀬戸大輝は気にも留めず言葉を続ける。
「これはあくまでも俺の勝手な感情だ。だからお前は気にしなくていい」
そこで一度言葉を切ってから息を吐く。
「済まなかった」
そう言って彼はしかし構えを一層強めた。
「ああ!?」
さすがに理解できなかったのか黒崎真狩は怒声を張り上げて彼を睨みつける。今にも飛び掛からんばかりだ。しかし彼はそれすらも無視して言葉を発し続ける。子供を諭すように。
「俺は正直お前を知らなかった。いや知ってはいた。だがそれが俺の子供だとは思っていなかった。当然ともいえるが。いや言い訳だな。いくら理由があったとしても自分の子供を無碍にしていいわけにはならない。まして自分と同じ目に合わせるなんてな。だからそれは心より謝罪しよう。済まなかった」
それから彼は日本刀を構え、一歩踏み出した。それを見た黒崎真狩も拳を上げる。
「だから今までのはその付けの清算だ。勝手して悪かったな。だがもう終わりだ。ここからは」
彼は一度大きく息を吐いて、日本刀を握る腕に力を込めて、再び息を大きく吸った。そして。
叫んだ。
「親子喧嘩と行こう!」
その叫びと同時に黒崎真狩が跳躍した。一瞬で瀬戸大輝の眼前まで接近した彼女は拳を振り上げ殴り掛かった。その拳は瀬戸大輝の頬に直撃した。しかしその拳には今までの怪物的威力は発揮されなかった。撫でるようにして当たっただけだ。それを疑問に思ったのか彼は言葉を投げる。挑発するように。
「加減してる場合か?ガキは全力で来い」
その言葉に黒崎真狩は更に爆発する。
「っざけんじゃねえぞクソ親父いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
叫ぶと同時彼女は連続して殴打を開始した。叫びながら。
「勝手に終わったつもりになってんじゃねえぞ!まだ終わんねえ!終われねえんだよ!私が今までどんな気持ちでいたと思てやがる!生まれた時からてめえの事を親だオリジナルだなんて言われて実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験!生まれて六年が経ってもてめえと会った事なんて一度もねえ!ああ!?それでもイカれた研究者たちは変わらずてめえを親だと言ってたぜ!『人類最悪』の事もな!てめえらは揃って一度も顔を見せに来やがらねえ!親ってのはそんなもんかよ!ずいぶん楽なご身分じゃねえかよ!死ね!二十回ぐらい死ね!」
彼女のその激昂に瀬戸大輝も激昂と拳を返す。子供同士の喧嘩のように。
「ああ!?だったらてめえは一度でも会おうとしたのかよ!」
「んだとお!?」
「会いに来ればよかったじゃねえか!所詮はガキか!自分じゃ何もできねえってか!お前が死ね!」
……
本当に子供同士の喧嘩のようだった。お互いの悪口を言い合って拳を振るって、しかしそれでも口を回し続ける。まるで幼稚園児だ。いや黒崎真狩は年齢だけで言えば間違いではないだろうが瀬戸大輝は……
しかしそんな事は気にする暇もないのかそれからも彼らは馬鹿のようにお互いを貶し合いながら殴り合いを続けた。まるで今までの時間を取り戻すかのように。親子としてあるはずだった時間を手繰り寄せるように。
「うるっせんだよ!さっさと死ね!」
「お前が死ね!クソ馬鹿が!」
「ああ!?馬鹿っつった方が馬鹿なんだよ馬鹿が!」
「久しぶりに聞いたぞその言葉!特区てな案外庶民的なんだな!馬鹿が!」
お互いを貶し合いながら戦う彼らの体は見る見る傷が増えていく。しかしそれでも彼らは殴り合いを続けていた。痛みなどどうでもいいように。それよりもまず目の前の馬鹿を黙らせる方が先決だとばかりに。瀬戸大輝にいたっては日本刀を放り投げて両の拳に切り替えているまであった。まるで子供の目線に合わせるように。
しかし黒崎真狩は特区によって手を施され、人外を超えた怪力の持ち主だったはずだ。それこそ壁を純粋な力だけで粉砕してしまうほどに。だがそれを真っ向から受け止めている瀬戸大輝はそんな物を感じさせなかった。もしかしたら黒崎真狩が加減をしているのかもしれないがいくら何でも連続した殴打を食らえばダメージは積み重なる。それでも彼は止まらず我が子の目を真っ直ぐに見つめて拳を振るっていた。
