第1話 復讐の火種
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小さな村だった。
畑と森に囲まれ、朝になれば鶏の声と、井戸端で笑い合う女たちの声で目が覚める。そんな、どこにでもある村の一つに、カイルは生まれた。
四人兄弟の長男。下に弟が二人、妹が一人いた。父は寡黙だが手先の器用な木こりで、母はよく笑う人だった。裕福ではなかったが、貧しさを感じたことはない。夕餉の席で交わされる他愛のない話、喧嘩をしてもすぐに仲直りする兄弟、そういうもので満たされた日々だった。
その日、九歳のカイルは街に出ていた。収穫した作物を売りに行くためだ。長男として、家族のために働くのは当たり前のことだと思っていた。
「行ってくる」
そう言って村を出た朝、母は「気をつけてね」といつも通りの顔で見送ってくれた。まさかそれが最後の言葉になるとは、思いもしなかった。
街の市場で作物を売り終えた後、カイルは顔馴染みの八百屋の主人に呼び止められた。子どもの頃からよく声をかけてくれる、気のいい男だった。
「カイル、少し聞いていくか。最近、王国の方じゃ物騒な噂が絶えなくてなぁ」
税の取り立てが厳しくなっただの、国境沿いの村で妙な事件が続いているだの、他愛のない世間話のつもりだった。カイルもつい聞き入ってしまい、気づけばずいぶんと話し込んでいた。
「――っと、悪い悪い、こんなに引き止めちまって。日が暮れる前に帰りな」
「ああ、うん。またな」
その何気ない立ち話が、後になってどれほど悔やんでも悔やみきれないものになるとは、この時のカイルには知る由もなかった。
八百屋との立ち話を終え、村へ戻る帰り道。すでに日は傾き、空は赤黒く染まっていた。いつもより遅くなってしまったことを気にしながら、カイルは足を速めた。
村の入り口が見えたとき、最初に目に入ったのは――門番だった男の、胴と切り離された首だった。
息が止まった。
握りしめた拳が震える。恐る恐る村の中へ足を踏み入れると、そこにあったのはもっと酷い光景だった。
あちこちの家から火の手が上がり、崩れかけた屋根が黒い煙を吐き出している。
石畳には、見慣れた顔がいくつも転がっていた。隣家の老夫婦、幼馴染の兄が営んでいた雑貨屋の店主、井戸端でいつも母と話していた女――誰も彼も、ただの物のように地に伏していた。
井戸の水は赤く濁り、道という道に血の筋が延びていた。倒れた荷車の下から伸びる小さな手を見つけて、カイルは思わず目を逸らした。それが誰の子どもかを、確かめる勇気はなかった。
風向きが変わるたびに、焼け焦げた木材と、それとは違う生々しい臭いが鼻をつく。犬の遠吠えすら聞こえない。あれほど賑やかだった村から、生きている者の気配が完全に消えていた。
誰かの悲鳴も、助けを求める声も、もうどこにもなかった。ただ、静寂だけが村全体を覆っていた。
「――っ、家族は」
頭の中が真っ白になる。足がもつれながらも、カイルは我が家へと走った。
扉は壊れていた。中に入った瞬間、視界に飛び込んできたのは、床に倒れた父と、二人の弟、そして妹の姿だった。動かない。呼びかけても、応えるものは誰もいなかった。
膝から崩れ落ちる。声にならない声が喉から漏れた。
――と、その時。かすかな息遣いが聞こえた気がした。
「……母さん」
部屋の隅、崩れた家具の陰で、母がまだかろうじて息をしていた。カイルは駆け寄り、その体を抱き起こす。傷は深く、助かる見込みなどないことは、見なくてもわかった。
「かい、る……」
「喋らないで、今すぐ――」
「白髪の……右目が、赤い……男が……みんな……」
母はそれだけを言い残し、カイルの腕の中で息絶えた。
白髪の男。
その言葉だけが、頭の中で何度も何度も響いた。
カイルは母の亡骸を抱いたまま、泣き崩れた。声が嗄れるまで泣いて、泣き疲れて、いつの間にか母の傍らで眠りに落ちていた。
目を覚ましたとき、カイルの中にはもう、涙は残っていなかった。代わりにあったのは、燃えるような、冷たい決意だった。
「――殺してやる」
誰に言うでもなく、カイルはそう呟いた。
白髪の男。その名も知らぬ仇を追うために、カイルは旅立つ決意を固めた。まだ何も知らない少年が、後にどれほどの真実と向き合うことになるのか――その時はまだ、誰も知らなかった。
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