「おらあ!」
「ああ!」
変わらずお互いを貶しながらも殴り合いを続ける彼らではあったがしかし変化はあった。黒崎真狩の表情は相変わらず怒りを表していたがしかしどこか清々しい印象を受ける。今までのストレスを吐き出せているかのように。良い玩具を与えられたように、あるいは休日に父親と公園で遊んでもらえたことに喜んでいるかのように。
それとは対照的に瀬戸大輝の表情は面倒くさそう、その一言に尽きた。せっかくの睡眠時間を子供の寝返りで遮られてしまったような、せっかくの休日なのに子供に公園に連れ出されたように。
対照的な彼らはしかしどこか満足気だった。
恐らく黒崎真狩は寂しかったのだろう。ただ寂しかったのだ。彼女は特区にとって完成形の一つとして育成を施された。現最強と最悪。その二人からなった子供の戦力的可能性は未知数だろう。世界に変革をももたらす可能性を望まれて生み出されたのだろう。故に彼らは彼女に期待して、いや懇願するように研究と実験を繰り返したはずだ。特別扱い、とはまた違うのだろうが、それに近いものではあったはずだ。いくら人造人間、クローンとは言え根本的には人間。感情はある。特区であっても人間の最大の謎である「感情」を完全に制御することは敵わなかったのだ。だから彼女は童心だからこそ思ったのだろう。何故自分の親たちとは会えないのだろうかと。寂しいと。推測だが会いたいと思ったはずだ。しかし彼女のその扱いとその扱いによって育まれた性格がそうはさせなかったのだろう。当然特区のシステム的にも難があったのだろうがそれだけじゃない。彼女の性格は傲慢そのもの。故に彼女は自分からわざわざ行動に移すという事は出来なかったのだ。子供だからこそプライドに固執することもある。だから彼女は待ち続けた。自分の両親が迎えに来てくれる日を。六年間。
だがついぞその日は訪れなかった。いや会うこと自体は叶ったはずだ。しかしそれは最悪な形だっただろう。仕事、それも殺しの仕事だ。彼女はあの時無感情に笑っていた。しかし心の中はどうだったのだろうか?せっかく長年思い続けた自分の親との邂逅。しかしその親を殺さなければならない。確実に穏やかな気持ちではなかったはずだ。しかし確実に実行して見せた彼女はやはり傲慢だった。自分では止められないから止めてみろと。そういう事だったのだろう。まるで傲慢の権化だ。
反対に瀬戸大輝はどうだったのだろうか?今まで我が子の存在すら知らず、加えて実の我が子に殺されかけた?そんな話を許容できる人間はどうかしている。子供など知った事かと激昂するのが道理である。今まで認知すらしていなかったのだから。しかし彼はそうはしなかった。娘を娘と知り、たとえ殺されかけようとそれでも娘だと認めた。それは恐らく彼の過去によるものなのだろう。自分が子供の時分にどのような扱いを受け、そして終わっていったか。彼にはその時に味わった経験と屈辱、絶望、あるいは無感情があった。確かに彼は冷酷だった。いや冷酷であろうとした。しかし自分と同じように大人から悲しい扱いを受けている子供、それも我が子だ。それに対してまで冷酷であれるほど彼は大人ではないし筋違いな人間でもなかったのだ。故に彼は我が子と真っ向からぶつかる決意をした。そのけじめとして我が子からの攻撃を一時的とはいえ無防備に受け続けたのだ。
それからも彼らは戦い、いや親子喧嘩を続けた。体は血に塗れ、攻撃を受けた部分は所々大きく腫れあがっている。しかしそこも更なる攻撃によって潰れ、血を流す。二人の足元には二人の流血により極めて小規模な池が出来上がっていた。それが二人の攻防により緩く波紋を打っている。それとは別に空気も振動を繰り返していた。いや悲鳴と言うべきか。空気が裂け、圧迫され、潰される音がこの空間を占拠していた。彼らはもはや無言だった。相手を罵倒する体力もないかのようにただ無言で殴り合っている。
もうどれだけの時間が立ったのだろう。恐らくこうしている今も彼、彼女の仲間は戦って死んでいっているのだろう。それでも彼らは止めない。それが自分たちの仕事であるかのように。やるべきことであるかのように。ただ殴り合う。
彼らの体力はもう限界だった。足は震え、当初のような勢いも消えて今ではゆっくりと一発ずつ交代で殴り合うような形になっている。しかしやはり彼らはやめなかった。まだだと。こんなもんじゃないだろうと。
そして一度彼らは拳を止めるとお互いの目を真っ直ぐに睨みつけた。息も絶え絶えにして苦しそうだ。息を吐くたびに口からは血が流れ、それを吸う度に小さくむせる。それでも彼らは目を離さなかった。いや離せなかった。次が最後の一撃だからだ。
「「ぅぅぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」」
二人は一際大きな声を上げた。それからお互いに一歩踏み出し、その足に全体重をかけて拳を。
振るった。
「がっ」
「ぐっ」
恐らく全くの同時だろう。お互いの拳が各々の相手の顔面に直撃した。そして彼らは今度こそ体力の全てを使い果たし、後ろに倒れた。天を仰いで倒れた彼らはそれきり動かなくなった。二人のその顔はしかしどこか満足気だった。いやそれは黒崎真狩だけか。瀬戸大輝は変わらず気だるげな表情をしていた。黒崎真狩だけが無表情でこそあれどどこか満足気に、いや清々しそう、と言うべきか、とにかくそんな顔をしている。一日中公園で父親に追いかけられて走り回った夕方のように、楽しさを含んだ疲労感。彼女のそんな感情があふれ出しているように感じる。
「だああああ疲れた!」
黒崎真狩は両手を伸ばしながら声を張り上げた。それを瀬戸大輝は無視して舌打ちをする。
しばし沈黙が訪れる。だがそれは気まずさなどは感じられない。ただ時間が流れるように当たり前に沈黙が過ぎていく。
その沈黙が、他に類を見ない程に壮絶な親子喧嘩の終了を意味していた。
辺りは飛び地に塗れ、小規模の池を作り出している。当人たちも地に塗れ、衣服もボロボロに破れ、瀬戸大輝のゴーグルはレンズが割れ、右目だけが露わになっていた。まさに満身創痍。死んでもおかしくない状態だった。それでも彼らはそんな事はどうでもいいという表情だった。子供が親にじゃれつき、親がそれに程々に付き合う。そんな当たり前の「親子」のような雰囲気だった。あるべき親子としての姿のように。
「てめえこの後どうすんだ?」
そんな沈黙の中黒崎真狩が口を開いた。恐らくこの戦争の事だろう。黒崎真狩はもう満足した様に戦意を完全に喪失している。つまりは終わったと言える。だが大本は黒崎真狩ではない。あの男だ。あの男を倒さない限りこの戦争は終わらないだろう。しかし瀬戸大輝にそれが行える体力など残ってはいない。恐らく黒崎真狩は単純に数値で荒らしたとするのならあの男よりも強いと言えよう。だがあの男は何を仕掛けてくるかはわからないしそれ以前にあの男に辿り着く前に何かが起きないとも限らない。確証はないがまだオールラウンダーは参戦していないのだろう。もしこのタイミングで彼女が現れれば完全に積みだ。勝てるはずもない。しかしだというのに瀬戸大輝は短く「別に」と発するだけで特段何事もないかのようだ。やるしかないと。勝てばいい話だと。そう告げているようだった。
「くっ、ああ!」
そして瀬戸大輝は体を起こして両足に力を籠める。立ち上がるために。しかし足は震え、その振動で体からは血が滴った。それでも彼は立ち上がろうとする。その目は真っ直ぐだった。決意を示すかのように真っすぐで、それでいて硬い眼差しだった。そしてついに彼は立ち上がった。変わらず足はふらついているがそれでも彼は近くに落ちていた日本刀まで歩き、拾い上げる。そして歩き出した。
「クソ親父がよ。……ん!」
それを見た黒崎真狩は勢いをつけて一気に立ち上がった。そして彼と同じようにふらつきながらも歩き、瀬戸大輝の横に並ぶ。その行動に疑問を感じたのか一瞬瀬戸大輝は不思議そうな表情を浮かべて彼女を見るがしかし何も言わずに視線を前に戻した。その顔が一瞬、笑ったように見えた。……いや恐らく錯覚だろう。彼は笑わないのだ。笑えないと言うべきなのかもしれないがとに買う彼は笑わない。感情を表には出さないのだ。故に彼の胸中など誰にもわからない。しかし少なくとも悪い感情は抱いていないはずだ。彼女を、我が子を避けないのがその証拠だろう。だからこそ彼らは共に歩いた。隣り合って。
「まだ終わってねえんだよ」
その瞬間声と共に彼らの後方で爆発が起こった。彼らは重い体を引きずるようにのそりと後方を振り返る。すると少し離れた場所、この空間の入口に一人の女が立っていた。
楓だ。
楓は体中を血まみれにしており衣服など来ている意味があるのかと言うほどに破損していた。左目の眼帯は紛失しており痛々しい傷跡を晒していた。その顔は怒りに満ちており普段の悦びに浸った表情は面影もない。ただ殺すことだけを考えているようだった。純粋なる殺意。それを乗せて黒崎真狩を一点に睨みつける。
しかし楓は先ほど黒崎真狩と戦闘を行ったはず。恐らく彼女の負傷はその時の物であろう。だがそれから間を置かずに黒崎真狩が瀬戸大輝の前に現れたことを考えるとかなり早い段階で決着がついたのだろう。あるいは程々に相手をして黒崎真狩が早急にその場を後にしたのか。どちらにしろ楓からしたら屈辱以外の何物でもなかっただろう。悦楽を捨ててでも殺意を優先するほどに。
「……面倒臭ぇなぁ」
黒崎真狩は小さくごちるとゆっくりと体の向きを変えた。楓と戦うつもりなのだ。鼻息荒く彼女を睨む楓に足を引きずりながら歩み寄っていく。しかしその歩みは直ぐに止まることになる。
「邪魔すんじゃねえよクソが!」
瀬戸大輝が黒崎真狩の肩を掴んだのだ。それを見た楓は激昂し、今にも飛び掛からんと前のめりになる。だがそんな事は気にせず彼は口を開く。
「もう終わったんだよ。終わったんだ」
小さくそう言った彼に楓は歯を軋ませる。そんなの納得できないとばかりに。
「あ、そういえば」
楓の圧力により緊張感で包まれた空間にわざとらしい声が響いた。黒崎真狩だ。彼女は上を見上げながら尚もわざとらしく呟く。
「そういや『十刀』も来てるって話だったな。確か南側で目撃報告が上がってたはずだ」
それを聞いた楓は大きく舌を打った。
『十刀』とはこの世界に存在する情報統合、保護部署の名前だ。外部や外国、外敵に対して不利益となるであろう情報を漏らす者、あるいは情報を持つ者、その恐れがある者を武力でもって屈服させるための部署だ。その部署には青山春輝と呼ばれる男がいる。その男と楓はいわばライバル同士にある。何かと問題行動を起こし、忠誠心も何もなく戦う彼女は情報など眼中にない。故にその手の問題事の原因となった事が幾度かあった。その度に彼らはぶつかることになった。実力はほぼ互角。毎度決着はつかずに終わっている。しかし楓からしたらそれは絶好の機会なのだろう。生きている事への楽しみなのだろう。だからこそ彼女はその話を聞いてこの場に残るはずもなかったのだ。彼女は再度舌打ちをして身を翻した。
「青山殺した後殺しに来る。それまで待ってろ」
言い終わると彼女は駆け出しこの空間を去っていった。それを見届けた彼らは再び方向を変えて歩き出す。
少し歩いてこの区間のもう一つの出口、上へと登る階段が置かれているところまできて瀬戸大輝は歩みを止めた。
「……」
ちらりと黒崎真狩を見る。それに気付いた彼女は不思議そうに首を傾げたが反応を示さず再び彼は歩き出す。
「何だよ。何か言いてえことでもあるのか?」
黒崎真狩が疑問を率直に表した。彼はそれに対して短くため息をつくと口を開いた。
「いいから行くぞ。……真狩」
その言葉に黒崎真狩は歩みを止められた。彼女は信じられないと言ったようにきょとんとしている。しかし次の一瞬には再びいつもの感情がないような顔で笑んだ。
「うるせえよ親父」
感情がないようにして実に多彩な感情を表す彼女。並べて感情を表に出さないが確実に何かを思い続ける彼。彼らはやはり親子だった。似ている。髪色も。性格も。だからこそ彼らは喧嘩の時にしか本音を出せなかったのだろう。だからこそ彼は「親子喧嘩をしよう」といったのかもしれない。実際はどうか分からないが結果として彼らは本心でぶつかり合ったはずだ。誰にも話さなかった本心で。
親子は歩き出す。これからの時間を。
お読みいただきありがとうございます。
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